2013年7月13日土曜日

「原発」は語られなくなった・・・

明らかに、メディアの中から「原発」に関する、「福島」に関する報道の“露出度”は減っていると思う。
電力会社が再稼働を申請した。そのことは事実としてのニュースとした登場する。国策に関することだから。

地下水の汚染濃度が急上昇。それも事実としては報道されている。しかし、扱いは小さい。
そして、それらのニュースに積極的に接触しようとする人は激減している。

福島県内にある、「原発事故のあった光景」。日々の光景。無関係になったのかもしれない。自分たちの日常に危険が迫らず、被害も及ばないという中では、やはり“他人事”になっているのだろう。

それは責めても仕方のないこと。当然のことなのだ。その空気はたまに行く東京で実感してくる。

だから、おおよそ日々、その実相を書くということではないが、「原発」について書いている。クソの役にも立たないが、老いの一徹と言われようが、それを書くことが、福島に住んでいるものの「責任」だと思っているから。
それは津波で多くの命が亡くなった被災地に関することでも同様だ。

参院選。原発が争点になっていないという。そうメディアは書く。争点にすべきだという社説もある。原発を争点にしている政党もある。被災地双葉町の元町長も立候補している。原発問題だけを訴えている。体験に基づいて。

しかし、争点にならないという。
それは政権党が、政権与党が争点にしないから。

安部は選挙遊説の第一声を福島市内であげた。原発に触れたが、スカシッペ。

報道を見る限り、他の遊説先では原発には触れていないようだ。
安部が触れなくても「再稼働」へ向けての動きは始まっている。すでに9基か。

象徴的な出来事が福島市内であった。第一声時。
「原発にかんする総理の意見を聞かせてください」。そんな紙を掲げて一人の主婦がその会場に立っていた。二本松の人。その人を取り囲んだのが自民党の県連職員か、地元の議員の秘書か、そして制服の警察官。SPも、それも女性、遠巻きに注視している。

掲げていた紙は“没収”された。

安部がそれを指示したわけではない。周りの者が“忖度”したのだろう。支持者だけが拍手を送る“会場”にしたかったのだろう。

渋谷ではドラム隊なるものへ安部は牙をむいていた。大音上で演説を阻害しようとする行為は許せない。しかし、安部はそれでも対峙した。

もし、安部が福島の女性の掲げた紙を見たら、それに答えるべきなのではないかとも。

答えるすべを持ち合わせていないのかもと。

「安部さん、この国をよろしくお願いします」「頑張ってください」。そんな紙が掲げられていたら、阻止する人はいただろうか。いない。
「こうやって声援を送ってもらっています。勇気が出ます」とでも紙を見たら街宣車の上から答えていただろうに。

選挙の総裁遊説。過去、数えきれないくらい同行してきた。会場の雰囲気は手に取るようにわかる。党本部からも遊説局の職員が先乗り含め多数いる。

とにかく「警戒厳重区域」とその場は化すのだ。そこでは“国民”との対話はあり得ない。支援者に囲まれた中での演説・・・。

没収された紙は郵送で彼女のもとにかえされてきたという。そこに添えられていた“手紙”。
「過日の演説会場にて、貴殿からお預かりしましたプラカードをお約束通り、貴殿から教えていただいた住所にお返し致します。街頭演説の会場整理についてご理解とご協力ありがとうございました。自由民主党福島県支部連合会」。

余談のようだが・・・。今朝の朝日新聞の選挙に関する話題。党首や候補者、聴衆の熱中症対策の話し。それは、それでもいいけれど、暑い中、「フクイチ」の現場で防護服で完全武装した、多くの作業員がいる。彼らが働かなければ“収束”には決して向かわない。熱中症を訴える作業員だっているはずだ。

そんな福島の光景はどこも書かない。


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