2012年9月15日土曜日

こぞって勘違いしている国

昨夜、7時からNHKのニュースを見た。なんと1時間に枠拡大。自民党総裁選の候補者5人並べてのインタビュー。

昨日も書いたけど、見て、聞いて、耐えた。その内容をいちいち論ずるのも徒労だ。
何を言っているのか、言おうとしているのかよくわからないし。話せば話すほどボロが出てくるような感じだったし。

夜の民放にも5人が並び、きょうも、朝の番組から始まって、プレスセンター主催の「公開討論」なんてものも登場して。

評論家は言う。「政策の違いがわからない」と。違っていては本来はおかしいのだ。政策を同じくするものが、一つの政党をつくっているのが建前なのだから。

この5人の“討論”とやらに、これだけ時間を割くテレビってなんだろう。

自分たちがやった世論調査ってやつで、選挙があれば自民党が第一党になる、総裁は総理になる。そんな前提での総裁選への傾斜。

選挙は何時あるのかわからない。自民が勝つとだれが保証する?

総裁選が話題になりだしてから、すでに自民の支持率は下降傾向だ。民主がちょっと伸びている。

この5人の“討論”を見ていて、カチカチの自民党員ならいざ知らず、大方の人はまたもや自民離れをおこしていくのではないだろうか。

やはりこの程度のタマしかいなかったということ。メスコミの報道ぶりは、それが、次の首相を決めるといわんばかり。

自民が比較第一党であるにも関わらず、自、社、さきがけ政権が出来、村山政権が出来たって故事もあるのに。

「この国を立て直す、建て直す、私が、私ならば」。じゃ、今まで何をしてきた?
野党の三年間、いやそれ以前から。皆要職やってきたではないか。
3年間、やっていたのは「負け犬の遠吠え」だけ。今やっているのは「猿芝居」。

政治担当のメディアの責任が一番大きいと思うけど、将来の原発、エネルギー政策についての話は多少あり。原発は現実にはゼロとは言えないという程度の話し。被災地、被災者の話は皆無のような。あったのは個別インタビューのサティアンくらいか。

もはや、政治からは過去の事とされている。その実感。

きのうのNHKニュースの後、東北地方だけの放送。NHK、東北Z。「第6仮設住宅の人々」。番組告知をコピー。

陽だまりのベンチには、いつも老人たちが集まっている。冬の寒い日も、夏の暑い日も。老人たちはみな原発事故で飯舘村を追われた避難者だ。福島県相馬市大野台にある「第6応急仮設住宅」。飯舘村の人たち370人が暮らすこの仮設住宅に子どもは10人しかいない。住人の多くが65歳以上で、高齢化が極端に進む“新しい村”である。 飯舘村ではまもなく除染が始まるが、効果的な除染には様々な困難が予想され、老人たちのなかに生きて村に帰れると思っている人はほとんどいない。一人が自嘲気味に呟いた・・・「ここに一番必要なのは火葬場だべ」。 原発事故で故郷を奪われ、仮設住宅での生活を続ける飯舘村の人たち。その喜怒哀楽、希望と諦めのあいだで揺れ動く思いを一年にわたって記録したドキュメンタリー。
残念ながら全国ネットではない。見て欲しいのは全国なのに。福島県民の多くはこういう実態を知っている。

番組製作者の労苦を多とする。あえて苦言を一つ。ナレーション。
「福島の人にとっては不条理とも言える・・・」とあった。「言える」ではない。不条理そのものだ。

仮設で花を育て、小さな畑を作って、近所におすそ分けしている人がいた。
土に生きて来た人は、土にしか生きられない・・・。

一日中小さな部屋にいるとボケると言って手芸をたしなむ人がいた。

お盆の8月16日、ここから多くの人たちが飯舘に帰った。花と線香を持って、先祖の墓に手向けに。“無人地帯”に人があふれた・・。

総裁選候補の何人かは、憲法改正を言う。いつも決まり切ったように。待ってくれ、今は。9条改正を俎上に上げる前に、25条を読んでくれ。
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

政治家は自ら犯している憲法違反を気にも留めない。違憲状態の選挙制度もないがしろにしてただただ選挙と言い張る。マスコミもそれに便乗している。

仮設住宅で暮らす人たちは、その「生存権」をすでにしてはく奪されている。
政治家やマスコミの大いなる勘違いの中で。

政局は、大いなる「めくらまし」なのだ。福島の現実からの。

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