2012年8月31日金曜日

「学者」を重用するメディアの劣化

昨夜のNHKニュースを見ていて驚いた。元東大総長が出てきて政治解説をしている。政局解説をしている。結論は・・・。単なる一般論としか聞こえなかったが。
新聞にも政治を専門とする学者が頻繁に登場する。それはそれでいいのだが、学者とは学究の徒。研究成果や知見を「知識として教える」人。と基本的には思う。

なぜ学者に政治を語らせるのか。政治を語る政治家がいないから。大局的に政治を解説出来るマスコミ人がいないから。

マスコミはその日を追うので精いっぱい。政治家のその場の言葉を垂れ流しで報じるだけ。

3・11後、「専門家」という呼称がはびこり、研究者が重用され、大学教授、準教授などの肩書があふれていた。

学者の見解や言説は一つではない。当然だ。以前の学説を否定することから、次の研究がはじまるのだから。

それにしても、いまさら言ってもと思うけど、原発事故後にメディアに登場した「売れっ子学者」とは何だったのか。
たとえば、原子炉や原子力工学のを専門とする人が、専門外の放射線医学を語り、食品安全を語り、健康相談にまで。

専門家という人達のさまざまな言説が日本中を混乱に陥れた。極論だけど。
どの人を使うか。その識別がメディアに出来ていなかったということの不幸。

昭和史の研究でも、そこにある「史実」をどう読み取るかによって、見方は大きく分かれる。

一人の人の学説を見聞きしただけの人はそれが事実、真実だと思ってしまう。

メディアの劣化に伴い、専門家と称する人達は、今、喜び勇んで、勝手なことを言いまくる。
研究成果は世に出てなんぼ。世に出ることを潔しとしている人のなんと多いことか。

メディアには、逆説的な言い方だけど「伝えない勇気」も必要だと。
獣医師が、生態系なんとかで、福島を語った。まさにバカな話し。それが露見すると、「けしからん」と騒ぐ。それを伝えることにどれだけの意義があるのか。

発言内容をボクは書きませんよ。ばかばかしいしい、デマのもとにされるのは嫌だから。

いくら批判し、否定しても、メディアで流されたことは、いいように切り貼りっして使われ、嘘とデマの“拡散素材”となる。

もしかしたら、福島をネタにして受けを狙い、自分を目立たせようとしたのかもしれないし。

これは経験として言えること。講演会などで受け狙いでバカなことを平気でいう学者に何度出会ったことか。

そこに市会議員がいた、彼らが怒って告訴する。だからニュースだというのか。
黙殺するのが見識。事の本質や、伝えることによる影響も考慮できないで騒ぐマスコミのなんと愚かなことか。

3・11以降、この場で何回も「専門バカ」という言葉を使ってきた。それはずっと以前から思っていたことだから。

優れた知識を持った専門家が正しいとは絶対限らない。土のことは農夫の方がよく知っているのと同じ。

昔、自分が患者だった時、若い医者によく言った。「専門バカになるな」と。いくら優れた医学知識や臨床経験を持っていても、死生観であるとか、哲学を持たない知識と経験だけの医者はだめだよと。
彼はボクのベッドの脇に置いてあった本、数冊を「貸してください」と持って行った。たしかその本は“宗教書”だったと思う。それと、誰かの“詩集”だったと思う・・・。

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