きのうの続きのようですが・・・。
道、道路というものは基本的にはどこまでも続いているものです。その道が無いところまで。
川内村、大熊、富岡、原町・・・。郡山から行くときに利用する道路は288号線、通称「ニッパッパ」。
その太平洋まであった道は、昨日書いた大熊町の入り口のところで遮断されています。つまりバリケード封鎖されています。許可証を持たない人は先に進めません。
なにを今更・・・なんですが。
あった筈の道が無い。もちろん冬場は雪で通行止めになる道路はある。それとても「生活道路」は確保されている。
一昨年、避難指示が出た富岡の人たちは川内村に行った。そこの数日で避難指示。288を三春に“逃げた”。じゅじゅつなぎのようになった車の列。
田村、三春で受け入れ不可能な人数。郡山に来ました。一部はユラックス熱海へ。そしてまわりまわってビッグパレトへ。
その道を通って逃げてきかけれど、その道を通って帰るには人工的に遮断された場所があるのです。
普通の人は通れない道・・・。
人はよく、人生を「道」に例えます。道は一本まっすぐがいいとか。迷わずに歩いていけよとか。
それらの“言葉”の是非はともかく、道が閉ざされているということをどう受け止めるのか。
“バリケード封鎖”された道は県内各所に、“汚染”された各所にみられます。
それだけだって異様な光景。
道が道でなくなっている・・・。
帰る。帰らない。帰れない。そんな議論が日々交わされている。その議論の間に、さまざまな“選択”という道が交錯している。
この国の行き先。それはどんな道なのか。誰でもいつでも通れる道なのか。
突然、「文明の対価」として発生した事象により通れなくなる道も生まれるのか。
とまれ、「再稼働」なるものへの道は着々と進んでいるようだ。
原子力規制委員会。「規制」という文字が付いた以上、それは規制することが前提だという理屈になる。
しかし、規制委員会が、再稼働への道を、そこを通行しようとしている人たちを果たして「通行規制」に出来るのか。
288.よく使った道である。懐かしい道である。しかし、そこは今は僕には通ることが出来ない・・・。