2013年9月27日金曜日

「被災地はもともと過疎地だった・・・」

昨日の通産官僚、後藤久典の”暴言“ブログの一件の続き。

書かれた内容、表現として使われて言葉の在り様、そして「匿名」というネットの特性。

内容、「被災地はもともと過疎だった」。それは間違っていない。過疎・高齢化・農家も漁師も後継者難。その過疎地を津波が襲い、原発が大事故を起こし・・・。そう、大震災は過疎化の進行を早めた。

それと復興論は無関係だ。彼の書いた「いぎたない」言葉や表現は、かれの言語力でしかないと流しておこう。

しかし、もともと過疎だった。過疎にしたのは誰かということ。政治でしょ。官僚でしょ。

過疎であることは、あったことは被災地の人たちは皆わかっている。そこからどう這い上がるかを模索している。港や堤防を、その地の人が皆望んでいるわけではない。それをいち早く言い出したのは官僚や政治家、それに「つらなる」利権屋たちだ。

ちょっと前の復興庁の水野参事官と同様、こういう無知と偏見は、おそらく永田町や霞が関にはびこっているのだろう。
中には拍手喝采を送っている官僚もいるはず。いや民間でも。

彼がそれを書いた頃、被災地で汗を流し、支援していた多くの官僚もいた。地方自治体の職員もいた。なんとかしようと。その中には彼の“部下”だった人もいたかもしれない。

その人たちが一番苦々しく思い、悲しんでいるかもしれない。

水野は停職30日、後藤は停職2か月。なんとも甘い処分。どうってとない処分。
いずれの件も政治家はバカにされている。しかし、政治家に彼らの罷免権は無い。役所にしかないし、官僚は身分保障されている。それをいいことに・・・。

結局「匿名」はばれた。ネット族と言われる人たちの中には、その「匿名性」を“支持”する。匿名だから本音が・・・と。

そしてネットで「匿名」を担保しようとする人ほど、新聞記事には署名を要求する。

そして経産省が役人に出した通達。言ってみれば「ネットの利用心得」みたいなもの。ネットでの発言を制限しても全く無意味。
その人の心根が問題なんだから。
役所が批判の対象にさえならなければいいということなのか。

こうした官僚がいる限り、いわゆる「復興」なんて望むすべも無い。

一人か二人の「バカ」がいたからと言って、その大学を語るべきではないと思うが、東大ってどういう大学なのかと思う。
知識は教えても、人間学は教えない大学って。公務員上級試験の合格したからと言って、それが優秀でもなんでもなく、国にとって「マイナス」ってことを、社会全体で再認識する必要があるのではないかとも。

政治家が罰することのできない官僚。“ネット遊び”にふけり跋扈する官僚。
表面だけ従っているようなふりをして、顔色を伺い、裏では赤い舌を出している官僚。政治家に対して。

多くの官僚を知っている。毎年一回会うことになっている人も、時々会う人も。もっとも彼らは、とっくに現役を退いている人達だけど。
現役時代の彼らからいろいろ教わった。皆、国を真剣に考えていた。矜持を持っていた・・・。

だけど、今は今だ。過去を語っても何の意味もなさないだろう。政治家についても官僚についても。

今のこの国はこんな国だということ。



過疎に苦しむ人たちをいささかでも救うのが、政治であり行政のお仕事なんでしょ。・・・と。

彼の“発言”は多くの被災地の人たちの「こころ」を傷つけた。ボロボロにした。

縋る当てのところからの「切り捨て」なんだから。

陳情も嘆願も意味をなさない。

でも、これでよく分かった。「復興」なるものが遅々として進まない理由が。

彼を擁護する余地は微塵も無い。

東北楽天イーグルスが優勝した。星野監督も田中マー君も、選手も皆口にした。
「東北を勇気づける、出来ることをやる」と。スポーツの力で。

暴言の張本人、どうやら大学時代はサッカー選手だったともいう。大のサッカーフアンだとも言う・・・。

新聞の扱いは小さいが、僕にとっては全く看過出来ない、大事なのだ。

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