2013年10月28日月曜日

「真実に生きる社会」

天皇皇后両陛下が水俣を訪問された。
そこで天皇は、患者の実態を聞かれてこう言われた。
「真実に生きるということが出来る社会を皆で作っていきたいとあらためて思いました」と。

事前に用意されていた「お言葉」ではない。予定外の発言だという。

“真実”という言葉に初めて出合ったのは中学生の時によく読んでいた山本有三の「真実一路」という本だった。「路傍の石」もよく読んだ。
「真実一路の旅なれど、真実鈴振り思い出す」。この一行を今でも覚えている。

事実と真実は違う。事実の向こうに真実があるのか。真実とは「深い」言葉だ。

陛下が真実という言葉を使われた。それは「今の社会が真実に生きられない、生きていない社会だ」と”指摘“されたことにも等しい。

陛下はさらに言われた。
「今後の日本が、自分が正しくあることが出来る社会になっていく、そうなればとも思っています」とも。

ボクは勝手に解釈し、陛下の心中を推し量る。
「正しくあることが出来ない社会だ」と言われているようだと。
水俣病患者の語り部の会の人の話を聞いて咄嗟にそう思われたのか。前から思っておられたことなのか。

状況としての真実。事実としての真実。

大震災の後、原発の事故が起きて以来、多くの人は「真実が知りたい」と思った。知りたいと言った。
真実は伝わらない。すると“虚偽”の「真実」が登場する。特にネット上で。その鉾先は「福島」に向けられる。

日ごと、それの繰り返し。福島の人は、その虚偽の真実に酔う。ネットからそれを見つけ出してくる。例えば「真実のブログ」なんていうヨタを。

未だに流されている写真。大熊町の、町役場や消防署を退職したOBたちが、仮設から延々3時間かけて町に出向く。出入りの特別許可をもらって。町を見回り、わずか一反歩に満たない田んぼに田植えをする。防護服を着て。着なければならない線量地区。水田の汚染が作物にどう作用するか、影響するか、移行係数を計るための“実験”。
その写真を、そのブログには転載、引用、拡散ご自由にと書かれている。
その写真は去年のもの。
安倍が広野町のコメを使ったお結びをほおばったことにひっかけ、福島のコメは美味しいんです。いつも食べてますとか言ったことにひっかけ、「こんなコメを食わすのか。殺人だ」とわめくコメントを書く人が多々居る。

郡山の人もその写真を使って「おそろしい」とネットに書く。
そんなコメがどこかに出回るわけがない。まして稲は野性化した動物に食い荒らされている。

福島県人であっても福島のことを知らない。なのに“真実を知りたいだけ”と言いわけする。真実云々以前の常識でしょ。

名古屋の市民運動家とおぼしきおばさんはこんなことを書いていた。1年で終わりとされた賠償金のこと。どっかの記事を引用して。一人、毎月10万円、旧警戒区域の人たちを対象にして賠償金。

知らないよ、こんなこと。8万円でしょ。と。

8万円は避難区域でもなんでもない郡山や福島、中通の人たちを対象に一昨年支払われたもの、去年は4万円。こんなことは新聞に載っていたこと。事実だ。

ボクは8万円の受け取りに躊躇した。結果振り込んで貰い、何らの賠償金の対象にならない動物たちのために、寄付した。4万円も同じ。

その受け取りさえも拒否した若者がボクの周りにはいる。

反原発、脱原発を声高に言う市民運動家をボクは全く信用しない。それに与する人も「否」とする。

まして、国会の弁当はベクレル弁当だと言い、福島市や郡山市に防護マスクをつけて入ってくるバカ野郎。なんでこんな奴が当選するんだ、させるんだ。

ねじまげられた“真実”。それが大手を振ってまかり通っているこの国。

福島県は「真実」と地球の反対側以上の距離の、場所とされているような。

ネットをあさりまくっている人達。如何にも“教養”があるようなふりをして。
どう思おうと勝手だが、それを「正しいこと」として振り撒かないでよね。

多分、天皇陛下は「福島の真実」、デマや中傷に翻弄されている福島の真実を知っているのかもしれない。真実とか正しいことの意義を、あえて水俣の地を借りて言われたのかもしれないと・・・。

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