2014年1月30日木曜日

「責任野党」を巡って

始まった国会。安倍がまたもや“新語”を使い始めた。連発される「責任野党」という言葉。それに反応する各党。

安倍の概念から言えば、それを彼自身が考え出した言葉なのかどうかはともかく。
いや、なんでこういう言い方をするかと言えば、施政方針演説にしても代表質問の答弁にしても、それは秘書官を中心にした官僚が書いており、彼はそれを読み上げるだけだから。
でも、読みあげたとしても、それは彼自身の言葉として記録され、評価される。

言葉の屁理屈と受け取ってもらってもいいが。責任野党、責任ある野党。その責任とは、何に対しての責任ということなのか。言い換えれば、野党の責任とは何だろうっていうことだ。

野党が負うべき責任とは何を言うのだろう。

安倍の言葉から類推するに、何でも反対、何でも抵抗という野党は責任野党ではなく、政策協議の出来る野党を責任野党というカテゴリーに置くらしい。

つまり、擦り寄ってくる野党。みんなの党や維新の会を指しているらしい。
憲法問題や安全保障に関して似たり寄ったりの政党らしい。国の基本政策に関して同調出来る政党を指しているらしい。

みんなの党はすぐさま反応。自らを責任野党だと言ってのけた。

「責任野党」。この言葉にかなりの違和感を持つ。民主党の中にも憲法観や安全保障、集団的自衛権について安倍と同じ立場の人もいる。

責任野党という言葉で、「責任」という重い言葉を使うことによって野党分断を図ろうということか。

与党公明党は責任政党ではないということか。

だから、訳知り顔の政治評論家もどきは、政界再編成を目論んだものと解説する。

それはあり得るとしても、いや、それの方が分かり易いとも思うのだけど。
政界再編成。

自民党は数年前、野党の時代があった。その時の自民党は「責任野党」であったのか。
そもそも政治の責任とは何なのか。

「3・11」後、その混乱する事態を収束すべく、民主党政権は野党自民党に「大連合」を申し入れた。
与野党で事に当たらないと進まないという民主党の非力さをわきまえた上で。

自民党はそれを蹴った。ひたすら民主党政権の攻撃に終始していたような記憶がある。
なんでも反対自民党。かつて揶揄された、なんでも反対社会党という言葉を彷彿とさせるように。

立場が替わればいう事も替わるという事か。喉元すぎればすべてを忘れるということか。

国策としての原発。それがもたらした過酷事故。岩手や宮城の震災対策を含め、民主党政権には完全に失望していた。

責任、責任という言葉が“まき散らかされて”いた。東電の責任、国の責任。どれも曖昧なまま。そう、もともと「責任」という言葉は定義を持たない曖昧な言葉なのだ。
企業で不祥事があれば、すぐマスコミが責め立てる責任論。それは、社長辞めろってことでしかないように。

国の責任、東電の責任、やがてそれはさまざまな場面に飛び火した。例えば食物の“汚染”をめぐる福島県への生産者責任といった論議にまで。

少なくとも国と東電は、事故そのもではなくとも、その後の対策にしても、責任を押し付け合って来た。

挙句の果て、責任論の狭間の中で、福島に押し付けられたのは「自己責任」という放り投げ。

「責任」という言葉には、うんざりしているのだ。単なる言葉のやり取り、言葉遊びとしか見えないのだ。

野党が果たすべき責任。それは与党の、政権の打ち出す政策や政治手法について異を唱え、非とし、歯止めをかけることではないだろうか。

責任野党という言葉を持ち出し、する寄る者は是とし、他は否とする。無責任だと言わんばかりに。

なんだい。大政翼賛会を目論んでいるのかなとも冗談交じりで言いたくなる。限りなく「お山の大将」で居たいんだなとも。

そして、それに反論すべき野党のなんとも物足りない、だらしない、歯がゆいことか。

オヤジの小言、寝言の類でありますが。

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