2013年6月11日火曜日

「知る」という支援

あちこちに手を染める“悪癖”。今は、 尚中の「心」という本を読んでいる。

今日は祥月命日。11日。

その本には、姜が一昨年訪れた被災地。そこでの「死者」の事が綴られている。死とは何か、死者とはなにか、死者の魂は・・・。そして「生者」とは・・・。その地に行き、「死」を見て、立ちすくみ、身もだえし、吐き・・・。

彼は2年ほど前に息子さんを亡くしている。自死だったという。その思いを引きづりながら、あの津波で亡くなった多くの人達の「死」を考え抜いている。

「メメント・モリ」という言葉を引用し、コヘルトの言葉も引用している。

突然奪われて多くの命。それは「数字」として、紙や画面で伝えられてきた。
全国の人は、そこで多くの人達が亡くなったことは知っている。
しかし、それが本当に「死」を知ったことになるのか。

こんなことは一昨年、散々書いた。今更何を言うでもないが・・・。

数としての死者は伝えられたが、死体はどこも伝えていない。遺体を、死体を、そのカケラであっても、それを見ることと知ることとは違う。

昔、鶴見事故という国鉄史上、最大の鉄道事故があった。たまたま現場に行く羽目になった。そこで多くの死体を見た。触った。つまずいて転んだ。転んだ目の先には人の足だけがあった・・・。

同行したカメラマン。死体を撮った。でもその映像はテレビで流れなかった。
ボクの目には今でも焼き付いている。

そこにある多くの死体。それを撮影してる、取材している我々・・・。

「3・11」はあの時の光景をまざまざと思い起こさせてくれた。あの時以来抱いている「死」というものに対してのボクなりの感情。それが整理出来ないままで。
知ると言うこと。それは数字としての死者でなく、「死」という物への様々な想い。

一昨年のあの時、それを撮影したカメラマンは大勢いたはず。しかし、その姿は何処にも載らなかった。
だから、数字としての「死者」しか残らない。
数字は忘れられていく・・・。

原発事故で避難している途中に亡くなった双葉病院の患者の遺族が東電を提訴した。

避難途中のバスの中で、たどり着いた体育館の中で亡くなったお年寄りたち。
傍にいた人は、その死をどう受け止めたのだろう。

もしかしたら、海の中には、形はともかく、未だ“死者”が眠っている。
死体を見ることはかなわないし、見る必要は無い。しかし、「無念の死」があったことを、もっとこの国の人は知るべきだ。

その実相を。

福島の実相も、現状も、その情報は的確に全国に伝えられていない。その情報を欲しがっている人もいる。それは届けられない。

「忘れる」という意識がメディアの中に働いているからかもしれない。

敢えて「来てくれ」とは言わない。しかし「知って欲しい」と思う。それは福島だけのことではない。東北をだ。

体感し、知ってもらえば、支援につながる。支援とは「物」ではない。
尚中の本の題名「心」だとも思う。

忘れようとしている人達もいる。無かったことと思い込もうとしているような人もいる。

だから、「知らせる責務」がマスコミにはある。だから常々言う。なんで東北の実相を東北にだけ伝えて「是」としているのだろうかと。
NHK仙台の被災地の声。これは東北の人は知っていること。全国に知らせて意義がある。

全国に伝えられる被災地のこと。それは、原発の現場の失態とか、“汚染”がらみの話しだけ。東電批判、政府の対応批判。政策としての政治としての原発のこと。

「死者」について語る、伝える人達が少なくなった。原爆もそうだった。水俣病もそうだった。

忘れるという歴史がまた繰りかえされるのか・・・。

まもなくあの時間がくる。東北の地では「祈り」と「追悼」。死者への想いが交錯しあう・・・。

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