2013年7月17日水曜日

原発の“虚構”が暴かれていく・・・

参院選の争点にならない「原発問題」。たしかに、反原発を訴える候補はいるけれど、それを応援する人たちはいるけれど。
相手の自民や公明が取り上げないんだから話にならない。争点化しない。

経済成長なるものが喫緊の課題ということなのだろうか。カネ、カネ、カネか。

新聞は連日、選挙の課題や政策について書いている。それらをどれだけの人が目を通しているのだろうか。

ネット選挙運動解禁。それの是非、功罪。後の“検証”に待つしかない。でも、メディアの人たちの多くも“ネット族”だ。

そんな「空気」の中、原発をめぐる“虚構”が見えてくる。

「福島では、頭が二つある子供が生まれている」。反原発を掲げる党の立候補者が、「聞いた話」として、そんな「デマ」を流している。
デマを吹聴してはならない。そんな信条が反原発を言う政党にあって然るべきだが。証拠のカケラも無いデマ。

その政党に対して、福島県民の票はきっと減るだろう。と思う。

原発事故直後の「海水注入」のいきさつを巡って菅が安倍を告訴した。もちろん安倍はコメントしない。

なんか“どっちもどっち”だと思う。「今のところ」「念のため」「直ちに」。無意味な、いや、それによって被害を拡大させていたあの時の菅政権。

テレビに映る菅や枝野、海江田。これらを見るたびに「この国は終わった」と思った。そして書きまくった。県知事の顔を見るたびに、言葉を聞くたびに「この県は終わった」と思い、これまた書いた。

動あれば反動あり。

中学生の時に習った“定理”だ。
民主党政権への“反動”が、安倍自民党へと“動く”。

「皆さんは知っていますか?ベトナムへの原発輸出にあたっての“秘密協定”を。核廃棄物、使用済み核燃料は日本が引き取ることになっているんですよ」。

暴露される“秘密協定”。聴衆は皆「知らなかった」と言う。

この話、今に始まったことじゃない。原発事故の前、2010年に書かれた論文。ルポライターの明石昇二郎が雑誌に寄稿していた。

菅がベトナムの首相と2010年10月にハノイで会談した際の合意文書。
そこにははっきり書かれている。
「ベトナム側は使用済み核燃料を含む、放射性廃棄物の処置を日本に求めた」と。

青森県、むつ市に予定されている使用済み核燃料の貯蔵施設建設を巡って、東電の用地買収に「裏金疑惑」が報じられている。東電、西松建設、そして、当時のむつ市長・・・。

“叩けばホコリが出てくる”っていう喩を持ってくるのもはばかられるくらいに。

一昨年の今頃、大都会を覆っていた、節電統制。計画停電に始まって。明日にも電気が無くなるようなマスコミ大合唱。

最早、計画停電どころか、節電目標の数値さえ言われなくなった。
とりあえずは「火力」のフル稼働。老朽化した火力発電所もあり。そこでいつ事故が起きるとも限らない。

だからやはり原発とおう帰結になるのか。電気を使わない工夫、電気に頼らない生活。社会システム・・・。そんな議論は選挙戦からは聞こえてこない。

福島市に住む人が詠んだ歌。
「四十年、家族と共に生きた庭木伐る原発憎しチェンソー哭く」

普通の人が、普通な言葉で詠んだ句が、どの政治家の言葉よりも胸に迫る。

電気で動くチェンソーも哭いているのかもしれない。いや、泣くか・・・。

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