2011年5月31日火曜日

政治と国民との耐え難き落差

言うまでもなく国民は政治に生活を委ねている。政治がなければ国は動かない。

今、この国は平時ではない。まさに有事である。未曾有の有事である。放射能との戦いが続いている。

その時に政治がどう機能しているか、いないか。この国の命運がかかっている。

その政治の実態を見たとき、政治は国難に対処しているのか。政権が機能しているのか。すべての国民が思っているのではないか。機能不全だと。

菅政権は無策の政権だと思う。首相をはじめとして閣僚や政権内部の人達。何をやったか。何もしていない。そしてやってはいけないことや言ってはいけないことを勝手に喋りまくり。
政権は統治機能、統治能力を失っている。

民主党内部でも、小沢はともかく、小沢一派はともかく、菅の能力に辟易としている人たちが多いのではないだろうか。

菅にこの国のリーダーをやめてもらいたい。そう思う人は増えている。特に被災地では。しかし・・・。

被災地の思いは、とりわけ原発事故が進行中の地にあっては、なによりもその収束に向けての政治の力を望んでいる。収束に向けて政治が役立っているのか。疑問符だらけである。

しかし・・・。にもかかわらずか。政治家たちは「政争」に「政局」に身をやつしている。政局、それは平時のことである。

菅を下ろして、誰にするのか。不信任案を出して可決させて、総辞職か解散の道を選ばせるのか。

この政争に国民がしらけているのは、おかしいと思うのは、自民党政権に復帰することを望んでいないから。特に谷垣政権などとは誰も期待していないということ。

民主党政権には期待度が裏切られたことで、もし総選挙になったら自民党はそれこそ300議席も獲得して総裁である谷垣が首相になる。それは国民がいさぎよしとしていない。
総辞職。菅に替えて誰を代表にする。誰もいない。

政治が頓挫し、混乱する中で、原発だけは進行している。

震災復興や原発収束に向けて菅政権ではダメだ。それが大義名分である。大義名分に被災者が使われている。

政局の動きは、まさに平時の時の動きと変わらず。

今ほど、政治の動きと国民感情の落差が耐え難いくらい大きかったことはあっただろうか。

与野党を問わず、福島県選出の国会議員が、この「政局」に「ノー」を叫んだだろうか。

かつて国会議員で宰相を目指す人は、現場に身を置いて宰相学を学んで来た。菅にその学んだ形跡は無い。宰相はいかにあるべきか、いかに事を為すか。それが全くわかっていない。

永田町的思考から抜けきれず、その思考のまま政局解説にあたる記者達。

ならばどうする。谷垣自民党は嫌だ、小沢では自らが口下手と自賛するように国民を鼓舞する言葉を発せられる訳がない。菅が「変身」するしかない。どうか目覚めて欲しい。目覚めぬ菅。ならば閣僚や側近が刺し違える覚悟で箴言して欲しい。諌めて欲しい。

官邸の中でなにかをわめいていても、国会で無意味な答弁をしていても埒はあかない。原発現場に行って、所長以下、現場で死闘を繰り返している作業員を前に「すべて任す。本店には有無を言わせない。保安院の体質も安全委員会の体質も変える。出来うる限りのことをやってくれ。すべての責任は俺が持つ」。そんな度量を示すこともできないのか。

落差の中で国民は奈落の底を思う。

2011年5月30日月曜日

放射能と家族

全く終息の見通しが無い原発。いや、日毎に変わる状況。悪化の予感さえ。

連日伝えられる放射線量の値い。大気、土壌、農作物、海中・・・。
もちろん避難区域にはなっていませんが、福島県の中通り。福島、二本松、郡山。放射能への恐怖からさまざまな人間模様が出てきています。

とにかく街中から子供がいなくなったのは事実。学校や家庭の中にはいるのですが。

放射能から子供を守らないと。親の心理は理解出来るところですが。

我が家のご近所。奥さんが子供二人を連れて関西方面の実家へ。旦那は”単身赴任”を余儀なくされています。「大丈夫ですよ。家事は出来ますから」と。

避難する、疎開するで家族間で諍いが起こり始めています。見えざる敵に対してのいい知れぬ恐怖心。その人それぞれの”価値観”ではあるのでしょうが。

幼稚園や小学校でのママ友の影響も大きく。「大丈夫だよ」という夫と「怖い、何かあったらどうするの」という奥さんの間で喧嘩が絶えなくなり。

ついに奥さんと子供だけは”疎開”ということに。仕事は捨てられない旦那。苦渋の”決断”。単身生活を送ることに。彼はほとほと疲れきっています。会社では遮二無二働いて、癒しを求めて帰った家では奥さんから毎晩責められ。
原発への恐怖。
口論のあげく離婚に至った夫婦も少なからずだそうです。

逆に恐怖心のなせるわざか。にわか結婚も増えているとか。寄り添いたいがために。一人でいることの不安やストレスから逃れたいために。

放射能は家族の絆を壊し、家庭をも崩壊させている。人間の弱さということだけではすまされない。

原発は家庭だけじゃない。地域も含めて人間関係を壊しまくっている。みんながすべて強い心ではいられない。絆は壊れはじめている。

いつまで・・・。当てのない、期限の見えない”離散”。

疎開。あの戦争中だけの言葉、現象だと思っていたけど。疎開した子供たちが、新たな絆を作り、強くなってくれればいけど・・・。

残された旦那。多分、毎晩飲んだくれるでしょう。愛する子供たちが消えてしまった家の中・・・。

恐怖心を煽りに煽るのが週刊誌。少なくとも見出し。今朝も数誌の広告が。見出しを見る限り、福島県は終わりって印象。いや、この国そのものが。本文はもちろん読む気にもなりませんが。

県内の地元紙。二紙。某週刊誌の広告掲載をやめたとか。

新聞、テレビの有り様もわからない。週刊誌に至っては、何を目的にしているのか。とにかく売れればいいということか。

「あなたたちが壊しているものは大きい、大きすぎるのです」。

新聞、テレビの力は大きい。影響力は凄い。そのことをもっと自覚してよ。あなたたちの伝え方ひとつで、多くの人が不幸になり、この国を壊していくかもしれないということを。もっと、もっと自覚してよ。メディアの人間にそんな権力は与えられていないはずなのだから。

東電は信用出来ない。結構。その通り。政府も信頼出来ない。結構。その通り。メディアだけは”信頼”というモノを勝ち得て貰わないと。

不幸な家族を作り出しているのはメディアだってことわかっているのかな。

30キロ圏内から避難させられて来た人たちが郡山には沢山いる。来月からは仮設住宅に入れる。郡山より大気中の放射線量が少ない地域から来た人が、線量高い郡山の仮設にやっと入れると安堵している。
その"安堵”の地、郡山から脱出、避難、疎開している人々の群れがある。

最大不幸社会が実現しようとしている・・・・。

2011年5月29日日曜日

フィンランディアから新世界へ

ふくしまに癒しと元気をーと題した復興応援コンサートがきのうありました。郡山で。東京都交響楽団。指揮は郡山出身でベトナム国立交響楽団の音楽監督をつとめている本名徹次さん。

縁あって本名氏とは旧知の仲。コンサートを覗いてみました。

最初の曲。シベリウスの交響詩「フィンランディア」。たしかに、「復興」にはふさわしい選曲。それに亭主にとっては忘れられない曲。

大学時代、吹奏楽部でやったコンクールの自由曲。懐かしいという言葉だけでは言い表せない思い出の曲。

帝政ロシアの圧政に苦しんでいたフィンランドの独立運動を支えた曲。フィンランドの人達の愛国心を鼓舞した曲。

最初に付けられた曲名は「フィンランドは目覚める」。今の我が国にとってももってこいの曲。中間部の旋律にはあとで「フィンランド賛歌」として歌詞も付けられた。

     おお、フィンランドよ、見よ、お前の朝が明ける
     夜の脅威は消え去った
     ヒバリは輝く朝を歌う あたかも空が歌うかのように
     夜の力は朝の力に打ち負かされた
     お前の朝が明ける 祖国よ

あの時代、学生時代。まだ冷房はそれほど普及していなかった。通学の電車や地下鉄、夏は暑かった。それが当たり前だった時代。コンサート会場にも冷房は無かったような。

ビールは時として生ぬるく、窓を全開にした歌舞伎町のバーで酒を飲むのさえ暑かった。団扇片手に有楽町のガード下・・・。


復興応援コンサートは満員。やがて今日はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の第4楽章。

いい演出だね。曲の構成。そう、我々は新世界へ向かわねば。力強いオーケストラの響きは心に染みるものが。

「なんとなくいい気分」。終わったあとのそんな印象。

夜は恒例の仲間たちとの飲み会。それぞれが原発事故への思いを語り、怒り、嘆き。

フルート奏者は避難所18か所を回ったという。とにかく営業利益を出そうと社員に発破をかけたという専務。なぜか。利益ださないと義捐金が生まれないからと。

ドリカムの吉田美和の「何度でも」という歌が、今にぴったりだとマサオが言う。

   こみあげてくる涙を何回拭いたら 伝えたい言葉は届くだろう?
   誰かや何かに怒っても 出口は無いなら
   何度でも、何度でも、何度でも
   立ちあがり呼ぶよ君の名前 声が涸れるまで
   悔しくて苦しくて 頑張ってもどうしようもない時も
   君を思い出すよ

そうだ、この歌もあったんだ。皆で知ってる限り口ずさむ。隣でダイスケが泣いている。

でも亭主は、やはり長淵剛がいい。ホールド ユア ラストチャンスが。
キミツグが好み、大男のキミツグを思いっきり泣かせる長淵の歌詞がいい。

    傷つき打ちのめされても
    這いあがる力が欲しい
    人は皆弱虫を 背負って生きている

この歌を「人生の応援歌」としている人達も多い事だろう。

音楽、力がある。

2011年5月28日土曜日

目線

ゲンキ君の視線を感じる。目があった。その視線は・・・。食べ物(笑)。いや、最近はお散歩控え気味。表に行きたい~~て目線を感じるけど。

ゲンキの目線は地表20センチか。

学校の放射線量を突如20ミリから1ミリへの朝令暮改。いや悪い事ではないのですよ。子供目線は地表1メートル位だろうし。

さすが市民運動家出身の首相。”市民目線”。保護者や市民団体の訴えには即反応する。

そしてぶち上げる人気取り政策。なに、1,000万戸を太陽光発電にするって。国際公約。担当大臣は知らなかった・・・。思いつき目線。
どうやって1,000万戸に設置できるのか。それは考えの外か。

東電の現場目線と本店の企業保身目線。同じ会社でも天と地との違い。
専門家という人達の目線。机の上の目線か現実目線か。

天皇皇后の避難所視察。腰を落とし、座りこみ。被災者と同じ目線で。同じ目線。それが一番共感を呼ぶ。気持が通じ合う。

なんだかんだ言っても政治にはある程度力がある。政治は国を動かす。その政治家達の目線は・・・。今やまさに政局目線。被災者眼中に無し。
被災者は彼ら政治家の政争のための道具と化しているような。

メディアの目線。上から目線しばしば。スタジオ目線では被災者目線とは大きな乖離が。無責任目線が早や復活か。興味本位と話題目線に。

鳥の目線、虫の目線。見かたは様々。

同じ目線に立たないと相手のことは見えてこない。

立ったまま犬に接するのと。しゃがんで犬と同じ高さの目線で接するのでは犬の態度も変わってくる。

なぜか急に気になりだした「目線」ってこと。亭主の目線はいずこにありや。いずこに向いていることやら。

さまざま涙腺ゆるみ、目線が曇ることもしばしばの昨今。

政争目線に政治家が陥った時、目先のことにだけとらわれてしまった時、この国の経済は、産業は、国際社会の信用は・・・。どんどん「負」に陥っている。

複眼、複眼と言い聞かせる昨今。

2011年5月27日金曜日

放射線測定器が歩き回る風景

亭主の周りにも、ガイガーカウンターというのか、サーベーメーターというのか。放射線測定器、空間線量を計る機械をもっている人が少なからずいます。

基本的には仕事の上で必要な人。工事屋さん、建築屋さん、農業従事者、技術屋さんなど。
彼らが持っている測定器での値は、県や市から発表されている数値とそんなに変わりません。空間に関しては。大気に関しては。
ただ、地表や側溝では数値は跳ね上がります。空間の4倍近く。

それが危険な数値なのか許容範囲なのか、分かりません。

郡山の数値は目下1,3マイクロシーベルト(時間あたり)で推移しています。ただ、役所の設置した測定器は合同庁舎の駐車場付近。あまねく詳細というわけでは決して無く。現に小学校や中学校、保育所の校庭では土の上から高数値が検出されており表土削り取りや入れ替えなどが毎日のように行われています。福島市、二本松市、本宮市でも同じような事が。福島はだいたい1,4位で推移。

今朝、テレビを見ていて驚きました。なんと千葉県の主婦、お母さんが計測器を持って子供の遊び場や家の中を計っている。それも一軒や二軒じゃないとか。千葉県では市原市で計っているだけらしく、自分の周りはどうなんだという”恐怖心”が計測器の虜になっている。

で、この計測器、殆ど売り切れ、品切れ、在庫なしだとか。国産と思いきや中国産やロシア産まで。あげく一日7千円のレンタルってのもあり、腕時計型とか、ゲーム内蔵ってのもあるとか。こんな事言っては悪いけど「測定器特需」。

そしてそのお母さん方、0,01上がった下がったで大騒ぎとか。テレビは”密着”と称して、レポーターも自ら機械を持って、学者まで動員して煽る、煽る。

例えば蛍光塗料を塗った時計に機械向ければカウンターはピピピと鳴るはず。自然界含め、放射線と共に暮らしているのに。

長時間かけてやっていたこのテレビ見ていて気持ちが悪くなってきました。なんだろう、この風景って。嬉々として取材に応じるお母さん達って・・・。

この測定器、使い方があるらしい。技術屋さんの弁。そのままで使っていたら、機械の中に放射線物質が残留して正確な値が出てこない恐れあり。ビニールかラップで包んで測定し。終わったらそのビニールを捨てると。

レンタルの機器ってすでに汚染済みなのか。

何故に郡山の大気の放射線物質が滞留したままなのだろう。福島市もそう。風で飛散していくものではなかったのか。

あの何ミリシーベルトっていう数字の中の放射線物質って何?
ヨウ素、セシュウム、ガンマー線???。

川俣町では全部の小学校の生徒に測定器を持たせることにしたという。幼児犯罪が起きれば防犯ブザーを持たされ、今度はカウンター。
子ども達の心のなかに何が刻み込まれていくのか。刷り込まれていくのか。

測定器が歩き回る風景。全ては東電や政府が全く信じられないということの証左。スピーディーの計測方法にも欠陥ありとか。やりかた修正するとか。
信じられるには測定器だけってことか。悲しい。

またも右顧左眄。文科省はいきなり限度を20ミリシーベルトから1ミリシーベルトに変えたとか。「騒ぎ」はますます拡大するでしょう。この恐れおののく”民意”を誰も非難出来ない・・・・。

2011年5月26日木曜日

「までいの力」

原発事故で今、混乱を強いられている村。原発から60キロも離れた飯舘村。計画的避難区域に指定され、村民達は遠く離れた避難場所にいくかどうか、悩みに悩んでいます。行くことを余儀なくされています。

村から近いところには既に原発30キロ圏内の人達が避難してきており、勢い、県内でも遠いところに行かざるをえない。仕事どうする、牛どうする。
期限は今月末・・・。

子供や妊婦は殆ど避難させたようですが、村の唯一の病院は医者が残るとか。患者も来るとか。
老人施設は残し、職員は”安全”なとこから通うとか。

飯舘村は福島市からでも車で一時間はかかる県北の山村です。人口は6千人あまり。美しい村です。

以前、このブログでもこの村の事と菅野さんという村長さんの事を書きました。市町村合併を拒否し、独自の村文化を育んできた村です。

菅野村長はすぐれたリーダーだと思います。飯舘の牛、飯舘牛はブランド商品です。たぶん米沢経由で出荷されていましたし、県のJAでも扱っていたような気がします。食べたことあります。美味しかった。
飯舘ミートバンクというシステムを作り、会員には美味しい牛肉を宅配していた。村おこし。これも無くなるだろう・・・。

飯舘村に言い伝えられている言葉に「までい」という言葉があるそうです。郡山では「まで」という。標準語にすると「マメ、コマメ」というようなニュアンス。飯舘の「までい」はもうちょっと濃いかも。深いかも。真手という古語が語源だとか。手間暇を惜しまず、丁寧にとか、こころを込めてという意味で使われている。

菅野村長が考え出した村おこしの「理念」。それが「までいの力」。菅野村長の理念引用。

 私たちの村が進めている「までいライフ」の1つの大きなメッセージは、暮らし方を少し変えてみようではないかということだ。戦後、一貫して大量生産、大量消費、大量廃棄によって作られてきた今日の日本経済の中に少しスピードをゆるめてみようと。走っている人は歩く、歩いている人は立ち止まる、立ち止まっている人はしゃがんでみる。そうすると足元の花の美しさみえてくるような気がする。
 もう1つの大きなメッセージは、人と人とのつながりを深めようということだ。他の国に誇れる日本人の国民性は「トラさんクマさん醤油貸してよ、味噌なくなったのよ」の関係であったはずだ。戦後一貫して効率一辺倒、スピーディーにお金が全ての全てという価値観で進めてきた結果、人と人との関係が希薄になり「自分さえ良ければ病」になってしまった。
 「お互い様」のまでいの心が必ずや新しい日本を再生する基礎になると思う。
 私たちの「までい」の発信は、ささやかなものであるが、必ずや住みやすい地域をつくり、地方の生き残り策になるものと確信している。
 この「までいの力」がその役を十分果たしてくれるものと大いに期待してやまない。


「までいの精神」に共感した福島市の出版社が企画して発刊までこぎつけたのがこの「までいの力」という本。震災、爆発で発刊を中止しようとしたらしいが、赤く染まった放射能地図や避難という災難を余儀なくされた村民の心を思って発刊を決意したという。「までいの力」で、この困難を乗り切って欲しいと。

出版社に注文していたこの本がきのう届きました。前記の菅野村長の「理念」も書かれています。乗り切る力です。あまりにも示唆に富んでいます。

本には村の様子がくまなく紹介されています。素人写真がまたいい。村民の笑顔がいい。綺麗な村です。自然と共存しています。

原発がこの人達の生活を奪ってしまう。不条理という言葉を使っても彼の心中には迫れません。やはり涙が出ます。

本は2,500円と、ちょっと高い値段です。でも書店は通さず、出版経費を除いて残りは村への「支援金」にします。

本の帯の裏にはこう書かれています。「繋がっていれば、決して負けない。」と。
村民は一時散り散りになるでしょう。でも、心が繋がっていれば、いつかはまた一つに成れる。もとの村に帰れる。帰すことが出来る。

村長の柔和な笑顔に秘めた強い、熱い心にエールを送ります。

きのう行われた離村式のような村民の大会。みんなで「故郷」を歌ったそうです。あの歌の歌詞が一番似合う村・・・。

オレは行くぞ。飯舘へ。

村長の理念、メッセージ。今の日本人すべてに届けたいと。

2011年5月25日水曜日

民の力

民の力。タミと読むかミンと読むかはともかく。

大津波の際、中国人研修生20人を高台に避難させ、その後津波にのまれてしまった女川町の佐藤充さん。

先日来日した中国の温首相も名前を挙げて感謝の意を伝えた。中国のマスコミの報道も大々的。「佐藤充先生、中国人はこの名前を永遠に忘れないであろう。感謝して」と。

報道によって中国人の対日観が大きく変わった。日本兵に親を殺されたという人まで日本人を見直したと言う。

政治や外交がいくら手練手管をろうして、時間をかけても氷解しない日中関係。少なくとも中国人の、人間としての感情をこの佐藤水産専務の充さんと社長の仁さんが大きく変えた。

一人の人の責任感あふれる行為が、国と国との関係を変えた。多くの中国人が石に刻むくらいに忘れないであろう「佐藤充」という名前。

民の力が国を動かしたとも。

「復興」の途上にある津波の被災地。民の間で始まった「復興ファンド」。例えば一万円。5千円が義援金に、5千円はその企業の事業資金に。事業がうまく行けば出資者には三陸の味覚が送られてくるという。

ファンドのページに掲載されている人達の笑顔。その美しさ。強さ。もう締め切りになったファンドもあるという。
官のやることはスピード感に欠ける。民が立ち上がる。知恵を出す。
政府が作った復興会議なんて何の役に立つのかとばかりに。

避難所でも計画停電の首都圏でも、秩序ある日本人の行動は外国からみて称賛の的だった。中国人はなおさら。

日本人を卑下した外国は無し。この国の民草は誇れる人達なのだと。

「強い国民のもとでは弱い権力者が生まれる」。

原発事故で不手際の限りを見せつけた官政権。パリで何を言って、どこまで信頼を勝ち取れるのか。多分・・・。

津波は多くの物や命を奪った。そのかわりに日本人の心を蘇らせてくれた。人と人の絆を強めた。

あの中国人研修生、20名の女性は一生日本を忘れまい。佐藤充という人を忘れないであろう。

民の力。もっともっといろんな物が出されてくると確信している。官に依存することの無意味さを知った人達は。

政治家達は己の無力さをまだ知ろうとしない。

ちょっとパソコントラブルあり。フォントや句読点がおかしいのです。

2011年5月24日火曜日

年間20ミリシーベルトのこと

放射線量、年間20ミリシーベルトの暫定基準をめぐって福島の都市部は揺れています。
文部科学省が腰ダメで決めて県や市、教育委員会に通達した学校での、子供達の「被曝基準」。

世界の放射線専門家が集まった国際放射線委員会が指針として出しているのが1ミリシーベルトから20ミリシーベルト。20は一時間あたりにすると3,8マイクロシーベルトに相当するとか。

原発事故の前は1ミリだったのが、事故後には緊急措置ということで20ミリに。それに怒った小佐古って参与さんが辞任した。小佐古の涙が親たちの感情に火をつけた。

きのう、文部科学省の前には福島県の親たちという人達が集結。基準を下げろと申し入れ。怒号飛び交い。

こどもをどうやって守るかは親として当然なこと。「最も弱い立場にある人をどうやって遇してきたかがその国の文明度を問う尺度」だとも言われている。

放射線管理区域の「しきい値」も、時間あたり0,6。専門家といわれる学者さんたちの意見も分かれる20ミリシーベルト。大方の結論。「わからない」。影響が出るかどうか。「少ないに越したことはない・・・・」。

福島の中通り。福島市から郡山。毎日毎時1,4マイクロの数字。年間20ミリっまでならOKと言われて親が不安がり、怒るのも当然かと。

「福島の親たちが立ち上がった」というスローガン。文科省前には500人の親と報道。中には「モルモットにするな」ってスローガンも。これ見ると違和感あり。自分の子供をモルモット呼ばわりのような印象。

そして集会の一番前にいるのがあの派手な色の服をきたどっかの政党の女性党首さま。なんだい、がっかり。やはり”先導者、煽動者”いるんじゃないか。

子供を守るための行動。当然。無策な政府は誹りうけて当然。

文科省の役人めがけて投げかけられる罵声はどうもあまり福島県民ぽくない。確信犯の運動家のように見えて。

「福島県から子供を外へ出さないようにしたのがこの20ミリ」と訳知り顔で言うテレビ。

基準線量値を下げたらどうする。通常の1ミリにしたら親たちはどうする。対策についての要求見当たらず。

自治体や学校は困惑。ただひたすら校庭の表土を削る。入れ替える。

誰にもわからない20ミリの安全性。数値見直しだけが子供達を守ることかどうか。

学者でさへわからない危険度。心配でたまらない親心。親心は限りなく純粋であれ。どっかの党首に引率されて、まさかとは思うけど、党勢拡張、政争の具に親心が利用されないように。

政治家が出てくると官僚は引く。そして抵抗する。

国と親と政党と。そのハザマで苦悩するのが自治体の首長。校長。

基準値下げても現状は変わらず。大気の現状は。さてどうする・・・・。

2011年5月23日月曜日

やはり藪の中だった

原発事故1号機の海水注入中断問題。国会でやりあったが誰の指示だったのか。結局藪の中。またまた思う。この政権の脆弱さ。

水が注入されなければ「ヤバイ」ってことは誰しもわかっていること。それを何で中断したのか。はっきりさせなければ被災者の怒りはますます増幅される。

原子力安全委員長。斑目。まだらめ。名前をもじっていうわけじゃないけど、どうもデタラメって読めてしまう。

「再臨界の可能性はゼロでは無いが、危険性については言っていない」。注水をやめれば危険なのは当然と。菅に聞かれたから言ったと”証言”。
菅は「海水注入なんて聞いていなかった。知らないからやめろとかなんとか言えるわけがない」。

東電発表の文書にあった文言。それを政府に訂正させたとか。官邸に当時いたはずの東電関係者を参考人で呼ばなくっちゃ。東電所長の話も聞かなくっちゃ。もっとも吉田所長は現場で陣頭指揮中。停めるのが先だけど。

政府の統合本部が発表した文書がデタタメってことか。ならそれを書いた奴を処分しないと。こんな最悪の有事に誤記なんてあり得ないこと。

藪の中、藪の中。誰も見ることが出来ない。

藪をつついて蛇を出すとの諺あり。危険なことはするな、余計なことはするなってことの例え。字句通り読んでみましょう。

菅さんよ、藪をつつきなさい。ま、あんたが藪の主なんだろうけど。藪の中にいる悪い蛇たちをあぶり出しなさいよ。空き缶でつっついて。

政権内には悪い蛇がまだまだ棲息している。冬眠から覚めた蛇が。人心一新。参与なるわけのわからぬ取り巻き全部首。安全委員会も解体、出直し。

藪の中から蛇を出せ。

きょうの朝日歌壇。「ふるさとは無音無人の町になり 地の果てのごとく遠くなりたり」。富岡町の女性の詠む。

役に立たない人間の顔をした蛇どもが地の果てを作った。

ベントの時期をはじめ、原発めぐる藪の中はますます広まる。まだまだ、原子力という人間が作った悪い蛇が紅蓮の火を発している。毒蛇の舌のように。

2011年5月22日日曜日

言った、言わないの”議論”

「あの時ああ言ったじゃないか」「いや、言ってない」「いや言った」「言ってない」。誰しも経験がある「言った、言わない」。会社でも仲間内でも。
だから庶民の知恵はこう言わせる。「言った、言わないの議論はやめて前へ話をすすめようよ」と。「そんな議論になるのはくだらないから二人っきりで話すのはやめようよ」とか「証拠を残しておこうよ」とか。
幹部同士が言った、言わないの議論ばかりしているのはダメな会社の典型。

真偽はともかく言った言わないの議論ほど非生産的でくだらないことはないのです。結果残るのは人間不信や問題解決の遅れ。責任逃れを糊塗する方便。

またぞろ、原発問題をめぐって言った言わない議論が勃発。ほんとどうなっているのとあきれるばかり。

電源喪失、一号機の水素爆発。冷却が最優先。真水無くなり海水注入。

最近出てきたのが海水注入中断の話し。一報は読売だったか、共同通信だったか。
東電の発表と政府の対策本部の違い。輪をかけて政府筋なる方のコメント。政府筋とは業界用語で官房副長官クラスの事。補佐官も入っているのか。

東電が海水注入始めたら、対策会議をやっていた官邸で菅が斑目に聞いた。斑目は再臨界の危険ありと言った。だから怒った菅が「おれは聞いてない」と同席していた東電社員を怒鳴り中止させた。大丈夫だと原始力安全委員会か保安院に言われて再開。注水。水が入らなかった時間およそ1時間という話し。

早速メディアに登場した専門家は注水を続けていれば事態は変わっていたという。適切な判断ではなかったという。斑目は「俺がそんなこと言うわけ無い」と怒る。細野や枝野は「政府がそんな指示を出す訳が無い」という。

誰かが嘘で、勘違いで、先走りなのか。誰かは本当のことを言っている。「言った、言わない」の口争い。まさに被害者不在のなすり合い。

こんなばかばかしい事が何度繰り返されるのか。対策本部、政府機能せずでしょ。

明日の国会でも話題になるとか。何度国会でやっても議論の帰趨は見えている。

誰かに菅が言った。「東日本はなくなる」と。まだありますよ。
松本なんとかという内閣参与に言ったとか言ってないとか、「10年や20年は住めない」と。あげく参与はクビ。

小佐古っていう学者には見放され、言いたい放題言われ、平田オリザには「アメリカの要請で海に水を流した」と言われ。もう勘弁して頂戴よ。参与なんていらない。

危機管理なんて出来る政権じゃないこと明白。だからと言ってやめさせられない。
菅はもう黙っていなさい。誰とも会わなくていい。少しはマシな人間を担当にして司、司にまかせない。それきゃないよと諦めるのか・・・。

中韓首脳と並んで福島の野菜かじるパフォーマンスに専念してなさい。

汚染されているであろう雨が田んぼをうるおしています。

2011年5月21日土曜日

逃げる人、立ち向かう人

今年初めてカッコーの鳴き声を聞きました。「おお、カッコーが来た」。すぐにどっかに行ってしまいましたが。大気中放射線量1,3ミリシーベルトのところにもちゃんとカッコーは来た。穏やかな日常・・・。

開け放った窓から隣家の子供の声が聞こえてきます。久しぶりに聞く子供の大声。

昨夜、大学の卒業生の集まり。中央大学学員会郡山支部の総会。ふだんはあまり付き合いの無い人達だけど「校歌」「応援歌」を歌って、どこかに感じる仲間意識・・・。

話題はもちろん、震災、津波、原発。津波の現場に行ったという元警察官の話し。人が人でなくなったような惨状を言葉を選びながら。
惨状の中の捜索活動。精神的ダメージ大きく警察官をやめた人が5人いるとか。自衛隊や消防。PTSDというかこころのダメージで去ることを余儀なくされら人もいる。しかし、ほとんどの人達は立ち向かっている。使命感か、責務か。

「だれそれさんは孫を遠くに避難させたらしい」「彼のところもそうだ」。そんな会話も多く。

医者にとっても原発放射能は未体験ゾーン。知り合いの医者は言う。「自分では大丈夫だと思うけど、あまり気にしないけど、本当の事はわからない」と。経験や知見持ち合わせていないからと。そりゃそうだ。正直な人だ。

水素爆発直後、メディアの”扇動””先導”もあってか、郡山を脱出した、逃げ出した医療従事者も多いと。それを止める権利はなかったと。
代わりに、こんな時だから行きますと勤務を願い出てくる医者や看護師もいるとか。

逃げ出す医者、看護師、薬剤師、薬屋。どこに根拠を見出しての行動かはわからないけど、子供を避難させるのはともかく、大の大人が。どことなく”卑怯者”と言いたくなる。使命感を持ち合わせていない人達と思える。でも立ち向かおうとする人達も必ず登場する。

どっかで見かけた記事。退職した原発従事者達が原発の現場に向かおうと賛同者募り、500人が集まったとか。そのうちの百数十人が原発の近くにまで来ているとか。70歳前後の人達。若いもんの代わりに俺達が。俺達には経験があると。原発の現場を知っていると。この老人パワーが使われるのか。使うのか。

身近にいる人達になるべく冷静な判断を求めて励まし、ここでこのブログを書いているってこと、亭主がやっているってことは立ち向かっているってことなのか。

立ち向かいたい。

「まだ郡山にいるのですか、東京の帰ればいいじゃないですか、骨をうずめるのですか」。また聞かされたこんなセリフ。昨日の集まりでの“後輩”の言。郡山生まれ、郡山育ち。家族は避難させているという。

殴ってやりたくなる。たまたま郡山というところに住みついてしまった。たまたま。特に愛着があるわけでもない。人生はたまたまの積み重ね。

たまたま知り合いになった人達が大勢いる。仲間達がいる。友人がたくさん出来た。今、ここが俺の立ち位置。

生まれ故郷ではもちろん無い。親の墓も東京にある。いわば「流れ者」かも。だけど流れ者には流れモンの意地がある。

逃げた人を責める気は全くない。だた、おれはここで自分に出来ることで立ち向かいたいだけ。

郡山人でも郡山にある避難所に行ったことがない人も多い。実態を知らない。原発避難民の。亭主はちょくちょく避難所に足を運びました。個人で出来ることは、ちょこっとしてきました。心の中にあった“打算”。川内村や富岡の人達に、あとで、「郡山に避難してよかった、郡山の人によくしてもらった」と思って欲しかったから。

浜岡停止は海江田の助言、一号機の海水注入に待ったをかけたのは斑目の意見を聞いたから。なんでも他人のせいにしているような言葉を放つ菅。彼は絶対に逃げている。逃げる人だと。立ち向かっている政治かって誰?。

2011年5月20日金曜日

どうにも解せないことが次々と

きのう津波に襲われる原発の光景を撮った写真が公開された。リアルな写真だけど、あの鮮明な画像。なんで公開されるのが今なのか。解せない。そう思う人はいっぱいいる。何で今頃。それに対しての明快な答えは無い。「資料を整理してたらたまたまありました」。そんな東電の説明になるほどと納得する人はいまい。

思惑あるはず。そっちに話題を振っておいて、なにかから目をそらそうとしているのか。与謝野のバカが「神の仕業」と言ってはばからぬように、全てを津波のせいにして賠償責任をいくらかでも逃れようということか。

先日は中央制御室あったというホワイトボードの公開。あのボードは持ちだされたものなのか。制御室に入った人が撮影してきた写真なのか。寡聞にして、それを見聞きしていない。書かれている内容に「緊迫していた状況がわかります」なんてコメントするアナウンサーはいても、なんで今頃それが出されるのかについての言及無し。解せない。ボード持ちだしていたのなら”改竄”だってありうるし。

そして昨日、ふと思い出した、気がついた、素朴な素人の疑問。
何回か原発に見学、視察に行ったけど、たしか原子炉建屋の中には何台もの監視カメラが置かれていた。たしか東電の説明では、誰も触れられないIAEAのカメラだと。常時24時間作動していて、原子炉内の模様をIAEA本部に送っているとかいう説明聞いた記憶。あの監視カメラの映像ってないのだろうか。停電でダメになっていたのなら、その直前までの映像はあるはずじゃないのかと。

東電や保安院の会見の時にだれかそのカメラのこと聞いてくれないかなあ。少なくとも原発に入ったことのあるメディア人なら知ってることだとおもうけど。
みんな入ったことないのに「解説」してるのかな。

事故収束には何の役にも立たないけど、気になった解せないこと数点。

2011年5月19日木曜日

ケツを拭けよ

嫌なコトバ使ってますね。この亭主は。ケツを拭けよなんて。尻ぬぐいに替えましょうか(笑)。

日々変わる原発の状況。日々変わる政権の動き。ま、それを追っ掛けて記事にするってことだけでも大変だってことは十分理解できるのですが。

あまりにも時々刻々のせいか。かつて報道してきた事の”続報”はすっかり失念している。

最近の放射能汚染状況を伝えるメディアは、どうも「危険」に舵を切ったような。1,3号機爆発直後は、安全とかなんとかの論調。しかし、裏では取材自主規制、立ち入り規制のスタンス。

放射能がどれほど危険なのか。数字と測定器のいたちごっこ。外部被曝でも、内部被曝でも良くないってことは当たり前。じゃそれがどれほど危険なのか。

ガンにかかる率が増えるってことだけなのか。近い将来。医学者も定見持ちあわせず。いろんな学者がいろんなこと言う。

学者は定見もって発言し、それが間違いだとわかったら、ちゃんとシリ拭いてよねって。

爆発事故直後、原発作業員3人が被曝。ニュース速報にはじまって追っ掛け病院から中継。どれくらいの報道陣が投入されたことか。その報道ぶりは最悪の事態を思わせるようなものだった。

結果、一応権威ある医療機関で「異常なし」の診断。なんの治療も無しに退院。途端に報道陣も消えて。
この3人、その後どうなったのか。まだ現場で仕事しているのか、辞めたのか。なんの報道も無し。後追い記事無し。殆ど忘れられてる。

原発で作業中の60代男性死亡。メディアは放射線によるものとの刷り込みあり。結果心筋梗塞。もはや後追い無し。どこのだれだったか、心筋梗塞をおこした原因がなんだたのかの後追いも無し。被曝じゃなければニュースでないってことなのか。ケツ拭いてよ。なんであれ原発事故現場で一人の人が死んだって事実は変わりないんだから。

きのう、20キロ圏内の犬やネコの話を書いたら今朝の朝日新聞県内版。県の職員が犬は百何頭、ネコも数十匹保護してきたと。まさかからから亭を朝日新聞が見ていたとは思えませんが。(笑)。

で、その保護されて来たペット立ちの処遇が大問題とか。飼い主と再会できても飼い主は避難所。飼うこと不可能。帰れるまで待ってくださいとお願いだとか。誰かが預かる、引き取る。それが可能ならいいんだけど、もちろんボランティアやNPO法人でやってる人達いるけれど、物理的限界あり。

亭主も真剣に考えましたよ。一匹くらいは引き受けようかと。ただ、今いるゲンキくんとの折り合いがどうなるか。うまく相性がいい子と出会えるか。表で飼うことは出来ず。室内で。ゲンキは自由、その子はケージじゃとてもじゃないが不公平。といって両方自由にしたら相性によってどうなるか。オスとオスは無理っていうのが経験則。近所の犬たちとの触れ合いの中で経験済み。オス、メスにしたら・・・・。どっちか去勢ってのも・・・・。お互いにストレスになっても・・・。真剣に悩んでいます。澪は去勢されたメスだったけど。性格が穏和だったけど。悩ましい選択なのです。

土壌汚染あり、側溝の汚染度高いというのが衆目の一致するところ。散歩だってどうする・・・。もちろんケツは拭いてあげますが。

ともあれ、何に対してもケツを拭かない菅政権。

2011年5月18日水曜日

「国策の被害者」

やっと認めた一つの見解。国の原子力災害本部、つまり菅政権は、原発を国が国策として進めてきたと。そして、事故の被災者は国策による被害者と文書に明記した。歴史に残る((爆))自白。忘れてもらっちゃ困りますよ。

被害者がいるということは加害者がいるということ。文脈読み取れば、常識、加害者は国ということ。

加害者には当然「罰」が「罪」が与えられなければならない。

「最後の最後まで、国が前面に立ち責任をもって対応する」とも書かれている。責任を持って。何をもって責任というか。

もうこの辺になってくるとさっぱりわからなくなる。何をもって罪を償い、罰を受け、責任を果たすのか。

またもや言葉だけが踊って逃げ通すのか。

あげく被害者救済の「工程表」だと。工程表ってのは、そんな言葉は電力が使っているいわば工場の生産工程みたいな言い方。人間は物じゃないよ。者だよ。

国から発せられる言葉には、人間味が無い。そんな言葉使っているからやることにも人間味が無い。

東電の「工程表」見直し。記者会見で手を腰に当て、薄ら笑い浮かべながらメルトとは溶けること、ダウンとは落ちることなんて英語の授業をしている武藤って原子力村の村長。彼の表情からは被災者を思う心情など全く見えない。

あんな人が本店で君臨してる限り、偉そうにしている限り、原発の事故現場で酷使されている人は・・・・。第一の所長よもっと、もっと怒れ。憤怒の河をわたれ。

一過性集中報道が大好きなマスコミ。もちろん現場に行った、ちゃんと取材した、読み甲斐や見甲斐のある記事や番組もあるのだけど。

東京で取り仕切られている全ての事に感じること。他人事。時々ひどいワイドショーや報道番組。他人の不幸を”喜んで”いるような。

きょうは殆ど報じられていない20キロ圏内への一時帰宅の話。きのうは車持ち出しの予行演習(これも変なコトバですね)ネタはあったけど。

最初の一時帰宅の時は群がったメディア。

「犬は玄関につないでおけば県が翌日保護に行きます」。その犬たちがどうなったか。最早報道無し。一過性というか、忘れているのか、ネタじゃないのか。

国策による被害者。その被害者には犬やネコや牛は入っていないのか。立派な被害者だと。オカミを信じて繋いできて、そのままだったら飼い主が加害者になってしまう。

当事務所の隣の女性。NPOの所属してるとか。南相馬に行ってきて犬を連れ帰ってきた。キレイに洗って。新しい名前つけて。「ヒロシ」くんってつけたとか。
雑種。

ヒロシくんがどんな生活をしてきてどんな体験をしてきたかはもちろんわかりません。でも、もう人間にすっかり懐いています。身体をさすってやると道路に上向きになって喜びます。けなげです。

20キロ圏内の犬たち。どうなったんだろう。だれか教えてください。もう一人の国策による、同心円を描かれたことによって生じた”被害者”のことを。

2011年5月17日火曜日

世論調査というもの

なにかと躍起になって行われていた世論調査。内閣支持率など。結果が出ると扱い大きく。メディアの書き方、伝え方が調査に影響を与え、その結果の調査数字を「世論」だとして伝える・・・。

所詮世論調査とはそのようなものだと言ってしまえばそれまで。要するにメディアが作り出したものが世論という民意かと。ま、その”構図”は変わっていないのですが。

震災後も新聞やテレビでは調査は行われていたようです。ようですというのは、扱いが小さいから目にとまらなかったこともありということ。

それにしても、調査の頻度とか、タイミングがずれていると思いませんか。

このところの世論調査。例えばきのうのNHK,支持率約28%。朝日新聞も殆ど同じ。
浜岡停止は支持多く、東電事故対策でも29%もがその対応を支持、評価しているとか。おおまかな大勢ですが。

浜岡停止のあとの調査、そりゃ支持率、評価は上がるでしょう。それを見越していたのだから。

きのうになって正式に判明した東電事故の”全容”。いや、まだ全容とはいえないでしょう。定義はともかくメルトダウンなるものを知っていた東電、菅政権、原子力委員会。

またも騙された。隠蔽が露呈した。”自白”した。数日後に調査やって見てください。東電原発事故対応が良かったか、悪かったか。「浜岡」帳消しってことになるかも。

大震災対応についても評価は低いものの。評価するって人もいる。支持率28あるなんてことが。とっくに被災地や避難民からは見放されていた政権だと思っていたのに。
いや、そうですよ。菅はもうこりごり。もう嫌だっていう声が亭主の周りには満ちているのに。

新聞の小さな扱い。そう、予想と違う数字に大きく扱うことに戸惑ったからか。
その小さな記事をよく見てみるとびっくり。電話による調査の対象からは被災3県は除いているって。

安心、安全なところにいて”冷静”に、マスコミ報道を見ていて出された調査結果。決して被災者に向けた調査ではなかった。

結果、言わせていただきますが、こんな調査って何の意味もないんですよ。原発事故に一憂、一憂してる身には。

被災地の心情はともかく、28%という支持率って・・・。なんと思われますか。

国会は延長せずに来月閉会とか。本格的救済、復興予算を盛り込んだ第二次補正予算は夏以降だとか。

延命、延命、居座り、居座り。なりふり構わぬ菅の延命策。まだ功を奏しているような。

退陣を求める声も所詮は永田村の政局マター。むじなとたぬきの権力争い。

支持率30%を割ると”危険水域”だとメディアはいう。判で押したように。以前は必ずあった「次の総理は誰がいいですか、総理に相応しい人は」という設問が無い。

今週末またやってくださいよ。被災地も入れた調査を。そして聞いて下さい。「この国難を乗り切るには誰がふさわしいか、どんな人が必要なのか」を。

ゴメンナサイ。亭主には全く見つからないのです。その人が。過去の人物ならともかく、今の政治家の中では。

2011年5月16日月曜日

五月の心地よき朝に

郡山の発展の原点は安積疎水(あさかそすい)にあります。郡山開拓史です。猪苗代湖の水を郡山まで通した。全国から多くの開拓民を迎え入れ。その名残の地名は随所にあります。安積疎水の完成によって、荒れ野だった郡山は肥沃な大地に生まれ変わりました。

今度の大震災、すぐには気づかなかったものの、安積疎水の水路が各所で決壊していたそうです。水が市内まで来ないことが作付けを遅らせていた一つの原因だとも。

家の周りの田んぼ。きのうでほぼ水張りが終わりました。田床が撒かれるのを待つのみ。カモが餌をついばんでいます。蛙の鳴き声もきこえるようになりました。

田んぼの水を満たすのに時間がかかっていました。水量、水流れが例年とは違っていた。やはり疎水の影響なんでしょう。市内の一部では水路復旧ならず。今年の作付けを断念した農家がかなりの数あるそうです。

申し訳ない。五月の爽やかな風、田をわたる風。心地よき五月の朝を味わってしまいました。だけども子供の姿は見えません。あぜ道を通って登校していた子ども達の姿は完全に消えました。

今日の郡山。たぶん大気中の放射線量は1,4ミリシーベルトくらいでしょう。一時間当たり。もう数値を気にしないことにしました。以前は毎日、県のホームページで毎時を見ていたのですが。大気の数値は一時よりだいぶ減ってきています。発表されている限りは。気にしてどうなる・・・。

作付けに入る農家の人は、一日中、この放射線量の中に身を置き農作業にいそしみます。放射線量を気にしているのか、いないのか。意に介しているのかいないのか。
「こんなこと、いちいち気にしていたんではやってらんね」。農民魂が目覚めているのか。大地の恵みは放射能なんかには負けないぞという気概か。

近所のお宅。地震で家が傾きました。復旧作業が毎日繰り返されています。業者の人達も一日放射能の中。しかも土を触る、触る。意に介していないようです。

ホームセンターでは庭に植える花が飛ぶように売れているそうです。土壌が汚染されているはずなのに花を植える。自分の手で。花に癒しや力を貰おうとしているのかも。素晴らしい花壇が出来ることを祈っています。

今朝の朝日新聞の歌壇に栃木県下野市の女性の歌がありました。
「いなさ吹けば放射線量増すという 真野の萱原(かやはら)夏は来向かう」。南相馬市にいる兄との電話で浮かんだ歌だとか。この女性ももしかしたら避難していった人かもしれない。

「いなさ」とは南東の風です。原発から南相馬や葛尾、飯舘に吹く風です。真野とは南相馬市の昔の地名です。万葉集にある句。「みちのくの真野の萱原
遠けども 面影にして見ゆというものを」。この句を踏まえて作られたのではないかと選者は解説しています。

短歌が持てくる風。五月の風を心地よきとは言えない人のあること。

2011年5月15日日曜日

責任、責任、数多くの責任

責任、責任。今や毎日どこかで聞かされる言葉。東電の責任、政府の責任、政治責任、自己責任・・・。責任と言う実態の無い、中味がわからない言葉が空虚にこだましているような。

東電には賠償責任があるという。国にもあるという。それは当事者達も認めている。その責任って金だけのことか。

国会でもことあるごとに政府の責任、責任を認めろ、責任をどう取ると責めたてる。この場合に使われている責任とは、いわば「責め」ということ。

東電の社長にぶつける責任という言葉は辞任しろということ。首相に対して言われるのもそういう意味合い。

「責任を認めます」。そう言ってもだから何をしたというのか。何が出来るのか。言葉遊びのような。「責任」という言質さえとればすべて終わりというような。

被災者の要望に対して「国が責任をもって対処します」と総理大臣はこたえる。そう言わせただけで満足しているかのよう。責任なるものを果たしていない、果たさなかったことに対する罪とがは。

国の責任として浜岡を停止し、国民の安全、安心をーーという。その責任という言葉へは評価するという答えが返される。

原発事故は誰の責任か。もちろん東電と政府。しかし、原発作ったのは誰の責任。国民の責任じゃないの。

立場上当然おわねばならない任務や義務。自分のしたことについての結果について責めをおうこと。辞書にはそう書いてある。

日本社会においては責任と言う概念がよく理解されていないと指摘する人もいる。レスポンスビリティーという本来の概念からかけ離れて義務という概念に置き換えられているという人もいる。

責任をとるということは辞める、辞任することだと思っている人もいる。

責任論が飛び交っても原発は停まらない。

説明責任という言葉が横行する。マスコミはそれを”武器”に使う。いいかげんな説明や発表。責任を持った言葉をだれも言わない。だれも政府や役所を信用しなくなった。

毎日公表されている大気中の放射線量。信じていない政府の”責任行為”には誰も信を置かない。

自己責任だと。避難するのも何をするのも。そう思う人達が増えている。だからだろうか。家長は家族を守る責任がある。9万円もするサーベーメーターを持って、今、自分の居る所を含めてあっちこっちで放射線量を測っている人の姿も目立つ。「政府もマスコミも信じられないから自分の身は自分で守る。自分で決める」と。

そうか。やはり国家はその構成員である国民を守っていないということか。守られていないとみんな気づいたのか。

原発、またもや、怪しげな気配。責任ある報道はどこにも見当たらない。国会議員同士の責任のなすり合い、推進してきた責任は自分たちにもあります。そう言いながらその責任のなんたるか、何をするかは言及出来ない人達の無意味な討論。

無意味なことを垂れ流し、不安を解消させてくれないマスコミ。その責任を自らは問おうとしない。

無責任男のスーダラ節が流行した頃、まだ日本は平和だったのかも。本当の責任感のある指導者がいたのかも知れない。

2011年5月14日土曜日

もう笑うきゃない、馬鹿馬鹿し過ぎて

浜岡原発停止。ここ数日以来メディアの中を吹き荒れる電力エネルギー不足だの節電だのの一大キャンペーン。

供給量はこれくらいで需要はこれくらいで、これだけ足りなくなる・・・。

この電力需給量って誰が、どこが計っているの。結局電力会社でしょ。経産省はその報告受けてるだけじゃないの。

何万キロワットなんて普通の国民はわかるわけない。電力会社や経産省が言う数字をそのまま受け売りで流すメディア。電力不足、省エネ、節電・・・。

なんかおかしなカラクリがあると思うのは亭主の勘ぐりか。広野火力は発電再開っていうのに。なんかおかしい。

計画停電は東電の脅しって以前書いたけど、またもやって感じがして。だいたいね、たとえばオール電化住宅、省エネ住宅なんて、オール電化を進めたのは、電力会社と建築会社がつるんだ電気いっぱい売りましょうって商売。建築会社もおすそ分け回してもらって。

今度は使うな。使うな。

そりゃ勿論東京電力原発の大事故があったからなのは当然ですが、もし東電の事故さえなければ浜岡だって止まって無かった。止めるわけ無かった。

国民の安全と健康を守るための措置。なんだい、あの菅の言い草は。大局的見地に立った政治判断だって。いやだよ、あんたの政治判断なんて。信用出来ないひとの判断で生活が脅かされるなんて。

節電が嫌だと言ってるわけじゃありません。原発賛成と言ってるわけじゃありません。お間違いないように。政府のやり方や電力会社のやりかた、それに飛び乗るメディアの不見識を怒っているのです。

節電騒ぎで、もう、ばかばかしくって笑うっきゃないこと。なんとスーパークールビズとかなんとかいう服装の話し。どこのメディアも一斉報道。TシャツハOK,破れていないジーパンOKとかなんとか。環境省が御触れを出したということですが。

自分で着るのもは自分が決めるもの。なんで政府に指示されないといけないの。そんな服装基準を決めてる暇があるなら、こっちに来て土壌汚染の検査でもしてなさいよ。

テレビなんてタレントさんまで交じって皆節電評論家。節電10箇条なんて言いだすありさま。窓をあけて涼しい空気を入れて、すだれで日よけして、扇風機使って。冷蔵庫の使い方指南まで。その他もろもろ。

かたや環境省は文部化科学省は言う。放射能にあたらないために外出は控えましょう。窓は閉めましょう。

郡山の夏はエアコン要らず。特に高台では外気で十分だった。夜は。亭主経験済み。エアコンの無い暮らしを何年もしてましたよ。でも今や高台は放射線量多いとか。夜風に当たれない。

カリユシは沖縄の正装。アロハはハワイの正装。みんな好き勝手な、すごしやすい服装すればいい。これを着なさい。これならOK.なんか戦時中の男子は国防服、女子はモンペ。それとおんなじような。

涼しくて自分に似合う格好すればいい。電力不足っていうのが本当なら。

原発事故で、もう散々東電や政府に騙されて来た。言ってることがほとんど信用出来なくなった。だから電力供給量の話しだって、嘘だと思えてしまう。

ノーネクタイでスーツ姿のあのみっともない政治家の姿見るたびに嫌になる。
例え辛くってもネクタイしなさいよ。暑くっても。原発に現場では防護服の中は灼熱地獄だっていうじゃないですか。同じ思いしなさいよ。

やせ我慢しなさいよ。それが男ってもの。田中角栄さんじゃないけど扇子持ってればいいじゃないの。

原発難民には散々我慢を強いていて、自分達は・・・・。これって言いがかりかな。

とにかくこの世をあげての節電キャンペーン。ばかばかしくって。似合わない節電ルック、スーパークールビズやってる人見たら思いっきり笑ってやろう。

時代の寵児とマスコミももてはやしたホリエモンの正装はTシャツだった。(笑)。

余滴 東京行

東京へ向かう新幹線が白河を過ぎた頃から。車窓には田園風景が広がります。

3・11前まではあまり気にしていなかった光景。田んぼには水がきれいに張られ、その隣の田んぼでは稲がもう成育している。緑と水のある光景。

わずか40分ほど前にいたところとは全く違う別世界。いや、もうちょっと離れた距離のところ、時間のところとは余りにも違いすぎる。

日常と非日常の姿の落差というか。

海水で塩を含んだ田んぼ。作付なし。あたり一面荒廃とした光景。放射能で土壌が汚染され作付禁止となった土くれだけの田んぼ。今、目の前にある豊かな田園風景。日本の原風景。めまいがしそうでした。

都内に入って滝野川公園のあたりでしょうか。空き地に建てられているのはもしかして東京や埼玉に避難している人達への仮設住宅か。たぶんそうだ。その風景は東北とつながっている。

東京駅が近づく。林立するビル、ビル、ビル。住宅や商店の密集地。もし、ここにあの地震が起きたら・・・。頭の中で悪夢が、いや夢想が。

東京駅。ブルーシートで覆われていました。震災直後の郡山駅や仙台駅のように。被災じゃないです。東京駅のあのレンガ造りの駅舎を保存して新しい駅舎をつくるための工事とか。綺麗な駅の構内よりもブルーシートに覆われた構内の方に違和感を覚えない。

工事のせいでしょう。出口がわからない。やっと出たらとんでもない方向(笑)。

たどり着いた如水会館。昔と変わらぬたたずまい。昔、後輩の結婚式で行って以来。毎日新聞社の脇を曲がり白山通り。50年も前の学生時代の匂いを探す。

「テレビと大震災」という話をしてきました。被災経験も話しました。原発含め。
震災以降、テレビを見ていて感じていた違和感が話を聞いて解消されたと言ってくれた人や、九州新幹線のCMのことを気にしていた人もいて。
何気なく見ているテレビと身構えて見るテレビと。それを感じ取ってもらえたか。

懇親会でも原発の話が主役。温度差は感じられなかった。ビールの味は同じだった(笑)。

会館を出る時、雨。雨に濡れながらタクシー拾い。東京の雨の余滴に濡れたからだを新幹線へ。

もう夜。車窓から見えるのは光景ではなく疲れた亭主の顔(笑)。郡山はもちろん雨。一応放射能の雨・・・。

翌日、講演を聞いていただいた方から「お礼」のメールをいただきました。感謝、感謝。そういえば、クールビズというあの不様な格好の人達はいなかった。みなさんスーツにネクタイだった。
戴いたメールに返信。君子の交わり、淡きこと水の如しのお付き合いが出来ればと。

昨日、亭主が使っているこのグーグルのブロガーというサイト。不具合となっており。「ご不便おかけして申し訳ありません」というお知らせだけが表記されたまま。亭主のホームページ管理人さんも「ぐるぐる不機嫌なんですね」って。
こっちだって不機嫌じゃ(爆)。前日に投稿のあったコメントも消えてしまっているし。被害者だ、損害賠償請求しようか(笑)。

てなことで、これは昨日の分。まさに余滴。

2011年5月12日木曜日

そうだ、東京へ行こう

これから東京に行ってきます。震災以来はじめて乗る東北新幹線。

目的は「講演」です。きょう思いついて東京に行くのではありませんが。

この講演、そもそもは福島県の白河にあるリゾートホテルで行われる予定でした。ところが震災、地震でその施設が使えなくなったとかで、東京の如水会館に変更になったものです。

日本のインフラ事業を担う業界団体が催すもの。「テレビ」の話をしてきます。穏やかに(笑)。

余談。如水会館。懐かしい場所です。たしか中国の古典、礼記にある言葉。「君子の交わりは淡き水の如し」からとった名前のはず。大学は神田。神保町界隈、一橋界隈は”地元”だった。

束の間、東京の様子を体感してきます。

それにしても新幹線。震災と機をいつにするかのように開業した九州新幹線。そのCMが話題になっているとか。

ユーチューブで見られます。http://www.youtube.com/watch?v=UNbJzCFgjnU

フルバージョン。鹿児島中央駅から博多駅までを疾走する新幹線。カメラは車内にあって沿道で手をふる人達の姿、姿。延々とその人の波が映されています。タレントはいない。多くの普通の人達だけ。

CMっておかしい。このCMは九州のテレビ局でしか放映されていません。「祝」だからか。昔、JR東海にあった。「そうだ、京都に行こう」。これもJR東海管内だけ。京都の人は見ていた。「京都にいるのに、京都へ行こうっていうCM変だよね」。そんなこと言った人がいた。

東北新幹線復旧。JR東日本はたぶんまだCM打ってない。どんなもの作るのか。やはり「はやて」か。

でね、この九州新幹線のCM、確かにCM界の話題としては面白い、優れた作品ということになるんでしょうが、九州への誘客にも役立ちそうなんですが。放映は九州だけとか。

そして、このCM。東北から見ると辛い。車窓からのカメラが捉える人々の光景。傘を振っていたり、ビルや屋根の上から手を振っていたり。高台の道から手を振っていたり。何百人もが”動員”されて。

あの震災直後、大津波に襲われ、難を逃れ逃れた人達が、助けを求めて病院の屋上や建物の屋根からヘルプと書いて紙をかざし、傘を振り続けて、助けを求めていたあの光景が重なってしまう。ビルの上からここにいるぞと手を振り、叫んでいた人達の姿も・・・。子ども達も・・・。笑顔があるかないかの違いだけのような。カメラはヘリからそれを撮ることしかできなかった・・・・。

CMの締めのコメント。「九州が一つになってありがとう、九州は一つになった。九州から新しい力が生まれます」といった具合。
散々見さされた、聞かされたACのCMが重なる。コピーが。日本は一つです。日本の力を信じてる。空虚にしか聞こえなかった呼びかけに。

懸命に東北新幹線を復旧させたJR東日本さん。経営は苦しいだろうけど、いいCM作ろうよ。作ってよ。広告会社の英知も結集させて。そして全国で放映させようよ。「そうだ、東北へ行こう」と思わせるようなCMを。

そんな思いを胸に、その新幹線に乗ってとんぼ返りしてきます。講演ではCMの話ももちろんしてきます。そして言っちゃおうかな。「テレビの力を信じてる。ボクはそう思う」なんて。

2011年5月11日水曜日

断捨離という字をあてる

断捨離。一時流行った言葉。一つの生き方を言ったものらしい。
「断業」、「捨行」、「離行」という考え方を応用して、人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考えだという。

原発難民の一時帰宅。その数時間を見ていて、この言葉が浮かんだ。もちろん全く違った意味で。

それぞれの人が築いてきたそれぞれの営み。安全を守るということでの強制避難。二ヶ月前に福島県民のおよそ12万人は日常を断たれた。

過酷な避難所暮らし。遠い異郷での慣れない生活。防護服を着せられ、背中に番号をふられ、70センチ四方のビニール袋を持たされ、自分の家へ。滞在わずか2時間。

少なくとも昨日行われた川内村住民の54世帯92人の一時帰宅。家の中で腐った物を捨て、可愛がっていた犬の死を見、家畜の痕跡を見、異形に怯えるネコに餌を与え・・・。

”出かける”時に花を携えていた人。ご先祖サマの墓に手向けるためという。大きなペットフードの袋。飢えている”子供”たちに腹一杯食べさせるためという。持ちだして来たもの。家族のアルバム、位牌、想い出の品・・・。

そしてまたもペットとの別れ。ネコに餌をやる人の声。「かあちゃんはもう帰って来られないかもしれないから、腹いっぱい食えよな。元気で生きろよ」。一つの断があった。

束の間の再会。そして離別。その心情を語る言葉は浮かばない。悲しみと怒りだけがこみ上げる。

新聞紙面では殆ど見掛けなかった情報。きのう一時帰宅した地域の放射線量。少なくとも大気の汚染度は避難先の郡山より低い、少ない。
スクリーニングの準備をし、実行させ、あげく除染装置まで持ち込んで。

あの、物々しい、仰々しい防護服姿って何だたのか。背中に番号書かれてバスに乗り込む姿は、例えは悪いけれど、ナチスに強制収容されたユダヤ人の姿に似通う。

すでに行政は予行演習済み。放射線量は測定済みだった筈。あの服を着せる必要は何だったのか。人権が蹂躙されている。高齢者には耐えきれないような苦行。ましてあの服は放射線を遮断するものでは無い。単なる塵よけ。

あの姿をさらすことで行政は何を見せようとしているのか。

これから12万人を対象にした一時帰宅作業が行われる。そのためのある意味”実験”だったのか。

一時帰宅を断念させるための策略かとも言いたくなる。

花を手向ける、位牌を持つ。一つの自然に対する敬意。庭の池の魚に餌を撒く人の姿。

同心円を描いて、避難を強制し、断捨離を強いた政府。菅政権。彼らには離という字に「利」という字をあてる。利己の利だ。

何回も書いてきたがあの同心円は何なのだ。新聞紙上には毎日、その図が載っている。放射線量は少ないのだ。少ない地域がいっぱいあるんだ。

少なくとも自家用車での帰宅を認めなさい。多少の渋滞や混乱あろうとも。持ってきたいもの全部を持ちださせなさい。ペットも一緒に連れ帰らせなさい。避難所では飼えない。ならば代替施設を考えなさい。

今、生きている人間、生きている動物。それの尊厳を奪うな。

混乱なく”実験”が終了したことで行政は安堵しているのかも知れない。たまたま住民が純朴であったからのこと。

たまたまそこに住んでいた。たまたまそこに線が引かれた。地図の上に無作為に引かれた一本の線。それが人間の生き方や有り様をこんなにも変えるというこの不条理。

浜岡を停めた。あらたな原子力政策を策定する。おれは給料を貰わない。笑顔を取り戻し、パフォーマンスに明け暮れる日々を送ろうとしている菅。笑みを浮かべて記者団の前に顔を出し、都合のいいことだけ言って背中をむける菅。まさに「蹴りたい背中」。

かつては人間社会の不条理を少しは知っていて、それを無くそうとしていたのかも知れない。権力に上り詰めた途端に、不条理という概念はかれの脳裏からは消えた・・・。

断捨離を強いられる子羊のような人々。その防護服の背中に頭を下げるのみ・・・。

2011年5月10日火曜日

「俺の米を・・・」

原発事故。避難民。20キロ圏内の住民の一時帰宅が行われています。川内村の住民。54世帯92人。

70センチ四方のポリ袋に何を入れて戻ってくるのか。様々でしょう。位牌だ、着る物だ、保険証だ、アルバムだと。たかがしれています。ポリ袋に入れられる量。

孫夫婦に代理を頼んだ人だったか。「米を持ってきてくれ、俺が作った米を食べたい。たとえ5キロでも」。千金の重みのある言葉。

農家の人はそうなんです。自分が作った米が最高なんです。米だけじゃない。野菜も果物も牛も。自分が手塩にかけて作ったもの。それは我が子と同じなのだと。

この想いは、米はスーパーで安全な物を買う、そういう生活習慣の都会の人にどう届くのでしょう。

「牛を見てきたい」「ペットが心配」。集合場所から家に向かうバスに大きなドッグフードの袋を抱えている人がいました。

幸い、明日以降ペットは県や保健所によって保護されるそうです。家の前につないで置けば。それまでの、いや、これまで腹を空かせて待っていたペットへのおみやげ。数日間の”食事”。

やっと会えた飼い主。つないで置かれる束の間と思うけど「別れ」。犬の辛さは。再会で喜びちぎれるように振った尻尾をまたまるめるのか。

飼い主の背中に大きな鳴き声で訴えるでしょうね。連れていってと。

集合場所に戻ってきた人達の放射線量はいかほどか。スクリーニングの結果は。たぶん「洗浄無し」と思います。

米が持ってかえれればいいな・・・・。

2011年5月9日月曜日

自然がもたらしたもの

大津波は人も家も持ち去った。街を崩した。ガレキだけを残して。
突然出現した廃墟。
大地震、大津波をもたらした自然とは。悪魔なのか。脅威なのか。脅威だ。

何もかもがなくなった廃墟。人々の営みを一瞬にしてうばった化け物の津波。
津波は何をしに来たのだろう。人間を不幸にさせ、塗炭の苦しみを味あわせるためにか。

根こそぎ壊して、壊して、廃墟にした津波。自然の災禍。その津波はすべてのものを持ち去ったわけではなかった。忘れ物をした。大地に。

きのう母の日。瓦礫のあいだから可憐な花が顔を出していた。大地は、海に犯された大地が、人間に贈り物をくれた。瓦礫の間だから顔を出したカーネーション。人がまいた種までは奪えなかったのか。

テレビの画面に映る赤いカーネーション。白いカーネーション。花は悲しみにうちひしがれた人に笑顔を与えた。ある人は一輪、避難所に飾り。ある人は白い花を海に手向けた。

「花を見たら生きて行こうという思いにとらわれました」。一輪の花が人に勇気と希望を与えた。

大地の恵み。花一輪が、どんな人の言葉よりも心に届いた。そう見えた。

自然の脅威におののきながら、自然の強さを感じている。大地の、自然の恵みという言葉を実感している。

郡山の街にも市のシンボルの花、花かつみに似た白い花の木々が目をなごませてくれている。

2011年5月8日日曜日

水五訓

きのうから我が家の裏の田圃に水がはられはじめました。三反。例年よりはかなり遅い作業ですが、どうやら作付を始める模様。やがて水鳥が来て、蛙が泣き、稲穂が実るのか。コメが出来ても買い上げされるのか。JAはやるでしょうが流通に回れるのか。素人考えでの不安は多々ですが、水が張られたことが、用水路からの水が、乾いた土の中に満たされていくことが、こんなに素晴らしい光景だったのか。

持ち主の農家の方に「ありがとう」と言いたいです。苗床が捲かれる時には会えるでしょうから声をかけるつもりです。感謝の言葉を述べるつもりです。

稲穂が実るあの光景に出会える。稲作禁止区域の方には申し訳けありませんが、四季が織りなす自然の恵みに出会える。

多少の放射線を浴びながらも立派な稲が育ってくれるように。祈ります。放射能に負けないで頂戴。自然の営みよ。

当店の昔からの常連さんなら、もしかしたら記憶にあるかも知れませんが、田んぼの水を見ながら、またも福井県の永平寺に掲げられているという黒田如水が書いたという水五訓を思い出しています。

  一,自ら活動して 他を動かしむるは水なり
  一,常に己の進路を求めて止まざるは水なり
  一,障害にあい 激しくその勢力を百倍し得るは水なり
  一,自ら潔うして他の汚れを洗い 清濁併せ容るるの量あるは水なり
  一,洋々として大洋を充たし 発しては蒸気となり雲となり雨となり
    雪と変じ霰と化し 凝っては玲瓏たる鏡となり 而もその性を
    失わざるは水なり

大津波のあの非情な光景もかぶってきます。

原発も今や水頼りです。水が無ければすべては成り立たない。人間が作って、崩れ去った科学の申し子の原子力発電。それを支えてきたのも、終息に向かわせるのも、すべて水、水。自然。

先人の言葉には、眼力には重いものがあります。近代文明の、科学の何たる無力だったのかを知らされます。

「仕事」の手を休めながら、時々、田んぼの水に目を向けていようと思っています。

去年見た水のある光景と今年の光景。思いは大きく違っているはず。

2011年5月7日土曜日

「英断」という名の「欺瞞」

「国民の皆様に対して重要なお知らせがあります」。なんという仰々しい切りだし。すっかり「私は辞任します」っていうのかと思いきや。昨日の午後7時10分前後。

「国民の皆様の安全と安心のために浜岡原発の4号機と5号機の発電中止を中部電力に対して要請しました」。なんだい、こりゃ。理由は・・。「文部科学省の地震調査研究推進本部によれば、ここ30年以内に、この地域を震源とするマグニチュード8の地震が起きる確率は87%という切迫した状況にあります」。

この確率って以前から言われていたこと。きのう、きょうの話しではない。

思わず叫んだ。またもややってくれた菅の思いつき、その場しのぎ発言と。

亭主は原発推進論者ではありません。賛成か反対かを問われたら概念としては反対です。経験としても反対です。

東京電力発電所。福島第一、第二。女川、六ヶ所村、東通村・・。視察、見学に数回行きました。もちろん”健全”であった時ですが。

正面入り口を入ると敷地内には色とりどりの草花が咲き乱れ、美しい光景でした。海の波は穏やかで、陽光に輝いていました。受付ロビーのようなところでは綺麗な制服に身を包んだ美しい女性の笑顔が迎えてくれ、安全性をPRするビデオが流され、地域の子供達の遊び場もあり。

建屋の中に入ると雰囲気は一変します。カードを差し込んで何重にもゲートをくぐり、あの防護服みたいなものに着替え。出入りの際はサーバーメーターのようなものをくぐっての放射線チェック。作業員も全員が防護服。放射線管理区域や立ち入り禁止区域は数知れず。

やはり怖い場所でした。電力需給の説明をされても図を見せられても、「要らない」と思った記憶があります。「テロ対策ないよね。テロがあったらおしまいだね」。同行者と交わした会話を覚えています。巨大津波には思いは至りませんでしたが。

浜岡原発。中止には賛成です。

しかし、それが菅の口から得意そうに発せられると、ものすごい異和感に襲われるのです。国民の安全、安心を言うなら、いきなりこの時期に浜岡ではなく国の原子力政策をどうするのかをきちんと言うべきなのに。それには言及全く無く。

「確率87%、切迫」。この言葉は、今、まだ余震の恐怖さめやらぬ東北の人間の不安感をより掻き立てます。「気象庁は極秘の情報を持っている」と。やはり来るんだと。東北では一日に20回近くの余震が続いているのです。

静岡県知事や社民党党首は英断と評価しています。テレビに出てくる、いや、急に出てきた、人選の経緯不明の専門家と称する人たちもこぞって英断、英断とほめそやします。

停止させても、いったん「燃え」た核物質は、相当の期間燃えています。冷却プールに入れても冷えません。数年間は。停止したから明日からは安全。とんでもない。

あえて言います。政権維持、自己保身のための停止要請と。政治的思惑ありでの停止と。
世論調査ではまたまた菅政権の支持率上がるでしょう。小沢の影は薄くなる。自民党は攻めあぐねる。

原発をだしにした姑息な政権延命策。「この発表を機に引退ってことじゃないの」。隣でテレビ見てた人の感想。とんでもないと言ったら途端に無口になった。

遅々として進まぬ福島県民への対策。やることの愚策に次ぐ愚策。福島県民は人身御供だったのか。

東電についで中部電力もたぶん「計画停電」を言い始めるでしょう。強烈な脅し策をとるでしょう。名古屋はパニックになるかも。

浜岡原発管内の市民は戸惑っています。ビジョン無き場当たり発言は経済活動へ多大な影響与えるでしょう。それには言及無し。

為政者としてやるべきことか、言うべきことか。

菅礼賛を叫ぶ、つぶやくツイッター族ってなんだい。勢いづく反原発“運動家”。遠く安全なところに身を置いて「反対、反対」だけ言って事足れりとしょている市民運動家やそれへの同調者。

昨日の記者会見の後、菅は仙石とともに赤坂のホテルの中華料理へ。何を食べたのか。石巻の酒飲んだのかい。福島の牛肉や野菜を食べたのかい。無いでしょうね。紹興酒で乾杯。「いやいや。これで安泰ですな」。知恵袋とともに”勝利”の美酒か・・・・。保身の具にされる原発。国民の安心、安全発言。それを欺瞞と言わずしてなんという。

2011年5月6日金曜日

これって「責任放棄」じゃないの

朝、郵便受けに新聞取りに。無い。思い出しました。新聞休刊日なんですね。とにかくよく休む新聞。

今、この時期、新聞が休んでいていいのか。日々伝えなければならないことが多々あるはずなのに。メディアとしての「責任放棄」とさえ思えてくる。

被災地、避難所は、いまだテレビ受信もままならず。配られる新聞が唯一の情報源だという人多々いるのに。震災当日、手書きの壁新聞発行した地方紙もあったというのに。

中央紙から地方紙に至るまでの休刊日。どうも解せない。いつも大上段に振りかぶって能書きこいているのに。決めごとだからって休刊なのか。

もちろん紙面は無いでしょうが現場で記者さんたちは働いているでしょうし、原稿も書いていたでしょうが。

休刊日を見越してか。官邸記者の”つぶやき”も昨日は少なかったような。

正確な記事、心打つレポート、数々の解説。今、一番必要な時。休刊日返上ってのが新聞の、今、一番必要な態度じゃないかな。被災者と寄り添うならば。

新聞休刊日って、そもそもは新聞配達の少年を休ませるためというのが最初の口実だった。新聞記者も人の子よ。年に何回かは同僚と温泉旅行にでも行って、羽根を伸ばすもの必要でしょうが、それは「平時」に許されること。仕事の使命感としてこの時期の休刊に違和感あり。

国難、非常時を紙面では言いながら組織としては、平時と変わらぬ体制と。

悔やんでいる一線の記者もいるのではと。

かつて政治家は新聞休刊日を見越して、いろいろな動きをした時があった。伝えられるのが一日遅れだということを見越して。

たとえば、組閣は休刊日にはやらない。記者会見はNHKの7時のニュースに合わせるとか。

新聞業界がいまや“未曾有”の経営難にあることは事実。新聞論を言っているのではなく、この1,000年に一度の災害の中で、原発がどうなっているのかわからない中で、情報弱者を作ってしまう新聞の在り方を問いたい。

避難所や被災地にはタブロイド版の簡単な「情報」だけは届けられているのかな。そう期待するけれど。

新聞の無い一日で、ツィッターなどから、どれだけの「デマ」が拡散されていることか。

社会の木鐸、社会の木鐸。木鐸には休みはあってはならない。警鐘を乱打し続けなければ。原発の事故現場で作業員が一日休んだらどうなる。

通常編成にほぼ戻ったようなテレビ。ほとんど復活したCM。メディアの世界だけは「日常」を取り戻したような・・・。

2011年5月5日木曜日

すべてのことには時がある

旧約聖書、伝道の書。その一節。「すべてのことには時がある」。everything has its times。

天の下では何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。ではじまる数々の言葉。


捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。

引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。

 愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。


東電の社長や菅総理がきのう謝罪に歩いた。原発事故による避難所を訪ねて。

清水、何しに来た。謝ってすむ問題じゃない。土下座しろ・・・。

避難所の人たちの怒りはもはや沸点に達している。溜まりに溜まっていたものが爆発した。

東電の社長にいくら罵声を浴びせてもなんにも解決しないってことはわかっていても、怒りをぶつけなければならない。

怒る方も悲しい。土下座させられ頭を床にこすりつけるほうも悲しい。変な言い方かもしれないが、避難所生活も”落ち着いて”きたから、やっと怒ることを思い出した。解決されない怒り。

時を失した謝罪行。

菅とて同じ。爆発を防げなかった。無意味な避難行を強いた張本人。すべてに時を失した国の責任者。

どことなくうすら笑いのような表情で握手を求める。これまた応じる人がいる。福島県の人はどこまでお人よしなんだ。「帰れコール」の一つも無い。総理大臣様のあなり~~とばかり正座を強いる関係者がいる馬鹿さ加減。

「一時間の予定をはるかにオーバーして五時間も」と菅の避難所見学を美談のように書くマスコミ。

五時間くらいじゃ足りませんよ。市民運動家なら市民と一緒に暮らしなさい。かつての盟友は、もちろん己が責任だろうけど、ホームレスやり、今、ボランティアやってますよ。被災地で。ともに苦しみを分かち合おうと。

「避難所の人の苦しみが痛いほどわかりました、早急になんとか」。なんで、今更、今になってわるんだい。遅すぎる。
何にも手を打てない菅。

時を間違えた後手後手の対処しかできない菅。

時、時、時。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。そうも書かれている。伝道の書には。種まきも田植えも出来なくなった。

少なくとも東電と政権は、多くの人から「時」を奪ったことは確か。
時を間違え、禍の根を深くしていることも事実。

謝罪するには避難民だけじゃない。きょうも原発の現場で過酷な危険な作業を劣悪な環境の中でやっている人達にも謝罪すべき。謝罪し、激励しに行くべき。士気を鼓舞するためにも。

その時期もすでに失した。

2011年5月4日水曜日

弟有り遠方より・・・

昨日から弟夫婦が来県中です。震災見舞いで。東京から荷物持って。

荷物の中味。避難所にいる子供たちへのおもちゃや絵本。
早速ビッグパレットの避難所に。川内村の災害対策本部へ案内されて。

避難所の中は、一時とは違ってだいぶ人が減ってきたようです。民間アパート借り上げなどで。

でも、みなさん疲れきっているようでした。

段ボールの”住居”。弟夫婦は口数少なく。テレビで見てきた光景と実際とは感じるものが違うということか。

顔見知りになった人の犬は入院したと。ストレスと感染症。

夜、酒を酌み交わしながらの原発論議。放射能汚染と、それを怖がる余りのストレスによる病気、たばこの”害”。どれを避ける、どっちを取る。
東電のずさんさ。政府の対応の失敗。彼はもともとそっち関係のお仕事。いろいろくわしい。

喋りあって何が解決するわけでもありませんが、久しぶりに酌み交わした酒。避難所の方には申し訳ないが、美味かった。そして有意義だった。

きょうは市内をあちこち見て歩き。あの校庭から土を削った薫小学校まで。
土はブルーシートでなく、凝固材を捲いた土くれとなって黒々とした小山になっていました。
壊れた瓦屋根におかれたブルーシートが鯉のぼりのように風にはためいている。

初夏のような陽気。きのう行われて半径20キロ圏以内への、一時帰宅予行演習。あの完全武装では、もはや、これからの陽気では無理でしょう。身体が。若い人ならともかく。遅きに失した感あり。

立ち寄った店でも話題は原発ばかり。当然です。閑古鳥鳴きまくり。

しかし、国道は渋滞のところもありとか。会津地方の観光地は、予想に反して人が押し掛けているところもありとか。

被災現場。今日もボランティアの人交じって「片付け」の作業が続けられているでしょう。原発の現場では何が行われているのか・・・・。

酒好きの弟。土産も兼ねて地元の酒を購入。石巻の酒から会津の酒から矢吹の酒と。

そうです。なんとなく、忘れられたような被災地。原発では無く地震そのもの。福島県の須賀川、矢吹、鏡石。まだまだ避難所暮らしの人も大勢います。地元のメディアも余り取り上げない被災地。せめて一本、そこの酒でもと。

さまざまなニュースが飛び交っています。ビンラディンの殺害、焼き肉屋の生ユッケによる食中毒死、3人にと。

アメリカにとっての「正義」をどう解釈したらいいのか。食の安全と言われつづけ、浄水場の水や牛乳で大騒ぎした人達が、生ユッケと今後どう接するのか。牛刺し、レバ刺し。全焼き肉店に”風評被害”は及ぶのか。
これまたお粗末だった国の食品安全基準。事件が起きて発覚する。

テロの報復も言われている。

安全、安心な国家とは。生活とは何?。

2011年5月3日火曜日

法の下で・・・

今日は憲法記念日。護憲派、改憲派、それぞれがどっかで何かをやっているのか・・。どうでもいいような気がしている。

大震災後初めて、新聞紙面の一面はオサマビンラディンンの記事で埋め尽くされた。震災が片隅に押しやられたとは言わないが。

ガキじみたとことを言う気はないが、法の下では皆平等で、自由であると教えられてきた。そうあるべきだと思っている。

今の日本国憲法に触れた中学生の頃から、憲法が大好きだった。特に前文が好きだった。名文だと思っている。

日本国民は憲法を守っている。遵守している。第九条の解釈をめぐって以外は。

この国は、政府は、憲法違反を犯している。かねがねそう言って来た。言い続けてきた。それはどこか。第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。

いま、震災以降、原発事故以降、この権利は失われた。我々は守って来た。憲法を。その他の法律を。しかし、法は国民を守ってくれていない。

かつて自衛隊を憲法違反だと声高に言った人達が大勢いた。政治家も言論人も。自衛隊員は肩身の狭い思いをしてきた。

原発を含め、今、被災地で国民を守っているのはだれか。自衛隊員である。憲法違反と言われ続けた人達である。

憲法は基本的人権をはじめとしてさまざまな国民の権利を保障するとしている。その権利が国家によって失われている。なぜ法律家は声を上げないのか。

被災地の住民は、既存の法律を盾に、「できません」「そうなっているんです」。法律、法律の連発によって、たとえばハローワークに言っても雇用ままならず、強制的に退避させられた会社や家の中に置いてきた書類一つや許可証一枚が無いため、新しい生活を立て直そうとしても法律を口にする人達がそれを許さない。

かつて超法規的措置を行い、人命は何よりも重いと言って称賛を浴びた内閣総理大臣がいた。

大震災、原発事故。すべて「想定外」だという。たしかにそうだった。ならばそれの即した想定外の法律の適用や解釈、運用があって然るべき。

法律とはすべて「想定内」で出来あがったもの。放射線、放射能にかかわる法律や基準にしても然り。暫定という腰だめの無責任な法律や基準が指標として使われ、ろくに議論も検証もしないまま、学者と称する人たちが勝手なことを言い合い。想定外を言うなら、想定外の法律を作ろう。

知る権利だとか、言論の自由だとか。憲法をたてにしてそれらを言うなら、その前に、まず「人間」であれと。

きょうの新聞に俳句が紹介されていた。
「明日も喋ろう 弔旗が風に鳴るように」。

だからボクは多分、明日も、明後日も、喋り続ける。このページで。

かつて五木寛之が書いた本の題名。

「デラシネの旗の下で」。

デラシネとはフランス語で、根無し草、故郷を喪失した人のことを言う。

デラシネになってしまった人々のなんと多い事か。

こどもたちがこの五月の陽光の下で遊べなくなってしまった福島県。親は子供を思う。やっとの思いで連れていった東京ディズニーランド。車はいわきナンバー。車の横腹に書かれたという。「福島へ帰れ」と。

基本的人権はおろか生存権まで奪われかねないような、さまざまな憲法違反。それを止める手立てはない。それを黙認している国家、政府。
その場しのぎのように「風評はやめましょう」。そんなことをぼそっと記者会見で喋って免罪符にしようとしているとしか見えない。

法治国家ニッポン、民主主義国家ニッポン。法は不平等である。法はデラシネの民を守らない。

デラシネの旗が汚染された土壌の上に立っている。五月の風を受けて悲しみの声を鳴らしながらたなびいている・・・。

2011年5月2日月曜日

これもニュースなのか

原発事故を受けての節電ムード。それはそれでいいのですが。当然なんですが。

クールビズってやつを前倒しして昨日からはじめた国会。たしかにネクタイしてない閣僚や議員さんも。論戦に熱が入っているようでもなし、東京だってそんなに暑くないのに。

きょうの新聞みて驚いた。閣僚の服装がニュースになっている。これってどうだっていいことじゃないですか。服装なんて着る人が勝手に決めればいい。

ネクタイしている人が誰と誰で、してない人が誰で。それを記者会見で官房長官に質す記者。もう「感覚」が完全にずれている。
もちろん、全てとはいいませんが、ニュース感覚がおかしい。東京のくだらない話題を全国に、しかも被災地に送るな。

見出し。「閣内不統一」だって。下手なギャグにも及ばない。
暑ければ勝手に上着を脱ぎ、ネクタイはずせばいいこと。
各紙、それを話題にする。クールビズ。節電ビズだと。クールビズって変な造語は涼しいって意味のクールとビジネスとを掛け合わせたもの。
節電ビジネスってことになるでしょ。節電ビズ。意味が通らない。

服装とは基本的に身を律することにつながる。どんなに暑くてもスーツにネクタイ。これって議員さんの仕事着と。我慢してこそ身を律することが出来る。だらしない格好からはだらしない発想しか生まれない。

きょうのNHKでも昼のニュースで都庁のクールビズの話。馬鹿馬鹿しいにも程がある。これって伝えることなの?右へならへと民間企業もとか。

避難所。これまでは寒さに耐えてきた。これからは暑さとの戦い。

服装が違うからってなんで「不統一」って発想出るのか。画一的なことがおすきなんですね。メディアの皆さんは。同じことを他社と同じように伝えて安心しているいるような。

災害がくるわけでもない官邸で防災服着て、格好つけていた時もあったっけ。視察の時にも防災服着て・・・。

防災服着たから意識が変わる、被災地と同じになるとでも思っていたのか。
そう、意識が変わるのなら、間抜けなクールビズやって間抜けな論戦やることを良しとしているんかい。

原発の現場でクールビズは成り立たない。あり得ない。被災地で働く自衛隊員は皆、ちゃんとした制服。それが自らを律する誇りにもつながっている。

紙面やテレビが作る、それこそ「温度差」。

無意味な報道がまかり通っていることに腹がたって、腹がたって。

震災後、原発崩壊後、この国は変わらなければならないと誰もが口々に言った。だけど、結局何も変わってない。特にメディア。ばかばかしいお笑い番組は復活したし、大食い番組も復活した。

政治家よ、メディアの連中よ。28度で結構。その中で、暑くいてもネクタイしてちゃんと身を律していなさい。我慢しなさい。我慢しなさい。それの方が被災地といくらか気持ちがつながる。

放射能の”恐怖”が人心を切り裂いている福島県。この夏、外出するときには炎天下でも、肌を露出せず、マスク、帽子という服装を迫られる。「念のために」という政府の掛け声のもと。

そして何故か。福島県民の節電意識は高い。

衣食足りて礼節を知る。べつに論語を引き合いに出す気はありませんが。

2011年5月1日日曜日

あっと言う間の皐月

今日は5月の1日。震災から50日余り。何かをしょうと人は動いているものの、時が止まってしまっているという人のなんと多いことでしょう。

5月1日はメーデー。労働者の祭典。東京の日比谷公園や代々木公園には多くの人が集まっていることでしょう。

立て万国の労働者、とどろきわたるメーデーーの♪。かつてはそんな歌声がメーデー会場に響き渡っていましたが。
毎年、毎年、賃上げ、賃上げの声がこだましていましたが。

たぶん、おそらく、今年は大震災復興を叫び、原発反対の声が、シュプレヒコールがわきあがっているのかと。
なんか時流に乗り遅れまいとする”原発反対”の声のようにも聞こえてくるのですが。

正面切って「原発反対」を大衆運動としてやっていた人はもういなくなっていたはず。その勢力が再び頭をもたげはじめた。けっこうなことなんですが、なんとなく切迫感の無いシュプレヒコール。

メーデーを歌って踊ってという”コンセプト”で包んでしまった時から、原発反対勢力はいなくなっていたような。

さわやかな五月の風の中を風船片手にそぞろ歩くかのようなデモ行進。「ゲンパツハンタイ」と口に出すことで免罪符を手に入れたような気分になっている人達とも。

放射能の恐怖にさらされている現地と、メディアでそれを”情報”としてとらえている人達との、まさに温度差を覚えるのです。

3月11日で時が止まってしまった人達にも、ある意味、情け容赦も無く、薫風薫る皐月なんです。時や、時間という営みは人の意思とは無関係に・・・。一年間で一番良い季節を連れてくる・・・。

3月11日も、歴史の中のたった一日だった。それを思う今日の5月1日も、歴史の中のたった一日。

その日、一日、一日をどうにかして乗り切って、乗り越えていかなければなたない。そう思いながらも、いたずらに時は流れて行き、取り戻すことはできないけれど。

もはや精神力との戦い。

しかし。だれしもが強い精神力を持っているわけではない。多くの人が負けそうになっている。

頑張ろう、つながろう、団結しよう、絆で結びついている。さまざまな言葉が投げかけられる。投げかけられる言葉が、弱り切った心根に届いているのか。いささかの励ましを与えているのか。強い精神力を鼓舞してくれているのか。崩れそうになる心の支えになっていてくれているのか。

言葉は強いのか。言葉は無力なのか。

導き出せぬ答えを探そうとしているような。

テレビの魔法。繰り返される音声としての言葉よりも、一頭の犬の表情の方が、流れ星を追う目線の方が、人のこころに届いているのかもしれない。


    こッつん こッつん   ぶたれる土は   
    よいはたけになって   よい麦生むよ。 

    朝からばんまで   ふまれる土は
    よいみちになって   車を通すよ。 

    ぶたれぬ土は   ふまれぬ土は  いらない土か。
    いえいえそれは   名のない草の   おやどをするよ。


放射能汚染によって地面から削り取られた土。行き場を失い、ビニールシートの覆われたまま放置されている土。
もし、金子みすゞが生きていたら、今のこの国の姿を見たら、どんな詩を書いてくれただろうか。どんな言葉で我々を支え、癒してくれるのだろうか。

誰かがどっかでなんか言っている。言葉は聞こえるのだけど、さっぱり心には届かない。華やいでいるはずの五月が、悲しい季節になっているような・・・。