2014年11月20日木曜日

「安倍の土俵で相撲をとる」ということ

昨日、菅官房長官は選挙のテーマについてこう言ってのけたという。
「何を問うか問わないかは政権が決めることだ」と。

争点の無い解散、総選挙だと言われている。たしかに何を問うかは政権が言うことではある。
で、「消費税問題」を、争点にということなのだろう。

いささか唖然、そしてそこに見えた傲慢さ。

3年半先の消費税引き上げ。3年半先のことをなぜ今問うのか。
今、問わねばならないことは山積しているはずなのに。

経済成長、アベノミクス。それをもってして、豊かな国にするということ。
この話し、すでにして矛盾がある。

「経済は生き物」と言いながら、つまりどう転ぶかはわからないと言いながら、3年半後には景気回復を前提にした消費税引き上げをおこなう。それも断固。

わけのわからぬエコノミストなる人たちの言や分析に惑わされてきた。
その人たちの判断はおおむね間違っていた。つまり好意的に見ても、生き物はどうなるかは誰もわからないということ。

3年半後の経済情勢、景気。いまからわかるなら苦労は無い。

いまさらながらのそもそも論。

消費税引き上げ。いや、その税そのもの。それは社会福祉に全額当てると言ってきた。
それが2割しか行っていない。その“事実”は安倍ですら国会論議の中で認めている。8割が他に行っているということ。

なぜ福祉に向けなくてはならないか。財政赤字で予算が無い。だから消費税でということだったはず。
財政再建を図ると公言していたはず。
直近で言えば、税を取る側も身を切る痛みを共有すると言っていたはず。

消費税引き上げと裏腹にある国家としても問題はなぜ争点とならないのか。しないのか。これって屁理屈だろうか。

赤字国債の増発。国家の年間予算の10倍にもなる国としての赤字。入るをはかることではなく出ずるを制す。それが常道だと思うのだが。

この話は国会議員すべてに対しても言える。選挙制度から始まって、政党助成金、歳費以外の支給金、そもそもの議員数。
政策経費以外にも、大いなる無駄があるということ。

さらに一部の国民に対しても言おう。予算の分捕り合戦に血道を上げている人達がいるということも。

昭和40年代、最初に国債を発行する時の論議はすざまじかった。赤字公債とは言えずに建設国債と称した。議論は割れていた。

赤字国債。麻薬と同じ原理だ。一度味わってしまえば、もう密の味。後は野と成れ山となれ。麻痺してしまった累積赤字。

マスコミは財務省の言われるままに書く。国民一人当たり何百万円の借金だと。
借金してしまったように思わせるマインドコントロールか。

赤字を作ったのはどなたか。悪知恵を出した政治家や官僚ではないのか。
その人たちは、返す努力もなのその、税金で穴埋めに走ると言う構図。

「消費税問題」を唯一の争点にするというなら、このこともその中に入れたらいかがと。
10%に引き上げたら、抱えている問題、例えば貧困、少子高齢化。行き場の無い老人、子供支援・・・。解決できるのか。
有り得ない。

今、問うべきこと。些末なことでしかなくなったのだろうが、福島の問題、原発の問題。未だに苦悩する東北の被災者。

何よりも問題なのは改憲と絡んでの集団的自衛権の解釈改憲。国家の基本でもあることをたかが閣議で決めてしまって国民の信を問うことすらしなかった。

それに対しては開きなおる。「前回選挙の公約の中に入っていた」と。なにおかいわんやだ。

だから、どこかの新聞が社説で書いていた。「安倍政治を問う選挙」。そういうことじゃないかなと。政権の側でもそういうべきだ。実績も含めて。
「安倍政治」を列挙して争点に上げろと。

政権が思うがままの土俵で相撲を取ることを野党はいかに考えているのだろうかと。

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