2014年11月8日土曜日

そこに「福島」は存在していなかった

鹿児島川内原発が再稼働されることになった。多少の手続きはあっても来年早々には。

県議会が同意し、県知事も薩摩川内市長も同意した。「地元」としてOKを出した。

鹿児島だって福島のことを知らないわけではない。鹿児島には福島からの避難者もいる。

避難計画は策定されていない。繰り返す。
「起こりえないことも起こる」と。

何で急いだのか。裏事情だってあるのだろう。とりあえずは表面的な起きた事象でしか語り得ないが。

再稼働によって「地元」が潤うというのが、税収、地域経済含め、その大きな理由だという。

たしかに衰退していく街を見るのも、そこに暮らすのもしのびない。

過疎、高齢化をあげる向きもある。それは全国的な問題なんだけど。
いわゆる「増田レポート」、地方消滅。それは全国的なことだ。人口を基軸にした、この国の姿。それが与えた心理的影響も大きいかもしれない。

「地元」とはどこを指すのか。

“30キロ圏内”めぐるやり取りがある。30キロ。それは福島に引かれた線だった。同心円としての区域分け。

事故による放射能の飛散は30キロを超えていた。

わけのわからな福島県議会ですら全機廃炉を決議した。一時は「潤って」いたはずの立地地域だって、徐々に財政はひっ迫していた。

事故があったら・・・。第二の「福島」が生まれるのだ。うたかたの豊かさを求めていたことの対価の大きさを知った。

事故から3年八か月になる。福島では依然「悲劇」が繰り返されているのだ。

再稼働が決まった昨日、金曜日。官邸前の抗議活動に参加した人は少なかったという。

それは「諦め」が支配していた結果なのか。そうは思いたくないが・・・。

全国の市町村に「同意」の範囲を聞くと、50%近い自治体が「30%」を支持している。「地元」とは決して立地地域だけではないということ。それを福島では立証されているのに。

それなりに「豊かな生活風景」がテレビを通して毎日流されている。それが「当たり前のこと」と錯覚するのは当然かもしれない。
過疎なら過疎での暮らし方を模索すべきではないか。原発マネーに頼らずに。

事故が起きた。避難。避難先とはまずは避難所。その「悲惨さ」をあなた方は見たか。やがて急ごしらえの仮設。
そんな暮らしに何年も耐えうるのか。耐えている福島県民はいるのだけど。

昨夜、ある会合にいた。そこでの話題は消費税だった。再稼働のことは福島でも話題にされていなかった。

福島県内で避難生活をしている人ですら言っているという。
「再稼働は地元が判断すること。こっちが口を挟めるものではない。事故がおきる可能性はある。それをわかって引き受けるなら」と。

原発事故は地元で完結できることでは無いはずだ。

体験してみないとわからない避難生活と言う「くらし」。

それを見て来た者にとっては再稼働への怒りよりも「悲しみ」に包まれてくる。

電力会社の利益が優先される社会。電気がなくては暮らせない社会。原発が無くてもしのげた猛暑や極寒・・・。
再稼働に頼らなくても生活できる地域社会の構築。その道を模索すべきだと思うのだが。

川内原発再稼働方式。それは一つのモデルケースともなり、他の地域にも応用されるのだろう。

再稼働の容認、それは福島が「忘れられた地」となっていることに等しいとも思えてくる。

2011年の3月から5月、6月。この「国」を覆っていたあの風向きはどこに行ったのだろうかとも。

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