2013年9月4日水曜日

JOC会長が「安全」を語るという愚

JOCの竹田会長、五輪招致委員会の理事長がオリンピックの招致に向け、投票権を持つIOCの全委員に手紙を送ったという。国際社会が危惧している原発問題。汚染水問題。

「東京は影響を受けておらず“安全”です」。

この安全とは何を指すのか。どうして安全と言えるのか。愚かな話である。
原発事故が引き起こした数々の汚染。それを「安全」と言い切る資格が彼にあるのか。

こんな愚かさの中で、オリンピック招致活動が行われている。

安倍もブエノスアイレスに行く。そして「2020年には汚染水問題は解決しています。どうぞご安心ください」と訴えるという。

ばかばかしい。

仮に、今、海洋流出が問題になり、大地を汚染し、海を汚染し、福島県の漁業関係者を奈落の底に落とすような状態は、無くなっているかもしれない。7年後には。

しかし、海の中の事は、魚の生態系はわからない。安全と言われた東京都民だって、福島県沖の魚は食べないと言っている。検査値が基準を下回っていたとしても。

もし東京開催が決まったとしよう。選手村にはモニタリングポストが林立し、提供される食材は福島県産以外。

でも待って。空間線量は県内よりも高いところも東京にはあるという事実。

オリンピックは被災地を元気づけ、復興に大きく寄与する。猪瀬は言っていた。
どういう寄与があるのだ。
どういう元気が与えられるのだ。

招致に躍起となるのは、経済効果なるものだろう。試算によれば開催までに2兆6千億円。アベノミクスの4番目の矢だと公言する関係閣僚。

自慢たらげに出したきのうの汚染水対策。目論見は「収拾」ではない。オリンピック招致だ。470億円は。経済効果に比べれば“安い買い物、安い支出”だ。

「語るに落ちる」という諺がある。
今の政権がやっていること言っていることはまさにそれ。

東電に任せず、政府が前面に出て、全面的な対策をする。それは、いままではしていなかったということだ。

参院選の公示日、「福島の復興なくして日本の再生なし」。大声を発したのはどこのだれだ。470億円で片を付けるつもりか。あれから2か月経っている。

オリンピックはテレビ界にとってもおおごとだ。高い放映権料をIOCに払う。しかし、それに見合う広告収入がある。

テレビは連日、IOC総会に向かう関係者の笑顔を嬉しそうに伝える。

「東京は安全だ」。その言葉にこだわる。東京が安全ならそれでいいのかということ。

日夜悩み苦しみ、帰還するかどうかでもめ、安住の地を持たない福島県民。
そのことは誘致に血道を上げる人たちの念頭に無い。

470億円をめぐっての議論もそうだ。東電を破綻処理にしろ。何兆円と言う銀行の債権を放棄させろ。株主にも納得させろ。
消費税増税とからめて、財政再建論議にと話を展開させていく。国費投入を巡って。電気料金の話も絡める。

いわば、原発構内をどうするかという“スキーム”の話。

避難生活を送り、あの美しい村に帰る見通しも立たない、15万人の流浪の民は、もはや、彼らの眼中には無い。
「安全」と言っただけで、国際社会は日本を信頼するのか。信頼に足らない国だとかえって思うかもしれない。

自国民が、塗炭の苦しみにあるのを“放置”しておいて、国家として信頼されるのか。シリアを非難する資格は政権には無い。

日本は「義」の国である。「義」を重んじる国であったはず。

いま、この国のどこに「義」が存するのか。

きのう書いた架空の安倍演説。

急がば回れだ。辞退してこそ日本の価値は高まる。「義」の本質が果たせる。

僕は「見捨てられた民」の側に立つ。卵のような小さな存在だけど。

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