2014年10月31日金曜日

♪グッバイ ジミー グッバイ♪

郡山の知人を介して、なんと、子供の頃の隣の友達と連絡する機会を得た。

不思議なご縁だ。

小学校、中学校の同級生。初台の我が家の庭続きだった家。金子秀史という。
何時の頃か。彼は彼の一家は引っ越していった。
東京の三鷹に住んでいる。今は。

郡山の知人から電話番号を聞き、彼に電話。
「おお、けんちゃん!かい」って。

1時間余りか、電話で話し、いずれの再会を約した。

1時間、それぞれの消息、それよりも初台のことが多かった。街のこと、町並みのこと。
我が家が無くなっているのを、彼はたまたま見たらしい。
彼なりの「失われた時を訪ねて」の時間を持ったからか。

お互いに記憶にある子供時代の街のことを話しあう。記憶が抜けていることが、お互いの話しで“補完”しあう。

変わってしまった街の光景のこと。その中で“個人の思い”は埋没してしまっていた。

「街の復興とともに、個人の思いは封殺されて行く。他人事となって行く」。

被災地の誰かが言っていた言葉だ。消されて行くのだ。思い出や思いが。

境遇は違っているが、その言葉を思いだし、彼に伝えた。

円安だ、株高だ、金融の量的緩和だ。そんなことが日経のメールで立て続けに伝えられてくる。

日本経済はどうなるのか・・・。

それより今日の問題は、ガソリンだ。安売りデーだとメールでお知らせが来ていた。ガソリンを入れに行き、洗車、車内掃除機。クタクタ・・・。

たしかリッター147円だったような気がする。会員価格。

そのスタンドはドトールコヒーと併設されている。手を洗いに店内のトイレへ。

その中で流れていた音楽。自らの意思ではないが、どこかで“封印”していたような時の流れ。50年近いタイムスリップ。
過去への。

♪グッバイ ジミー グッバイ♪。昭和30年代にそこそこ流行っていた曲。
たしか、歌手はキャシー・リンデンと言ったか。

3拍子。比較的優しいコード。リズムもちょうどいい。テネシーワルツに似たような。
ジェームスディーンを偲んだ曲だと記憶している。

ドトールのトイレの中の懐かしい曲との“再会”。そこに居座るわけにはいかないが、その場を離れたくなかった。
「取り戻したような時」にずっと浸っていたかった。
今、回るにあることすべてを「忘れさせてくれるような」調べ。

音楽家が言っていた。
「歌は、歌われた瞬間に作り手から解き放たれ、どこか他のところに飛んで行く」。

そう、解き放たれて、今の時代の、あの頃を知っている僕のところに飛んできてくれたんだ。
“封殺”から“解放”されたような。

今朝の新聞の訃報欄で知った。テレビ朝日の先輩の死。小田久栄門。新潟訛りの抜けない人だった。
今の「報道ステーション」の前、久米宏の「ニュースステーション」を立ち上げた人。

ある種、テレビ報道の「革命児」だったかもしれなかった人。
20年以上も会ってないが、いまさら言ってもしょうがないが、彼に今のテレビをどう思っているかも聞いておきたかった。

邂逅もあれば、別れもあるんだよな・・・。

街だってそうだ。街もそう思っているのかもしれない。

東北は、福島は、「エデンの東」なのかどうか。

2014年10月30日木曜日

“想像”の街の話し、そして現実

晴れた日、犬の散歩で仮設に行く。なぜ犬を連れてか。
ボクは人相が悪い。ビッグパレットが避難所だった時、ヤクザが来たと思われていたと言うから。

そんな男が仮設を歩いていても、誰も話しかけてこない。
小春日和の日。仮設で佇んでいる高齢者を見かける。
声はかけてくれない。犬がいればニコッと笑い、犬に声をかけてくる。そして人間同士の会話が生まれる。

あとどれくらいあそこに居るのだろう・・・。

久しぶりのような青空が広がっていた。秋そのもの。

帰り道、空を見上げて妄想する。一つの街の姿を。

なだからな丘陵地帯。丘の上には老人ホームがある。介護施設がある。
医療機関も併設されている。

その周りは芝生の公園。丘の下には幼稚園や学校がある。
ちっとした商店がある。

そのホームの食道は誰にでも開放されている。入所者も外部の人もスタッフも使える。安くて栄養価のバランスがとれた食事。
隣にはカフェもある。そこは犬が自由に入れる。もちろん入所者も。

施設の窓は大きく、開ければ手すりのついたベランダがある。

園庭や校庭で遊ぶ子供たちの姿を入所者は見ることが出来る。
公園では、赤ちゃんをベビーカーに乗せたお母さんが散策している。

そこは「開放」された場所。

施設の入所者も、市民も、子供も、ペットも。お互いがお互いを眺められる光景。

子供の笑い声で、入所者のお年寄りも、きっと笑みがこぼれるだろう。遊ぶ姿は老人を癒すだろう。老人だけの空間はより老けさせる。

食堂は、それこそ「タニタの社員食堂」のように、栄養が考えられ、美味い。
見知らぬ他人だとて、場を同じくすれば、そこで通い合うものがある。

犬をみれば、触れば、それとても世間とつながっていることになる。

そして、若いお母さんは、年寄りからいろいろなことを教わる。教えることで年寄りの意識も変わる。生甲斐にもなる。
そこに医療従事者も交ざれば、お互いが学ぶことは多いはず。
犬だって、自分の“役割”がわかるはず。

核家族化の時代。社会構造として、こんな“街”が生まれてもいいのになと。

高齢化社会の在り方ではないかなとも。

子どもたちだって、杖をついて歩いている年寄りの姿を見て、感じる物はあるはず。

コンパクトシティー、スマートシティー。そんな議論や構想が交わされている。
そこには、あらゆるものが存在し、お互いを認識できる場であって欲しいのだが。

被災地の新しい町づくりだけの話ではない。この国のあらゆるところで抱えている問題。

老人ホームの料金値上げが俎上にのぼっている。もろもろ、この国の福祉政策は“終焉”を迎えるかもしれない。

さっき、旧知の人と久しぶりに会った。東京の施設に入所していた母親が100歳で亡くなったという。

葬儀までに、10日かかったという。「焼き場」が空いてないからだと。

骨は実家に持って行ったという。実家は石巻。そこに住んでいた彼の弟は、もちろん高齢者だけど、仮設に暮らしているという。
菩提寺も津波に襲われ、住職も犠牲になったという。かろうじて残っていた墓に納骨したと。

前段、後段、脈絡が無い話だ。
でも、どこかで共通しているような話でもある。

行く末・・・・。

2014年10月29日水曜日

校庭の汚染土のこと

今朝の地元紙の一面みて驚いた。言ってみれば目を疑った。

「学校の汚染土、搬入対象外」。

つまり中間貯蔵施設には学校の校庭に埋められている汚染土は、中間貯蔵施設には持っていかないということだ。

2011年を思い出す。5月だったか。6月だったか。
郡山市の薫小学校界隈は、いわゆる「ホットスポット」と言われた。

一帯は線量が高い地域だった。

当時の郡山市長は、いわば“独断”のような形で、校庭の表土剥ぎ取りを行った。それに対して国や県からは、“異論”が出された。“反発”された。
でも、やった。

校庭の隅には一時、剥ぎ取られた土が積まれ、ビニールシートで覆われた状況があった。

それを写真に撮って、「子どもを放射線の中で遊ばせている。子どもを殺すのか」などと言った投稿がネットに氾濫していた。

1年後もその写真は晒されていた。その度に郡山は揶揄されてきた。

やがて表土剥ぎ取り方式は県内の各学校で行われるようになった。地中に埋められた汚染土。

それは、あの時はそれ以外に方法は無かったのだ。校庭で子供を、たとえ時間制限をしたとしても、遊ばせる、走らせる、運動させるためには。

そして、その土は、やがてどこかで「処分される」と多くの人が思っていた。

中間貯蔵施設問題が俎上に上り、そこに、汚染土は運び込まれると思っていた。
うっかりしていた。その時に出来た法律をよく読んでいなかった。

2012年1月に出来た法律。放射性物質汚染対処特別措置法。その施行令では、法律が出来る前に生まれたものは搬入対象外とされていたのだ。

それを知っていた県は反発した。環境省は、そのまま店晒しにして、現在に至るってことだ。

関係者は知っていた。多くの県民は知らなかったということか。

中間貯蔵施設は何のために作られるのか。
「見える物」として仮置き場に置かれている黒い袋の山だけを片付ける、持っていくということか。
見た目を綺麗にするための施設かとも言いたい。

汚染が、線量が一番高かった時期に“処分”されたものは、その対象外だという国の考え。納得が出来るはずも無く。

事例は違うが、子ども・被災者生活支援法というのも2012年の6月に超党派で成立している。
しかし、法律は出来たが「魂」は入れずではないが、店晒しにされ、具体的な施行令は出来ず、極端な言い方だけど、ガラスバッジを、個人線量計での測定に変えたというくらいか。しかも「基準値」を引き上げて。

校庭の問題。県の抗議に対し、環境庁も、いささかは忸怩たるものがあるのだろうか。「法律上は搬入対象に入っていないが、法の施行の前と後で差が出るのは非合理な部分もある」として、検討をすると言っているとか。

県は、8月に中間貯蔵施設の受け入れを「苦渋の決断」とかなんとか言って、受け入れている。なぜその時に、国との交渉過程で、校庭の埋設土のことを質さなかったのか。不可思議だ。

こんな「不条理」が、毎日、どこかで、何かの形で露呈している福島。

「子どもたちが安心して遊べる安全な場所、環境」。政治にかかわる人は判で押したようにみなそういう。でもその裏ではこんなことだってあるのだ。
搬入に手間がかかるということか、カネがかかるということか。不完全な法律をたてにとっていればいいということか。

我が家の庭も「除染」された。もともとがたいした線量では無かったが。
作業後しばらくたってから、計測の担当者が来た。赤い印で囲まれた表土を埋設した場所。
「やはりここの方が線量はいくらか高いですね」とその担当者の弁。

「中間」が出来たら、いの一番に搬入するのは校庭に埋められている汚染土ではなかろうか。

国とは、行政とは、かくのごときものなのか。

3年余りのいきさつを知っているはずの内堀新知事は、さて、どう動くのかだな。

2014年10月28日火曜日

「カネがすべての世の中さ~」

昨夜も今朝も寒いです。とても10月とは思えないくらい。
昨夜、風呂に入りながら、ふと「五右衛門風呂は暖まっていいなあ・・」なんて思っていたら、なんと夢でお会いしましてね。

いやいや、相変わらずの意気軒昂でした。いつものフレーズ。
石川や、浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ~~って。

あの世から、今のこの世を見ているんでしょうな。
盗人って誰?て聞いたら、盗人猛々しい奴らだと。

どうも政治資金の事を言われているみたいであり。そんなこと言うから太閤秀吉の勘気を蒙り死罪になったんだぜと言っておきましたが。

別れ際、大見得切ってやはり言ってましたよ。
「カネがすべての世の中さ」って。綺麗ごとばかり言ってんじゃねえよって具合で。

そんな夢を見るのも、それはそのはず。寝床に行く前にネットで中継されている、深夜12時からの望月環境大臣の緊急記者会見を見てしまったから。
何をいっているのかよくわからなかったが。

要は、賀詞交歓会やゴルフ大会の政治資金収支報告が虚偽記載されていたことへの釈明。どこかのマスコミが書こうとしているのがわかり、それが出る前の釈明だったような。深夜12時に。

少なくとも国に届けられて政治資金収支報告書は誰でも見ようと思えば見えるもの。マスコミが丁寧に読んで行けばボロが見つかるもの。

政治とカネ。

小渕優子に続き、松島みどりのうちわ、うちはは有価物だと思っています。団扇には団扇としての「価値」があるものと。
そして、宮沢経済産業相の外国人からの政治献金。有村治子女性活躍相の脱税企業からの献金問題。そして望月大臣のこの不実記載、虚偽記載。

環境大臣。福島にとっては欠かせない大臣だ。復興大臣とともに、「窓口」の人だ。
不思議なものだ。前大臣は「最後はカネメでしょ」と言って、たぶん政治家としての将来を棒に振った。
現大臣も、なにやら「カネ」にまつわる問題が出てくる。

福島にとって環境大臣は「鬼門」なりやとも。

外国人からの政治献金。民主党の前原はそれで辞任した。同じような問題を暴露された田中慶秋法務大臣に対して安倍自民党総裁は国会でこう言っていたはず。
「前原は辞職した。そういうような要求をしていかなければならない」と。

言葉はブーメランのように返ってくる。

これを指摘されたら、国会で質問されたら安倍はなんと答弁するのだろうか。

国会でのやりとり見ていて五右衛門は言うのだろうか。

「絶景かな、絶景かな」と。

どうでもいいことだけど、元郡山警察署長だった人は、今は“外国人”が経営するパチンコ企業に身を置いている。

もちろん政治資金と盗人とは違う。だけど、かすめっとっているようなものだ。
だから金額の多寡にかかわらず世間の指弾を浴びる。

だからね、五右衛門ついでに鼠小僧次郎吉にも登場願おう。

「盗みはすれど非道はせず」。

どこかの歌舞伎の舞台で大見得を切るかもしれない。観客の大拍手に迎えられて。

はい、お時間がよろしいようで・・・。

2014年10月27日月曜日

「変わらずに生き残るためには・・・」

知事選の結果を知り、その票や投票率を見ながら、こんな言葉を思い出していた。

「変わらずに生き残るためには、自分が変わらねばならない」。映画「山猫」でアラン・ドロンが言っていたセリフ。

それを今の福島に当てはめればこうなるのではないだろうかとも。
「何かを変えるためには、自分が変わらなければならない」と。

県民の4人に一人は、佐藤雄平県政の継続を支持したということ。

「変わらない」という選択をしたということ。

投票率は過去2番目の低さ。45,85%。郡山市に至っては39,69%。

盛り上がりに欠ける選挙だったと言われる。盛り上がるとはどういうことか。

選挙に関心が無いという人が多かったということか。

たしかに、身近でも、選挙があることも、それが何の選挙であることも知らない人もいた。
誰がなっても同じだという人もいた。

民主主義というのは、選挙という方法でしか「民意」は反映出来ない。それが、投票率がいかに低かろうと、法定得票率に達していれば、県政のトップになれるということだ。

永田町では、自民も公明も民主も、皆、安堵していた。福島県は「原発」につての“発言権”を放棄したのに等しい。「目先」の事を優先させたのだ。

テレビのインタビューで内堀は言っていた。佐藤県政の継承と、国との連携強化を。

また一つの自治体が、中央の「出先機関」のような構図に嵌めこまれる。

その「民意」を「民度」を否定したって始まらない。だって、自分たちが変わることを良しとしなかったのだから。

原発は選挙の焦点にならなかった。復興や地域経済の伸長が必要なこととされた。

反でも脱でもなんでも、「原発依存社会」からの脱却という動きは、被災地で阻止された。

再稼働に力を与えるのか。反原発運動に影響を与えるのか。

中選挙区の時代から、福島は保守王国と位置付けられて来た。保守の意味するものが何であるかはともかく。

「3・11」後、原発被災者が、避難者が集まってきた郡山市。市と県との間には数多くの齟齬があった。
県は、県としての役割を果たしていたとはとても思えない。県を悪しざまにいう人も多くいた。
それらも3年と言う月日の経過とともに、「埋没」してしまったということなのか。国の意のままに動く県政の中で、県民は、生きる術を見つけて行かなければならない。

それは何を意味するか。あらゆることが国に収斂されるということだ。

無表情にテレビのインタビューによどみなく答え、その目からは何も読み取ることが出来なかった内堀。
その内堀が「自ら変わる」ことを選択するのかどうか。浸みこんだ官僚体質からはそれを望むことは適うまい。

何もいたずらに「変わること」や「変革」を求めているつもりはない。内堀の三分の一の得票しか得られなかった熊坂。
彼が何かを「変える」ことが出来たかどうかも不明だ。

現実的選択という民意。四分の一の。

俗に言う「しらけっきった」人達は、この得体の知れない「閉塞感」の中で、何を見つけようとしているのだろうかとも。

またまた“澱”のようなものが溜っていく・・・。

何かを手に入れるためには何かを捨てなければならない。そんな言葉に納得して、好きな趣味を大好きだった楽しみを、捨てては見たのだが・・・・。

2014年10月26日日曜日

「終わり」と「始まり」と

考えてみれば、なんとも不思議な選挙だった。福島県知事選。
いきなりの6人の立候補者。
前哨戦では名前が上がり、そして消え・・・。辞退したりも。

ドタバタ選挙だった感あり。現知事が土壇場まで去就を明らかにしなかったことが大きい。
そして自民党内の「内ゲバ」、なんとも古臭い表現だが。

世にいう「死んだ子の歳を数える」のたとえはおかしいかもしれないが。そもそも論を言っても仕方は無いが。

昨夜大学の同窓会があった。投票日前日なのに、最初自民の候補に擬せられて鉢村を惜しむ声がいまだにあった。
出したい人だったという。真剣に福島を考えて、そこに身を置く覚悟を持っていた人だと・・・。

6人の候補のポスターは貼られずに終わってしまった地域もある。
その象徴的な場所は「仮設」。
それが何を意味しているのか。
投票率に影響を及ぼすのか。

終わりと始まり。そんな言葉が浮かんでくる。終わらなければ何かは始まらないという意味で。

間もなく投票は終わる。数時間後、当落が決まる。

現知事の後継指名者が勝つのか、変革を訴える候補が勝つのか。

後継者が勝てば、何かが終わるのか。単に知事の名が変わっただけで済んでしまうのか。

終わりと始まり。それは「喪失と再起」という言葉に置き換えてもいい。

「3・11」で「福島」は終わったのだ。あらゆる意味で。
だから、再起をはからねばならないと思っているのだろうが。普通の県民は。

明治維新と敗戦。戦後と3・11。時代の対比ともいえる。価値観の変化ともいえる。

今度の知事選が、福島県にとって、何かが終わり何かが始まるきっかけであってくれればいいと念じていたのだが。

何かを終わらせなければ、何も始まらないということなのだ。

しかし、福島に限らず、この国は、いまだ、変わることをおそれている。何かを終わらせることに逡巡している。いや、終わったものがあるのに、それを認めようとしない。

「民主主義」という言葉が、これほど連日のように“登場”した時代はあったのだろうか。

民主主義は終わったと嘆く大人たちがいる。終わったのなら始めようではないかと立ち上がる若者たちがいる。

継承されているような国家の価値観。それを終わりにしなければ、新しい国にはならない。

なにも「革命」を言っているのではない。価値観の一つの基準だ。

だから、それを「福島」で考える。
福島には、何かを始める要素はいくらでも生まれたのだ。

「福島からはじめよう」。そんな言葉を現知事は、確たる意味も持たず言い募っていた。何も終わらせていないのに。だからその「言葉」を僕は嗤った。

彼の時代は終わった。だから真の意味で福島が始まりの端緒となることを祈ったのだが。

国政にも大きな影響を与えるのが、次の知事選。沖縄。

沖縄と言う「島」では、住民たちが日々闘っている。沖縄はさまざまな意味で「戦いの、闘いの島」だ。

福島という「島」はどうか。闘っているのか。闘いを放棄した「島」か。決して語呂合わせのつもりで書いているのではない。

知事選の結果、何も終わったということが感じられなかったら、事実がそうであったら、再び、終わと始まりの“闘い”をしなくてはならない。

それは「終わり」を認識し、「始まり」の声を上げてくれる若者託さねばならないのだとしても。

福島の若者たちが、大人たちが“放棄”した、終わりへの道を、始まりへの道に一本の鍬を振り下ろしてくれることを願って・・・。

2014年10月25日土曜日

「自立」と「支援」と

福島を取り巻いている状況や、福島を語るときに、この「自立」と「支援」、あるいは「依存」と言う言葉がついて回る。如何ともしがたく・・・。

「地方創生」が言われる。その「国の施策」に地方がどれほどかかわれるのか。
それに対しての“発言権”はあるのか。

地方創生。或る意味“新語”だ。アベノミクスという造語も闊歩している。なんか、勝手に名づけて勝手に踊っているみたいだ。

「地方」が付く政治には、もういくつも出会った。そしてその「成果」を聞いたことが無い。

地方自治・地方の時代・地方分権・地域主権・・・。それが何をもたらしたのか。過去の亡霊のような言葉。

地方自治。自治とは「自らおさめる」と書いている。中央から、国から、自立せよということなのだと思うが。

物の言いようはともかく、中央は権限や財源を地方に移譲したいなんて思ってもいない。いや、中には地方自治を理解してくれている官僚もいる。しかし、官僚機構はそれを許さない。

他方、地方自治体の側はどうか。国からの交付金・補助金、それをいかに確保するかに汲々としている。支援という名のもとでの。全くの依存の構造なのだ。

新潟県の山古志村。震災から10年を経て、人口は減ったが「自立」を果たした。その住民の誇らしげな表情をテレビは伝えていた。
「地域づくり、それは、村民が自ら立ち上がったことに尽きる。住民の意識の問題だ」という。

山古志村に似た風景の、それは牛の事だけではなく。飯舘村でも、再三、村民が立ち上がり、村を取り戻そうとした。しかし叶わなかった。
言わずと知れた放射能の汚染だ。

除染は国に依存しなければならない。除染と言う名の「依存」。依存体質がはびこる中では、自立する、立ち上がるという意欲はそがれる。

明日は県知事選だ。県知事選の位置づけを「自立」と「支援」という観点から捉える。

誰が「自立」を目指そうとしているのか。誰が「支援」に重きを置いているのか。

迷わず「自立」を県民は選択すべきだ。

なまじっか、政治のプロを自認する県議会議員、市町村議会の議員。あまりにも自立への気概に欠ける。そう見える。
旧態依然とした構図でしか知事選を捉えない。

福島は変わらなくてはならない。全国の範に足り得るような自治体に生まれ変わるべきだ。

過去に拘っていてどうする。選挙が終わってしまったら、また、もとの「つまらない一東北の県」を見なされる。それでいいのか。

「3・11」が突き付けたものを、真正面から受け止めるべきなのだ。そう思う。

そして、それは冷静に考えるべきことだとも。

ネットで見る限り、なにやらおどろおどろしい画像を付けて、相手候補の攻撃に、それも、あまりにも見苦しい言葉させ羅列して。
普通の県民には、それは馴染まない。かえって引く。
昔からある言葉。「贔屓の引き倒し」。

選挙は明日。いまさら何を寝ぼけたことをと言われるかもしれない。

ありふれた、通り一遍の選挙情勢報道なんていらない。

地方自治とは何か。地方の独自性、それこそ“地域主権”とは何か。数時間あれば考えが及ぶはずとも思い。

綺麗ごとを書いているつもりはさらさら無い。まさに矜持を問うているのだ。

そして再度言う。知事選と国策とは別次元ではないと。今、中央にものもうさずしていつ言うのか。いつ示すのか。民主主義で与えられている権利の行使。

山古志村。自立。新潟県。県知事は、国にしかともの申している。だからこそ村に“再生”が、地域起こしが出来上がったのではないかとも。

2014年10月24日金曜日

時のすぎゆくままに

以前にもこの歌を引用したかもしれない。
沢田研二が歌っていた♪時の過ぎゆくまま♪にという曲。

阿久悠の作詞。その一節。
「からだの傷ならなおせるけれど、心の痛みは癒せはしない」。

「復興」という言葉や姿に出会うたびに、この歌が重なるのだ。

復興。確かに建物は復旧した。町並みは変わったが、それとても復興なのだろう。道路もなおった。

あれから3年半以上の歳月、時の経過・・・。

形あるものは復興にと進んでいるのかもしれない。体の傷は治ってきているのかもしれない。
しかし、汚れた土は・・・。大地と言う体は・・・。

福島原発。1号機の「解体」に向けた作業が始まった。そこからあらためて放射性物質が飛散するのかどうか。
解体して、核燃料を取り出さない限り「廃炉」にはむかえない。

そこには、「期待」と「不安」と「悩み」が錯綜している。
原発作業員の“被ばく問題”も然りだ。

「原発さえなければ・・・」。多くの人が思っている。

家族を亡くした。家族が離散した。子どもの“被ばく”に悩む人。ストレス。
未だに仮設に暮らす人・・・。

こころの傷を負った人。癒せない悲しみ、苦しみ。

仮に40年で廃炉が達成できたとしよう。その40年後、こころに傷を負った人達は、癒されているのだろうか。

癒されないだろう。その傷は時が過ぎゆく中で、ますます心の襞の中に埋め込まれていくのかもしれない。

いまだもって、福島をめぐり、原発とカネの事が言われる。あの地の住民に対してだ。

原発とカネと地元。そのある種の「負い目」とてこころの傷になっている。

眼に見えないこころの傷。痛手。誰が癒せるのか。自分か、他人か。それとも時の経過か・・・。

時々、「人間の復興」とか「こころの復興」とかを書く。県民に向けて書いているのか。いや、この国全部の人へという思いがある。

この地にいて、あの日に出会った。それなりの心の傷は残ったままだ。
癒すつもりもない。抱えていく。
心の傷は肉体にも影響する。それでも、それから逃れられない。

歌に託した冗談で紛らわすか・・・。♪傷だらけの人生♪と言って。
それとも♪時の流れに身をまかせ♪とでも唄えばいいのか。

昔の歌にこころ惹かれ、今を重ねる。それっておかしい事なのかもと思いつつ。

2014年10月23日木曜日

沈黙の海

福島の海を見た。この日の海は鉛色だった。
波打ち際には行けず、遠くから海を眺めた。

気のせいだろうか。潮騒の音だけが聞こえる。
遠くに林立するクレーンがかすかに望める。

街には人影が無い。そりゃそうだ。“神隠し”にあってしまったのだから。
遠くに車の音が聞こえるが、街は沈黙したままだ。

音と沈黙。サウンド オブ サイレンス。
おかしな表現だ。沈黙の音。沈黙には音がないはずなにの。
でも、沈黙だからこそこころに聞こえる音があるのだと。

沈黙と音。静寂と音。全く相反するものだ。
音と沈黙の間にはコミュニケーシンが無い。

コミュニケーションという言葉をはさんで、沈黙と音が交差する。
それが今の福島なのかもしれない。

Sound Of Silence  そんなレコードをもっていた。それはどこかに消えてしまった。大事な過去を亡くしたような思い。

沈黙は何を意味するか、音は何をもたらすのか。海が問いかけているような気がして。

遠藤周作は書いた。「沈黙」という文学を。いかなる不条理の中でも沈黙を続ける神へのさまざまな“疑問”を。それは神にたいする問い掛けであり、人間に対する問い掛けでもあったような。

福島を取り巻く数々の不条理。福島にある多くの沈黙。声なき声と言えばいいのか。

サイモンとガーファンクルが歌ったこの曲。映画「卒業」の中でも使われていた。
何かから卒業しろということか。沈黙の海の答えは。

このある種難解な歌をこう捉えた人もいた。
「何も見ようとせず、知ろうとせず生きていく人々」と。

福島の何を見たか、福島の何を知ったか・・・。

饒舌な人達は、福島の何も見ないで、知らないで、「福島」を語る。

「饒舌な情報に沈黙を与えなさい」。

海が呼びかけているような。

サイモンとガーファンクルには「明日に架ける橋」という歌もある。
Bridge Over Troubled Water

激流に架かる橋のように 君の心の支えになってあげる。

そう、福島も三陸も、その地の人達は、お互いが心に支えになろうとしていた。3年半以上も。

そして、に未だ、Troubled Waterに見舞われたままだ。
今を生きる我々は、未来に向けて、明日に向けて、どんな橋を架ければいいのだろう。

海は教えてくれなかった。当然だ。どんな橋かは教えてもらうものではない。
それぞれが、それぞれで見つけるものだということなのだろう。


時々、この頃、古い歌に惹かれる。そして古い時代の歌だからこそ、今に通じるものがあるのだと言うことを知る。古いものほど新しいのかもしれない。

2014年10月22日水曜日

「復興」が争点なのか、くどいけどまた知事選

原発は選挙戦の争点にならないときのう書いた。

「原発政策は国が決めること」と突き放す人がいるということで。

「県知事はまず復興に意を注ぐべき」という人達もいる。広い県土。
地域によって県政に望むことも違うという。

「復興」とは何か。ずっと問うている。実態の見えない復興と言う言葉。
未だにそれを言い募る人達。

「復興」なることに関わることは、大方、それこそ国に依存していることだ。
もし、この種の言葉を用いるなら復興より復旧であり、いや、再生なのだと思う。

陸前高田では宅地のかさ上げで、そういう「復興」で、山が削られて土砂を作り出している。長いベルトコンベアでそれが運ばれている。

その種の復興とは、自然の破壊ともいえる。山にあった緑は無くなった・・・。

福島で復興を言うなら、くどいようだが、「人間の復興」だ。裁判所が賠償訴訟で指摘したように、「人格権」を取り戻すことだ。

「風評被害を無くすことだ」と求める人もいる。風評被害、それは県外から言われ出したのかもしれない。しかし、県内にだって“風評”を言う人がいる。
県産の食品は食べない、学校給食に県産のコメは使ってはいけない・・・。

県政に風評被害を無くせと求めることは意味が無い、というかそんな対策なんて有り得ない。いくら都心に物産館を作ったとしても。
総理大臣に県産の農作物を食べさせたとしても。対策になんてならない。

長崎の田上市長は、前職が凶弾に倒れたあと、市職員から立候補した人のはず。
なにか頼りなさげだった。

今、彼は世界に向けて高らかに言う。原爆被災地のリーダーとして。核廃絶を戦争への危惧を。

被爆地の首長だから、その声が世界に届くののだ。

唯一の原発被ばく県、福島。そこのリーダーが原発に異を唱えて、いや、その悲惨な体験を世に問うことに何の異やあろう。

原発の“悲劇”を伝えることが大きな責務なのだ。

民間の人が各地で「ふくしま」を伝える活動をしている。多くが、その実相を知らなかったと反応しているという。

福島県知事は原発を語り、伝えるべきものなのだ。福島県は、世の為にそれに加勢すべきなのだ。
福島が語らずして誰が語るのだ。その悲劇を。

地盤はどこだとか、政党支持がどうだとか、往時の選挙戦のような分析はいらない。もっと根源的なものが問われているのが今度の知事選だと認識する。

くどいようだけども・・・。

福島の“有力者”の中には、かなりの影響力がある層は大方再稼働はと言ってもいい。
東京の城南信用金庫の理事長のような人はいない・・・。

内向きでは無く、外に向けて、自分の言葉で語れる人を望むのだけど。

2014年10月21日火曜日

「原発」は知事選の焦点になっているのか

一昨日の日曜日、福島県知事選の期日前投票に行ってきた。意中の候補の名前を書いてきた。
人出は多かったように見えた。

係り員の人に思わず聞く。「多いですね」と。「いや、きょうは日曜だからですかね、昨日までは余り人は来なかったです」と。

出口にはNHKの腕章を巻いた、記者ではなかろう。集金人のような人が出口調査をやっていた。声を掛けられたが、丁重にお断り。出口調査のために投票に行ったわけでもないし。

どうも、回りの知事選への関心は低いようだ。知らない人もいる。何の選挙かも知らない人がいる。立派な職業の人だが。

今度の知事選。大事な選挙だ。県民にとっても、中央政界にとっても。
だけど県民の反応は「つまらない」「わかりにくい」とくる。

心の奥底。誰がなっても同じってこと。「意味が無い」という人だっている。特に県外避難者には。

なぜ「わかりにくい」「つまらない」のか。争点がはっきりしないからだ。

県外の人から見れば「原発」が大きな焦点だと思っているはず。しかし、それは争点にはならない。なぜか。皆が同じような事を言っているから。
「全基廃炉」では一致しているし・・・。

そして関心がある人達も、候補者の選定の経緯を知っている人達は、その「ばかばかしさ」に呆れ返っているし。

だから、争点は「継続」か「刷新」かということにならざるを得ない。これとても分かりにくい。

3・11後にあった地方選。現職の市長や町長が軒並み破れた。では何か変わったのか。変わっていない。そんな“トラウマ”さえも県民にはある。

候補は6人。いずれも新人。継続とは“前知事”から後継指名された副知事のこと。

自民、民主、社民、公明。相乗り。組織で言えば「浮沈艦」だ。
1強5弱なんて言われてもいる。

1強多弱。国会を表する言葉と同じじゃないか。

勝つ奴が決まっている。そんな報道ぶり。決まっているなら意味ないじゃん。そうなる。投票に行かない。投票率は下がる。

投票前の予測調査は、ある意味、世論の誘導だ。

だから出口調査には協力するのをためらった。

原発が焦点にならない。投票率は低い。結果が出てから、また福島県は県外からの“揶揄”の対象にされるのかもしれない。

ネット選挙が「解禁」されてから初めての県知事選。大方の陣営が、“勝手連”を含めてネット運動を活発化させている。

大袈裟に言えば、タイムラインは大方、選挙運動で埋め尽くされているような感あり。
候補者の訴えよりも応援団の方が頻度が高い。
ご多聞にもれずコメント欄には批判や誹謗もある。

東京都知事選を思い出す。ネットが活用された。ネットを見る限り、反升添陣営の方が有利に思えた。しかし、結果は升添。

やはり、県知事選と雖も、地道な「どぶ板」が必要なのだろうか。

無い物ねだりではないが、唯一の原発被災県。「原発」について、全国、全世界に発信するような人であって欲しいとも思うのだが。

民主主義とは本来、「わかりにくい」ものだ。しかし、それ以外に手段を持たない。つまらなくても、わからなくても「県意」を示すべきなんじゃないかな。

いまや「原発問題」そのものが、福島県にとっては「わからない」ものになってはいるのだけど。

2014年10月20日月曜日

「祭りのあとの寂しさよ」

くどいようだけどB-1グランプリ。後味悪しなんだな。

きょうはそこそこ強風。体感温度寒し。
関係者が会場の後片付けに専念している。仕事とはいえご苦労さまだ。
ひとりがつぶやいていた。
「祭りの後の寂しさ」と。そう、どこでもそうなのだ。
大勢の人で賑わった後、だれもいない中での後片づけ。

何年も経験した。その寂しさを。

余計なことをちょっと・・・。
イベントの2日間の来場者は45万人だったと言う。47万というのもあった。新聞は(主催者発表)としながらも。

会場に行った人の実感でも、そこに一日居た人も、会場を俯瞰で撮った写真をみても、テレビに映る会場の様子を見ても、そんなに人は来ていない。
昨日、一昨日、街中の様子を見ていても、こんなに人がいないんだと思うくらい人波は無い。

初日、関係者の一人は言っていた。「4万人でしょうかね」。17万2千人と主催者発表されていたのに。新聞は、見出して18万人と書いていた。

会場に行って、主催者に人数を聞いてそのままの記事。どうでもいいことのようだけど、「実相」を伝えていない。

かつてよくあった。論争まで呼んだ。メーデーの参加者、主催者発表と警察発表の大いなる落差。

当初の見込みが40万人だった。それを上回らないと成功ということにならないということか。

来年は十和田市。そこに“実績”としての45万人が重くのしかかる。

以前からこのイベント、来場者の水増しってやっていたのだろうか。

それが何であれ、今の福島には「数字」が大問題なのだ。0,1の単位だとしても。
水増しする意義はどこにあるのか・・・。

初日、会場の賑わいがネットで随分流されていた。
「そんなに行っているんだ。じゃ行かないと・・・」。そう数字の多寡は「同調行動」よ呼ぶ一番のアナウンス効果なのだ。

そしてもう一つの疑念。大賞は事前に決まっていたということ。
箸の重さで決めるとされているが、去年、浪江焼きそばが受賞することは決まっていた。と、当事者が以前に教えてくれた。

だから「出来レースやめよう」と市のHPにも投稿してみたが、人数の水増しも。有った反応は、コメントに「いいね」が何人もから寄せられていたということ。市の広報からはお返事ありません。


昨日も書いたが、収支決算はどうするのかと気になる。収入としては最低でも45万×1,000円となるはずだから。もし、仮に赤字だったら誰が、どこが補てんするのだろう。

実相で行こうよ、実相で。実数で。

小渕優子が辞任した。後援会招待の収支の虚偽で。うちわが寄付かどうかで問題にされていた松島みどりも法相辞任の意向だと言われる。

この人だけの問題ではないはず。古い慣習として後援会を接待する、接待されるのが当然だとしていた、選挙民にも“責任”がある。
観劇会をエサに後援会入会を勧めていたとも言う。

後援会事務局に問題がありなのだ。「おらが大臣」を辞任に追い込んだのは、まさに贔屓の引き倒し。選挙民の民意の有り様なのだ。
ビラは受けとらない、団扇ならもらう。そんな「価値観」に支配された民草の問題でもあるのだ。

選挙のたびに警察には選挙違反取り締まり本部というのが設置される。選挙違反、買収供応含めて。その慣行があると言う前提だから、事実がそうだから取締本部が置かれるのだ。

政治資金をめぐる虚偽、かすめ取り。なきわめいていたバカもいた。その他にもあった。

役所の中でも水増し請求がある。出入り業者との間でも。

「そういうお国柄なんだから」と達観するには、祭りの後ではないが、あまりにも寂しいのだ。

そういえば、下仁田ネギ、昔、中曽根事務所から送られてきていたっけ(笑)。
そのことを話したらば「総理大臣なのにネギとかずいぶんケチなんだね」と“評価”していた人もいたっけな・・・。

2014年10月19日日曜日

住民の半数が「戻らない」ということ

避難中の浪江、富岡の住民の意識調査。
戻らないと決めているという人が増えた。住民の約半分だ。半数が戻らない・・。

戻りたいという人は減った。だいたい10%ちょっとだ。

すでに、大熊、双葉では60%を上回る人が戻らないと言っている。

いわゆる「帰還」をめぐる動きはどうなって行くのだろう・・・。

「地方消滅」という本が売れているらしい。いわゆる増田レポート。人口減の話だ。

人口減に加えて、都市への都会への人口の移動。

消滅する地方は無い。しかし、この本が政権の地方創生策の前振りであるかのような印象もある。

大いに議論の余地がある。そう若者たちには伝えたが。

このレポートに挙げられた地方の中には福島県は入っていない。把握だ困難だからだ。

事実上、人の住めない町や村が出来た。全くと言っていいほどの「無人の街」。

60キロ離れた郡山市。きょうもB-1グランプリで賑わっているという。
きのうの入場者は主催者発表17万2千人だとか。

昨夜の会合。楽しみに行った人もいた。4店回ってギブアップだったとか。

出店している人もいた。人の群がるブースもあれば閑散としているブースもあったという。
とにかく会場は人、人、人だ。

対比することでは無いだろうが、彼我の差に胸中複雑なもの去来。
会合した店に遅くに団体さんが来た。出店している福岡、田川の人たちだという。
酒を一本差し入れようとなった。ご苦労様というねぎらい。郡山のちょっとだけの「おもてなし」。
良い印象を持って帰ってもらいたいという“自己満足”。

40万人の食の祭典は終わる。全国から来てくれた人たちが郡山をどう思ってくれるか。
明日、“本当の福島”の姿を見て行ってとは言わないが・・・。

B-1グランプリ、ご当地グルメ。BとはブランドのBだった。いつしかB級グルメとされた。AのあとのB。

このイベントが一過性で終わってしまうものなのか。持続性のあるものにつなげられるのか。考えていくと、「地方消滅論」の展開にもつながる。

Aを目指そうよ。Aを。

Aとは何か。その地でしか手に入らない、その地でしか食べられない食材、食品。

生産者は耐えに耐えて、美味いものをつくろう。それが多少価格的には高いものであっても、その地にいかなければ手に入らない、口に出来ないものを生み出そうよ。

フランチャイズ形式の大量消費に歯向かうような。それが本当の「ご当地グルメ」。個の価値を追求した。

二日間のビッグイベントが終了したあと、主催者や関係者、参加者は何を考えるのだろうかとも。

「食」は一過性のイベントだけで終わらせてはならない。そこからヒントを得て、次にステップにつなげなくては。とも思う。
このイベントに成果を見ようとするならば、成功と受け止めるならば、「地方の側」に問題は投げかけられたと見るべきなのではとも。

問題提起のイベントとしてのB-1グランプリ。そんな“総括”がどこかで為されるのかなとも。

2014年10月18日土曜日

福島の秋模様・・・

木々もだいぶ色づき始めてきた。
秋の気配だ。空は高い。

誰にでも平等に訪れる秋。

郡山は大変な騒ぎになっている。「B―1グランプリ」が開催されているからだ。
今日と明日、いや、すでに昨日からも。
全国から40万人の人が訪れるということだから。

主催団体は「東北・福島応援特別大会」と位置づけ、震災からの復興ぶりを全国に発信する。新聞記事に書かれている。
その復興を誇示するのかどうか。駅から会場周辺までの道路はあっという間に整備された。

地元の人たちが道路の清掃活動にいそしんだ。

会場は笑い声と音楽に溢れていた。カラフルなのだ。なにもかも。

大人も子供も大喜びの様子。結構なことだ。
全国から59の「ご当地グルメ」というのが参加しているとか。

関連のイベントもあり、会場以外でも露店が出たり、街はまったくもって「お祭り騒ぎ」と相成っており。

家の近所のスーパーに行って驚いた。そこでもB-1グランプリ協賛企画と銘打って、焼きそばの類が売られている。出店ブースのだ。

主催者側も大変だろう。なにせ季節にしては暑かったし。


このイベントに合わせて、東京からもボランティアが手伝いに来ている。知り合いがいる。その中に。
ある企業が「3・11」以降、社員にボランティア活動を義務付けている。18人で郡山に来たという。

その子が持っていた書類の山。その中の工程表。昨日は早朝郡山入り。会場の設営手伝い、夕方からは駅前のパレードの“警備”と。

警備ってなにかと思ったら、「ようこそ郡山へ」という看板を掲げてパレードする参加者を“歓迎”することだったと。

なんか笑える。東京の人が「郡山へようこそ」って歓迎しているという光景。

夕食は「各自」となっている。各自だから当然、懇意にしていた知り合いを食事に誘う。
場所は。決まっているでしょ。郡山の美味い野菜をふんだんに味わえる店。こんなに美味しい野菜を食べたことなかったと喜んでくれ。

日頃は夜遅くまで仕事だという。まともな夕食はとっていない日々だったとか。
せめてもの「ねぎらい」。食わせて食わせて(笑)。

きょうは会場のゴミ収集係だとか。今晩は夕食に誘えない。集まりがあるから。楽しい議論の場があるから。知り合いの店だけ教えておいた。

偏屈な言いようだが、各自ってことは、街の飲食店でカネを落とせってことにもなるのかなって。

B-グランプリは今年が9回目。全国の町おこし団体59が参加。震災後の東北開催は初めて。ボランティア活動の目的にはかなっている。
そんな企業もあるということ。未だに三陸にボランティアを派遣し続けているともいう。

さてさて、この食の祭典、郡山市への経済効果ってどれくらいあるのだろう。
だれも教えてくれないが。

グランオプリは味や各団体の対応、パフォーマンスを加味してここぞと思うブースの箱に入れた箸の重さで決めるとか。

食べに行った人たちは、その「価値」をどこに置いて決めるのだろう。味か、活気か、呼び込み方か・・・。

満腹になったら、空を見上げて「哲学」してみるのもいい。何に価値観を見出したのかと。

「実存主義とB-1グランプリ」。美味いという価値をどこに見出すのか。
一興だとも。パホーマンスの美醜をどこに見出すのだろうかとも。

全国から来た人たちは郡山にどんな価値を見出してくれたのかも。

浪江やきそばは相変わらず大人気だという。
その浪江。町民の半数が帰還を断念した、諦めたという調査結果が伝えられていた。

“焼きそば”はどんな思いなんだろうな・・・・

なんか「泳げたい焼きクン」が浮かんでくる・・・無粋な爺には。

2014年10月17日金曜日

福島が「福島」を忘れている・・・

秋・・・。稲刈りが終わった。田んぼのあちこちには「セガケ」、あるいは「ハセガケ」の光景がある。
稲わらの天日干しだ。天日に干されたコメの美味さはまた格段だ。

2010年の秋。福島のどこにでもあった光景だ。翌年、そこにはまた水が引かれ、苗床が植えられ、実りの秋をむかえ、家族総出の稲刈りの光景があったはずだ。

おおまかに言う。20キロ圏内。そこにあった田んぼには、今、ただ黒いビニール袋だけが置かれている。行先の定まらない袋が積まれている。

人を失った、亡くした。思い出や生きがい、田園風景、放射能というやつにそれらは皆奪われた。
元の暮らしは取り戻せない。

福島県は県土が広い。だから一口では語れない。まとめても語れない。
どこに「福島」が存在しているのか。“悲劇”の福島が。


復興という言葉は、相変わらず福島についてまわっている。復興ということも、広い福島の中では、それぞれの人が思っているものが違う。何が復興なのかもわからなくなっている。
メディアの人の中には、当たり前のように使ってきた「復興」という言葉の無意味さを、県内あちこちを見てまわっているうちに気づき、“封印”をした人もいるし。

双葉郡八町村を除いて、多くが普通の生活を取り戻した。元の日常に戻った人は忙しい。日々の暮らしが。

忙しいと言う字は、心を亡くすということと同意語だ。忘れるということとも同意語だ。

「福島」があることは知っていても、よく知っていても、そのことを「忘れ」る。

県知事選が行われている。例えば廃炉については前候補が賛成だといい、それに力を尽くすと訴える。
待って欲しい。

廃炉はすでにその方針は決まっていること。いわば既成事実。
廃炉作業は誰がやっているのか。
1Fにいる作業員たちだ。その多くが地元の県民だ。廃炉を加速させるためには彼らの力をもってする以外に無い。

彼らは「守られて」いるのか。いない。
きのう、ALPSが報道陣に公開された。その後のALPSが。“整えられた”公開。

作業員に言及した知事選の候補者はいるのか。一部の県民が“不在”のまま行われているような知事選とも映る。

県外避難者は数多い。避難者も現住所はそこ。しかし住民票は人の住まないところ。不在者投票用紙が届く。選挙公報も届けられるはず。
居住していた町村から投票の呼びかけがある。

多くの人が言う。「知事選に関心は無い」と。
遠隔地にいる人達は忘れられているようだとも。

「福島」を覆っている空気。真っ暗闇のような現実。先が見えないと言う意味でも。

真っ暗闇に置かれた人に、パンや衣服を持って行っても、食べるすべも、着るすべも無い。必要なのは、蝋燭の灯だ。一条の灯りだ。それを“希望”と言うのなら。

新しい知事が一条の光、灯り足り得るのか・・・。

「福島」を忘れた福島県人。そんな“汚名”はきたくない。かぎかっこを付けた「福島」とは何を指すのか。わかってもらえるだろう。

「福島」という頸木から抜け出せないまま、また秋が過ぎて行くのか・・・。

2014年10月16日木曜日

「わからない」というストレス

例えば真っ暗闇の中、何も視界に捉えることが出来ない時、どこにいるのか、どっちを向いているのかわからない時、人は不安にさいなまれ、過大なストレスを受ける。

「わからない、自分で判断できない」。大きなストレスなのだ。

ストレスは多くの疾病の直接的、間接的な要因にもなる。それが各種の疾病を引き起こし、時に“死因”となることも有り得る。

福島県で子供の甲状腺検査が行われた。“陽性”とされる子どもたちもかなりの数が出た。それが原発事故に由来する放射能が原因なのかどうか。

医者の多くは「わからない」としか言えない。それはいかに善意であろうとも、将来の発病も含めて「わからない」とした言えない。

だから親は苦悩し、ストレスをためる。いや、「わからない」と答える医者の方だってストレスを抱えることになる。

出口の無い不安。

原発事故による避難者がかかえている問題だ。出口が見えないから、いつになったらどうなるという「期限」を誰も設定出来ないから、避難者たちは、それが仮設に住んでいるかどうかを問わず、抱えている問題なのだ。
ストレスが高じる。それは疾病罹患に及ぶこともあれば、精神的病を負い、死に追い込まれる場合だってある。

「わからない」「わからない」。それは今のこの国を覆っている空気だ。

政治だってそうだ。一本筋が通っているように見えて、実情は支離滅裂。
この国の行き先も「わからない」。

今日、東証の株価はまたも大幅下落している。すぐ持ち直すのかどうかわからない。
市場原理なんて読み解けるわけでもない。

ガソリンスタンドに行った。確実に値上がりしていた。円安の影響だ。

この国は豊かな国なのか、貧しい国なのか。それもわからない。

だから、極論すれば一億総国民がストレスを抱えているということにもなる。

「わからない」というある種のパラダイム。それを生んだのが正しい情報が伝わらない。伝えられないということにもあった。それが意図的かどうかはいざ知らず、隠され続けてきたこと。今もその気運があるということ。

特定機密保護法だってそうだ。何を機密とするのかはわからない。
集団的自衛権の問題だってそうだ。戦争へのみちとなるのかどうか。それもわからない。

わからない症候群の国。

そのストレスからどうやったら逃れられるのか。ありふれた言葉で言えば「情報の的確な開示」。そして「信を置けるもの」が存在するか否かということ。

ストレス耐性という言葉がある。それを育むにはかなりの訓練すら必要とする。

人は皆、精神的に強い人ばかりではない。人間とは弱いものなのだ。

いわゆる風評ということ。あの嫌がらせのようなデマ、罵声。すでに3・11直後から、それはネット上に満ち溢れていた。福島に対してだ。

それを払拭する手段を多くの人は持ち合わせていない。
まことしやかな嘘やデマ。それは時には“正義”を装って福島を襲ってくる。

正確な情報が無いから、不信の塊になっているから、県民だって、それを真に受けてしまう。

負の連鎖だ。ストレス拡散だ。まき散らした方だって、実はストレス社会に生きている人なのかもしれない。それの発散が他者や弱者への攻撃。

こんなことを書きながら思う。実は自分自身もなにもわかっていない、わからないことだらけの中にいるのだということを。

わからない社会。そんな未知の世界に入ってしまったのかなとも。

わからない、わからない、ワカンナイ、ワカンナイ・・・。

「将来への漠然とした不安」。その一言を“遺言”にした、自死の動機と記した文学者もいた。

2014年10月15日水曜日

「一過性」ということ

昨日、「台風一過」の「一過」と言う言葉に”敏感“に反応した。それは「一過性」という言葉、現象を連想させるからだ。

台風19号、やはり1Fには影響があった。高濃度の“汚染水”、セシウム25万㏃/1ℓが検出されたという。過去最高の値だという。
セシウム134、セシウム137、ストロンチウム、マンガン・・・。

これがどう影響を与えるのか。海に流れ込むのか、汲みあげられてタンクに貯蔵されるのか、“放置”され自然消滅を待つのか。

敷地内に高濃度の汚染水があるということ。それは、空中に飛散するかもしれない・・・そんな危惧。
構内で働く作業員たちへの影響だけは大きいだろうとも。素人の想像。

だから、台風情報の中で、このようなことを伝えるべきだったと。「直ちに影響は無い」としてもだ。

先週の18号台風でもそうだった。汚染水が検出されたと報道される。それが、その後どうなったか。どう処理されたのか。影響は・・・。どこも報道しない。

1F報道、それはまさに「一過性」のものになったような。

今週末、郡山では「B1グランプリ」という食の祭典が開催される。全国から二日間で4万人の人が訪れるという話だ。

なぜ食の祭典が郡山なのか。もちろん、うたい文句は風評被害を無くす、地域経済の活性化などと言うことだろう。支援という言葉もあったような。

すでにホテルは満室。土産物店などは売り上げ増を見込んでいる。

多くの人が郡山の今を見る。いいことだ。皆、普通に生活しているのだから。

東京の知人も、会社としてのボランティア活動に参加して、この“祭典”の手伝いにくると言ってきた。初日はゴミ拾い、翌日は受付係りだとか。

災後、郡山でも、大規模なイベントがさまざま開催されてきた。

来年はJR東日本のデステネーションキャンペーンがあるという。

人が来る、人で賑わう、多少なりとも地域経済が潤う。結構なことだ、有りがたいことだ。

でも、ちょっと立ち止まって考えたら、どれも「一過性」のことでは無いのか。
数日間での「儲け」はあても、それだけのことで終わってしまわないのか。

NHKの大河ドラマの舞台となった会津が、その年だけは観光客が戻ってきて、翌年からは観光客減少・・・。

地域起こし、町おこし。いわゆる、いうところの“復興”。「一過性」では何も解決しないと言うこと。

郡山の被災地と位置付けるなら、そこで行われる有効な事どもは、すべからく「持続可能」のものではないとならないのではと。「一過性」ではダメなんだと。

しかし、一過性で有ろうと無かろうと、何かをやることに意義があるとする考えもある。

報道も含めて、何もかも、いまこの国を覆っている空気は「一過性」のもののような。

一過性のイベントを、一過性のものを持続可能なものに結び付けられるのか。
それは「地方」の力量かもしれない。

論議を呼んでいる「地方創生」。本質はこんなところにあるような。

市を挙げてのビッグイベント、というか、多数の人が集まると言うこと。幹線道路は交通規制。各所で渋滞。それに「苦情」が出るかどうかも地方の在り方だとも。

2014年10月14日火曜日

「台風」で思うこと

昨日は“疲れた”一日でした。
午前中だったか。フェイスブックのコメント欄に「からから亭読めない」という書き込みが。
まさかと思って覗いてみたら、おかしくなっている。

要は、ドメインの期限切れ。嗚呼・・・。自力回復出来ないのです。“管理人”さんに依頼して、お金を払ってもらい、夜には“復旧”したのですが。管理人さんも忘れていたみたい。更新を。
きのう“ご来店”いただいたお客様失礼いたしました。懲りずにお付き合いを。亭主謹白ってことですか。

ネットってちょっとしたアクシデントがあると、けっこう疲れるもんなんです。わが身にとっては。
“管理人”さんが言っていました。
「早いもんですね、もう“開店”して9年ですよ」って。とりあえずあと3年延長ということで。

台風19号が気になっていました。最初は超大型、スーパー台風といわれていたこともあり。テレビを見っぱなしってのも疲れるもんです。

列島縦断。

なによりも気になるのが、あそこ。1Fの事なんです。汚染水漏れが激しくなったり、何らかの損傷があったり、人的被害があったりしないかと。

NHKがずっとやっていた台風特番。1Fのことはほとんど触れられず。たまに字幕スーパーで夜間の作業は中止、クレーンは折りたたんだなどが散発的に流れるだけ。

1Fで被害があったのかどうか、高潮は防げたのか。今日、東電は会見でなにか言っているのでしょうか。

台風一過と皆が言っています。たしかに今朝は秋の青空が広がっていました。虹も見られました。
でも、やはり、ありきたりの表現を使えば「爪痕」は各所に残されて行った。

偏屈な爺と叱声を受けるかもしれませんが、台風一過って安堵の表現がどうもいただけないのです。

一過。原発事故だって、いわば「一過」のように思われているようで。1Fに台風被害が及んでいなければニュースにならない。そういうことじゃないんだとおもうのです。

1Fのみならず、土台が固定されているかもわからない、いわばプレハブの仮設住宅のことだって。もろに強風かぶっていればどうなったかなと。

台風列島、地震列島、火山列島なんです。この国土は。だから、以前にも書いたけど「オオカミ少年」でいいのです。

タイムライン防災計画というのがあるようです。事前防災行動計画というのが。
台風の上陸時を0として、時間をさかのぼっての防災計画を決めていく。
交通から、避難勧告から、消防や自治体の体制整備とか。120時間前から策定していく、実行していくというもの。

それが今回効を奏したかどうかはわかりませんが、大惨事には至らなかったような。

とにかく早めの対処ってことなのです。不便を蒙ったひとも大勢いるようではありますが。

NHKでアナウンサーが言っていました。「雨戸を閉めて外出は控えて」というようなことを。これはちょっと笑えた。
いまどき、雨戸のある家ってどれくらいあるのだろうって思ったから。

子供の頃、ラジオしかなかった頃、列島には台風がかなり押し寄せてきていました。古い家。雨戸を閉めて、かんぬきかけ、表からたすきがけに板を打ち付けて。何回もやったもんです。
台風のたびに停電していました。ろうそくの灯りの中で、通り過ぎるのをただ待つのみだったころ。

そして、あのころの気圧はミリバールで呼ばれていて、台風には必ず名前が付いていた。
キャサリン、キティー・・・。女性の名前ばかりでした。それがヨロシクナイってことで、今の第何号にかわったのですが。

変なはなし、名前があったほうが惨事のことは記憶に残りやすいような。

ともかく台風はまた来ます。一過で一喜一憂ってこと必定。

台風の予報に合わせて今日は多くの学校が早々休校が決定されていました。結果は「空振り」。でも、これとてもよしとせねばならいのかも。
休みになって子どもたちがちょっと風のある秋晴れを喜んでいるのかどうかはいざ知らず。

2014年10月13日月曜日

♪この街で♪

中間貯蔵施設建設をめぐる地元住民への説明会が一応終了した。計12回。
でも、参加した住民からの不満や不信は多いという。

おもに金の、土地の買い取り価格の問題なんだが。

国は、来年一月の仮置き場からの搬入を目指しているが、予定は大幅に狂う。
仮置き場の借用期限は来年3月というところが多い。

“あけわたし”を地主が求めても、物理的に困難だ。

汚染土をめぐる「ジレンマ」とでもいおうか・・・。

そして、「ふるさと」という問題。

生まれ育ったところが故郷ということだろう。「故郷論」、そこに理論体系があるわけではない。それぞれが思う「ふるさと」。

時折、中央と呼び、時折「東京」と呼び、悪しざまに書くことがある。
僕にとっての故郷とは、やはり東京なのだろう。戻るとか帰るとかという問題では無く。

東京というものの存在感。それを捨てる気も無いし、消し去るつもりも無い。
なぜ悪しざまにいうか。
その変貌ぶりが、故郷を壊されるという感覚につながっていくからだ。

自分の意志に反して故郷を手放さなければならない人。それぞれが、故郷とは何かを問うているのだろう。福島では。

昔、こんな歌があった。新井満が作った歌。♪この街で♪。

歌に見る「故郷論」ではないかと。

//この街で生まれ、この街で育ち、この街で出会った あなたと
この街でお母さんになりました。この街でおばあさんになりたい。おじいちゃんになったあなたと歩いていきたい。

坂の広がる青空、白い雲が一つ浮かぶ あの雲の追いかけ、夢を追いかけ、
喜びも悲しみも、あなたとこの街で。いつまでもあなたと歩いていたい//

こんな歌詞だ。言ってみればありふれた言葉の羅列だ。
でも、故郷とは「単純」な方がいい。

フアンの方たちには怒られるだろうが、3・11後、福島をうたった曲が何曲か登場した。各所で流されていた。もう、あまり聴かれなくなった。

にわか作りの”激励ソング“だったからか。

昔の歌の方が普遍性を持っているような気がする。もう一遍、昔の歌にスポットを当ててみたらどうかとも。

//人は悲しいが多いだけ、人に優しくなれる//。そんな歌詞の歌もあった。
それは時代を越えて言えることだし・・・。

東京で聴いていた歌を福島で思い出す。

これとても「ふるさと論」のこじつけかも。

きょうはハッピーマンデーの体育の日。台風直撃列島。

なぜオリンピックを10月10日に開催したか。単純な話だ。“歴史上”、10月10日は、「晴れの特異日」と言われていたからだ。
故郷論と関係は無いのだけれど。

2014年10月12日日曜日

一本のペン、一本の鉛筆、そして一票

ノーベル平和賞を受賞した17歳の少女、マララ・ユスフザイさんは言っている。
「一人のこども、一人の教師、一冊の本。そして一本のペン。それで世界を変えられます。教育こそが、ただ一つの解決策です」と。

一本のペンも持たず、本も持たず、でも、教育を受けたいと思っている子供たちが世界にはいっぱいいる。

いっぱいの筆記用具を持ち、学校で学ぶだけでなく、塾に通わなければ大学に行けない子供もこの国にはいる。

「一本の鉛筆があれば、私は、あなたへの愛を書く
 一本の鉛筆があれば 戦争はいやだと 私は書く

 一本の鉛筆があれば 八月六日の朝と書く 一本の鉛筆があれば
 人間のいのちと 私は書く」。

松山善三はそう書いて、歌に想いを託した。

一本の豪華な筆で、解釈改憲の閣議決定に署名した閣僚たちがいる。

もしかしたら戦争に加担するかもしれないことも、一本の筆で決まるのだ。

福島県知事選。あなたの一票が・・・と呼び掛けられる。

「原発」をどうするのか。はっきりした主張が薄らいでいるような選挙戦の中で、一票ということを考える。

県外避難者には、不在者投票用紙が配布されている。もらった人たちは戸惑う。
自分たちのことを誰も言っていないようだと。

記入をためらっている人もいる。投票しないという人もいる。
「俺らには関係ない選挙だ」と。

一票がこの県を、いささかは変えることにつながるかもしれないのに。
敢えてそれを”否定する”という避難者の胸中・・・。

一人が立ち上がらないと、一人が声を上げないと、世の中は変わらない。

その一票という権利が行使されるのだろうか。
はなはだ心もとない。

教育を受ける権利は、ほとんどの日本の子供たちは、いや、親も、教師も、教育関係者も、「当たり前」としている。
それが当然なのだが・・・。

嫌々学校に通う子供たちだっている。60年前の僕だってそうだったのかもしれない。

我々が手にしている教育の自由、教育を受ける権利。それは憲法によって守らられているものだ。憲法で、さまざまな権利が保障されているのだ。

「教育がすべての解決策です」。平和への願いを込めて訴える17歳の少女がいるということ。

マララ・ユスフザイという少女のことを、学校の場で、話し合われるのだろうか。教師と生徒が、その存在、訴えの意味を共有しあえるのだろうか。

突き詰めていけば「教育」をめぐる価値観の問題にも発展する。

一本のペンと十本の指とタブレット・・・。

ちょっとした合間。箱に一本だけ残っていた煙草をくわえ、こんなことを書いている“老人”がいる・・・。

2014年10月11日土曜日

3年7か月・・・速さの違う時計

我々は二つの時計を持ってしまったようだ。

止まったままの時計と高速で過ぎ行く時計と。

11日。3年7か月。午後2時46分。「あの日」以来、脳内時計を止めてしまった、止められて人が、物理的に止まった時計、2時46分を指したままの時計を見つめていたかもしれない。

沈黙が支配する中で・・・。

現実に止まったままの時計は、誰かがモニュメントとして置いたのではなく、致し方なく、その場に置かれている。

そして、世の中は3年半と言う時を刻んだ。

動いている時計は、何かが進んでいるように感じさせる。
では、何が一体進んだのか・・・。

忘れるという行為は進んでいる。忘れようとする意志も進んでいる。

3歳と7か月、歳をとった。その分、体力も衰えた。思考力も衰えた。しかし、たまった澱のように、かたまったまままの感情が残っている。

そして、3年7か月という時間は、あまりにも多くのものを、考えねばならないことどもを、持ち込んできてくれている。

もはや、消化不良のように・・・。

緊急地震速報の音で、また時間が後戻りされてような、あの日を思い出すような感覚が呼び覚まされた。

御嶽山の噴火から2週間。あっと言う間の時間。まだ不明者が残っている。懸命の、まさに命がけともいえる捜索が続く。

台風19号が接近している。本土に。

沖縄の東大東島では、風雨が荒れ狂っていると報道される。
交通が遮断されて久しいという。

島の商店からは食糧が無くなった。商品の無い棚をテレビは移す。
「明日からどうして食べるのか」と住民は嘆く。

あの日の後の光景が重なる。食糧が無くなった、ガソリンが無くなったあの数日間、数週間を思い出す。

時計は進んだ。時にはそれが後戻りもしてくれる。

そして・・・。止まったままの時計がある光景。

「沈黙」という行為や意思を持ってしか、それを受けとめる以外に無いのか。

そこから60キロ離れたところでも、街は「饒舌」が支配している。イベント会場からはマイクに乗った大音量の声が聞こえる。

選挙カーも走っている。

250キロ離れたところでは、あらゆることが「饒舌」だ。

そして、あらゆることに、スピードという速さが求められている。
そう、「スピード」は「立ち止まって考える」という人間の思考形態まで奪ってしまったような。

スーパー台風なるものは、すでに列島各地に被害をもたらしている。
この東北の地も伺うという。

無防備な空き家は、それに耐えうるのか。
何よりも原発事故現場は、いかなる影響を受けるのか。

僕の中の「時計」は空回りをしているようだ・・・。

2014年10月10日金曜日

ありふれた、通り一辺倒な・・・。

きょうは10月10日。「体育の日」なのだ。いや、だった。50年前の東京オリンピックを契機に作られた“祝日”。

国民の祝日法というのは改正に改正が重ねられてきた。またもや休日を増やすと言う「受け狙い」を謀議中とか聞く。


ハッピーマンデー。いろんな祝日を作り、日曜とつなげての連休、連休。今年の体育の日は来週月曜にされた。

なんだか変だと思う。「祝日」の意味合いが薄れると。

法の名を「休日法」と変えたらどうか。いや、国旗を立てて祝う祝日と休日を分けたらいかがかと。

無意味なわざとらしく作られた休日に祝意を表する気になれない。

合いもかわらぬ通り一遍のような「祝日」の有り方への“文句”。


建設業を営む経営者と話をした。大変な人出不足だと言う。
人を雇うために日当というか賃金を上げねばならないという。競い合うように賃金が高騰しているという。

このままでは「人件費倒産だ」と。

ピンハネがあるかどうかはともかく、除染作業員の日当は1万8千円が相場だとか。
1Fではどうなっているのか。

能力の高い作業員は、被ばく量が限度に達し、現場を離れざるを得ないと言う。
人員確保の為に、「素人」の作業員が入り込んでいるという。相当数。
収束作業にはかなりの支障が出ているとも。

そして、6年後の東京オリンピック。建設作業員は多くが日当の高い東京に集結しているという。数々の施設の建設や、道路建設のために。

そして被災地であるところの住宅建設や復旧作業ははかどらないという。
「3・11」は、別の側面から見れば日本の雇用形態を変えて行ったようにも見える。

前出の経営者は言う。「東京オリンピックの後は人余りになって、この国はガタガタになるでしょう」と。
当事者としての一つの杞憂だ。

それでも「東京オリンピック」はもてはやされる・・・。
実態の伴わない「おもてなし」が流行語になり、猫も杓子も「おもてなし」。
裏を見れば・・・ということだ。

最近、郡山でもやたら道路工事が行われている。渋滞あるところは工事。
タクシーの運転手が言っていた。
「B1グランプリのための道路整備。格好付。来県者への好印象ですよ」と。

「ま、走りやすくなればいいのだけど、道路予算無くなっちゃうんじゃないですかね。ま、これも今風に言えば“おもてなし”っていうんでしょうかね」。

よくある話じゃないかい・・・♪

きのうから始まった福島県知事選。事務所の前を選挙カーが通っていった。
ウグウス嬢と呼ばれる女性がマイクから大声を上げている。
「皆様のお力をお貸しください。皆様のお力が必要です」。

相も変らぬありふれた選挙風景。この時だけの「お願いします」。

隣に座っている候補者は手をふるだけ。原発についても、県をどうするかも言わない。懇願するのみのご様子。

今度の知事選だけは、通り一遍の選挙とはちがうんだなあと思うのだが。
県の浮沈、県の矜持が問われているとおもうんだけどな・・・。

普通のサラリーマンや学校は明日から3連休となる。「ハッピーマンデー」で。
「ハッピー」なんて言っている場合なのかな。
大型台風の襲来が予報されている。ならば出かけなくてすむのは「ハッピー」なんだろうけど。

連休関係無し。働かなくてはならない人は多々いる。

なんだかんだの、ありきたりの“愚痴話”にて。

不作法仕りました。

2014年10月9日木曜日

継続か変革か。♪ああ~福島県♪

「福島県 県民の歌」というのがある。その歌はあまり県民に浸透していない。日常聴かれるのは県の広報番組の時くたいか。

その歌詞にはこうある。
♪明るいふるさと福島をつくろう。みどりひかるこの空いつまでも ああ福島県♪

3番までの歌詞に全部「ああ 福島県」が書かれている。

「ああ」をどう読むか。節回しの合いの手と取るのだろうか。まさか「嗚呼」と言う嘆息の意ではないと思うけど・・・。

県知事選が今日告示された。6人が立候補。全員新人。6人立候補しているということは人数的には県民の選択肢は広い。しかし、実態は選択肢は狭められている。

政党が相乗りを決め込んだからだ。

雄平前知事から後継指名された副知事だった内堀。内情はともかく、自民、公明、民主、社民の各政党の相乗り候補。
副知事の前は霞が関の高級官僚。言い方は悪いかもしれないが「中央」からの天下りだ。

当初、自民県連が担いだ元日銀の支店長、鉢村には党本部が「うん」と言わなかった。
勝てる、勝てないってこともあろうが、今の政権は、地方自治体の長を、官僚上がりで占めたいとしている。“統治”を容易にするために。

中央と地方の関係。それがいかなる関係であるべきか。
安倍改造内閣で地方創生相が誕生した。安倍内閣は地方の振興に力を入れると言う。
その最初の県知事選・・・。

原発事故の唯一の被災県ふくしま。県知事選の焦点は「原発問題」のはずだ。

世に言う“脱原発”が争点となるはずだ。なるのか・・・。

候補予定者を集めて開かれた公開討論会。
「県内の原発は全基廃炉にすべきか」という問いには全員が「そうだ」と答えた。
しかし、その他の原発につては、論議は交わされなかった。

前宮古市長の熊坂が「県外原発も即刻廃炉だ」と言った以外は論点にされなかった。

主催者は言う。「県外の原発について聞いて欲しいと言う事前に公募した県民の意見には無かったからだ。手出しできないと思っているので、復興をどう進めるのかに関心がある」と言ってのけている。

違う。と思う。

原発被災県だからこそ、全国の原発問題、再稼働問題に言及する、論議する“義務”があるのだ。あえて“権利”とは言わない。

広島でも、長崎でも、核の問題について世界に発信し続けている。沖縄は米軍基地について常に論争している。その“資格”があるからだ。

福島で原発を語らずして、何処が語るのか。

いわゆる「復興」。県の裁量の範囲は極めて小さい。国に“陳情するのが関の山なのかも。

福島県民も原発に対しての意見も分かれている。再稼働は必要だとする、県経済界の大物もいる。再稼働無くして経済成長無しとする人達もいる。
もうこりごりだ、同じ境遇に他県の人を落としいれてはならないと思っている避難者もいる。

帰還なのか除染なのか。それとても意見は分かれている。

地方自治とは何か。福島県知事選に問われている課題だ。中央に追随することは地方自治ではないはず。

地方選挙で国政上の重要課題をどこまで問うべきか。そんなことに関して、新聞にこんなコメントがあった。福島大学の清水修二特任教授の話しだ。
「全国の原発をどうするかは、国や全国の人が考えるべき問題だ。被災地だけに日本の原発政策のあり方を背負わせるのはお門違いだ」。

この人の考えが理解できない。被災地だから背負い、語るのだ。
地方から国へ反旗を翻すべきなのだ。

有権者は160万人余り。前回よりも4万人以上が減っている。言われ続けてきた少子高齢化の故なのか、避難含め、人口移動の故なのか。

160万人の選択。

県民の知事選に対する関心は薄い。そう見て取れる。なぜかは語るまい。
投票率は「最低」を記録するかもしれないと言う予感。

かつて自由民権運動があり、国にもの申していた反骨の士を多く輩出していた福島県なのに。

嗚呼、福島県なのかも。

2014年10月8日水曜日

「ノーベル賞」のこと

ノーベル物理学賞を日本の3人の学者が、科学者が受賞した。快挙だ。
青色LEDの開発、実用化に貢献したという。
LED、発光ダイオード。 light emitting diodeの頭文字をとったもの。

光の三原則。青・赤・緑。習ったなあ、小学校で。それが科学の分野で研究されると、発光ダイオードとなり、日常に大きな変化をもたらしてくるんだな。

「明るく省エネルギーな白色光を可能にした効率的な青色発光ダイオードの発明」というのが受賞理由。

ランプ、ろうそく、蛍の光窓の雪・・・。夜、灯りをとるための工夫。白熱球の電灯が出来た。フィラメントを使っての。画期的発明だった。当時は。
やがて蛍光灯に・・・。より明るくなった。生活環境が。

灯りの歴史。

東電もかつては東京電燈とう会社名だったよな・・・。

灯りをめぐる回顧はともかく、テレビやパソコンの液晶画面もLEDによって成り立っている。
建物の照明だけではない。携帯電話や信号機もそうだ。

発明から実用化へ。LED電球はかなり普及してきた。当初よりも価格は安くなっているように見える。

なにしろ「省エネ」とういうのが、授賞理由にもあるように、人類に大きな影響を与える。

電気の消費量はこれまでの二十分の一だと言う。

「3・11」後、電力不足が言われた頃、LEDを使って光のページェントが各所であった。電気の無駄使いと言ったら、LEDだからと返された。

受賞者の一人は言う。
「LEDが世界中の電力消費量を減らし、コストも削減することを願っている」と。

LEDの単価が安くなり、あらゆるところで使われるようになれば、電力消費量は減るはずだ。
だとすれば、原発に頼らなくても電気は確保できると言うことにもなる。

CO2削減にも貢献できる。

ノーベル賞は「人類に最大の恩恵をもたらしてくれた人に贈られる」とその憲章は謳っている。

今後、さらなる「成果」が生み出されてくるのだろう。そこに“商魂”が介在するかどうかはともかく。

LEDの頭文字を勝手に変える。light earth  Defenseと。そう、光は地球を守ると。“地球の集団的自衛”だ。

旧約聖書の冒頭。神は「光あれ」と言われた。こうして光があった。神はよしとされたー。

灯りの歴史に感慨が湧く。

光と闇。それも思う。人は闇には耐えられないのだ。一条の灯りが人を救うのだ。

「3・11」は科学に対する不信を惹起した。科学は自然の前に敗北したと何回も書いた。

失われた科学の権威は、科学者が取り戻す。ジャンルの違いはあっても。
そんな思いもする。

今夜は皆既月食だと言う。秋空の月明かりの愛でて数日。数時間、闇が訪れる。
月明かりとLED。時空を超えた灯りをめぐる感慨・・・。

そしてノーベル賞。平和賞を受賞しないかな。
日本国憲法第法9条が。

驚天動地のことだってあってもいいはず。安倍の叔父、佐藤栄作だって平和賞を受賞しているのだから。受賞対象が人なら、それを思いついた東京の郊外に住む主婦にあげればいい。

国を動かす力さえノーベル賞は持っているのだから。

秋の夜長の夢物語なのかな・・・。

2014年10月7日火曜日

かくも「暴力的」なることども

自然災害に「暴力的」と言う言葉を用いるにはいかがかとも思うが。やはり台風は大きな爪痕(常套句)を残していった。
田んぼはまだ水に浸かったままだ。
御嶽山の捜索。泥の中での決死の作業と聞く。
“暴力的”な溶岩流が襲ってくるかもしれない・・・。

「従軍慰安婦問題」にかかわった、元朝日新聞記者が勤める大学二つが激しく「攻撃」に晒されているという。

学校を爆破するとか、学生を痛めつけるとか。脅迫めいたメールが殺到だとか。

経済産業大臣のところには「刃物」が送り付けられるとか。

いずれも「面白がっているのか」「本気なのか」。まことに嫌な気分だ。

これがこの国の有り方だとは思いたくない。

政治の雰囲気と絡み合わせたくはないが、「安倍政治」によって、言論の自由という言葉が大きく言われるようになった。
当たり前のことが当たり前で無くなったからか。

「言論テロ」とでも言った方がいいのか。

川俣町の自死した渡辺はま子さんのこと。裁判で「個体の脆弱性」という反論があった。どう考えても「暴力的」だ。
裁判を起こすと、遺族には「そんなに金が欲しいのか」と激しい中傷が浴びせ掛けられる。

いわゆる「ヘイトスピーチ」なるものも、この暴力的言辞の範疇に入るのかもしれないし。

暴力的言辞が、脅迫がはびこる気風。少なからずネットにその一因があるようにも思える。

いわゆる2チャンネル。そこに吐き出される言葉の数々は、おおむね暴力的だ。
ツィッターのやりとりでも、時折そんな傾向を見る。

ネットの匿名性を論じてはいない。しかし「匿名」という鎧をまとって、ひたすら攻撃を、口撃を仕掛ける。
その背景にある「心理」とはいかなるものだろうかと。

県外避難者にも、所によっては暴力的言辞が浴びせられるとも聞く。

攻撃された方が立ち向かうのか、委縮するのか。引くのか・・・。

暴力的では無いにしても、避難者に対して「賠償金を貰って・・・」と非難する人達だって後を絶たない。

いじめの問題も同じだ。言葉の暴力が子供の世界に侵入している。
セクハラ、パワハラといわれる現象だってそうだ。

そしてマスコミの報道姿勢も時として“暴力的”でさえあることがある。

いまさら始まったことではないということか。

3・11後の「空気」がそれを醸成しているのか。

言葉の暴力、暴力的表現の数々。

豊かな表現力を持ち、誇れる文化としての日本語を持っているはずの日本人。

短絡的な言語だけで意に沿わない人達を、その周辺を攻撃対象とする。それに何をもとめているのだろうか。

暴力的ではないが、いぎたない言葉、醜悪な言葉、人を傷つけかねない言葉。
「まともではない日本語」が巷に氾濫している。

止める手だては無い。

なんだかきょうは、心がすさんでいるようだ。

2014年10月6日月曜日

「台風」と「オオカミ少年」

台風18号、接近している模様だ。風雨激しくなっている。昼前の郡山。
なにせ“自由業”。外出はやめた。用事は電話で済ませ。
なにせ、雨の中で転倒して「おおごと」を経験した身、年寄は引っ込んでいろ!の見本と。

時折テレビを見る。次々と出される避難勧告。いわき市にも避難準備勧告だとか。32万人、どこに避難するのかと・・・。

上陸する台風が多くなったような気がする。

台風、暴風雨。気になるのはやはり1F,原発事故現場だ。汚染水は流れ出すのだろうか。カバーを外した号機は・・・。
林立しているクレーンは・・・。

対策だって立てているはずだが、限界ってあるのだろうとも。杞憂に終わることを願うのみ。

2011年、大震災の対応もままならないか中、台風が県内を襲った。阿武隈川の水位が急上昇した。
阿武隈川にそそぐ河川の排水ポンプを止める止めないで、国と市が激しくやり取りをしていた。

対応を巡って周辺住民と当局との間に険悪な状況さえ生まれていた。
そんなことも思い出す。

台風が通過した地域。避難勧告が相次いで出されている。暴風雨の中、どうやって避難所に行くのか。避難所は確保されているのか。

災害列島日本。

国も行政も、街づくりに当たって避難所の確保ということは、最大の国土強靭化だとも思うのだが。

雨が風が来る前に避難所に行くのが一番賢明だ。だから予報や警報は早い方がいい。

昔、気象情報の収集が進歩していなかった頃、台風は進路をそれると、「オオカミ少年」だと盛んに言われた時があった。

でも、天災に対しては「おおかみ少年」であっていいのだ。

それは、御嶽山の火山情報で経験したこと。レベルを2にしておけば、火口付近への入山禁止をしておけば、被害はいくらかは少なかったはず。

天災に対しては、批判を恐れず、警報、避難を早めに呼びかけるべきなのだ。
それが「空振り」に終わったとしても、それを責めてはならないとも。

多少の混乱を招こうとも。

「避難」。この二文字には敏感に反応する。原発事故、避難、過酷な避難状況。それが重なるからだ。

刈取りが終わっていない、隣の田んぼの稲は、もはやなぎ倒されている。収穫はどうなるのだろう。稲は暴れる風に耐えうるのか。

台風18号のスピードは速い。今夜には「台風一過」となるのだろう。

通過した各地。一過後に、その被害状況が判明してくるのだろう。

今、通過中の、これから来るところの消防や自治体職員、警察は大変だ。仕事とは言え。

おおかみ少年の逸話含め、避難の問題含め、考えなければならないことは多々ある。

台風一過で、青空が戻ってきても、“恐怖”の一夜“恐怖”の一日を過ごした人は、そのことを、そんなことがあったなと忘れてはならないということ。

喉元過ぎれば・・のことわざは無しだ。

凄いな。窓の外の風雨。

それでも出かけなければならない人も多々いる。社会の営みとはそういうことなのだ。

テレビを見ているしかないのだけど・・・。出かけなくて済むのは恵まれているということか。

多くの人の安全を願う。1Fに災いが来ないことを願う。

正午の時点で記したこと。停電だって起こりうること。

2014年10月5日日曜日

「県外処分」法案は出されたけれど

今日は早朝から町内会のクリーン作戦とやら。
もう寒い季節なんだな・・・。
ゴミ拾いからの連想で。

汚染土、30年以内に最終処分場は福島県外にするー法律は閣議決定され、国会に提出された。

特殊会社「日本環境安全事業」設置法の改正案。
「中間貯蔵開始後30年以内に福島県外で最終処分を完了するための必要な措置を講ずる」とされている。会社名も「中間貯蔵・環境安全事業」に改めた。
法制化するまで汚染土は施設に搬入しないという。

これで最終処分は県外でということが、しっかり「担保」されたと言えるのか。
まだまだ疑問は尽きない。

法律は時に応じていくらでも変えられる。お手の物だ。

現状に即したものに変えられる。役人たちの都合のいいように。
都合のいいものは、明治時代の法律だって、そのまま、現状にそぐわないのに放置され、適応されているのにだ。

野積のフレコンバッグ。仮置き場に置かれた。その量は増えている。山はより高くなっている。除染が進めば尚更。
それがある場所の県民は、大方が中間貯蔵施設の早期完成を了とする。

その施設建設の候補地の地権者はすなおに了とは出来ない。
土地の買い取り、借り上げ。一坪いくらの条件闘争のような側面も見える。
価格の基準をどこに置くかということでの。それに加えての賠償、補償も加味して。

住民説明会も遅々として進まない。

そんな中で「30年以内県外処分」だけが法律化される。スタートが無いのにゴールが決められるといった具合だ。
しかしだ。いったいどこが永久施設、処分場を受け入れるのだろうか。
どこも受け入れないと言ったら、国はどうするのだろうか。
たぶん、受け入れ先は見つからないと思うのだけど。
法律は出来たけど、実際は・・・ということになるはずだ。

パブリックとコミュニティー、そして個。そんな“視点”を考える。

県内にはさまざまな意見がある。多様な意見がある。

迷惑なものは嫌だ。嫌だけど致し方ない。だったら甘んじて受け入れよう。それが永久貯蔵になろうとも。だから、堅牢な、“迷惑にならない”ものにすべきだという意見もある。

原発事故被災県としての“犠牲を伴った覚悟”と言えるかもしれない。

昔からあった一つの考え。

パブリックを公共という言葉に置き換えよう。

「公の為には私を滅することが問題解決策だ。自己犠牲を伴った」。

そして民主主義という考えに立てば、「公」の意思決定は多数決ということになる。

コミュニティーではどうなるか。そこでの意思決定は全員一致だ。そこには建前と本心の葛藤がある。

個となればどうだ。

自分の家の近くに迷惑な“ごみ”がおかれるのは嫌だ。早くどこかに持って行ってくれということになる。

そもそも、その「ゴミ」をある日突然ばらまいたのは誰か、なぜゴミが生まれたのか。その「ゴミ」による迷惑を、どこまで共有できるのか。そんな問いかけは現実の前では無意味になってさえ来ている。

「迷惑なゴミをどうするか」。それを巡って、福島県は、ある意味“分断”に晒され、それぞれの“価値観”が錯綜するなかで、模索に疲れ切っているような空気。

一つの県に「異土」が出来ることをやむをえないとする空気。

まして「県外」となった時に、その当該地域が明示されたときに、その地の人たちは、自己犠牲を、価値観として受け入れることが出来るのだろうか。


法律化されることで、あらたな“苦悩”が生まれるかもしれないと言った皮相的考えだって成り立ちうるし。

なんにしろ、横たわる「30年」という数字・・・。

2014年10月4日土曜日

♪若者たち♪・・・

あれはいつ頃だったのだろうか。
フォークソングの全盛期だったのか。巷にあふれていた歌声。
「若者たち」という曲。

君の行く道は 果てしなく遠い
だのになぜ 歯をくいしばり
君は行くのか そんなにしてまで

君のあの人は 今はもういない
だのになぜ 何をさがして
君は行くのか あてもないのに

君の行く道は 希望へと続く
空にまた 日が昇るとき
若者はまた 歩き始める


この曲のメッセージは何だったのか。何の意味が込められているのか。

でも、まだ、この頃の若者たちはこの歌をひっさげ、歯を食いしばり、何かを探して歩き始めようとしていたように思える。

今、若者たちはどうしているのか。

「沈黙の砦」の中にこもってしまっているような気がしてならない。
就職難、非正規雇用。そんな話題の時だけ若者はメディアに取り上げられる。

彼らにこの国を変えようとする気概はあるのか。無いのだろうか。

選挙という簡単な、足を運びさえすればいい意思表示の場からも逃避している。

「どうせ、何を言っても、何をしても、何にも変わらないさ」。と。

明治維新、この国の姿を一変させたのは薩長の若者たちだった。
次元は違うかもしれないが、2・26事件で決起したのも若手の将校、兵士だった。

安保闘争、国会を包囲し、それを阻止しようとジグザグデモを繰り返していたのも若者だった。自分たちの動きで、国を変えられると思ってもいた。

全共闘世代の終焉。それは若者の時代の終焉だったのかもしれない。沈黙へと向かう道筋・・・。

スコットランドの独立をめぐる住民投票。街中で若者が議論を交わしていた。
投票率80%。

かつてあった天安門事件。学生が中心だった。

ウクライナ。若い民兵が戦っている。

香港、傘の革命。中国の押し付け選挙制度に、行政府の長官を選ぶ選挙制度。
若者が決起している。反対だとして。

目抜き通りを若者が埋め尽くしている。その動きは世界をも動かす勢いだ。
中国は神経をとがらせ、アメリカは若者を支持する・・・。

香港政府はデモの指導者と話し合いをする用意があるとした。頓挫している。
どう展開していくのか。

日本・・・。

毎週のように再稼働反対集会、デモがある。ドラム隊という中には若者の姿も見える。
しかし、集会の演壇に立つのは高齢者。
デモの先頭にいるのも高齢者。そう見えてしまう光景。


国の有り様をめぐる動きの中に、若者が、まるで神隠しにあったように姿がみえないということ。

若者が目を向ける、関心を寄せる問題が、あまりにも多様化しているからなのか。

いや、すべての若者がそうではない。それぞれが与えられた「使命」の中で、それぞれが自発的に探し出した「課題」の取り組んでいる人達もいる。

東北3県、被災地。その再生を目指して目を輝かせながら働いている人達もいる。

しかし、東京の街中を捉えた、さまざまな映像から見えてくる若者は、みな「疲れている」ように見える。

多様化する価値観。その中で「明日の自分」を見いだせないかのような若者。

でも、彼らにこの国の将来を託していかなければならない。

どうしたら「戦う若者」を取り戻せるのか・・・。若者だけが持つ「エネルギー」を発散させられるのか。

「若さとは若者だけが持っているには、あまりにももったいないものだ」。そんな古言があったけど。

学生運動が挫折してからか。サブカルチャーという言葉が出現した。その語意や、成り立ちは熟知していないが。

反意語はメインカルチャーか。ハイカルチャーか。呼び名や位置づけはともかく、サブカルには最初、既成の文化への「抵抗」があった。「反発」があった。

サブカルの中に、どんなジャンルの文化が包含されているのか。漫画、アニメ、音楽・・・。

アキバ系、オタク。それはサブカルとは一線を画した文化なのか。
今、若者文化の主流派「オタク」なのかもしれない。「OTAKU」と英字表記されるまでになった。

オタクの語源もよくわからない。誰ともなく言い出した表現。家に籠るという意味もあるのだろう。

だからか。若者は籠ってしまっているのかもしれない。自分たちの“文化”に耽溺することに意味を見出しているのかもしれない。

なんとなく思ったそんなこと。若者と話し合いがしてみたくなっている。

2014年10月3日金曜日

「噴火予知はギャンブルのようなもの」

午前中、アジア大会のマラソン中継を観ていた。突然、携帯電話が「異音」を。
緊急地震速報。三陸沖震度4と。

鳴ったり鳴らなかったり、“気まぐれ”な地震速報なんだけど。

東日本大震災は、大きな地殻変動をもたらした。地震列島、火山列島としての日本。あの大震災はマグマの変動に大きな影響をもたらしていると思う。
余震なのか、他の地震なのか。

長野県の栄村の直下型も、その余波ではなかったのかと思っている。

地震予知連絡会は相模湾、東京湾、南海トラフの異常による地震を言う。

火山だって、地震の影響で動きを見せる。富士山の爆発だって最近しきりに言われていた。

地震も爆発も、いつ、どこで起きてもおかしくないという今の列島なのじゃないかと。距離的に近い、遠いの問題ではない。

いまだ御嶽山の惨事は収束に向かっていない。あらたに16名の不明者がいることが判明した。

救出にあたる自衛隊、警察、消防の疲労も、労苦も大変なものだ。きょうの御嶽山は雨。捜索活動は中止だと言う。

自然災害から逃れる方途はない。突然の無念の死。水中に呑み込まれての死。火山灰や噴石にとっての死。
その状況だって酷似しているような。
逃げるに逃げられなかったということ。

「3・11」はこの国の姿、有り様を大きく変えた。当時はみなそう思った。
その中に火山の爆発だって想像の範囲に入れるべきだったのだ。
でも、それには目がいかなかった。
なぜか。研究体制の問題もある。時流に乗った原子力学者は大勢いたが、地味な火山、地質学の研究者はあまりいない。

気象庁を“悪者”にしたくは無いが、きっと予算だってろくに付けられていないのだろうし。でも、その予知予告には問題が残る。

火山予知連絡会。報酬は驚くほど少ないという。会議に行って日当1万円程度と交通費。研究費用だって潤沢では無い。

原発開発に比べて月とすっぽんの差だ。

御嶽山の場合、20日ほど前から火山性地震が増え始めていた。気象庁も驚いていたはず。しかし、その勢いがいくらかおさまったことから気を抜いていたのか。突然の爆発・・・。

予知連の会長も「お手上げ状態」だったと言い、他の火山地震学者も、「今の技術レベルでは、予知はギャンブルみたいなもの」と嘆く。

折しも、山は紅葉シーズン。観光登山客は後を絶たない時期。気象庁は警戒レベルを上げなかった。どこか「安逸」に流れていた空気が無かったのか。

14年前の北海道有珠山噴火では「予知」がある程度功を奏した事例もあったのに。

事故の後だから何でも言えるのかもしれないが、9月11日に85回も火山性地震が観測されていたなら、入山の警戒レベルを、通常の1から2に引き上げるべきだったのではないかとも。

レベル2、火口周辺への立ち入り規制。

犠牲者は火口付近が多かったと言う。山を“管理”する県や地元の町はどう受け止めていたのか。毎日、“山の顔”を見ている現地の人もいただろうに。

入山した人の中には、ネットで調べて“地震の多発”を知っていた人もいる。しかし、現地では規制は無かった・・・。

せめて登山道の入り口に「地震が続いています。十分警戒してください」ぐらいの掲示でもあれば、入山を逡巡した人もいたかもしれないし。まして子供連れでは。

やはり、現代人は、「科学の力」を信じているようだ。予知が出されなければ“安心”だというような。

だから何度でも言う。「自然に意志は無い」と。いつどうなるかわからないものだと。

御嶽山の惨事。ギャンブルと比較することではない。火山予知連絡会、火山噴火学者。地震予知連絡会、地震学者。衝撃が走っているのではないか。

東日本大震災が残した多くの教訓。それが生かされないという現実。
まして川内原発おや。だ。
再稼働を認可して規制委の科学的レベル。より疑念が湧く。

2014年10月2日木曜日

昔あった「1億円のばら撒き」

竹下内閣時、地方の時代と言われていた頃か。「ふるさと創生事業」というのが目玉政策になり、全国各市町村に1億円ずつが配られた。

地方に活気を取り戻そうということか。地方の振興を図ろうということか。

結局、その1億円はなんの功も奏しなかったように記憶している。
使い道は笑うしかなかった。降ってわいたようにもらえた1億円。

山形県の何処かは「風力発電」に使った。これは立派だった。笑えるのは“金塊を買った”。“村営キャバレレーを作った”。“町の特産品のモニュメントを作った”。
“自治体が貯金した・・・”。

受け皿となった自治体の方が、使い道を知らなかった。わからなかったということか。

ふるさと創生、カネはばら撒かない方がいいという過去の経験。

竹下が田中派を割って作った派閥の名称は創政会。

「そうせい」という啓示があったのか(笑)。

日本創成会議というのが「3・11」後に出来た。
学識経験者、産業界、労働界の有識者を集めた会議。
そこの人口問題分科会の増田座長が出した「消滅都市」という“レポート”が物議を醸している。

今にして思えば、安倍内閣が打ち出した地方創生。石破を担当大臣に据えた。
その地方創生政策の地ならしとしてのレポートとも受け取れる。

安倍は、所信表明演説で、今度の国会を「地方創生国会」と名付けた。そして言う。

「人口減少や超高齢化など、地方が直面する構造的な課題は深刻だ。しかし、若者が将来に夢や希望を抱き、その場所でチャレンジしたいと願う。そうした若者こそが危機に歯止めをかける鍵だと確信している。
若者にとって魅力ある町づくり、人づくり、仕事づくりを進めるために“まち・ひと・しごと創生本部”を創設し、これまでとは次元の異なる大胆な政策をとりまとめ、実行する」と。
「この国会に求められているのは若者が将来に夢や希望を持てる地方の創生に向けてスタートを切ることだ」とも。

その言や善しだ。しからば何を為すのか。それはまだ見えない。

使い道を地方自治体に任せるといったばらまき型の補助金や交付金はごめんだ。
かつてのようなバカな使い方はしないだろうが、補助金や交付金は使ってしまえば終わりとなる。ゼロに1を足して、1がなくなれば、またゼロ・・・。

具体策が出るのはまだ先のこと。来年だ。

他の「懸案」を置いておいて、地方に言及する。それは地方統一選に向けての票集めだと政治評論家は言う。

しかし、国が「地方創生」と言い出したことは間違いない。「創生」の意味はともかく。

極論言えば、地方の「ボスたち」、いわば中年以上。やはり、カネを欲しがるだろう。
若者は違うようだ。補助金を貰わないで、自分たちの力とアイディアで町を村を立ち上げようとしている。

地方創生という「ムード」が高まった中で、受け皿である地方が、何を考え、どう出るかも焦点だ。国頼みの地方創生は無いはずと。

実際に、岩手や宮城ではそういう機運が生まれていると聞く。

福島・・・。きのう、川内村の大方が避難指示が解除された。
喜ぶ人もいれば、帰還を受け入れない人もいる。
帰村率は2~3割だという。それも高齢者が主。
すでに再開されている学校もあるが、村から子供のはしゃぐ声は聞こえないと言う。

子供やその親は、他地区に住む。県外避難者もまださほど減らない。

ひとくくりに言われる「地方創生」。その中からは「福島」は除外視されているようにも思えて・・・。

きょうの感想かな。

それにしても御嶽山の爆発。まだ結末は無い。不明者だっているという。無情の雨が降るともいう。

これが、あちこちの火山に連鎖反応をおこしていかなければいいなと。火山列島であることの再確認・・・。

2014年10月1日水曜日

50年前、“新幹線”が生まれた・・・

そう、もうあれから半世紀になるのだ。東京オリンピックの時、1964年。夢の超特急、東海道新幹線が生まれた。
たしか、当時は東京・新大阪間が、新大阪まで開通していたか・・・3時間10分が「売り」だった。

新幹線。それは戦後からの急速な復興の象徴でもあり、早い事、スピードを是とする“価値観”に支配される始まりだったのかもしれない。
同じころ、今は老朽化が懸念される首都高も完成した。羽田から都心を結ぶ。

つまらない私事を書く。

開業運転に先立ち、報道関係者の試乗会があった。なぜかそれに“参加”した。
まさに驚きの乗り物だった。早い。
つい5~6年前まで、学生時代、全国をまわっていた頃、まだ蒸気機関車が走っていた。夏でも冷房なんて無い。窓は開けたまま。トンネルに入る。窓を閉め忘れると黒煙が、ススが社内に充満してきた。

トンネルのたびに窓の開閉。窓際に座ったものの役目(笑)。

新幹線が、浜松か静岡だったか。停車した。原稿を送りに駅の公衆電話に行った。
気がついたら、発車のベルが鳴っている。原稿の吹き込みもそこそこに列車に。
寸前でドアが閉まった。開けてくれと手を振った。開いた。飛び乗った。
おかげで新幹線は何十秒か1分か。発車が遅れた。

その模様は、テレビで中継されていた。

会社に戻ったら「新幹線を遅らせたバカ」という異名を頂戴した(笑)。


閑話休題。

先ごろ亡くなった理論経済学者の宇沢弘文さんはこんなことを言っていた。
「効率化」を求める風潮に絡めて。

「日本の狭い国土を広く使うのには、電車の速度を半分に落とせばいい。二つの地域を高速で結べば、途中の地域は捨てられてしまう。遅くすれば途中駅にも人が降りて栄える。つまりは広く使えるということだ」。

東海道新幹線から50年、今、話題になっているのが、東京と大阪を1時間で結ぶ「リニア中央新幹線」だ。

山梨、長野、岐阜。多くがトンネルだ。巨大なコンクリートが山を穿つ。穴をあける。
自然体系は見事に崩壊される。

完成はこれも東京オリンピック。2020年。

それほどスピードは求められるのか。欲しているのか。料金はともかく、膨大な建設費用。

時間をカネで買うということか。

人はすべからく速さを求めているのか。

片や、のんびり、ゆったりを謳った在来線の旅が推奨されている。鉄道会社の自己矛盾ではないのかなとも。

50年前の東海道新幹線開通と期を同じくするように、原発政策が躍起になって進められた。

経済成長とはこういうことなのか。

なんでも「速いことはいいことだ」ということなのだろう。

パソコンだってそうだ。サクサク動かないとフラストレーションがたまる。ストレスを感じる。パソコンは起動も含めて、ネットとのアクセスも速いほうがいいと。

速いことを良しとしているのに、なぜか、原発事故の時の情報の伝達、放射能の汚染情報。それが伝えられるのは余りにも遅かった。

なんだかな~~と。

年齢のせいか、時の立つのがあまりにも早く感じられる。だから「速さ」に関しての脅威があるのかもしれない。

今なお捜索、救助活動が続く御嶽山。噴火で落下し、襲いかかってくる岩石の速さは時速200キロ以上だったとも言われる。

「速さの違う時計」。そんな発想があってもいいのじゃないかととも。

アジア大会。水泳でも陸上でも、「最速」「最速」というアナウンサーの声が聞こえる。中継を見ている人は、自分も含めてそれを求めている・・・。

やんぬるかな・・・。