2014年1月15日水曜日

「東北は立ち直る」

久しぶりに郡山駅の新幹線改札口に行った。

改札口の脇に土産物売り場がある。そこに飾られていた黒のTシャツ。

「東北魂」と大書された背面。その脇に書かれていた。「東北は立ち直る」と。

上手い。いい言葉だ。

「立ち直る」。それはこの二年以上、探していた言葉だったのかもしれない。

何故か・・・。

何回も書いた。「復興」という言葉のあいまいさ、不定義を。その意味を問い続けた。そして、今でも思っている。「復興とは何だい」って。

でも時々復興という言葉を書く。言ってみれば、それの方が「楽」だから。伝えやすいと考えるから。

でも、本質は捉えていない。何を指して復興というのか。復興庁という役所の人に聞いても明確な答えはないだろう。

メディアに復興と言う字が堂々と書かれ、多くの人々がそれを言う度に「復興」ということの中身がより漠然としたものとなり、課題を曖昧にし、復興を言うことが“正義”だと勘違いされてきているのだ。

再びふるいおこす。元の形に戻す。復旧とはどう違う。再生というのはどうなのか。

「故郷“復興”のために頑張ろう」。いきなり鉢巻姿になって拳を突き上げている「偉い人」たちの姿は滑稽だ。

高度経済成長に押しつぶされ、そこにあった固有の文化や自然の姿。人々の営み。
大きな「喪失感」の中に多くの人たちが生きている。暮らしている。
明日を考える余裕すらなく。

そうした人たちの日常を取り戻す。

それには「立ち直る」って言葉はぴったりくるし、分かりやすいかもしれない。

戦争によって破壊されつくした日本。廃墟の中から人々は、日本人は立ち直った。それは戦争前と同じ日本を作ろうということではなかったように。

猫も杓子も「復興」「復興」を言う中で、時々戸惑う。機嫌が悪いと、その意味は何だと言ってみたりする。怪訝な顔をされる。

「復興」と言う言葉の意味や、その在り方、実像。それはきっと画一的なものではなく、個々人にとってそれぞれ違うものでは無いだろうか。

いや、違う筈だ。

個々人が思う「復興」なるものの姿。それを成し遂げるための第一歩は「立ち直る」という気概なんじゃないだろうか。

東北新幹線は「あの日」以来、数か月にわたってストップしたままだった。郡山の駅舎も壊れ、車両が行き来しない、乗降客のいない駅舎は廃墟だった。

3月11日の翌日、12日に東京に結婚式で行く予定だった。切符を買っていた。4月になって、細い通路が出来、そこを通って払い戻しに行った。

そこは建築現場のようだった。狭い窓口に駅員が数人いた。「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と駅員に言われた。「あなたがたのせいじゃないよ。こんな中で御苦労さま」。そんな会話を交わした。

そして駅舎は復旧し、新幹線も開通するようになった。

それが当たり前のように、駅には人の賑わいが戻ってきた。

そんな駅のあの時の光景を見たいたからだろうか。立ち直ると書かれたTシャツに興味をそそられたのかもしれない・・・。

あのTシャツ、買いに行ってくっぺ。

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