2013年6月1日土曜日

「お祭り」と「祭り」、そして「祀り」。

今日と明日、福島市では「東北六魂祭」というイベントが行われる。行われている。

この名のお祭りごと、一昨年の東日本大震災を機に、犠牲者の冥福と被災地の復興を願ってということで、一昨年は宮城県仙台、去年は岩手の盛岡。今年は福島市。各県の県庁所在地で行う物とか。

東北の夏祭りめいたものを勢ぞろいさせ、歌い踊り、練り歩きの二日間。
6市と6市の商工会議所が音頭をとって、なんだかんだありながら始められて物。

開催地の福島市の住民からはすこぶる評判が悪い。
「市内の線量が高いところをもっと除染すべきなのに、あちょこちから人が来る、パレードがあるということで、人が住まない道路の除染が優先されるのか。外からやってくる人達にための除染なのか」と。

市内の中心部にある広場では、さほど線量が高くないということで、これまでも何回かイベントが行われてきた。除染されないまま。今回六魂祭だということで土の入れ替えがあったとも言う。

福島市の国道4号沿いは通行止めになる。もともとそんなに広く無い市内。
市民生活も制約される。

競馬場も大変だ。あすはG1、安田記念。せっかく改修したとこなのに。
急病人出ても救急車は動くのか。

「市民を愚弄している」と怒る人もいる。
いったい「除染」とは誰のためのものだ・・・。

経済効果なるものは30億円だと言う。束の間、宿泊施設は潤い、飲食店も輸送機関も潤う。終わってみれば一炊の夢。

祭りの経緯はさほど詳らかにしないが、仕掛け人はどうやら電通。運営も電通。
少なくとも電通は確実に儲かる。

県内のテレビは連日、その告知宣伝に躍起。かなりの投下量。
民放局も番組作らされるとか。

名の通ったミューッジシャンンでも来るのか。ツイッターでも話題にされている。

お祭り騒ぎだ。

屁理屈のようだけど「祭り」の意味を考えてしまう。

「祭りとは単に広場に人が集まれば、集めればいいと言う物では無い。「お祭り」となれば、無責任にわいわいと遊ぶという気分だ。“祭”となれば、そこに信仰的、宗教的“核”,祭神がなければならない」。大阪万博のお祭り広場に太陽の塔を作った岡本太郎の“哲学”。

だから祭りは祀りに通じるものと、少なくとも農耕民族は考えて来た。

16万人ともいわれる「避難者」の魂はどういかされるのかとも。電通がその大半を取り仕切るテレビのCM。もうそこには「福島」はほとんどない。

3・11以前に戻ったような瀟洒なCMが次々と。化粧品、車、スマフォ・・・。家・・・。

何度でも言う。キミらは変わることを誓ったのではなかったか。あれはあの時意の“方便”だったのか。

祭りの後の寂しさが、今から伺えるような気がする。

会場周辺や道路を除染しなくても、誰も年間預託線量1ミルシーベルトの被曝なんてするわけが無い。
地元でも「無駄金使い」が横行しているとしか見えないのだが。

そして郡山。この六魂祭に対抗したわけではないが、きょう、「ふくしまフェスティバルin郡山」というイベントが。全国からそこそこ「踊り」も集まるらしい。お目当ては東京デズニーランドからくるキャラクターのパレードとか。
聞くところによると、この日にちはTDLの予定に合わせたらしい。六魂祭に郡山のお祭りを合わせた。卑怯だ。そんな非難が主催者側に殺到しているとも聞く。

嗚呼、已んぬる哉、福島って感じかな。今日は“洞窟”の主の講演を聞きにいく予定。

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