2013年9月30日月曜日

全ては「人間」がカギのはずなのに

いわゆるALPS,多核種除去装置、汚染水浄化装置。不具合がみつかり運転停止、その後、運転は再開された。原因はゴムの破片がつまっていたことだとか。
作業員の確認ミス、人為的ミスとされている。

おかしなものだ。こと原発に関しては「人為的ミス」だとなると、どこかほっとする空気が流れるということ。人為的ミスなら治せると思ってしまうこと。装置本体の不具合ではないということ。

核を人間は制御できない。それを大声で今叫ぶつもりはない。しかし、その前提に立った思想があるから、なおさら人為的ミスに寛大になってしまうのでは。

一昨年の事故直後から、例えばベントの際の弁の開閉ミスや、今度の汚染水漏洩でも、栓の開閉が汚染水流出につながったなどと、「人」が原因とされてきた。
汚染水タンクの水漏れのボルトの締めもそうだ。

では、それらの人々を糾弾して事足れりということになるのだろうか。ならない。

事故現場では常時3,000人の人が働いているという。事故処理に。東電の社員もいるだろう。関連会社の作業員もいるだろう。単純作業には日雇いのような人たちもいるだろう。
彼らがどう殊遇されているのか。被爆の“恐怖”と隣り合わせの中で。過酷な環境の中で。

ブロックだ、コントロールだ、40年後廃炉だって言ったって、それをしているのは現場の人間。

それには作業内容にもよるが、原発に熟知した人たちが必要だ。熟練した人たちが必要だ。使い捨てのようなわけにはいかない。

極論すれば、この国の命運は、現場で働く人たちにかかっている。
現場の士気は著しく低下しているという。
「意味のない無駄な作業をしているのではないか」という思いが蔓延しているという。知っている人ほどそうだ。

辞めていく人が多いという。作業の過酷さ、作業員への無理解、東電というだけで、色眼鏡で見る視線・・・。

人がいなくなったら「廃炉」なんて覚束ない。いくら号令をかけられても。
彼らを支えていたのは“使命感”。それがズタズタにされて時、身を律するすべを持たない。

日本のサラリーマンの平均賃金、職種によって違うが、いわゆる大企業、そこには電気産業も含まれている。年収408万円。

原発で働いている人達に、いったいどれくらいの報酬が支払われているのか。各種の手当は・・・。

労働に対する正当な対価は支払われているのか。

やる気が起きない、賃金も低い。やってられないって思いは当然だ。
せめて、労働環境の整備と、高額な報酬は支払うべきなのだ。

内部留保も底を尽き、国からカネを融通してもらい、かろうじて持ちこたえている東電と言う会社。

再稼働への動きを増す。再稼働に当たっては、事故処理に当たっては、極力「コストカットに努めます。電気料金への転嫁は避けます」と会社は言う。
そのコストカットに現場の作業員への報酬も含まれてはいないのか。

一昨年の事故後、現場にとどまった人達は海外から「フクシマフィフティーズ」と称賛され、英雄と呼ばれた。英雄とは何か。「死」と隣合せにある英雄と言う存在。「死」を覚悟しての「英雄」。

5号機、6号機も廃炉にするという。そこから人は回せるのか・・・。廃炉にするためには人が必要なのだ。第二原発から人が回せるのか。

すべてのことの「人間」が必要なのだ。政治家が目標を言っても、そのための人がいなければ事は為されない。

被災3県の地方自治体職員には体調を崩し、休職する人が増えているという。
いわゆる“復興”なるものへの影響は大きい。

東電は来年4月に新入社員を採用するという。その人たちはどういう仕事に就くのか。

事故現場から収束のための人がいなくなる日・・・・。あり得ないことではない。愕然とする。それを思うと。

今から、そのための人材を育成することが必要なのだ。40年後、いや、それ以上になるだろうが。
それは国を挙げてのやらねばならぬこと。専門知識が、高度な知識が要求される仕事。

東電の社長は「目先のことに捉われていて手抜かりがあった」と吐露している。

しかし、今も目先のことで精いっぱいなのでは。40年後・・・。それがどのくらい真剣に検討されているのだろう。

人為的ミスは、またも繰り返されるはず。

2013年9月29日日曜日

「便利さ」が生活を決めていくということ

「田んぼの稲はいま、収穫を控えて黄金色に染まっています。原発事故が起きなければ、全国に誇れる宝物の風景だと気づかなかったかもしれません。人が生きるのに豊かさは必要ですが、際限無い利便性を求めた結果が今回の事故につながったと考えるなら、どこかでライフスタイルを変えていかなくてはなりません」。
川内村の遠藤村長の言葉。
「川内村でそれが試されているような気がしてなりません」と結ぶ。

村の大方は「帰村」出来るのもかかわらず、戻った人は20%。人口3千人だったのが、今村で暮らす人は500人余り。戻らない人の多くが仮設や借り上げで暮らす。

避難している人たちが暮らすのは郡山やいわき市。いわば福島県の“都会”。
「戻らない理由は原発が安定していないことや線量への不安もありますが、生活の利便性を知ったことが大きいでしょうね」と村長は現状を冷静に分析する。

買い物、学校、病院。夜間の救急病院。

「村ではインフラ整備を進め、診療所の科目も増やし、大手コンビニもでき、2年後には特別養護老人ホームも出来る。でも、都会の魅力には到底かないません」と。

豊かな自然と、豊かで便利な生活。どちらを“選択”するのか。一つの断面から見た日本の“縮図”としての川内村。

「3・11」の前の3月8日は塾だった。その時選んだテーマは「豊かさがもたらしたもの、便利さがもたらしたもの」。

便利になったものはという問いに大方の塾生は「携帯電話」と答えた。

携帯電話はいつしかスマホと呼ばれるものになり、それ一台で様々な事が可能になった。その便利さが何をもたらしているのか。

ネットショッピングによる日常のコミュニケーションから遠ざかり、LINEによる「いじめ」、個人情法の漏えい。ゲームという“ひきこもり”、アプリという名の多額の“出費”。歩きスマホなるものによる事故・・・。マイナス点を列挙すればきりが無い。

人間は一度手にした「便利なもの」を手放せない。

戦後数十年間、日本人は、その英知も結集して、豊かさと追い求め、便利であることに歓びを感じてきた。
「スピード」もそうだ。リニアカーの話題に湧く世相を見ていると、どこか悲しい。東京・名古屋40分が何をもたらすのか。

それら便利なもの、豊かな生活を支えているのは「電気」だということ。

原発は人間の“欲望”の果てに生またものだということ。

この時紹介したのが夏目漱石の言葉。

「人間の不安は科学の発展からくる。進んで止まることを知らない科学は、かって我々に止まることを許してくれたことはない」。

川内村の村長の話や夏目漱石の言葉をどう受け止めるかはそれぞれの人のいわば“価値観”。

しかし、「3・11」が、今を生きる人たちに与えてくれた「教訓」は、まさに“便利さ”とは何かという事ではなかったか。

京都竜安寺の蹲に刻まれている言葉がある。“記号”のようだが。

「吾唯足るを知る」。

「知足」という言葉。

今の便利な生活を全部捨てて、不便な生活に戻ることは不可能だ。ただ言えることは、「今の生活の中で、必要以上に求めない」ということ。

「新しいものを手に入れるには、何かを捨てなくてはならない」。そんな箴言もある。

何も捨てないでただ求め続けることが何を意味するのか。

今、黒沢明の作品が、にわかに脚光を浴びようとしている。「夢」という映画に始まって。
「夢」という映画の中にあった老人の言葉。

「(電気)あんなものは要らない。人間は便利なものに弱い。便利なものほど いいものだと思って 本当にいいものを捨ててしまう。」
「私たちはできるだけ昔のように自然な暮らし方をしたいと思っている。近頃の人間は自分たちも自然の一部だという事を忘れている。自然あっての人間なのに、その自然を乱暴に弄繰り回す。俺たちはもっといい物ができると思っている。・・・」。

“川内村”で考える・・・。便利な生活ってことを。

2013年9月28日土曜日

「福島」って何なんだろう・・・。

なんともタイトルの付けにくい話なんですが・・・。

ベタ記事の片隅で・・・ってことにでもしましょうか。

きょうの朝日新聞の3面に見つけたベタ記事。東京版には無かった。きのうの夕刊にはあったのか。

ベタの見出しは「勝手に名前使われた」。
東日本大震災の復興法人税を一年前倒しで廃止する政府方針に反対する福島県選出の自民党国会議員団の要望書をめぐり、同県選出の2閣僚が27日、それぞれ「勝手に名前を使われた」などとして、関係者に抗議したことを記者会見で明らかにした。2閣僚は根本匠復興相と森雅子消費者相。

二人ともフェイスブックには時々投稿している。しかし、そんな発言は見ていない。

勝手に名前使われた。要は安倍内閣が決めた方針だから反対しない、出来ないってことなのか。承諾なしに名前を使われたって、いわゆる「聞いてない」って高見で言う時に使う言葉なのか。

閣僚だから自分の選挙区のことにだけかまっているわけにはいかない。復興は福島だけでは無い。被災地全般だということか。消費者は全国民。地元の県連の意向とは違うってことなのか。

でもね、あなた方二人が“尊敬”する安倍さんは、大見栄切ったでしょ。「福島の復興無くして日本の再生は無い」って。

復興増税廃止をめぐってはお二人とも。「なまくら発言」をしてきた。予算は必ずつけるから心配ないと。

いまや建前上は縦割り行政無くして復興庁に一元化ってことになっているんでしょ。一括権限持っているんでしょ。復興庁は。

どうも解せない。

きのう、根本の高校時代の同級生が言っていた。
「しょうがないよ、救ってもらったお仲間なんだから、安倍とは」って。「もともと自分の意見って無い奴だったから」とも。

地元への「利益還元型政治」を要求しているわけじゃないのだが。
所詮、「メンツ」のことだけ言っているのかな。悲しい性(さが)であるそれを。


放射能汚染の代名詞になっている「福島」。

飯舘村のちょっと北側、相馬市のすぐ隣。宮城県丸森町の筆甫(ひっぽ)地区という600人余りが暮らす小さな集落。清流が流れ、自然豊かな地域。
福島と宮城の県境。それはたった2メートルの砂利の道路が境界線。
あの「原発のばかやろう」と牛舎の壁にしたため、自ら命を絶った酪農家とは歩いて10分足らずの集落。その家とも交流があった人も暮らす。

そこには飯舘と同じくらいの線量が降った。完全に汚染された地域。もちろん郡山やいわき市よりも比較にならないくらいの高線量。

賠償も、支援も、除染もほとんど無い。小さい子供たちも締め切った家の中で暮らしている。避難もおぼつかない集落。取り残された集落。

県境なんて何の意味もなさないのに「福島」でないからという言うことで、いわば見はなされたところ。点だ。

集落の人たちは「損害補償機構」に訴えているというが・・・。

このことを「福島」の人はどれくらい知っているのだろう。

原発被害は「福島県」という括りの中で事は語られる。

大震災の「被害」は被災地3県で括られる。
あの時、長野県の栄村を襲った大地震。村は無くなる一歩手前だった。

時々、メディアはその村を取材し、伝える。でも一過性・・・。
栄村だって“立派な”被災地。


県とか町や村とか。既存の行政区画で語るなって何度も言ってきた。20キロ、30キロの避難区域の話でもそうだ。その地に何があるのか、何が起きているのか。線でない、点の問題。

「福島からはじめよう」。そんなスローガンがある。その言葉のもとに集まった人たちがさまざまな活動をしているようだ。

始めるのだったら、行政区画としての福島で固まっていてはいけない。点にも意を注がないと。

筆甫の子供たちは「支援法」の網の目からこぼれているのかもしれないし。

国も東電も、そこに関心は無いのだろう。マスコミが騒がないから。そこはほとんどが農家。野菜は福島に持ってきて測定してもらっているとも聞く。

いささか言葉足らずだけど、原発被害の実相の一つとして語られるべき「点」の話。

2013年9月27日金曜日

「被災地はもともと過疎地だった・・・」

昨日の通産官僚、後藤久典の”暴言“ブログの一件の続き。

書かれた内容、表現として使われて言葉の在り様、そして「匿名」というネットの特性。

内容、「被災地はもともと過疎だった」。それは間違っていない。過疎・高齢化・農家も漁師も後継者難。その過疎地を津波が襲い、原発が大事故を起こし・・・。そう、大震災は過疎化の進行を早めた。

それと復興論は無関係だ。彼の書いた「いぎたない」言葉や表現は、かれの言語力でしかないと流しておこう。

しかし、もともと過疎だった。過疎にしたのは誰かということ。政治でしょ。官僚でしょ。

過疎であることは、あったことは被災地の人たちは皆わかっている。そこからどう這い上がるかを模索している。港や堤防を、その地の人が皆望んでいるわけではない。それをいち早く言い出したのは官僚や政治家、それに「つらなる」利権屋たちだ。

ちょっと前の復興庁の水野参事官と同様、こういう無知と偏見は、おそらく永田町や霞が関にはびこっているのだろう。
中には拍手喝采を送っている官僚もいるはず。いや民間でも。

彼がそれを書いた頃、被災地で汗を流し、支援していた多くの官僚もいた。地方自治体の職員もいた。なんとかしようと。その中には彼の“部下”だった人もいたかもしれない。

その人たちが一番苦々しく思い、悲しんでいるかもしれない。

水野は停職30日、後藤は停職2か月。なんとも甘い処分。どうってとない処分。
いずれの件も政治家はバカにされている。しかし、政治家に彼らの罷免権は無い。役所にしかないし、官僚は身分保障されている。それをいいことに・・・。

結局「匿名」はばれた。ネット族と言われる人たちの中には、その「匿名性」を“支持”する。匿名だから本音が・・・と。

そしてネットで「匿名」を担保しようとする人ほど、新聞記事には署名を要求する。

そして経産省が役人に出した通達。言ってみれば「ネットの利用心得」みたいなもの。ネットでの発言を制限しても全く無意味。
その人の心根が問題なんだから。
役所が批判の対象にさえならなければいいということなのか。

こうした官僚がいる限り、いわゆる「復興」なんて望むすべも無い。

一人か二人の「バカ」がいたからと言って、その大学を語るべきではないと思うが、東大ってどういう大学なのかと思う。
知識は教えても、人間学は教えない大学って。公務員上級試験の合格したからと言って、それが優秀でもなんでもなく、国にとって「マイナス」ってことを、社会全体で再認識する必要があるのではないかとも。

政治家が罰することのできない官僚。“ネット遊び”にふけり跋扈する官僚。
表面だけ従っているようなふりをして、顔色を伺い、裏では赤い舌を出している官僚。政治家に対して。

多くの官僚を知っている。毎年一回会うことになっている人も、時々会う人も。もっとも彼らは、とっくに現役を退いている人達だけど。
現役時代の彼らからいろいろ教わった。皆、国を真剣に考えていた。矜持を持っていた・・・。

だけど、今は今だ。過去を語っても何の意味もなさないだろう。政治家についても官僚についても。

今のこの国はこんな国だということ。



過疎に苦しむ人たちをいささかでも救うのが、政治であり行政のお仕事なんでしょ。・・・と。

彼の“発言”は多くの被災地の人たちの「こころ」を傷つけた。ボロボロにした。

縋る当てのところからの「切り捨て」なんだから。

陳情も嘆願も意味をなさない。

でも、これでよく分かった。「復興」なるものが遅々として進まない理由が。

彼を擁護する余地は微塵も無い。

東北楽天イーグルスが優勝した。星野監督も田中マー君も、選手も皆口にした。
「東北を勇気づける、出来ることをやる」と。スポーツの力で。

暴言の張本人、どうやら大学時代はサッカー選手だったともいう。大のサッカーフアンだとも言う・・・。

新聞の扱いは小さいが、僕にとっては全く看過出来ない、大事なのだ。

2013年9月26日木曜日

「風評被害」はどこから生まれるのか

福島原発の汚染水問題で中断していた相双地区といわき地区の漁連が、試験操業を再開した。再開する。嬉しいニュースだ。
相馬のスーパーには獲れた魚が出回っている。まだ県内、東京はこれからだとか。

「国、県、東電、漁協が行った検査の結果から安全性は確認できた」。県漁連の見解。

「ブロックされている」「コントロールされている」、それとは別問題だ。極端に言えば“海の力”かもしれない。とにかく数か月間、検体を調べた結果、基準値をはるかに下回っていたということ。それは事実。

漁に出られる嬉しさと同時に、漁業関係者が一様に心配するのが「消費者の理解」。モニタリングの結果が出ても、「風評」なるものが立ちはだかる。
「国内外の風評の払拭に向けて政府が前面にたって欲しい」「消費者にわかりやすく説明してほしい」などの声が相次ぐ。
漁連の組合長は言う。「海水と魚介類の安全性は証明された。後は消費者の信頼を得られるかだ」と。

事故から2年半以上。福島県は「風評被害」なるものに苦しめられ続けてきた。

農産物から始まって、観光、漁業、果ては車や人の往来まで。
風評被害。被害者がいれば加害者がいる。それらは「風評」と言う名の如く、実態の伴わないものであり。人の疑心暗鬼がもたらすものであり、いつ何時被害者が加害者と入れ替わらないとも限らない。

風評、それは、“いじめ”に似た構図を持っていると言ってきた。それと“知性”。

政府に「風評被害が起きないようにしてくれ」と言うのは無駄な話だ。政府がいくら言ったところでそれは無くならない。

テレビや新聞のカメラの前で、福島県産のものを口に入れて、「官邸では福島のコメを食べています」と言ったところで、どうなるものでもあるまい。
逆効果もある。わざとらしさがは見抜かれているし。むかし、「カイワレ大根騒動」というのがあった。カイワレ大根にO-157という病原性大腸菌がついているという騒ぎ。そう騒ぎだったのだ。一種の風評だったのだ。全国のカイワレ大根生産者は死活問題、食卓からカイワレ大根が消えた。
菅直人が“苦渋に満ちた”表情で、作り笑顔でカイワレをほおばっていた姿を記憶している。それが風評を払拭したとは思えない。

要はマスコミが詳細な報道をせずに、カイワレ全体を悪のように伝えていたこと。検査自体が杜撰だったということ。

福島県というところは全国的に見て地名度があまりにも低すぎる。知られていないところ。辺境の地の一角。
原発事故で有名になった県名。知らないところは不気味なところ。
東北論を語るつもりはないが、「未知の国」は侮蔑といじめの対象になりやすい。
それをあげつらう人は“優越感”にもひたれる。

人の苦しいむサマを見て愉悦を覚える人もいる。燎原の火のごとく広まる風評。それに乗っていれば、そのことに関係したということで、安心して言説を言い立てることが出来る。

風評被害、それはその国の民度の貧しさを示しているに過ぎない。

風評被害なるものについて、例えば、まともな大学生のゼミなどで、徹底的に議論させてみたらどうだろう。それは何故生まれるのか、それを防ぐにはどうすればいいのか。生産者や消費者の声を聞きながら、彼らが徹底的に議論し合う。

なぜ学生と言うのか。彼らは「学びの場」にいるから。

「知る」「学ぶ」「考える」。この三つはメビウスの輪のように連関している。

まず「知る」ことから始めよう。

数週間前に書いた。「知らないことは罪なのだ」と。そう、風評とは”無知“が、”知ろうとしない“という消極さが生み出したもの。

いわゆる“差別問題”も然りかと。

「知」とは学問の世界にだけあるものではない。知る努力をしない限り、この国は永遠に“後進国”なのかもしれないということ。

経産省からJETOROに出向しているキャリア官僚の「暴言」が明らかになった。「復興不要」との大書。
ブログに書かれていたこと。その中の一行。“じじいとばばあが、既得権益の漁業権をむさぼるため”。

風評の出元は「国」なんだ・・・・。

2013年9月25日水曜日

「安全」という言葉の“まやかし”

日本が高度成長をまっしぐらにひた走っている時、次々とビルが建ち、建造物、構造物が建てられている時、その現場には、スローガンというか、標語というか、必ず「安全第一」という垂れ幕が掲げられていた。

安全。安らかで危険の無いこと。と辞書にはある。

道路標識は安全標識。交通安全運動。「秋の交通安全運動期間中なのに事故が起きた」とテレビは言う。安全を唱えていれば安全なのか。

都電が走っていた頃の東京。停留所は安全地帯。そこに車が突っ込んでみたり。
交通法規にある「安全運転義務違反」。

神社に行ってもらうお守り。家内安全・商売繁盛。

安全な食品、安全な水・・・。

安全と言う言葉と危険という言葉は裏腹。いや、表裏一体。安全のかげには必ず危険があるということ。
平和という言葉の裏には、それを「戦争」という手段で勝ち取ろうとするおおなる思想の矛盾が存在しているということ。

飛行機は安全な乗り物だと言われた。事故が多発した。繰り返し安全を心掛けますと釈明があった。

鉄道も安全な乗り物だと言われた。多くの悲惨な鉄道事故を目にしてきた。

JR北海道のレールの異常や車両の整備不良。数日で判明するその件数のネズミ算的倍数。

ただいま267か所とか。

釈明やお詫びの会見見ていて思う事。なんだい、原発事故と同じ構図じゃないかと。

本社と現場の意思疎通がうまくできていなかったとJR北海道の社長や幹部が言う。
報告だけを聞いている本社。それですべてを判断して経営にあたっている人達。
経営コンサルとか、経営者とか、社是にも掲げる「ホウレンソウ」。報告、連絡、相談。ポパイじゃあるまいし。

「すべての事は現場にある」。現場にどんな人たちが配置されていて、どれだけの能力を持っているか。判断力を持っているか。現場を本社がどれだけ信頼しているか。

原発事故と同様なのだ。安全神話に固められていた原発と。「まさか」に支配されていた原発と。

原発現場は立れ入れない。そこの様子は事故調にまで隠される。現場を語るのは本社の広報。シルトフェンスがかかり、スクリーニングされた情報。希釈された情報。

原発事故現場で使われている言葉の数々を、「情報」に当てはめてみれば分かり易いかも。皮肉なことなんだけど。

すべての事は現場にある。警察の捜査でもそれは基本。取材活動もそれが基本。
「現場を踏め」とよく言われたもんだ。
現場を取材した者が書いた原稿と、机の上だけで書かれた原稿の差異。発表だけ書いている紙面との差異。

絶対安全が標榜されていた原子力発電所。時々見学というか視察と言うか何回も行った福島第一原発。

あちこちに、たしかにあった「安全第一」の標語。その下で白装束に着かえを要求され、ヘルメットの着用を要求され、迷路を歩くたびに見かけた「危険、放射線管理区域、立ち入り禁止」の標識。

頭から足に至るまで「完全武装」の建屋構内。出入りの度に図る線量計。脱ぎ捨てて廃棄される白装束の全部。危険地帯にいるような錯覚。
そう、やはり、現場は安全地帯では無かったんだというあの頃に浮かんだ疑念の数々。

事故後、多くの人が「安全な地域」に避難した。避難した先が安全だったのか。
放射能汚染だけではない。その他の「危険」が待っている地域に。

国の安全は軍事力で守る。どうやって・・・。

安全という言葉の“まやかし”。そして安全と安心は違うということ。
危険が「リスク」という外来語に置き換えられて、それを皆が好んで使っているということ。

2013年9月24日火曜日

安倍政治への限りなき疑問、八つ当たり気味だけど

「この世をばわが世とぞ思う望月の 欠けたることも無しと思えば」。
藤原道長が詠んだという句が浮かんでくる。

いやね、昨日の続きのようなんですが。

またもや安倍への悪口、書いている方もいささか辟易ではありますが。

消費税増税への限りなき疑問。

かつて、消費税が導入された時、「便乗」があり、なんでもかんでも、どこでも消費税だったこと。

当時はたしか年間の商い売り上げ、1千万か3千万かだった。それ以下は消費税は徴収しないということだった。でも、大方は消費税を「お客」からとっていた。それが何処へ行ったか・・・。消費税逃れなんて言葉もあったくらい。

8%になった消費税を税務署は完全に補足出来るのか。

消費税負担で実際に負担増になるのは末端消費者だけってことにはならないのか。

たとえば、大手のスーパーではその分をなんとか吸収できるかもしれない。
小売店では無理。勢い価格転嫁。客は離れる。

商店は、零細企業はつぶれるとも限らない。

被災地にそれこそ仮の商店街がプレハブ商店が出来ている。そこにも消費税増税は及ぶことになるのか。

国の財政、経済としての消費税論議は盛んでも、誰も個々の事例は論じない。


消費税は消費者だけの問題ではない。生産者の問題でもある。

増税の負担感が無い人が増税を論じると言う不可思議。

いわゆるブラック企業、一部上場企業にもあるという。若者の使い捨て、失業者を“大量生産”する企業。そこも法人税減税の恩恵に浴するのかとも。

それやこれや、どうも安倍は大いなる勘違いに陥っているかのような感あり。

「俺の言うことは誰でも聞く」。そう道長の望月の歌のごとくに。

日銀総裁に意中の人を据え、内閣法制局長官も意中の人。周りを固める。居心地のいい環境整備に。そしてやりたいことを。

誰もがコントロール出来なかた原発。人類が出来る筈のない核。そのものではないが原発事故で派生したことを「コントロール」しているとうそぶくと言う満心加減。

それはマスコミをコントロールしているという自負からきているものかもしれない。

最近まで、連夜のように安倍とマスコミ幹部との「会食」が続いていた。例えは悪いかもしれないが、暴力団と飯を食った市民は罰せられる時代。

マスコミとの会食でこんなこと言っていたのではないかという勝手な作り話。
「あなた方は“批判”することが商売だ。仕事なんだからそうしなさいよ。許容出来る範囲でね。そうしないと購読者や視聴者が離れるから。でもね、一線を越えてはいけないよ。行きすぎたら容赦はしないよ」。

こんなことだって言いかねないような支持率。

そう安倍がコントロール出来ているのはマスコミなのだ。
それだっていつ手のひら返しに会うかもわからないのに。

改憲を持ち出すことは側近から諌められた。経済一本でいくべきだと仲間から勧められた。で、消費税・・・と来たのか。

改憲して中国に対峙できる軍事力を。そうなるといったいいくらの軍事費がかかるのか。とてもじゃないが消費税を25%にしたって追いつくまい。

そのうちまた改憲論議は盛んになるだろう。ニューヨークで何を言い出すのか。

墓穴を掘るかもしれない。

で、なんやかんや。安倍が目指しているものは一体何なんだろうってこと。

「身を切る改革」とやらなんとやらの話はどっかに吹っ飛んでいるし。破綻寸前の国家財政。でも、その危機感は為政者にはあまり無し。

民がそれを背負わされるってこと・・・。

街の商店街にとっては、死活問題にもなりかねないということ。

レジスターどうすんだべな・・・。タグの価格表示はどうすんだべな。ラーメン屋は内税、外税・・・。

2013年9月23日月曜日

冨者はより富み、貧者はより貧しくなるということ

「社会保障と税の一体改革」、それが消費増税のうたい文句であったはず。
三党合意なるものも、そんな脈絡であったはず。と記憶している。

消費税8%。どうやらそうなるらしい。あげく、法人税は減税となり、復興税は前倒しで廃止となるとか。

いわゆる社会保障関係費に回されるのは増税分の半分以下の様子。
詐欺だね。こりゃ。
公共事業とやらにも回されるらしい。
またもあの高度成長の再来か。
それが何をもたらしたか。わかっている人はわかっているはずなのに。

安倍がもくろむように、消費増税しても、それが経済成長、景気拡大につながるとはとても思えない。

安倍を取り巻く人たちは、皆、冨者。金持ち。消費税が3%あがっても、痛くの痒くも無い人たち。

我々庶民は・・・なんてのたまうマスコミ人だって、皆、そこそこの高給取り。

法人税を引き下げ、企業収益を上げ、社員の賃金を上げ、それで消費拡大。
そんなにうまくいくわけないないって。


ずるしゃもだらけの世の中、企業は儲けを賃金にはなかなか振り向けない。内部留保に回す。いつ、なにがあるかわからない。その時社員を守るために、くらいのことを言って。

麻生にまで言われる。ナチスを引き合いに出した麻生は、今度は共産主義を引き合いに。
「日本は共産主義国家では無いのだから、政府に言われて賃上げする企業なんてない」と。

笑えるね。このおぼっちゃ同士のやり取り。太郎ちゃんの方が「正解」だと思うけど、その他の取り巻きおぼっちゃまが「甘」い。「利」に走っているし。


賃金あがれば、それは年収がいくらになるかにもよるが所得税もあがる。段階によってだが。いわゆる地方税も上がる。

政府ってとこは、どこまで間抜けなんだと言いたくなる。
企業減税、法人税を引き下げ、その分、どこに使ったかを公表するよう義務付けようなんて。新聞には政府って書いてあったけど、安倍が言っているんじゃないかな。

そんなこと抜け道いっぱいあるでしょ。復興予算だって、流用させてるくらいなんだから。
公表する企業なんてどれくらいあるのか。

仮に、企業が安倍の望むように賃金に振り向けたとしましょうや。賃上げと同時に役員報酬も上がる。何億という年収を確保している人は、使いきれないカネを持ってどうするのか。

相続税あげてそれらをどんどん持っていけばいい。

東日本大震災復興のための法人税率上乗せを、一年前倒ししての廃止。
つまり「東北切り捨て」ってことでしょ。単純に言えば。

さすがに自民党内でも安倍の“独走”には嫌気が差してきている人もいるらしい。
「復興に力を入れている時に水を差すような法人税減税とはいかがなものか」と町村が言ったとか。
政権与党の公明党の山口も「国民の理解を得られるのか・・・」と。ま、一応言ってみたって感ぬぐえないのだけど。

なんかヌエのような公明党。なぜ政権与党に安住しているのか。それがわからん。

あちらこちらへの八つ当たり。言い出したら止まらなくなる。

きょうはこの辺で。蛇足を一言。盟友の復興大臣さま、地元福島にある名言を送ってやりなさいよ。安倍さまに。

二本松藩に伝わる戒石銘。

 爾俸爾禄(なんじのほう なんじのろくは)
 民膏民脂(たみのこう  たみのしなり)
 下民易虐(たみはしいたげやすきも)
 上天難欺(じょうてんは あざむきがたし)

二本松市内には、今、多くの仮設で暮らしている人たちがいる・・・。

“軽減措置」が取られない限り、その人たちも、なけなしの生活費で消費税を払わねばならないはず。

2013年9月22日日曜日

「風」と「時間」と

お彼岸。死者との邂逅の時。花を買い求め、仏壇に供える。ただ、手を合わせる・・・。母が没したのが昭和61年。彼女が生きてきた時代。そこにあった「風」。そして、時の流れ、「時間」・・・。

「時間」を考える。リニアモーターカーが出現することになったとか。
地を穿ち、穴を掘り、いわば地球を壊しながら追い求める「時間」。
品川と名古屋を40分で結ぶその超特急。
「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く」。昔あった車の交通事故防止のための標語。その標語は交通違反だけを言っているのではなかったような。
世の中に対する大いなる警鐘だったような。

話題になっている映画「風立ちぬ」。過日寄稿したエッセーをのようなものをいささか手を加えて、あえてここにも載せて見る。「時間」についての不可思議の数々。人が、時代が、何を求めているかということへの感想。


//映画の字幕にはこうある。堀越次郎と堀辰雄に捧ぐ。と。そして「生きねば。」と。
この二人の名前が意味することは大きい。宮崎駿のメッセージとして。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」。フランスの詩人、ヴァレリーの詩集、海辺の墓標の一節。そこにあるフランス語を「生きめやも」と堀辰雄は訳した。
どう理解すればいいのか。

「風」、「生きねば」、「墓標」。三つの言葉が、重なり合って溶け合う。そして今の「風」・・・。

宮崎駿は「風立ちぬ」というアニメ作品を通して何を語ろうとしているのか。

恋物語と最速の飛行機と戦争。それをどう同化させようとしているのか。

それは「時間」だ。そして「時代」。
緑豊かな田園風景。日本の原風景。そこに流れている、ゆったりとした時間。
もし、この国が取り戻すなら、そうした時間と空間だ。

主人公の堀越次郎は最速の飛行機を作ることに己の夢をかけた。その次郎とてつぶやくように言う。
「どうして亀の時間で生きてはいけないのか」と。

ゆったりとした時間を表象するかのように飛ばされる紙飛行機・・・。

戦前と戦後の時間の対比。失われた時間、それは取り戻せない。

時間の感覚を失った日本人。ひたすらスピードを求めた時代。あらゆることにスピードが要求され、スピードは、速さは、経済成長と合体した。
その結果が運んできたものは・・・。

戦争で数億の墓標が建てられた。戦後も。
いまだもって、さまざまな速さを求めるこの国。そこに生きる人々。速さは便利さの代名詞となり・・・。
それをあくなく追求する。追い求めている。

そして・・・。“おかしな風”が吹いている。“おかしな風潮”がはびこり始めた。吹いてきた。立ってきた風に立ち向かうことは出来るのか。

「生きねば。」と思いつつも、生きることの意味を忘れかけている。

映画の中では直接語られていない「3・11」。しかし、その映画が今作られたということは、被災地にメッセージを発していると受け止めたい。
「生きねば」という。

秋空に飛行機雲が尾を引いていった・・・。秋の風はそれを消そうとしないのだが。//


こんな文章だった。

豊かさと便利さ。死者との対話の中で、それへの答えが見つかるとは思えないが・・・。

2013年9月21日土曜日

整えられた“視察”

見て、聞いて、知って。決して悪い事では無い。そうあるべきだ。しかし、問題なのは、何を見て、何を聞いて、何を知ったかということ。

安倍の「原発視察」。完全防護服に身を固め、総計2時間半。たったの2時間半。
笑える話から。安倍の防護服の胸には「内閣総理大臣 安部」のワッペン。整えられた視察。東電が用意した防護服。字の間違い、「故意」だね。嫌がらせだ。途中で気付いた安倍ははがしたという話も。

総理大臣の視察、閣僚の視察。全ては「整えられて」いる。工程、行く場所、時間。東電が組んだスケジュール。

たったの二時間半と言ったのは、原発にいたことを言っているのではない。
現場に行けば、全ての作業は止まる。なにかあるとおけないからと。言ってみれば「邪魔」。
作業員はたぶん、おおかた不愉快に思っている。事前の警察の「下調べ」もある。
総理大臣が動けば、多くの人が動くのだ。あげく現場で言ったこと。
「0,3キロ平米はどこからどこまでだ」
「シルトフェンスはどれだ」。
東電の説明を聞いて・・・。
視察を取材したのは、同行記者団。内閣記者会と一部外国メディア。内閣記者会、それは、かってはボクのそうだったけど、そこに所属していたけど、今はほとんど「お稚児さん」。誕生日にプレゼント贈るっていうくらいの。
地元の、福島県のメディアは入れてもらっていなかった。
全国ニュースを丸受け。共同通信の配信記事・・・。

現場で記者会見。Jビレッジか。
「汚染水は完全にブロックされている」。
「汚染水処理については国が前面に出て、私が責任者として対応したい」。

あげく同行した東電の社長に「5,6号機を廃炉にしろ。期限を切ってタンク内の汚染水浄化に取り組め」。

あのね、そんなこと官邸に東電社長を呼びつけて指示すればいいこと。なんで現場で・・・。

要するにパフォーマンス以外の何物でも無し。語るもばかばかしい話。

東京に取って返して増税論議。格好つけに振り回される関係者。

あんた一体なんなのさ。

原発を見た。社長に文句を言った。その次に・・・。することあるでしょ。
作業員集めてねぎらいの言葉あったとか、なかったとか。

本音を聞いてみなさいよ。数人と車座になってでも。余人を交えず。
郡山から双葉に向かった。サイレン鳴らし、車列を組んで。邪魔で迷惑。
郡山で仮設に寄りなさいよ。家を失った人たちの声を聞きなさいよ。
帰りはスーパーひたち。いわきに寄りなさいよ。海洋汚染で苦しんでいる漁民の声を聞きなさいよ。

罵声や怒声を浴びせられたとしても。もう、そのくらいの覚悟を持たないとダメなんだよ、お坊ちゃん。
警察が大勢囲んでいる。だれも殴りはしないのだから。痛くはないんだから。
痛みを聞くぐらい出来るでしょって言うに。

菅が避難所で「逃げるな」と避難者に詰め寄られ“苦い教訓”を生かしているのか。
触らぬ神に祟りなしってことか。
どこに向けたパフォーマンスか。あの猪瀬だって「コントロール出来ている」ってブエノスアイレスの大ボラには異論を呈している。

「原発に行ってきた」。国会が開かれて野党から追及されてら、そのことだけを自慢たらげにいうんだろうな。

「前回の視察はバスからでした。今回は歩いて」。持ち上げるメディア。
行ったところはそんなに高線量じゃない。何のための防護服。パフォーマンス。裏目に出るよ。そんなに危険なんだと国際社会は思うはず。

整えられた視察。シナリオ通りの視察。形ばかりの視察という欺瞞。
何の意味も持たない。内閣記者会はだまって聞いているだけ。地元メディアだったら、多少はびびりながらも核心をついた質問をしたかもしれない。

無意味な既成事実だけを残す。行ったというだけの。

そして彼は何も把握していない。福島県の実情を。見たということは、知らなかったことに等しい。見るべきものをみていない。聞くべきことを聞こうとはしない。
それが内閣総理大臣だということ。防護服の名札のように、なんか「裏目」に出る予感・・・。

それでも安倍を支持する福島県民も多いということ。

「歩歩是道場」。そんな禅語を彼に贈る。

2013年9月20日金曜日

東京は24時間都市を目指す~月灯り異聞~

安倍が「原発」を視察した。百聞は一見に如かずという。しかし・・・。
彼が見たのは何だったのか。茶番劇のようにも思えて。

真夜中の地震。携帯のアラームがけたたましく鳴り。
まず気になるのが「原発」。1F。
しばし、テレビの速報に見入り。鬱々とした気分。気を取り直して、窓を開け、満月を仰ぐ。月灯り。月齢と地震に因果関係ありやなしやとも。
そんな気分で、寝不足で、思ったこと。月灯りからの“伝言”。月を星に変えて。

東京オリンピック招致が決まった直後、東京都知事はたしかこんなことを言っていたような。
「東京に24時間バスを運行させる」と。

東京はまるでラスベガスのような「不夜城」になるんだね。ま、そりゃそうかも。前知事はカジノを東京にもってくるって豪語してたんだから。

すでにして東京の夜は明るい。明るい中で暮らしている人達には暗闇は見えない。想像の外だ。

「暗い夜、星を数えて」。3・11に遭遇した作家のルポルタージュの題名。

星とは無縁の都市になるんだ、東京は。

翼よ、あれがパリの灯だ。そんな映画が流行った時代。東京でもまだ星は見えていたけど。
星は肉眼で見るものじゃない。プラネタリウムで見るもんだ。そう思い込んでいる子供がいたら、余りにも悲しい。

♪見上げてごらん夜の星を♪。永六輔作詞、いずみたく作曲。今も、あの歌はすたれることはない。被災地で歌われている「応援ソング」の一つだ。そこには実際に星がある。さんざめいている。そこに生きる人を見守るように。

そして、この歌は、集団就職で東北から上京した子供たち。その望郷の念を癒す歌だった。彼らは「地上の星」だった。彼らが今の東京の繁栄を支えた。

東京と一括りでいうのはよくないかもしれない。都心と言い換えようか。
テレビが映し出す都心の夜景。高いタワーは彩鮮やか。光の海だ。すでにして不夜城。

原子力による電気は今は東京には供給されていない。不夜城の明かりは、太陽光発電などクリーンエネルギーが生み出したものだと知事様は言う。
LEDを使っているからだとも言う。

だから無駄使いをしてもいいという理由、根拠にはならない。

明るい街がより明るくなる。明るさの中にいる人達はそれに安堵する。明るさのために電気料金は上がる。

今は「原発ゼロ」だ。電気は足りている。だから原発はいらない。いきなりそう言うのは早計だ。火力がフル稼働している。老朽化したもの含めて。
どっかの火力が事故を起こす。当然電気は足りなくなる。自家発電装置もあるにはある。しかし、もちろんそれがまかなう量はしれている。電力会社が融通しあうのか。東電は他の電力会社に融通できるのか。そんな余力はないと思うのだが。
川崎火力、それも老朽化している。それが止まったらどうなる。

いてみれば「ポンンコツ頼り」なのだ。俺は頼りにも何んにもならないポンコツ爺だけど。

そうか、東京をコンビニ化しようということなんだね。24時間営業都市。
コンビニの草分け、セブン・イレブンだって当初は、その名の通り朝7時から夜11までの営業だったんだけど・・・。コンビニはコンビニエンスストア。コンビニエンスとは便利ということ。

便利さ、豊かさの中に、星の光は埋没する。月はどこにでも出ているが・・・。
月灯り

2013年9月19日木曜日

後ろ向きの話ばかりであり・・・

原発事故現場。ここ数日は汚染水漏れを起こしたタンクを解体し、漏れの原因究明にあたるという。
その他の作業はどうなるんだろう。

なんか結局“後始末”だけに追われているような気がする。
「工程表」っていったいどうなっているのかなと。

遮水壁問題、事故後5月ごろ、民主党政権が言い出したとか。東電は費用を理由に婉曲に断ったとか。
なんで、そんな話が、今頃マスコミをにぎわすのか。馬淵がそれを言っていたのは知ってるぜ。言っただけではダメ。やらせねば。金額聞いてビビったのかな民主党政権は。

凍土方式が「正解」かどうかはともかく、なに、1,000億円。出せばよかったのだ。あの時期ならまだ受け入れられたはずなのだ。日本中が恐怖に憑りつかれていた時だったし。
東電を解体して、国が管理していればよかったのだ。

民主党政権が出来た時、歴代の首相はいつも言っていた。「自民党政権の尻拭いをしているばかり」だと。
今、あんたたちの菅政権の「尻拭い」を安倍がしているようなフリをして、なんとか、己(おの)が手柄にしようとしている。

今、当時こう言っていたなんて言ったって後の祭り。後ろ向きの恨み節じゃないか。

他の野党は「オオカミの遠吠え」くりかえしているだけ。反なんとかの運動を煽っているだけ。

「実は1年半も前からタンクを囲った溝の水は、弁を開けて放出していた・・・」。

現象面だけの過去を言い立ててどうするのかとも。

東電不信、政府不信。不信感だけを助長させている。

現場の士気は下がりっぱなしだとか。

「台風に対する備えがなされていなかった。大雨が来るのが予想されていたにも関わらず、対策が不十分だった」。
そう、ふりかえってごらんよ。思い出してごらんよ。後ろ向きだけど。
「想定外」で全部ことを済まそうとしていたのだから。

なにもブロックされていない。コントロールもされていない。

今日、安倍は「コントロールされている」現場を視察しているという。
だからどうなるんだろう・・・。

むき出しのまま、”醜態!をさらしているだけの、過去の栄華・・・・。
破壊されつくした各号機もそうだが、あの野積の汚染水タンク。テレビは好んで映す。

あの中に入っているのは・・・。高濃度の汚染水だってあるはずだ。
野積のまま放置されていれば腐食もするし、穴も開く。
“放射性物質”は管理区域においておかなければならない。病院のX線だってそうだ。
ちゃんとした構造物の中に厳重に保管してなければならない。
しかし、それは、晒されたままだった。巨大なタンク群は。

「検証」とは、前に進むための出発点。
あそこには「出発点」すら無いんじゃないかな。安倍の“視察もどき”が出発点になるのか、現状確認だけなのか。

徒労と疲労の日々が繰り返されている。それは他人事であって。全くの。

給料が上がった、上がらない、景気がよくなりそうなのでちょっとリッチな気分に浸ってみました。ブランド商品買いました。オリンピック目当てにマンション買いました。

ブランド商品も高級マンションも、水に襲われれば一発でオシャカなんだけどな。余計なお世話でした。

2013年9月18日水曜日

「3・11」と司法

この頃、「あの当時」のことを書いた本を何冊か読み返している。津波の被害にあった人の話、かろうじて逃げられた人の話、飯舘村のこと・・・・。

石巻の日和幼稚園の園児5人が亡くなった事故。津波が来なかった山側に住む園児、幼稚園も難を逃れた。海側に住む園児を送り届け、山に向かう途中渋滞に巻き込まれての悲劇。

仙台地裁は幼稚園側の判断ミスや失態を認定し、1億7千万の上る賠償を命じる有罪判決をくだした。

一般的には裁判は「被害者」と「加害者」がいて成り立つ。判決は証拠に基づいて下される。
亡くなった園児や遺族は明確な「被害者」である。幼稚園側は「加害者」なのか。
判決は「状況」や「予見の無さ」をもって有罪とした。「あんな津波が来るとは思ってもみなかった」。そういう幼稚園側の主張を退けた。

的確な判断と想像力があれば事故は防げる。悲劇に対応できる。早く心配している親元に届けたい。たしかに一理はあるが。

釜石の奇跡といわれる事例。群馬大学の片田教授が釜石の小中学生にずっと押して続けていたこと。学校側もそれに従ったこと。そのことは父兄にも周知徹底されていたこと。

「てんでんこ」に高台に逃げた子供たちは、上級生が引率するようなかたちで、間一髪、被害を免れることが出来た。

こんな教育が、石巻の幼稚園で、先生にも、父兄ににも周知されていれば、バスは海側には向かわなかったはず。

判決は「情報収集に落ち度があった」と結論つけている。“情報収集”の以前の問題を釜石の事例は立証している。

「想定外」に対して初めて示されて司法の判断だと思う。そして、明らかに、関係者の「判断ミス」があったのだと思う。

翻って原発。東電の会長や社長、菅直人、海江田、枝野・・・。判断ミスを繰り返し、想定外を言い続けた人達の責任を問う告訴。検察は不起訴とした。

司法の場で争うことを避けた。政府の事故調も、国会の事故調も、その結論は隔靴掻痒。司法の場しかないのだが。

司法が「なじまない」とする限り、原発事故の責任は藪の中、闇の中に葬られる。

明らかに想像力の欠如があり、判断ミスがあり、機器の操作ミスだって、そう、あのベントの弁が開かなかったこと含めて。それが問われないという事。

政治の判断ミス、想像力の欠如によって、関連死という事実が存在していること。それは明らかに“未必の故意”にあたることとも思えるのだが。


人の命は金に換えられない。誰しもがそう言う。その口の乾かぬ先から賠償金の金額を言い立てる。おぞましい・・・。それでしか「計れない」のだ。

福島では「ゼロ円訴訟」というのもある・・・。

「3・11」はあらためて多くの教訓を残した。それが生かされるのか生かされないのか。せめて“原点”だけには立ち返って欲しいのだが。

その「行方」を語りたくはない・・・。

2013年9月17日火曜日

「同調圧力」という言葉を借りて

日常の話し。
買い物に行く。例えば目薬。例えば食品。いろんなものが並んでいる。選ぶのに迷う。店員さんは反応する。「こちら、今、人気があるんですよ」。
即座に答える。「いらない」と。

シャツを買いに行く。たまに。「今の流行ですよ。皆さんお買い求めになります」。
即座に断る。「流行のものなんていらない。みんなが着ている物なんて欲しくない」と。

流行り、人気・・・。皆同じがいいのかな。それが購買意欲を駆り立てることなのかな。

その癖、個性って言ってはいるのに。

誰かがその人に対して、いささか非難の意味を込めて何かを言う。「誰がそんなことを言っているの?」と聞き返す。返ってくるのは「皆が・・・」。

皆同じ、同調。見習っていればいい。楽なんだよね。知らず知らずのうちに「楽」を押し付け、「楽」に身を置く。皆と同じだということで安心する。

日本人の「空気」として、それが「是」なるものとされてきた。同調の空気がこの国を支配してきた。そして同調に慣らされていった・・・。

テレビの番組。視聴率が高いとほめそやす。そこからはやり言葉を作り、見ていない人に疎外感を与える。TBSのドラマの事もそうだ。

倍返し。なんて嫌な言葉だ。

NHKの朝ドラ、大河ドラマ・・・。しきりに人は話題にする。
見ない奴は“非国民”だといわんばかりに。


勝手にボクは勝手に思い込んでいる。「無意識の同調圧力」だと。

それらの番組を見たことが無い。「同調」したり、群れを為すのが嫌いなのだ。右へ倣えが嫌いなのだ。

皆がそうだから、皆がそうしているから・・・。皆の中に自分はいるのか、いないのか。

勝てば官軍、同調圧力の一つの歴史としての言葉。70年前の戦争、いやそれ以前から。戦争に協力することが正しいことだった。戦争に反対する者は「非国民」というレッテルを張られた。

同調圧力を跳ね返すべき新聞や言論機関も、その「空気」に呑み込まれ、より安全なところに身を置いた。
圧力に屈しなかった人たちは、軒並み「特高」にしょっぴかれ、拷問され、転向を迫られた。

いささか論理の飛躍があるかもしれないが、同調圧力は全体主義への道だとも思える。

安倍政権になってから、同調圧力という言葉が復権したような。いささか難解な、奇妙な言葉であるにもかかわらず。

同調圧力、多数意見や権力者の考えに同調を求めるようなことと解する。多数意見は少数意見を呑みこんでいく・・・。そういう圧力をかけるという現象。

同調圧力をキーワードにした「空気の研究」が、あらためて必要なのかもしれない。

「3・11」後、ある意味、日本は同調圧力のるつぼにあった。悪しざまにいうのではなく。

がんばろうにっぽんの掛け声のもと、多くの義捐金が寄せられ、多くのボランティアが被災地に入った。

東北支援をしない人は肩身の狭い思いをするくらいに。

福島県民は「風評被害」という言葉に、だれしもが“同調”した。
あの義捐金の行方は・・・。ボランティアは確固たる信念に基づいている人以外、多くの関心の外におかれているような。

ボランティアという言葉や行動は、確固たる市民権を得たのだが。その精神は無くしてはいないのだが。

同調圧力、それを醸成しているのは、メディアそのものだ。世論と言う名の報道や、コマーシャル、テレショップの類に至るまで。

新聞は特ダネを取るより特落ちを嫌う。みんな同じ報道だと安心する。

オリンピック招致劇は、まさに、メディアによる同調圧力以外の何物でも無かったように思える。

孤高の爺さんは「しんどい」な・・・と思いつつ。雑駁な話で。

2013年9月16日月曜日

上着の襟に付けているもの

台風が荒れている。被害が伝えられる。進路が気になる・・・。

なんか異常気象が加速しているようにも思える。

「原発」が気になる。相当の雨量が予想される。風が気になる。クレーンはどうなる。

荒天の中、作業をしている人が気になる。

テレビは台風情報に余念が無い。伝えられるのは、すでに起きた様々な被害。
そして進路。
「警戒してください」という。警戒はしてるけどどうしようもない。

「原発」への言及はほとんどない。福島のあの事故現場への。

台風のニュースの合間をぬって伝えられたのは「大飯の定期点検のための中止」だけ。

起こったことにだけ関心があるようにさえ思える・・・。

「コントロール」されているとした原発。それで“終わった”かのように別荘でゴルフに興じていた総理大臣。その人の考えが気になる・・・。

ふと思う。

国会議員さんの背広の襟には議員バッジが付いている。身分証明としての。
そして、それは彼ら(彼女ら)にとっての誇りだ。

だから、何かの時に言う。
「議員バッジを外す覚悟で」とも。

民主党の野田も付けていた。安倍も麻生も付けている。議員バッジの隣か反対の襟に。

ブルーリボン。拉致被害者救済のバッジ。バッジをつけながら、そのことについて何が行われているんだろうか・・・。

一時、「がんばろうにっぽん」のようなバッジを付けていた時があった。それはいつの間にか「東京オリンピック招致」のバッジに替わっていた。
オリンピック招致に成功した。また襟にはブルーリボンだけ・・・。

そして時々、赤い羽根や緑の羽根・・・。

会社の社章もそうだ。そこの社員であることの誇りと責務を意志として示しているはずの社章。だからか、飲みに出るときは外す人。

検察官バッジは「秋霜烈日」と呼ばれる。秋の霜の日も、烈しく太陽が照りつける中でも、己の信念を曲げないという決意の表れとして。検察官は、それを身につけることで、己を律しているとされる。されてきた。

なんか、いまは単に身分証明としてのバッジのような。


秋霜烈日、バッジの「由来」に忠実であるならば、東電の元会長や社長、菅直人を告訴した福島県の集団訴訟を、検察は不起訴にする筈はないと思うのだが。

原発事故という「国家的“犯罪”」を司法の場でとりあげることに意義があると思うのだが。証拠含め、結果がどう出るにせよ。

少なくとも国会というところは民主主義の場である。かつては通年国会なんていう話もあった。立ち消え。

国会の通行証のようなバッジを毎日付けていながら国会は開かれない。

検察官バッジを付けながら法廷にそれを持ち込まない。

おいおい、みんな職務放棄なんじゃないかい。

電力マンの誇りだった、一流企業の証だった、「TEPCO」という東電のバッジも錆びついたの感。

秋霜烈日、原発作業員の日々だ。バッジは付けていないが誇りを持っている人たちにも思える。

避難区域の中にある我が家に帰る時に必ず要求される身分証明書の提示。普段は持っていないもの。

関係ないけど、昔は警察手帳が警察官の身分証明。今は、アメリカ並みにバッジのようなものをかざすようになっているんだな。

なんでテレビに出演してるときに議員バッジがいるんだろう。なんで記者章、記者バッジをつけている人がいるんだろう。

なんか滑稽だ。格式というやつに拘っているのかな。そんな人の言説は一顧だに値しないような・・・。


昔、 “陣笠三九郎、都へ行く”という本があった。著者は下川儀太郎。社会党の代議士。静岡県選出。
その本は、いささか痛快であり、諧謔性に富み、国会議員の実相を巧みに描いていた。

“パッカードに乗った森の石松」という本も痛快だった。著者は東京新聞記者だった尾崎宏次。社旗をはためかせ、外車に乗って飛びまわる記者を、”森の石松“に見立て、かなり皮肉っていたように思えて・・・。

自分を見つめている政治家や記者は果たしてどれだけいるのかと気になる。それぞれの襟章のこと含めて。

2013年9月15日日曜日

東電の“逆襲”

一連の発言や動きを見ていて、勝手にそう感じてしまった。ただそれだけの事なのだが・・・。

IOC総会で安倍は「汚染水は原発の港湾内で遮蔽されており、完全にコントロール出来ている」と言い切った。その根拠は誰も知らない。まして当事者である東電も。

招致にあたって「汚染水問題」がネックだ。そう言われてきたのはIOCの委員ではない。海外メディアであり、国内メディアだ。よしんばIOCの委員がそれを懸念していたとして、安倍が、自信たっぷりに「コントロールされている」と言ったとして、原発の事をどれだけ承知しているかどうか、わからない彼らに判断材料となったのだろうか。

安倍のスピーチが功を奏したと言っているのは、そういう見立てをしているのは、ほかならないメディアの勝手な“解説”。

安倍スピーチが伝えられてから、東電の空気、反応は微妙に変わった。それとなく政権を牽制した。
そして昨日の東電の山下フェロー(技術顧問)なる人の郡山での発言。

「今の状態はコントロール出来ていないと考えている」。

国の予算で汚染水対策にカネが付いた。とたんに東電は本性を発揮したかのような。

「素人の現場もしらない首相が何を寝言いっているんだ」と言わんばかりの。

それを受けて官房長官は、わけのわからないロジックを展開してのつじつま合わせ。

東京オリンピックは罪つくりだぜ。

汚染水をめぐって関係者は迷走の限りを尽くす。

汚染水は制御出来ていない。大方の人たちはそう思っている。だけど、あまり何も言わない。

安倍が何かを言えば、東電は、さまざま隠し続けていた東電が、「本音」を言い始める。

誰かが嘘をついてる。

嘘を暴くための国会は開かれない。国会というのがあったはずなのに閉会中だということで、政府や東電を呼んでの審査も行われない。
国会は無いに等しい。当該委員会の委員長は海外視察とやらに出かける。
費用は国から出る。

直接の影響や被害が無い限り、汚染水問題なんて、結局、どうでもいいことなんだろうな・・・。

そのうち、誰かがどうにかするさ・・・。そう思っているんじゃないかな。

一昨年を思い出す。爆発事故を起こした直後の、その後の政権と東電との確執。
なんか同じような光景だ。

所詮は「金繋がり」の間柄。政府にも東電にもお互いの信頼関係なんて存在しない。
お互いがい互いをバカにしている。そんな図式・・・。

他人事のように言う。「嗤えるくらいに笑っちゃうくらいに同じ光景なのだ」と。

そして我に返ってのため息。“たまったもんじゃないよな”。


汚染水問題はもっと深刻化するだろう。収拾がつかない状態になるかもしれない。
そうなった時、招致のために「ウソ」を言った安倍は、国際社会から非難をあびるだろう。政権の基盤も危うくなるかもしれない。

政権維持、政権浮揚のために使ったオリンピック。招致のためについた「方便としてのウソ」。
それが逆効果になる。そんな皮肉な事態がこないと誰が断言できるのだろうか。

2013年9月14日土曜日

「お・も・て・な・し」が流行語になる悲しさ

IOC総会のプレゼンテーションの場で、女性タレントが「お・も・て・な・し」という言葉を使った。挙句、合掌をした。それがIOC委員の心をつかんだ、東京招致が決まった一つの要因だとメディアは言う。

だが待てよ。あの日のプレゼンテーションで、IOC委員のどれくらいが心動かされ、東京に票をいれたのだろうか。
すでにロビー活動なるももの含めて投票先は決まっていたのではないかとも。

ロビー活動なるものも、プレゼンテーションなるものも、おおかた、大手の広告代理店が取り仕切っている。オリンピック担当部局も置いて。
プレゼンの内容は、その仕切りの中で行われていたと見る。

ま、それは閑話休題ということで。

「おもてなし」の「お」は接頭語、強めの。あるいは謙譲語、丁寧語としての「お」。「もてなし」につけた「お」。

「もてなし」は「持て成し」と書く。あるいは「持て為し」。持って為す。
「持って為し遂げる」という語源。
日本人は“言語力”に富んだ民族性を持つ。「おもてなし」という一つの言葉にして、いささかのアイロニー、皮肉、皮相を込めて表なし、裏表なしと解したりする。そしてそれがどこか定着してしまう。

「持て成す」とは、茶の湯の心得に端を発する。
一期一会という言葉も然り。
山上宗二や井伊直弼が記した、一期に一度の会のようにという心構え。

「もてなしには、見える部分と見えない部分がある。茶席。お客様を迎えるにあたり、茶室の周りに打ち水をして清め、床の間には客の好みに合わせた季節ごとの掛け軸を用意し、花を活け、香を炊く。これは目に見える部分のおもてなし。それに対して、どうしたら、客に喜んで貰えるだろうかと考えに考えて、相手に心を尽くす気持ちが、見えない部分のおもてなし。その見えない部分があって初めて、前に見える形に反映される」。

郡山の表千家の家元だった松山先生は言っていた。聞かされた。
「見えない部分で、どれだけ頑張れるかで、おもてなしの幅と厚みが違う」と。

茶の湯にもう一つ、教訓としての言葉がある。残心余情。あるいは余情残心。
利休の教えである。日本人の文化である。

「茶席が終わる。名残は尽きないが、別れの時が来る。茶室から客を送り出す。亭主はそれを見送る。夜道は暗い。月よ、どうか客人の足元を照らしていてくれ。風よ、行燈の灯を消さないようにしてくれ。客が見えなくなるまで亭主は頭を下げて見送る。
客が見えなくなって、亭主は茶室にも戻る。自分のために茶を一服たてる。茶会の楽しさを思い出しながら。客人がどこまで行ったのだろうかと案じ、無事帰宅されるようにと願いながら。いわば名残の茶・・・」。

持て成すという言葉について、以前、塾で話したことを思い出して記した。

合掌はいらない。似合わない。ただ静かに見送るのだ。

一昨年、災害救助に向かう車で、福島県の国道115号線は往来が絶えなかった。
街角に毎日立つ小学生の姉と弟がいた。朝は「ご苦労さまです。気をつけて」という手書きの紙を掲げ。
夕方は「ありがとうございました。またよろしくお願いします」。そんな紙を掲げ。
姉弟は毎日それを続けていた。おもてなしの真髄だ。

津波に奪われた町。支援に来た人たちに「ご支援ありがとうございました。このご恩はわすれません。いつかきっとお返しします」。そんな“看板”が立てられていた。
半壊の家から泥を掻き出すボランティア。その人たちに住人は近所の人は、避難所からお茶を持ってくる。せめてもの一服と「もてなす」。

東北地方にあった、日本人のこころ。

被災をまぬがれた畑から朝取り立てのキュウリをもってきてふるまう。新鮮な野菜。卵を持ってくる。とれたての卵。
「ありがとうございます。いただきます」と思わず合掌する。たなごころを合わせる。命をいただくということへの実感と感謝。
たぶん東北人だけではあるまい。日本人が持っているこころと信じたい。

だから、あの場で「おもてなし」を持ち出すのなら、せめてこう言って欲しかった。
「我々日本国民は、東日本大震災で、多くの国の方々からご支援をいただきました。それに恩返しをしなければならないと思っています。東京にお越しになったら、きっと恩返しをさせていただきます」。

たぶん、流行り言葉のように「おもてなし」と言う言葉が使われるだろう。テレビでも時には新聞でも。
本旨でない「おもてなし」が流行語のようにされるのを見聞きすると、きっと悲しい思いに捉われるかもしれない。

2013年9月13日金曜日

~あれから2年半~。あらためて「復興」とは?

今にはじまったことではないけれど・・・。
「東日本大震災復興プロジェクト」「復興支援コンサート」などなど。
この「冠」としてある“復興”とは何を指しているのか。何をもって“復興”とするのか。
一昨年から「叫ばれて」いる復興、復興の二文字。未だもってその「意味」がわからない。

それを言っているひとの「真意」を聞きたい。

オリンピックは東北の復興につながる。オリンピックで東北を復興させる。
その謳い文句の空虚さ。

「復興」とは何を言うのだろう。何さして言うのだろう。

街を蘇えらそうと立ち上がっている陸前高田の若者の一人は言う。
「東北は、大震災の前にすでに崩壊していました」と。

過疎化、高齢化、あらゆることでの格差。
地震と津波が、その動きを加速化させたのだと。

彼が言う、そういう街を地域を作り直すことが復興なのか。

「復興」とは、人それぞれによって違う。その意味も形も。

復興庁という役所が出来、復興大臣には郡山選出議員があたっている。
そこから復興ということの確たるビジョンや意味合いを示されたことはない。

二度と津波の被害を起こさないように。高台移転が言われた。
高台に移転するのは金が要る。津波に襲われた土地は買い手がつかない。金がないから、また元の場所に家を復元させる。
「ここに住む方が、よっぽど、やすまる。仮設暮らしはストレスで潰されそうになる」。

港の近くに戻る漁師もいる。

元いた場所に戻るのも「復興」。

防潮堤はまったく建設が進んでいない。それに当たる人がいないからだと。人が不足しているからだと。

復興予算なるものは「流用」される。流用した人に罪の意識は無い。むしろ“知恵者”とも称賛される。

高台に新しい「町」を作る。それが復興なのだろうか。

復興とは街をコンクリートで覆うことが復興なのだろうか。いわゆる「ハコモノ」に過ぎないのではとも。土建屋さんを設けさせる為の。それもままならない・・・。

人が介在していてのはじめての「復興」。

人の望む形、在り様、姿・・・。

農業の人は農業が出来るような環境。漁師は魚を獲ることが出来る環境。

川内村に住んでいた作家の鐸木能光さんはこう書いている。
「今、東北で進められている“復興”には、“生きる目的”“人生の核”を見つめる心が欠落したまま、単に経済的な数値を取り戻すための行為になっている場面が多すぎます。金を投入すれば仕事が増えて地元も嬉しいだろう・・・的な論理が。それじゃダメじゃん・・・ということ」と。

同じ想いがある。

「東北はすでに壊れ始めていた・・・」。前述の陸前高田の人の言葉を借りるなら、壊れ始めていた東北を復興させて何が生まれるのか。

高齢化社会。過疎化。農業の後継者もままならない。そんな「地方」を再現させることが復興なのだろうか。
復興とは新たにふるい起こすという意味だと思う。
ならばどうなる。話の展開は。
この国の姿を在り様を「復興」させることではないのかと。

あるべき社会システムを作り上げることではないのかと。

ここ郡山でも「復興」ということを誰しもが言う。
郡山の人口32万人余りの地方都市の復興とは何か。

中心市街地に、もう一回人を呼び戻すことではないか。商店街を復活させることではないか。
商品棚から黙って商品を取り、黙ってレジに並び、黙々と出口に買ったものを持っていく。そんな日常が定着している。都会も含め社会の“縮図”だ。

商店街、買い物に、ちょっとした会話がついてくる。商店街の人たちが、お客さんの“消息”を知っている。年寄りの買い物の手助けをする。
そう、人と人との触れ合いがある場所にする。それが復興なのだと。

復興の主役は「人」なのだと。だから、真の復興とは日本の“社会システム”そのものを、もう誰もがわすれかけているような、「真の豊かさ」を取り戻すことではないのかと。
前にも書いた。人があって国がある。国があるからひとがいるのではない。

「こころの復興」、それも束の間のものではないもの。それは、たぶん一人一人に課せられた課題・・・。

2013年9月12日木曜日

~あれから2年半~「心も体もボロボロだ」。

福島という県土を、いや、国土を、「汚染」から取り戻すためには“除染”という方法、屋根を拭き、木々を切り倒し、土を剥いでいく。緑を土色に変える。
それしか方法が無いのだろうか。

例えば、時々取り上げさせてもらう飯舘村。
「心も体もボロボロだ」。菅野典雄村長がきのう言っていた言葉である。
までいの村。までいの力。一昨年、菅野村長が書いた本。「日本一美しい村に放射が降った」。

なんで飯舘にこだわるのか。そこは、川俣町の山木屋地区と並んで、「原発」からは何の恩恵も受けていない、その地が、情報過疎の中、ある時期まで“放置”されており、「理不尽」さを象徴している村であると言えるから。

3月15日。飯舘村役場の空間線量は毎時40マイクロシーベルトだった・・・。
その頃の郡山。場所はまだらだが、3~4μSだったと思う。

一昨年、東京の霞が関で行われた会合に、講師を依頼され、1時間余り話をした。相方は元岩手県知事の増田寛也氏。
「までいの力」という村が出した本を携え、被災の実態よりも、村長の言を紹介した。
「やむを得ず全村避難することにした。帰村の目途は3年とする。3年後に皆、この村で会おう」。

3年―。汚染の実態からして2年での帰村は無理だ。しかし、5年とすれば村民の心が持たない。その長さに耐えられない。3年ならどうにか耐えられる。そう判断したという話。

その頃、国の指導者の力量の無さに怒りを彷彿させていた時。どうにかして村をまとめたいという、それがたとえ”ウソ“であっても、目標を示すことが、何よりも村をまとめていくために必要だったという判断と決意。

菅野村長も言っていた。「特段、科学的根拠とかがあっての事ではない」と。
菅野村長の願いは届かなかった。あと半年で3年。

いわゆる「除染」がなされたのはたったの3%の面積。

5年後を目途にした。平成27年の帰村。住民の心は割れる。諦めが支配する。

村長も批判の矢面に立たされることになる。

それでも諦めなかったのだが・・・。

環境省は、言葉や言い方はともかく、「ギブアップ」宣言。除染がはかどる目途は全く無くなった。

淡々と他人事のように「除染計画」の遅れをしゃべる環境大臣。村を訪れる環境省の職員も、いつからどうする、いつまでに。喋れない。

仮置き場がどうだ、中間貯蔵施設がどうだ。不可能な条件だけを探して、それを盾にして、国の不作為を取り繕う。

そもそも、あの広大な地域、除染ということで片付くと思っていたのだろうか。その除染なるものが「可能」だと思っていたのだろうか。

全くの机上の空論だったと言わざるを得ない。

空論に村民は「だまされた」。


飯舘村は、たぶん、このまま放置されるのだろう。国から。棄村だ。
7年後、それに向けて東京は湧きかえり、インフラは整備され、高速道路は補強され、オリンピックを”ダシ”にした金儲けが横行していくのだろう。

約20日間の夢の祭典。

7年後、飯舘に人はいるのだろうか。居るには居る。ごく少数が。子供の声は無い。生業を奪われた農夫は、「汚された」土を握りしめて、ただ立ち尽くしているのだろう。

たった「250キロ」の、この“距離”の差異。そして人の心を支配する様々な摩擦と軋轢。

飯舘は「おもてなし」に長けた村だった。

2013年9月11日水曜日

~あれから2年半~。例えば放射線量の伝え方。

あの日から2年半。放射能という言葉を実感して2年半。苦しみ悩む人たちを見て2年半・・・。

こんな新聞記事があった。昨今問題にされている汚染水をめぐって。

「タンク付近から高い放射線量が検出された。毎時1,800ミリシーベルト」と。
1,800ミリシーベルトとはそれを4時間浴びると生命にかかわると。

その数字に驚愕する。

しかし、その記事の最後にはこうある。「だが、ほとんどが透過力の弱いベータ線、β―線なので比較的容易に防護できる」。

我々は、あの原発事故以来、それこそ連日のように、放射性物質だの、放射能だの、ヨウ素だの、セシウムだの、数々の「原子力用語」に接してきた。

「正しく測り正しく怖がる」。そんな“合言葉”の中で。

ベクレルだのシーベルトだのも聞いた、知った。かつては「キューリー」と言われていた“単位”。

そして、それらに対する“判断”の基準はすべてが“数字”で語られる。

空間線量、内部被ばく、外部被ばく。それらが「数字」の中に混在し、混同される。

数字が人々の不安を煽り、混乱を生じさせている。

東電の発表含め、計測された、検出された線量という数字が問題になる。

地面から1メートルのところでは例えば0、1マイクロシーベルトだったものが、線量計を地面に、雨樋の下に置いたら、0,3だったとか。

実例をもとに、実測データーをもとにいろいろ学んだが、結果数字だけだったのかもしれない。

半減期という言葉を、知識を、誰もが持ったが。

自然界にもともとある放射線と、原発事故による拡散された放射性物質のことも。

事故からおよそ2年半。汚染水問題で、またまた問題になった線量。除染の基準にされている線量・・・。

東電の会見は、まさに専門用語を駆使し、素人ではわからない放射性物質に関するやりとりが交わされている。

原子力の、核の、事故の、放射性物質の問題は、理解するのが難しい問題だ。

だから、報道機関の役割が必要になる。キュレーターだ。いってみれば難しい美術絵画を見に来た人にわかりやすく解説する学芸員のような。

少なくとも、放射性物質にはα、アルファ線があり、β―、ベーター線があり、γ、ガンマー線があり、X、エックス線があり、それぞれがどんな“能力”を持ち、どんな作用をして、どんな影響を与えるかなどの。

ストロンチウムならどうで、トリチウムなどならどうでと言った具合の。

詳細な、分かり易い伝え方。それが求められている。空間線量は何線で、地表に付着しているのは何線でといったことも含めて。

それらの事をきちんと伝えないから、伝えることをしないから、いや、もしかしたらわかっていないのかもしれない。
病院でエックス線検査を忌避するといったおかしな現象も生む。
ラドン温泉を愛用している人が止める。

言い訳程度に記事の末尾で、β―線なので透過力が弱く、比較的容易に防護できるなんて書いているくせに。
見出しに踊るのは、何千ミリシーベルト。その数字の推移、比較だけ。
その何千ミリシーベルトの“内容”を大きくはっきり書かない限り、伝えない限り、「正しい原子力災害報道」とは言えない。

1800ミリシーベルトという数字だけが、「福島」に対して向けられる。それを跳ね返すような論理的根拠を福島県民の多くも持ち得ない。

そういう意味での正確な、分かり易い報道。それが一番望まれているはずなのに。

年間被曝線量、1ミリシーベルトは毎時換算0,23μシーベルトだということは、せめて浸透してきていると思うのだが。

専門家なるものも、もっと心して解説にあたってくれねば。

見出しに踊る数字が「すべてを物語っている」という事では無いとうこと。

だから、我々も、メディアや学者に頼ってばかりいてはいけないということ。

「学ばねばいけない」という面倒な作業も受け入れなければということ。

「正しく測って正しく怖がる」。その“思想”、“スタンス”の中にはこういったことも包含されていると思うのだが。

ま、いいか。総理大臣さまが「汚染水は0,3平方キロの中にブロックされている」って数字あげて“宣言”したんだから。ごたくならべてもしょうがあんめぇか。

いや、違うな。あの日から起きていることすべてを「さすけね」って言葉で片付けるわけにはいかないのだ。

2013年9月10日火曜日

「賢者」と「愚者」と。オリンピック余禄。


ドイツの宰相ビスマルクの言葉として、歴史に名を残している名言。
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」。

この言葉が、なぜか、いまあらためて散見される。

前にも書いたが、この言葉をボクは“否定”した。歴史にも経験にも学ばない愚者があまりにも多すぎて。

オリンピック東京招致に湧くテレビの映像を見ながら、またあの「歴史」を思い出していた。

トルコの貨物船エルトゥールル号海難事故のことだ。明治23年、和歌山沖でその船は座礁し、大破、沈没した。多くの死者を出したが、70人弱は泳いで串本の岸にたどり着いた。村民は総出で救出にあたり、折からの台風で、自分たちの食糧もままならない中、食糧をわけ与え、衣服も提供し、遠くの病院に運んだ。明治天皇もそれを知るところとなり、精いっぱいの援助をするようにと下命した。
やがてその救出された人たちは東京から無事本国に帰ることが出来た。

そのことをトルコ国は教科書に載せ、歴史として次の世代に伝えていた。トルコ人は誰でも知っていた。

今から28年前、イラン・イラク戦争という“歴史”があった。48時間後にバクダット空港を飛び立つ航空機をすべて爆破するとフセインが言った。
215人だったか。在留邦人は空港に急いだ。日本からは救援機が来なかった。
自衛隊機は自衛隊の海外派兵につながるとして、法の規定により救出にいけない。日本航空機も安全が保障されていないとして、行かなかった。

困惑した日本の野村大使は隣国トルコに救援を依頼した。トルコは民間機2機を派遣した。自国民に優先するかのように日本人を乗せ、無事成田に送り届けた。

「恩返し」ですと。

イスタンブールとの決戦投票。招致を手にいれた日本は、安倍をはじめ皆、小躍りして歓喜に包まれていた。そのあと安倍がとった行動はテレビの画面からは伝えられていない。

どっかで見た記事。トルコの首相が安倍に近づき、抱擁しながら祝意を伝えたと。

イスタンブール市街には「東京おめでとう」という垂れ幕が掲げられていた。インタビューに答えるトルコ人は皆祝意を述べていた。日本へ。

グッドルーザーだ。わるびれない敗者と訳されている。ウインブルドンに伝わるスポーツの精神。

歓喜で小躍りしたあと、いや、決定直後、安倍はトルコ首相のもとに行くべきだったのだ。健闘をたたえ合うために。

それを「武士道」と呼ぶ。ボクの概念の中では。
相手を称えたあとから喜ぶ。
高校野球の選手たちもやっている。それがスポーツマンシップというやつだ。

たまりかねて、普段はやらないツイターでつぶやいてしまった。この事を書き、歴史に学んでいない日本、学んでいたトルコと。140文字で。

いわゆるリツイートの数は多数あった。

「知らない」とうことの罪は大きい。

歴史にも学んでいなかった宰相と呼ばせてもらう。東日本大震災という経験からも学んでいなかった宰相と呼ばせてもらう。
武士道の精神をわきまえていない宰相とも。
日本を取り戻すというキャッチフレーズを掲げたいた人の実像として。


安倍首相は5月にトルコを訪問した際、安倍はエルドアン首相にこう言っていたというが。
「もしイスタンブールが五つの輪を射止めたら、私は誰より先にイスタンブール万歳と言う。東京が射止めたら、誰よりも早く万歳と叫んでいただきたい」。

まったく平仄があっていないような気がする。

トルコ料理を食べてみたい。日本人の味覚に合うとも言う。悲しいかな、郡山にはトルコ料理店は無い。無いはず・・・。
知り合いにトルコ人もいない。

せめて庄野真代の♪飛んでイスタンブール♪でも歌ってみるか。歌の出だしは、「いつか忘れていった・・・」だったと記憶している。

カッパドキアで悲しい事件があった。トルコについて書くのはちょっとためらわれたが・・・。

2013年9月9日月曜日

もう一度「空気の研究」を

ここにも数回書いた。塾でも数回話をした「空気の研究」。山本七平の著作。
難解な文章ではあった。しかし読めば読むほど「味」があった。
若い時の愛読書。今、書店にあるかどうかはわからないが。

オリンピック東京開催。その「歓び」を興奮して伝えるテレビを見ていると、この本は現代人の必読書だとあらためて思えてくる。

空気は誰が作るのか。人か時代か。

テレビを見ていると、今度のオリンピック招致に、いささかの疑念を持っていた人たちは、「自分が間違っていたのじゃないか」という“錯覚”に捉われる。
これだけ多くの国民が涙を流して喜んでいることに、疑念を持つのはおかしいのではないかと。

それにしても驚いた。NHKの現地記者レポート。
「大方の予想を覆し、マドリードは落選」。大方の予想ってなんだい。
君達が勝手に言っていたこと。予想を強要する本社。
「東京に決まったのは安倍首相がきっぱりと“安全宣言”をしたことです」。

なんだい、官邸の広報かい。とにかくNHKのニュース報道はおかしい。明らかに権力に媚びている。
番組では、まともなことをやっているのに。局としてのバランスか。

安倍の“安全宣言”に内容は“ウソ”である。事実と異なる。それを、もし、信じ込んだとすればIOCなるものの、「何も知らない」ということに驚くばかりだ。

元に戻そう。話を。

大勢に身を置くことは楽だ。そこに身を置いていることは「安心感」さえも伴い。みんなと一緒。
かつて大勢順応という言葉もあった。

空気は世論なのか。世論が空気なのか。

多くの人が、面倒だといって思考停止状態に陥り、他言を以って自分の考えとし、群集心理の中に浸る。そこにある一種の「愉悦」。

山本七平のいう「空気」。その舞台は太平洋戦争前後のこの国を覆っていた空気のことだった。その空気に皆が浸食され、あらがうことは出来なかった。しなかった。

戦争とは平和の対極にあることだ。しかし、平和の祭典、スポーツの祭典にも「空気」の支配を感じる。

それは何よりも、政治と欲がそれに大きく関与しているという意味で。

東京オリンピックの成功のためには「東京を守ればいい」という思考につながらないか。不安分子である「福島」は“おのれの勘定にいれなければ”いいという思想につながらないか。現状維持で止めおけばいい。とにかくオリンピック成功に向けてひた走ればいい・・・。

オリンピック出場の選手たちがプレゼンテーションに起用された。彼らは、彼女たちは立派だった。使命を果たした。パラリンピックの選手にしても然り。

招致が決まって泣いていた。それはそうだ。しかし、ひとつだけ引っかかることがある。「なぜ東京でなくてはならなかったのか」。

前回のロンドン五輪。金メダリストたちはこぞって被災地の応援にかけつけてくれた。競技場に「東北」とう字を高々と掲げてくれた。
アスリートたちは「無垢」だと信じている。
だから、開催場所がどこでもいい。オリンピックが行われる会場で、本領を発揮する。与えられた場所で。

どこで行われてもオリンピックはオリンピックなのだ。夢の祭典なのだ。平和の祭典なのだ。
なぜ、「場所」でこれだけ大騒ぎになるのか。

いま、日本は、オリンピックに、開催に向けてうつつをぬかすような状況なのだろうか。

選手たちの「無垢な気持ち」を政治が利用しているように思える。
戦時下の在りようもそうだった。戦意高揚にスポーツ選手や、俳優が、「慰問」と称して数多く派遣されていたということ。

あるオリンピックの金メダリストの言葉が忘れられない。最近のことだ。
「自分はたまたま、もちろん誰にも負けないくらい努力して、トレーニングをして、出場の機会を得ることが出来た。悲願であり、夢でもあった金メダルをとれた。100人選手がいる中でのたった一人の勝者である。ボクの後ろには99人の敗者がいる。その敗者のことを忘れてはいけない」。

我々は一昨年、多くの死者を知った。今なお、仮設暮らしも含めて、震災関連死が続いている。我々は、そう、東京にいる人たちは思わないかもしれないが、多くの死者に生かされている命なんだという思いがある。
一人の生者と99人の死者と置き換えてみてもいい。

2011年3月が、この国の歴史であるということすら忘れてしまっているような、テレビが映し出すこの国の「光景」。
それが「空気」となって蔓延していく・・・。

経験で語る愚者の立場にボクは立つ。

2013年9月8日日曜日

「声なき声を聞け」と祖父は言った

安倍の祖父、岸信介が吐いた有名なせりふ。「声なき声を聞け」。

官邸が、議事堂が、「安保反対」の声に埋め尽くされ、国の中枢が機能不全のような状態に陥っていた時。

後楽園球場ではプロ野球が開催されていた。巨人戦。球場は大観衆に包まれ、ジャイアンツコールが鳴り響いていた。

それを見たか聞いたかした岸が言った。「あれこそが国民の声だ」。日本の政治に対する「声なき声だ」と。

安保反対という声は国民の声ではなかったのだ。彼にとっては。

早朝、東京オリンピックの開催が決定したというテレビを見ながらふと思い出した過去。
岸信介も「東京オリンピック」招致に懸命だった。戦後からの脱却を旗印に。

その頃安倍晋三は祖父の家で「アンポハンタイ」といいながら家の中を駆け回っていたという。祖父は苦笑していたという。

天真爛漫な“こども”だったのだ。

あれから約半世紀・・・。

再び東京オリンピック開催を願う「声」に背中を押され、祖父も実現させたオリンピック開催を、孫の世代が勝ち取った。悲願を手繰り寄せた。

ブエノスアイレスの地でも、東京の各所でも、決定を喜ぶ歓喜の声が鳴り響いていた。

福島にある「声なき声」は、そこには届いていなかったような。
いえ、オリンピック反対を言っているのではない。

プレゼンテーションの席で安部はこう言い切った。懸案とされている原発問題について。

「汚染水は原発港湾内の0,3キロ平米の範囲内で完全にブロックされている。問題は無い」。

問題が無いのなら、なぜ、いわきの漁民は出漁出来ないのだ。漁師たちの、「ささやかな願い」も、オリンピック歓迎の声にかき消されている。

オリンピック招致の場で、安全宣言をする首相。国内にむけてこんなことを断言したことはあったか。

食品の安宣基準も水の安全基準もWHOの基準にてらして、500分の一だと言い、被ばく線量も基準の100分の一だという。

言いだしたのは最近のこと。政府が。

竹田招致委員会の委員長は距離を持ち出す。東京と福島は250キロ離れているから安全だ。

猪瀬は言う。「ネガティブキャンペーンと風評が悪い」と。

誰かは距離で語り、誰かは風評で語る。

IOCは民間団体だ。しかし、そこでの発言は、国際公約に等しい。現実が、安部のいうことと違っていたら、それをどう説明するのか。

汚染水の「実態」は、おそらく誰もわかっていない。遮水壁や凍土方式で止められるのか。現場の作業員のほとんどが疑問視している。いや、不可能だとさえ言っている。

声なき声の質や内容、ありようは変わった。

漁民の声、作業員の声。それが、本当の意味での「声なき声」。

意地悪く言う。安部の言った「ブロックされている」。それは「福島」をブロックすることを意味しているのではと。

原発避難民に7年後の“希望”は無い。原発避難によるいわゆる災害関連死は、1,500人を超える。その人たちの語られることの無い、文字通り「声なき声」。

誰の耳にも届かない。死者の声は・・・・。

招致決定に歓喜の声をあげている人たちの中に、いささかでも「福島」の実情に思いをいたしてくれた人がどれほどいただろうか・・・。

弱い声は、いつの世でも、かき消されていく・・・。

せめて、せめて、オリンピックまでに、何らかの改善措置や、いささかの安心感でも取り戻せるようになってくれることを祈るのみだが。

腰痛悪化。激しい頭痛まで。また書く。




2013年9月7日土曜日

宴のあと、それが遺すもの・・・。

三島由紀夫が書いた有名な小説、後にプライバシー裁判などを起こした小説。実在のモデル、都知事候補の有田八郎、般若苑の女将畔上てるい・・・。

小説とは関係ないが、いや、いささかは感情論としては連関性があるのか。
宴のあとはいつも寂しい。悲しい。後遺症がある・・・。

それはたとえば通夜の席の宴にも似て。弔問客が全員帰ったあとのその場の寂寞とした雰囲気。
家庭でやる小宴。客が帰ったあとのあの空気。楽しかった時間の余韻とともに襲ってくる寂しさ。

千利休の精神を引いた「一期一会」という“覚悟”。茶会の後の名残。

昭和30年、東京オリンピック。日本中は湧きに湧いた。テレビ中継も、どうにか様になって来ていた。

羽田から都心まで高速道路が作られ、東海道新幹線が開通し、日本中は建設ラッシュに湧いていた。コカコーラが飛ぶように売れていた・・・。

好景気に沸いた。一流の国になったと全ての日本人が“勘違い”をし始めた。
このオリンピックを機に、日本は高度経済成長路線をひた走る・・・。

経済成長に不可欠なものはエネルギー。必然として原子力発電所が作られて行った。

極論、妄言の類かもしれないが、オリンピックが原発をもたらした。

スタジオジブリの宮崎駿監督が昨日、引退の記者会見をした。その中で彼が語っていた言葉。
「ジブリを立ち上げた頃の昭和40年代、日本は浮かれ騒いでいる時代だったと思います。経済大国になって日本は素晴らしいといった具合に。ジャパン・イズ・ナンバーワン、そういうことを言われていた時代でした。
それについて僕はかなり頭に来ていました。そうでないと風の谷のナウシカなんてつくりませんよ」。

そんなメッセージがあのアニメに込められていたとは、大方の人は知るまい。もちろん亭主もだが。
同じ年の彼は、そういう表現の場を持っていて、そんな思いを込めた作品を作った。しかし、当時、その“真意”を語ってはいなかったと思う。

その頃、亭主は「何もしてなかった。ほとんど何も考えていなかった」。移り行く世の姿を、漫然と追いかけていただけ。

明日早朝、二度目の東京オリンピックの成否が決まる。成否のカギを握るのは。奇しくも「原発問題」。40年という年を挟んでの奇妙な“邂逅”とも見える。

この福島の地に身を置いて、その招致劇、原発事故をめぐる、この国の空気を伝える政治家や都知事、関係者の話は、「欺瞞と、まやかしと、虚言」に満ちている。

猪瀬は言う。「ネガティブキャンペーンと風評が問題だ」と。それの元を作ったのは誰だ。ほかならないあなた自身だ。いずれもネットにあふれる言辞を論拠としたもの。あなたはネットをこよなく利用した人だった。人である。

2020年、東京オリンピック開催が決まったとしよう。平和の祭典、スポーツの祭典、五輪憲章にのっとった「宴」が人の心を酔わす。
経済効果と称するカネが国中を席巻する。
「福島」は多分、忘れ去られているだろう。いや、開催時ではない。開催が決まった時から、付け焼刃の「汚染水対策や事故処理」は、またもや「手抜き」にされる。
決まったんだから・・・。もういいや・・・。まさかそんなことは無いと祈るが。

そして、その後、何がこの国に遺されるのだろう。宴のあとのあの空虚な都市空間と虚脱したような人の心だけか。

7年後、元の生活にすら戻れていない人が、この地には数多くいる。そのことだけは変わらない。明確に予測できる・・・。

「それでも日本人はオリンピックを選んだ」。そんな本が書かれるかもしれない。

きょうは友人の、それこそ、宮崎駿と同じ年の、告別式・・・。それは決して宴の場では無く・・・。

2013年9月6日金曜日

「東電叩き」が政治ではない

「もう東電には任せておけない。国が前に出る」。そう言って大見得を切る政権。

形は違うが2年半前の民主党政権と同じではないのか。

今更繰り返すのもなんだが、東電とは国策会社である。戦後、いや、戦前も数多くあった国策会社。隠れ蓑のような会社。
前身の東京電燈、国の管理下にあった日本発送電株式会社。

まして原子力発電は、国策そのものだ。外圧を受け、国が全面的にバックアップし、法整備をして出来た原子力発電所。

あの大事故を起こした時、枝野の「直ちに」「いまのところ」から始まり、避難指示命令も出されず、遅れ・・・。
菅直人はただひたすら東電を怒鳴りつけ。

危機管理能力皆無だった政府。沈黙する官僚。役立たずの保安院。かたや危険危険を煽る学者、かたや安全安全をテレビでいう専門家たち。

「この国は終わった」。何回もそう書いた。あの時・・・。

東電を擁護しているわけでは決して無い。

国とは、政府とはという国家の大命題だ。国民を守れなくてなんの政府かと。

国があるから人がいるのではない。人がいるから国が出来たのだ。律令国家を引き合いに出すまでもなく。

国が前面に出る。それはカネを出して済むことではない。

“喫緊”と自らが言ったように、汚染水の問題をどう解決するのか。
士気が著しく低下している現場の作業員を、どう守るのか。

法整備含めてやることはないのか。
頭を低くして、国際社会に知見を求めることはしないのか。

何よりも優先すべき課題なのだ。

東電を叩き、東電だけを悪者に仕立てていると、それは、いつか、ブーメランのように政権にも跳ね返ってくると。

国民はもはや、国に懐柔されて愚かな民ではないということ。

菅政権が、あんな末路をたどり、民主党政権が今の体たらくに陥ったこと。
その大きな原因は菅政権がよってたかって東電を責め、あらゆることの責任を、東電に押しつけ、押しつけ先の東電に実質カネの援助をし続けたため。
それがわからないのか。

前轍を踏むのか。政権が誰の政権だってかまわない。今の福島の現状をどうにかしてほしいだけなのだ。

菅の振る舞いを、今の政権も“みならって”いるかのような。

なんでも他人のせいにする。そんな一番卑怯なふるまいをしたことに対して国民は、選挙と言う“温和”な方法で鉄槌を下したのだ。民主党へ。

そして、前面に出ると宣言した今・・・。

「お詫び」だけは東電にやらせている。さすがに漁師も怒る。「なんで政治家や政府の人はこないのだ」と。
嫌な役回りだけは東電に押しつけ、いいとこどりを目論んでいるかのような。

カネは出すが知見は持たない。格好つけるが現地には行かない。官僚だけを間に合わせのような、実績作りのように“常駐”させるという、いわば兵士だけ前線に向かわせ、後ろで掛け声だけをかけ、強権だけを振り回す。


メディアも東電叩きに奔走する。いくら叩いても“反撃”は無いから。

余談だが・・。ツイッターに誰かがリツイートしていた記事。自称ジャーナリスト(ジャーナリストなんて皆自称だけど。勝手に名乗っているだけだけど)、石井孝明という人がアゴラに寄稿したという論文。

汚染水問題、健康被害の可能性なし。

図表を駆使しての結論。「現在の海洋汚染は深刻なものではない。放射性物質の海水の濃度は、1960年代の核実験が繰り返された時期より少なく、飲料水の放射性物質の基準値より低いところが大半だ。警戒はすべきだが、健康を懸念して騒ぐ必要はない」。
「この問題で、“いつものように”、放射能への恐怖を強調して騒ぐ“ノイジーマイノリティー”がいる。オリンピック招致で汚染水が話題になっているという。こうした騒ぎが“こだま”のように、世界に広がってしまったのだろう。とても残念だ。東京オリンピックの実現を願うものとして、騒ぐ人には黙って欲しい」。

ばかやろ~だ。彼が挙げている海水の汚染の線量は、誰だって知っている。バカにするな。

沿岸の漁師だってもちろん知っている。ノイジマイノリティーではない。もしその言葉を当てはめるなら風評を撒き散らしている奴らだ。
そして、この汚染水問題が事故直後からわかっていたにも関わらず、手をこまねいていた奴らだ。

ジャーナリストを自称するなら、もっと俯瞰して物を見ろよ。もはや提供される「数字」さえ、それがまともな機関の調査結果でさえ信じていいものかどうか疑う「不信のるつぼ」に追い込んだのは誰だ。

ま、こんなバカにかまっていても仕方ないが・・・。

韓国は水産物の輸入を禁止する措置を取った。東北沿岸の漁師たちの生業は絶たれる。

すべては「こころの汚染」に端を発している。

2013年9月5日木曜日

善意の“おすそわけ”

要はこういうような話だ。

竜巻の被害が多発している。郡山も竜巻こそ無かったが、昨夜の夜半の雷は凄かった。寝不足だ。贅沢な悩みだが。

たしか、つくば市の事だったか。竜巻で家が崩壊した家庭。東北から、津波で家を流された人たちが何人か復旧の、片付けの応援にかけつけた。

いきさつはこうだ。

その竜巻被害に遭った家の人は、おととし、東日本大震災のあった時、車に支援物資を積んで、どうにか被災地に着いた。いわばボランティアとして、津波被災地の人の力になった。

竜巻でその人の家が崩壊した。あの時世話になった人の家だとわかる。仮設にいる東北の人たちは、がんばろう東北、絆と書かれた揃いのTシャツでその竜巻現場に向かう。片づけを手伝い。

お互い、久しぶりの再会。

困った時はお互い様だと。再会の喜びだけではない。実現出来た恩返し。

「善意のおすそ分け」だ。

一昨年、津波で根こそぎ街をもっていかれた釜石。女川から釜石に向かう、そこだけが復旧していた、通れるようになっていた道路。
空き地に看板が立ててあった。

「ご支援ありがとうございます。いつか必ず恩返しいたします。気をつけてお帰りください」。

他者への感謝、おもてなし。東北人が持っている気風。もちろん全員がそうだとは言わないが。
その「いつか」が来た。恩返しの時が。

そこには“絆”という、実践された言葉が厳然と存在していた。

「おたがいさま」「おすそわけ」。かつて日本人が持っていた「こころ」。

助け合うということから生まれた本当の絆。
そうやって生きていくのが人間なのだ。

災害は、どこでおきるかわからない。“善行”の人のところにもそれは襲う。

いや、むしろ、そういう人を目掛けているかのように。

東日本大震災にしても、今度の、これからもあるかもしれない竜巻にしても、天災は避けられない。

それがあった時に、人は生き方を、在り様を試される。
善意とは「カネ」だけではないということも。

大きなニュースが飛び交っている中での、小さな話題。

都会のデパートでは高価な商品が飛ぶように売れているという。回復してない景気の中で。
いらなくなった物がどんどん捨てられている。
消費者は神様だと言われ、その“権利”を主張する。勢い、福島を大方が「忌避」する。

福島県の人から、時々「おすそ分け」をもらう。東京の親戚や知人に「おすそ分け」を送る。
東京から送られてきたお礼の品を、郡山の人に「おすそ分け」だといって持っていく・・・。

戦後、東京でも、我が家の周りでも「おすそ分け文化」が生きていた。
「困った時はお互い様」と誰もが言っていた。大人が言う言葉を精神を、子供は知らず知らずのうちに学んでいた。

「お互いさま」や「おすそ分け」の文化。支えて、支えられて。

それが東北から実践として発信され、あの頃の日本を取り戻す端緒になればいいなあと思いつつ。

竜巻被害現場には、喪失感とともに、大きな笑顔があった。

小さな話の中に“真実”がある。
笑いの中に“真実”がある。

2013年9月4日水曜日

JOC会長が「安全」を語るという愚

JOCの竹田会長、五輪招致委員会の理事長がオリンピックの招致に向け、投票権を持つIOCの全委員に手紙を送ったという。国際社会が危惧している原発問題。汚染水問題。

「東京は影響を受けておらず“安全”です」。

この安全とは何を指すのか。どうして安全と言えるのか。愚かな話である。
原発事故が引き起こした数々の汚染。それを「安全」と言い切る資格が彼にあるのか。

こんな愚かさの中で、オリンピック招致活動が行われている。

安倍もブエノスアイレスに行く。そして「2020年には汚染水問題は解決しています。どうぞご安心ください」と訴えるという。

ばかばかしい。

仮に、今、海洋流出が問題になり、大地を汚染し、海を汚染し、福島県の漁業関係者を奈落の底に落とすような状態は、無くなっているかもしれない。7年後には。

しかし、海の中の事は、魚の生態系はわからない。安全と言われた東京都民だって、福島県沖の魚は食べないと言っている。検査値が基準を下回っていたとしても。

もし東京開催が決まったとしよう。選手村にはモニタリングポストが林立し、提供される食材は福島県産以外。

でも待って。空間線量は県内よりも高いところも東京にはあるという事実。

オリンピックは被災地を元気づけ、復興に大きく寄与する。猪瀬は言っていた。
どういう寄与があるのだ。
どういう元気が与えられるのだ。

招致に躍起となるのは、経済効果なるものだろう。試算によれば開催までに2兆6千億円。アベノミクスの4番目の矢だと公言する関係閣僚。

自慢たらげに出したきのうの汚染水対策。目論見は「収拾」ではない。オリンピック招致だ。470億円は。経済効果に比べれば“安い買い物、安い支出”だ。

「語るに落ちる」という諺がある。
今の政権がやっていること言っていることはまさにそれ。

東電に任せず、政府が前面に出て、全面的な対策をする。それは、いままではしていなかったということだ。

参院選の公示日、「福島の復興なくして日本の再生なし」。大声を発したのはどこのだれだ。470億円で片を付けるつもりか。あれから2か月経っている。

オリンピックはテレビ界にとってもおおごとだ。高い放映権料をIOCに払う。しかし、それに見合う広告収入がある。

テレビは連日、IOC総会に向かう関係者の笑顔を嬉しそうに伝える。

「東京は安全だ」。その言葉にこだわる。東京が安全ならそれでいいのかということ。

日夜悩み苦しみ、帰還するかどうかでもめ、安住の地を持たない福島県民。
そのことは誘致に血道を上げる人たちの念頭に無い。

470億円をめぐっての議論もそうだ。東電を破綻処理にしろ。何兆円と言う銀行の債権を放棄させろ。株主にも納得させろ。
消費税増税とからめて、財政再建論議にと話を展開させていく。国費投入を巡って。電気料金の話も絡める。

いわば、原発構内をどうするかという“スキーム”の話。

避難生活を送り、あの美しい村に帰る見通しも立たない、15万人の流浪の民は、もはや、彼らの眼中には無い。
「安全」と言っただけで、国際社会は日本を信頼するのか。信頼に足らない国だとかえって思うかもしれない。

自国民が、塗炭の苦しみにあるのを“放置”しておいて、国家として信頼されるのか。シリアを非難する資格は政権には無い。

日本は「義」の国である。「義」を重んじる国であったはず。

いま、この国のどこに「義」が存するのか。

きのう書いた架空の安倍演説。

急がば回れだ。辞退してこそ日本の価値は高まる。「義」の本質が果たせる。

僕は「見捨てられた民」の側に立つ。卵のような小さな存在だけど。

2013年9月3日火曜日

オリンピックと「原発」と

「参加することに意義がある」。昭和39年東京オリンピックの開催。
その頃言われた「オリンピックの理念」。

スポーツの祭典、オリンピック。政治とは無関係なスポーツ。それも「売り」だった。

いつの頃からか。オリンピックをはじめスポーツの政治利用が始まった。

「国威発揚」。

オリンピック招致には“ロビー活動”が必須だという。ロビー活動の内容は定かにしないが・・・。

7年後、2020年のオリンピック招致を巡って大きなヤマ場。8日の早朝には開催地が決まる。

スポーツの祭典、オリンピックは大好きだ。1964年の東京オリンピック。興奮しながらテレビに見入っていた。その後も、4年ごと、いや冬季も入れると2年に一度か。

時差があってもテレビ中継にかじりつく。

幻のモスクワオリンピック。放送権を独占したテレビ朝日。ちょっとだけ、その動きに関与していた。社品として作られたモスクワオリンピックのライター。どこかにしまってあるはずだ。記念の印として。

原発事故を起こし、いま、汚染水問題が課題となり、それが7年後には解決しているという見通しもないまま、日本は、国を挙げてオリンピック招致に血道を挙げている。

猪瀬都知事は「原発とオリンピックは無関係」と公言する。得意満面でIOC総会の会場に向かった。はしゃいでいた。
彼は慎太郎の引きで副知事になり、知事の後継者になるまで、彼は、立派なジャーナリストだった。読み応えのあるノンフィクションも数多く書いている。
ツイッターで毎日自著の“宣伝”に勤しんでいたが。あの3・11の後。

君子豹変だ。ま、君子とは決して思わないけど。もし、ジャーナリストのままでいたら、作家のままでいたら、オリンピック招致に血道を挙げる国を、手厳しく“批判”していたかもしれない。

安倍も明日、アルゼンチンに行く。IOC総会に。それに間に合わせるようように、きょう、付け焼刃の汚染水対策を発表した。カネを出すという事。
470億円、今年度は予備費で210億円。
役人かお側用人が書いた紙を読み上げていた。
「場当たり的ではなく、抜本的な対策を実現する。この問題については国際社会が、世界中が注視している」と読む。

国際世論が、国際社会が、原発事故対応についての日本政府の及び腰、頼りなさ、それが、招致に向けての悪材料であることを知っているから。

だからきょうの日を選んだ。総会に間に合うように。あの“談話”で、懸念を表明する諸外国が果たして納得するのか。100人に上るIOC委員が納得するのか。

皇室も利用する。高円宮妃も総会に出席“させる”。妃殿下は招致には触れない。3分間だけ東日本大震災への復興支援の感謝を述べるだけという苦肉の策。

被災者までも“利用”する。

それまでしてオリンピックを東京に誘致する理由は何か。平和の祭典をもってこようとする魂胆は何か。

余談のようだが、きょうの対策発表に合わせて、東電の株価は、続伸しているという。

原発からドイツは撤退した。首相の判断で。国際世論の評価を高めた。
イタリアも国民投票で脱原発に舵を切った。

皮肉な思いで昭和史を振り返る。日独伊三国同盟を。再稼働に動く安倍政権。
こと原発に関しては、“三国同盟”は存在しない。

原発再稼働に動く日本への東京へのオリンピック招致。ドイツやイタリアのIOC委員はどう評価するのだろうか。

「我々は、東京オリンピック招致に向け、全力を挙げてまいりました。悲願でもありました。しかし、原発事故を起こし、結果、海を汚し、国際社会に多大な迷惑をかけてしまいました。その国の首相として、決断しました。
オリンピック候補地から撤退します。立候補を取りやめます。オリンピックに傾注するエネルギーを被災地復興に向けます。苦しみの中に暮らす国民のためにエネルギーを注ぎます。将来、原発問題が片付いて、真に誇れる国を取り戻した時に、改めて立候補します。その時は必ずご支援、ご支持をお願いします」。

紙を読み上げず、正面を向いて、こんな演説を安倍がしたら、歴史に残る、世界に誇れる名宰相と言われるのだが・・・。

そしてオリンピックの理念も変わった。時代とともに。
参加することに意義があったオリンピックが、勝つことに意義があるオリンピックへと。

2013年9月2日月曜日

「心折られる」

「戻ろうという町民の心はどんどん折られている」。浪江町の馬場町長は言う。
「住民の“戻りたい”という気持ちを、どんどん萎えさせる」。双葉町の伊沢町長の言葉。

どんどん漏れ広がっていく汚染水。住民たちの帰還意欲を削いでいく。焦りと不満。

汚染水問題は喫緊の課題。そう言った安倍はどうしているのだろう。国費を投入と指示したままま。

除染を進め、帰還を促すと国。疑い半分ながらもそれに期待をした住民。

おそらく、汚染水漏えいは、まだまだ続くだろう。いくらでも発覚するだろう。
発見されるだろう。

もう東電の問題ではない。福島県だけの問題ではない。国際的問題だ。海外メディアの報道は手を加えない。手を抜かない。

今、福島県民を支えているのは「自らを律する心」だけなのだ。

折れた骨は繋げば治る。やがては。折れた心は治らない。

希望、希望と人は言う。希望とは目標があって成り立つものだと思う。

目標が無い、五里霧中の中で希望は持てない。希望がなければ心は折れるどころか喪失する。

凍土壁が出来る前に、心が凍る。

除染、帰還・・・。無意味なものにさえ見えてくる。

町長たちは言う。

「原子力工学や土木関係の専門家の知を結集しろ」と。「場当たり的な対策では無く、根本策を」とも。「世界の英知を集めろ」とも。

「帰還の前提となる事故収束への道を進んでいるというメッセージが発せられなければ」とも。

英知は結集されていない。メッセージはもちろん発せられない。
嘘でもいいから、“希望”が持てるメッセージが発せられるべきなのに。

一昨年と同じ、この国のリーダーの在り方。

心が折れかかっている人達もいる。タンクの作業にあたる作業員。自分たちがやっていることの意味を知っている。いわば無駄な努力だということを。

付け焼刃の作業に、当面を取り繕うだけの作業の日々。過酷な環境の中で。
あまりにも“建設的でない”作業の日々。

心が折れると彼らも言う。折れかかっている人もいる。

人は、自分たちがやっていることの誇りと意味を持たない限り、こころの支えを無くす。

希望、目標、メッセージ。それを発する、示すのが国と言うもののはずなのに。

2013年9月1日日曜日

「浪江新聞」のこと

きょうから九月。いわば季節は秋。
関東大震災の日。二百十日。防災記念日・・・。
袋小路に入ったような、出口が見えないどころか、悪化する福島原発事故現場の汚染水・・・。

復興ってなんだろう・・・・あらためて考える。


「東日本大震災後、私たちが多用している“復興”の二文字。辞書には“いったん衰えたものが再びもとの盛んな状態に返ること”とある。しかし、本当にそれだけだろうか。建物や道路を元に戻し、元の家、元の町で暮らせるようにすることか。人の“心”はどうだろう。一人一人が考える“復興”は違う。だからこそ、人の話を聞き、その人が抱えている悩みや、求めていることを汲み取っていくことが大切だ。
震災から2年が過ぎ、生活が落ち着いてきている人も少なくない。だが、そんなといきこそ、“心の復興”が必要なのではないか。今、隣にいる人の話を聞くだけでいい。話を聞こう。人の心を知ろうという姿勢が人の心をつなげ、本当の“復興”への第一歩になる」。

これは僕が書いたものではない。しかし、同じような趣旨のことを言ってきたし、書いてきた。
これは福島県内の高校生が書いたもの。僕が書いたものを凌駕している。

「浪江新聞」という新聞がある。タブロイド版にも満たない小さな新聞。
福島県内の高校生・中学生が編集している新聞。その新聞の、朝日新聞で言えば、天声人語、毎日で言えば余禄にあたるコラム欄。そこにあった磐城高校の生徒の文章。

7月25日発行の新聞のトップ記事の見出し。
「一人ひとりの暮らしを取り戻す。被災町の奮闘」。高校生が二本松市にある浪江町の役場を訪ね、取材して書いた記事。相馬高校生。

リードにはこうある。「浪江町は“復興”する困難さに直面している」と。
「浪江町では応援の職員も含め、300人が復興に携わっている。浪江町では一人ひとりの暮らしを取り戻すために、個々の悩み事や考え方に沿った選択肢をつくることを考えているそうだ。(中略)こうした取り組みの元にあるのが浪江町の、土地を元に戻して発展させることが復興ではなく、場所にかかわらず個々が再び幸せな生活を送るようになることを復興と捉える考え方だ」。

そして役場の職員のインタビューも載せる。その見出し。
「復興」と「対立」 複雑に絡む課題。

そして、中学生は「二本松で再出発 浪江の味元気届ける」と浪江焼きそば店主をインタビュー。店主から「浪江焼きそばで皆に元気をあげたい。大事にしていることはお客さんに喜んでもらえることだ」という話を引き出す。
その店のこだわりは鉄板でなく、中華鍋で焼きそばを作ることだ。との“秘伝”も。

新聞の題字の下には6人の子供たちの写真が載っている。
岳陽中学、鏡石中学、郡山ザベリオ中学、福島大付属中学、そして、磐城高校、相馬高校。

ボクは中学・高校とも新聞部に所属していた。学校新聞は月に一回発行。中学は謄写版印刷。高校は活版。

何を書いていたかは定かに出来ない。しかし、おそらくこんな記事やコラムは書けなかったろう。書いてはいない。しかりとした視点をともなった論調のものを。

子供たちに教わる一つの例。震災が、原発事故があったから、成長出来た子供たちの例。

福島の子供たちは、自分たちが何をやればいいのかを、しっかり考えている。
おろおろする大人を尻目に、立ち位置をきちんと捉えている。

彼らも、この編集に携わっている6人も、得難い体験をした。その体験を生かすすべを学んだ。

やがて大学を出るだろう。中央紙でもいい、県紙でもいい。新聞記者になってくれ。

君らが本職の記者になった時、君らの書く記事は、今の新聞に載っている記事とは絶対違うものになるはず。取材の仕方も違うものになっているはず。

君らの「視点」は常に「人に向いている」から。