2013年6月27日木曜日

電気事業法改正案が「流れた」わけ

電力の発送電分離などを盛り込んだ、いわゆる電気事業法の改正案が廃案になった。国会では廃案を「流れた」と呼ぶ。

その他、いわゆる国民生活に直結するという重要法案も流れた。そのわけは言わずと知れた安倍首相に対する「問責決議案」。

発送電の分離、電気事業法改正案はある意味「脱原発」と表裏一体をなすもの。その一里塚となりうるもの。

国民生活関連法案というとメディア、特に「お茶の間」と称するテレビは躍起になる。それが廃案になったのは問責に賛成した民主党のせいだという。おかしいという。たしかにそうだ。

たしかにおかしいのだ。どこもここも。

国会、政局、永田町。政治報道は表面を追っているだけでは本当のことは伝わらない。本当のこととは、そこに渦巻く思惑。
今は参院選をどう有利にするかということ。

国会対策に長けている人たちがいる政党と、そうでは無い政党。手練手管に長けている人たちとそうでない政党。

本来は、素人議員が珍重されるのが国会の姿なのだけれど。

問責決議はおととい浮上した。出すと言い出したのは「生活」「社民」「みどりの風」の3党。理由は内閣の国会軽視。

不信任案や問責決議は最優先の議事。

きのうの国会最終日、遅くまでもめると思ったのに午前中にかたがついてしまった。問責を上程することを参院の議院運営委員長が、自民党の岩城光英委員長、あっさり上程を決めてしまった。

そして採決。野党は結果賛成に回って可決。法案は流れた。
なぜ、きのう問責を上程して可決させてしまったのか。自民党もそれを望んでいたから。電事法改正、それは自民の望むところでない。本音は。
だから法案作成にあたっても15年というのを15年目途と書き換えた。

世論をおもんぱかれば出さねばならない法律。しかもそれには民主党も賛成している。この改正案には電力会社は激しく反対していた。

法的拘束力の無い問責と引き換えに“意に沿わない”法案を廃案にする。
そして選挙では「国民生活に重要な法案を流したのは野党だ」と責める。

野党共闘を大事にした。国会を軽視したと例えば輿石あたりは言う。

しかし、野党を責める口実を自民に与えてしまったのだ。

問責に乗る前に法案を上げておくべきだった。いや、それもおかしい。もう以前に上げる、成立させる時間はあったにも関わらず店晒しにしていたのは参院そのもの。

問責を逆手にとった自民の勝ち。野党の読みの甘さ。そんな“解説”をお茶の間にしてほしかった。

「永田町」という言葉でくくってしまうが、そこを取材する記者には、「裏読み」「深読み」「読み解き」が要求される。

表の流れだけ伝えていたのじゃ本当の姿は伝わらない。

どこかおととしのあの「事故」以来のメディアの特にテレビの報道ぶりが重なってくる。おかしな学者、専門家を次々登場させたこと含めて。

「知る権利」という。裏側には「知らせる義務」がある。それには“権力”の側が何を考えているのかを読み解く力が必要。いまだ、それが欠けている・・・。

電事法改正の扱い含めて、機を一にするように各電力会社の株主総会。脱原発をめぐる株主提案はことごとく否決された。
6月26日は一つのエポック。

かくて参院選では自民が公明が勝つ。野党は惨敗の気配。国会対策だけとってもやはり自民に一日の長ありということ。それの良し悪しは別にして。

お粗末でつまらない政局談義でございました。

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