福島の海を見た。この日の海は鉛色だった。
波打ち際には行けず、遠くから海を眺めた。
気のせいだろうか。潮騒の音だけが聞こえる。
遠くに林立するクレーンがかすかに望める。
街には人影が無い。そりゃそうだ。“神隠し”にあってしまったのだから。
遠くに車の音が聞こえるが、街は沈黙したままだ。
音と沈黙。サウンド オブ サイレンス。
おかしな表現だ。沈黙の音。沈黙には音がないはずなにの。
でも、沈黙だからこそこころに聞こえる音があるのだと。
沈黙と音。静寂と音。全く相反するものだ。
音と沈黙の間にはコミュニケーシンが無い。
コミュニケーションという言葉をはさんで、沈黙と音が交差する。
それが今の福島なのかもしれない。
Sound Of Silence そんなレコードをもっていた。それはどこかに消えてしまった。大事な過去を亡くしたような思い。
沈黙は何を意味するか、音は何をもたらすのか。海が問いかけているような気がして。
遠藤周作は書いた。「沈黙」という文学を。いかなる不条理の中でも沈黙を続ける神へのさまざまな“疑問”を。それは神にたいする問い掛けであり、人間に対する問い掛けでもあったような。
福島を取り巻く数々の不条理。福島にある多くの沈黙。声なき声と言えばいいのか。
サイモンとガーファンクルが歌ったこの曲。映画「卒業」の中でも使われていた。
何かから卒業しろということか。沈黙の海の答えは。
このある種難解な歌をこう捉えた人もいた。
「何も見ようとせず、知ろうとせず生きていく人々」と。
福島の何を見たか、福島の何を知ったか・・・。
饒舌な人達は、福島の何も見ないで、知らないで、「福島」を語る。
「饒舌な情報に沈黙を与えなさい」。
海が呼びかけているような。
サイモンとガーファンクルには「明日に架ける橋」という歌もある。
Bridge Over Troubled Water
激流に架かる橋のように 君の心の支えになってあげる。
そう、福島も三陸も、その地の人達は、お互いが心に支えになろうとしていた。3年半以上も。
そして、に未だ、Troubled Waterに見舞われたままだ。
今を生きる我々は、未来に向けて、明日に向けて、どんな橋を架ければいいのだろう。
海は教えてくれなかった。当然だ。どんな橋かは教えてもらうものではない。
それぞれが、それぞれで見つけるものだということなのだろう。
時々、この頃、古い歌に惹かれる。そして古い時代の歌だからこそ、今に通じるものがあるのだと言うことを知る。古いものほど新しいのかもしれない。
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