2014年1月12日日曜日

県境が生んだ「差別」

福島県と宮城県の県境を接したところに丸森町というところがある。

飯舘村からも車で10分足らず。宮城県が福島県に、地図で見ると「くいこんで」いるところ。

その町にも放射能は降った。

一時は都会からの田舎暮らしにあこがれて移住してきた人達も多かった町。昔は養蚕で栄えていた町。いくつかの村が合併してできた町。

東京電力福島第一発電所の爆発事故。以来、原発事故の代名詞となった福島。
その被害を受けている地域。そこは行政区画としての福島ではない。
子供の被ばく問題も含めて、住民避難の問題も含めて、そこは福島と同じ扱いになって然るべきだが、そこは福島では無い。

「フクシマ」と言うべきなのか。カタカナの「フクシマ」。それは丸森に適用される表現だとも思えるのだが。

福島県人は「フクシマ」とされることを嫌う。そして原発被害は福島にだけあるものと思いがちだ。しかし県境をまたいだところに原発被災者がいるという事実。

その県境に近い村。耕野地区。小学生はたぶん15人いる。町が行った除染で、線量はかなり減った。でも、0.3マイクロシーベルトはあるはずだ。

爆発直後には年間5ミリシーベルトのところもあった。

“除染”された土は子供たちの遊び場に“同居”している。

子供たちは外遊びをし、屋外プールもそこにはある。

放射能は県境では防げない。

たぶん、今でも南相馬やいわき市より線量は高いはずだ。

しかし、そこは福島ではない。

復興庁が決めた子ども被災者支援法基本方針案の「支援対象地域」から外されている。原子力損害賠償紛争審査会の「自主的避難対象地域」からも外されている。

コンフレに入って積まれたままの汚染土。その行き先も決まっていない。やがて福島県内の中間貯蔵施設にそれは搬出されるのか。

都会の一部にも丸森のような線量の地域もあるはずだ。


除染をめぐっての国の対応は不可解の一語に尽きる。環境省と総務省の“縄張り争い”。それも逃げ口上の。

統一する筈の復興庁も頭を抱えるだけ。

こんな地域は宮城の他の町にも、千葉県にも有るんだぜ。


丸森の学校関係者は頭を悩ましている。

「被ばくのリスクと心のリスク」を考えながら。子供間での心の傷を考えている。


町は予算を組んで子供たちの甲状腺検査も実施している。

町から自主避難家族が生まれたとする。その家族に対して援助や賠償は無いと聞く。

県境で放射能は止められるはずはなかった。有り得ないことだ。そして「被害」が出て来た時、県境と言う二文字が大きな障壁になっている。

原発事故の中で、“見捨てられた”町。そう、地震でもあった長野県栄村のようなケース。

“見捨てられた”村。

丸森町のことは県も国も知っているはずだ。でも、結果は知らんぷりを決め込んでいるようにしか見えない。東電は言わずもがな。

町の人口流出は激しい。1万人はいるのかどうか。耕野部落、筆甫部落・・・。

もしかしたら福島県内との交流が大きなウエイトを占めていたかもしれない宮城県に“所属”している“過疎”の町。

子供たちは屈託の無い笑顔で、思いっきり身体を動かし、太鼓と格闘し、歌を歌っている。
みんな大の仲良しのように見える。

高齢者は木を切り、草を刈り、それなりの、それぞれの“除染”に努めている。そして町は苦悩している。

県境があるゆえに生まれた差別。そう思わざるを得ない。


「福島」から「フクシマ」を見る。そしてそこに東北の現実を見る。

きょうは成人式。郡山では着飾った20歳がそれぞれの思いを語っている。

丸森町にも新成人はいるはず。どんな成人式を迎えているのだろうかとも思う。

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