2011年5月11日水曜日

断捨離という字をあてる

断捨離。一時流行った言葉。一つの生き方を言ったものらしい。
「断業」、「捨行」、「離行」という考え方を応用して、人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考えだという。

原発難民の一時帰宅。その数時間を見ていて、この言葉が浮かんだ。もちろん全く違った意味で。

それぞれの人が築いてきたそれぞれの営み。安全を守るということでの強制避難。二ヶ月前に福島県民のおよそ12万人は日常を断たれた。

過酷な避難所暮らし。遠い異郷での慣れない生活。防護服を着せられ、背中に番号をふられ、70センチ四方のビニール袋を持たされ、自分の家へ。滞在わずか2時間。

少なくとも昨日行われた川内村住民の54世帯92人の一時帰宅。家の中で腐った物を捨て、可愛がっていた犬の死を見、家畜の痕跡を見、異形に怯えるネコに餌を与え・・・。

”出かける”時に花を携えていた人。ご先祖サマの墓に手向けるためという。大きなペットフードの袋。飢えている”子供”たちに腹一杯食べさせるためという。持ちだして来たもの。家族のアルバム、位牌、想い出の品・・・。

そしてまたもペットとの別れ。ネコに餌をやる人の声。「かあちゃんはもう帰って来られないかもしれないから、腹いっぱい食えよな。元気で生きろよ」。一つの断があった。

束の間の再会。そして離別。その心情を語る言葉は浮かばない。悲しみと怒りだけがこみ上げる。

新聞紙面では殆ど見掛けなかった情報。きのう一時帰宅した地域の放射線量。少なくとも大気の汚染度は避難先の郡山より低い、少ない。
スクリーニングの準備をし、実行させ、あげく除染装置まで持ち込んで。

あの、物々しい、仰々しい防護服姿って何だたのか。背中に番号書かれてバスに乗り込む姿は、例えは悪いけれど、ナチスに強制収容されたユダヤ人の姿に似通う。

すでに行政は予行演習済み。放射線量は測定済みだった筈。あの服を着せる必要は何だったのか。人権が蹂躙されている。高齢者には耐えきれないような苦行。ましてあの服は放射線を遮断するものでは無い。単なる塵よけ。

あの姿をさらすことで行政は何を見せようとしているのか。

これから12万人を対象にした一時帰宅作業が行われる。そのためのある意味”実験”だったのか。

一時帰宅を断念させるための策略かとも言いたくなる。

花を手向ける、位牌を持つ。一つの自然に対する敬意。庭の池の魚に餌を撒く人の姿。

同心円を描いて、避難を強制し、断捨離を強いた政府。菅政権。彼らには離という字に「利」という字をあてる。利己の利だ。

何回も書いてきたがあの同心円は何なのだ。新聞紙上には毎日、その図が載っている。放射線量は少ないのだ。少ない地域がいっぱいあるんだ。

少なくとも自家用車での帰宅を認めなさい。多少の渋滞や混乱あろうとも。持ってきたいもの全部を持ちださせなさい。ペットも一緒に連れ帰らせなさい。避難所では飼えない。ならば代替施設を考えなさい。

今、生きている人間、生きている動物。それの尊厳を奪うな。

混乱なく”実験”が終了したことで行政は安堵しているのかも知れない。たまたま住民が純朴であったからのこと。

たまたまそこに住んでいた。たまたまそこに線が引かれた。地図の上に無作為に引かれた一本の線。それが人間の生き方や有り様をこんなにも変えるというこの不条理。

浜岡を停めた。あらたな原子力政策を策定する。おれは給料を貰わない。笑顔を取り戻し、パフォーマンスに明け暮れる日々を送ろうとしている菅。笑みを浮かべて記者団の前に顔を出し、都合のいいことだけ言って背中をむける菅。まさに「蹴りたい背中」。

かつては人間社会の不条理を少しは知っていて、それを無くそうとしていたのかも知れない。権力に上り詰めた途端に、不条理という概念はかれの脳裏からは消えた・・・。

断捨離を強いられる子羊のような人々。その防護服の背中に頭を下げるのみ・・・。

2 件のコメント:

TACO さんのコメント...

亭主さま
昔あるクレジットカード会社のCM、"Priceless"と言うのがあった。お金で買えないものが買えるものより山ほどある。一時帰宅で持ち帰ったものは想い出、誠の愛、人の道だった。

古今東西、地位は人を作るもの。小人は地位が人を堕落させる。

亭主 さんのコメント...

tacoさま
中部電力の社長の会見。「総理大臣の要請を受け」と。総理大臣の前に「菅」という名前を付けなかった。
菅を総理大臣として認めていないという無言の抵抗とみてしまったのは亭主の偏見?