2013年9月22日日曜日

「風」と「時間」と

お彼岸。死者との邂逅の時。花を買い求め、仏壇に供える。ただ、手を合わせる・・・。母が没したのが昭和61年。彼女が生きてきた時代。そこにあった「風」。そして、時の流れ、「時間」・・・。

「時間」を考える。リニアモーターカーが出現することになったとか。
地を穿ち、穴を掘り、いわば地球を壊しながら追い求める「時間」。
品川と名古屋を40分で結ぶその超特急。
「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く」。昔あった車の交通事故防止のための標語。その標語は交通違反だけを言っているのではなかったような。
世の中に対する大いなる警鐘だったような。

話題になっている映画「風立ちぬ」。過日寄稿したエッセーをのようなものをいささか手を加えて、あえてここにも載せて見る。「時間」についての不可思議の数々。人が、時代が、何を求めているかということへの感想。


//映画の字幕にはこうある。堀越次郎と堀辰雄に捧ぐ。と。そして「生きねば。」と。
この二人の名前が意味することは大きい。宮崎駿のメッセージとして。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」。フランスの詩人、ヴァレリーの詩集、海辺の墓標の一節。そこにあるフランス語を「生きめやも」と堀辰雄は訳した。
どう理解すればいいのか。

「風」、「生きねば」、「墓標」。三つの言葉が、重なり合って溶け合う。そして今の「風」・・・。

宮崎駿は「風立ちぬ」というアニメ作品を通して何を語ろうとしているのか。

恋物語と最速の飛行機と戦争。それをどう同化させようとしているのか。

それは「時間」だ。そして「時代」。
緑豊かな田園風景。日本の原風景。そこに流れている、ゆったりとした時間。
もし、この国が取り戻すなら、そうした時間と空間だ。

主人公の堀越次郎は最速の飛行機を作ることに己の夢をかけた。その次郎とてつぶやくように言う。
「どうして亀の時間で生きてはいけないのか」と。

ゆったりとした時間を表象するかのように飛ばされる紙飛行機・・・。

戦前と戦後の時間の対比。失われた時間、それは取り戻せない。

時間の感覚を失った日本人。ひたすらスピードを求めた時代。あらゆることにスピードが要求され、スピードは、速さは、経済成長と合体した。
その結果が運んできたものは・・・。

戦争で数億の墓標が建てられた。戦後も。
いまだもって、さまざまな速さを求めるこの国。そこに生きる人々。速さは便利さの代名詞となり・・・。
それをあくなく追求する。追い求めている。

そして・・・。“おかしな風”が吹いている。“おかしな風潮”がはびこり始めた。吹いてきた。立ってきた風に立ち向かうことは出来るのか。

「生きねば。」と思いつつも、生きることの意味を忘れかけている。

映画の中では直接語られていない「3・11」。しかし、その映画が今作られたということは、被災地にメッセージを発していると受け止めたい。
「生きねば」という。

秋空に飛行機雲が尾を引いていった・・・。秋の風はそれを消そうとしないのだが。//


こんな文章だった。

豊かさと便利さ。死者との対話の中で、それへの答えが見つかるとは思えないが・・・。

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