2013年6月23日日曜日

「世界文化遺産登録」

富士山がユネスコの世界遺産に登録された。地元は待ちに待った朗報に湧いた。
懸案だった三保の松原も含まれると言う。

日本の文化遺産の登録はこれで13件、自然遺産は17件。

報道を見ていると抱く違和感。土産物が売れ、記念グッズが売れ、メディアはすぐに言う。
「経済効果は何億円・・・」。

文化遺産登録、ユネスコは経済効果を意識して登録を決めているのだろうか。
確かに地元にカネが落ちることは間違いないのだが。

世界遺産登録というと思う事がある。
平泉だ。奥州平泉。

中尊寺、毛越通寺・・・。浄土庭園。奥州藤原氏が願った“浄土思想”。

2011年以前に登録申請がされていた平泉。“保留“されていた。あの大震災後、平泉は文化遺産に登録された。

思うことがある。平泉は、かつて、浄土思想のもとに作られたところであるにも拘わらず、戦乱に明けくれ、多くの血が流されたところでもあった。
「血」、それを争いと見たユネスコ、そこは「武」の地であり、「和」の地ではない。ユネスコの“理念”と相いれない地という認識があったのかもしれない。

「3・11」。あの大災害。被災者は皆助け合った。暴動や略奪も起きなかった。
一つのおにぎりを分け合った。支援物資の受け取りには行列を乱す人はいなかった。

おそらく欧米ではあり得ないような人の在り方。伝えられる東北の人達の姿を見てユネスコの考え方が変わった。

3・11後、平泉は世界文化遺産に登録された。建物や庭園、いわば形あるものだけではない、その地の人に大きな刺激を受けたのだ。

そんな思いを持っている。いや、考え方を。

浄土思想。それは信仰。富士山の遺産登録にあたってこういう名称が付けられた。

「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」。

文化遺産とは景観だけではない。その歴史と人々の関わり。富士山にある浅間神社。日本人が持つ「山岳信仰」。

平泉も富士山も日本の「精神文化」がその価値を認められたものと。

「文化」。その意味は果てしない。さまざまな文化がある。文化は人の心を支える土台でさえあり得る。

東北人が持ってきた精神文化。それが、いわゆる復興なるものの大きな要素だと以前書いた。

文明から文化へ。富士山の文化遺産登録にあたって、そのことを日本人は再認識すべきではないかと。
文明社会から文化の社会で。その転換を求められていると言うことを。

そして、自然と人間。その共生。自然は循環する。富士の山の中で生まれた水がやがて川となって、人々の暮らしを潤し、その水は三保松原がある海にも流れ込んでいる。

そして大きな課題を背負った。もうあの日本の象徴であるような山をゴミで汚してはならないと。捨てる文化から脱却しなくてはならない。再生の文化へ。

自然保護、登山者のマナーを啓発し、あの信仰の場を維持するために入山料1,000円を取る計画もあると言う。極端だが、マナーを倫理観をカネに換算するのかと。

絵画を始め、日本の文化の多くが海外に流出してしまった。文化遺産登録。ユネスコという国際機関が認めることで、「フジヤマ」を本当の意味で日本の象徴に出来るのかどうか。

喜びと課題と。

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