IOC総会のプレゼンテーションの場で、女性タレントが「お・も・て・な・し」という言葉を使った。挙句、合掌をした。それがIOC委員の心をつかんだ、東京招致が決まった一つの要因だとメディアは言う。
だが待てよ。あの日のプレゼンテーションで、IOC委員のどれくらいが心動かされ、東京に票をいれたのだろうか。
すでにロビー活動なるももの含めて投票先は決まっていたのではないかとも。
ロビー活動なるものも、プレゼンテーションなるものも、おおかた、大手の広告代理店が取り仕切っている。オリンピック担当部局も置いて。
プレゼンの内容は、その仕切りの中で行われていたと見る。
ま、それは閑話休題ということで。
「おもてなし」の「お」は接頭語、強めの。あるいは謙譲語、丁寧語としての「お」。「もてなし」につけた「お」。
「もてなし」は「持て成し」と書く。あるいは「持て為し」。持って為す。
「持って為し遂げる」という語源。
日本人は“言語力”に富んだ民族性を持つ。「おもてなし」という一つの言葉にして、いささかのアイロニー、皮肉、皮相を込めて表なし、裏表なしと解したりする。そしてそれがどこか定着してしまう。
「持て成す」とは、茶の湯の心得に端を発する。
一期一会という言葉も然り。
山上宗二や井伊直弼が記した、一期に一度の会のようにという心構え。
「もてなしには、見える部分と見えない部分がある。茶席。お客様を迎えるにあたり、茶室の周りに打ち水をして清め、床の間には客の好みに合わせた季節ごとの掛け軸を用意し、花を活け、香を炊く。これは目に見える部分のおもてなし。それに対して、どうしたら、客に喜んで貰えるだろうかと考えに考えて、相手に心を尽くす気持ちが、見えない部分のおもてなし。その見えない部分があって初めて、前に見える形に反映される」。
郡山の表千家の家元だった松山先生は言っていた。聞かされた。
「見えない部分で、どれだけ頑張れるかで、おもてなしの幅と厚みが違う」と。
茶の湯にもう一つ、教訓としての言葉がある。残心余情。あるいは余情残心。
利休の教えである。日本人の文化である。
「茶席が終わる。名残は尽きないが、別れの時が来る。茶室から客を送り出す。亭主はそれを見送る。夜道は暗い。月よ、どうか客人の足元を照らしていてくれ。風よ、行燈の灯を消さないようにしてくれ。客が見えなくなるまで亭主は頭を下げて見送る。
客が見えなくなって、亭主は茶室にも戻る。自分のために茶を一服たてる。茶会の楽しさを思い出しながら。客人がどこまで行ったのだろうかと案じ、無事帰宅されるようにと願いながら。いわば名残の茶・・・」。
持て成すという言葉について、以前、塾で話したことを思い出して記した。
合掌はいらない。似合わない。ただ静かに見送るのだ。
一昨年、災害救助に向かう車で、福島県の国道115号線は往来が絶えなかった。
街角に毎日立つ小学生の姉と弟がいた。朝は「ご苦労さまです。気をつけて」という手書きの紙を掲げ。
夕方は「ありがとうございました。またよろしくお願いします」。そんな紙を掲げ。
姉弟は毎日それを続けていた。おもてなしの真髄だ。
津波に奪われた町。支援に来た人たちに「ご支援ありがとうございました。このご恩はわすれません。いつかきっとお返しします」。そんな“看板”が立てられていた。
半壊の家から泥を掻き出すボランティア。その人たちに住人は近所の人は、避難所からお茶を持ってくる。せめてもの一服と「もてなす」。
東北地方にあった、日本人のこころ。
被災をまぬがれた畑から朝取り立てのキュウリをもってきてふるまう。新鮮な野菜。卵を持ってくる。とれたての卵。
「ありがとうございます。いただきます」と思わず合掌する。たなごころを合わせる。命をいただくということへの実感と感謝。
たぶん東北人だけではあるまい。日本人が持っているこころと信じたい。
だから、あの場で「おもてなし」を持ち出すのなら、せめてこう言って欲しかった。
「我々日本国民は、東日本大震災で、多くの国の方々からご支援をいただきました。それに恩返しをしなければならないと思っています。東京にお越しになったら、きっと恩返しをさせていただきます」。
たぶん、流行り言葉のように「おもてなし」と言う言葉が使われるだろう。テレビでも時には新聞でも。
本旨でない「おもてなし」が流行語のようにされるのを見聞きすると、きっと悲しい思いに捉われるかもしれない。
2013年9月14日土曜日
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