久しぶりに郡山駅の新幹線改札口に行った。
改札口の脇に土産物売り場がある。そこに飾られていた黒のTシャツ。
「東北魂」と大書された背面。その脇に書かれていた。「東北は立ち直る」と。
上手い。いい言葉だ。
「立ち直る」。それはこの二年以上、探していた言葉だったのかもしれない。
何故か・・・。
何回も書いた。「復興」という言葉のあいまいさ、不定義を。その意味を問い続けた。そして、今でも思っている。「復興とは何だい」って。
でも時々復興という言葉を書く。言ってみれば、それの方が「楽」だから。伝えやすいと考えるから。
でも、本質は捉えていない。何を指して復興というのか。復興庁という役所の人に聞いても明確な答えはないだろう。
メディアに復興と言う字が堂々と書かれ、多くの人々がそれを言う度に「復興」ということの中身がより漠然としたものとなり、課題を曖昧にし、復興を言うことが“正義”だと勘違いされてきているのだ。
再びふるいおこす。元の形に戻す。復旧とはどう違う。再生というのはどうなのか。
「故郷“復興”のために頑張ろう」。いきなり鉢巻姿になって拳を突き上げている「偉い人」たちの姿は滑稽だ。
高度経済成長に押しつぶされ、そこにあった固有の文化や自然の姿。人々の営み。
大きな「喪失感」の中に多くの人たちが生きている。暮らしている。
明日を考える余裕すらなく。
そうした人たちの日常を取り戻す。
それには「立ち直る」って言葉はぴったりくるし、分かりやすいかもしれない。
戦争によって破壊されつくした日本。廃墟の中から人々は、日本人は立ち直った。それは戦争前と同じ日本を作ろうということではなかったように。
猫も杓子も「復興」「復興」を言う中で、時々戸惑う。機嫌が悪いと、その意味は何だと言ってみたりする。怪訝な顔をされる。
「復興」と言う言葉の意味や、その在り方、実像。それはきっと画一的なものではなく、個々人にとってそれぞれ違うものでは無いだろうか。
いや、違う筈だ。
個々人が思う「復興」なるものの姿。それを成し遂げるための第一歩は「立ち直る」という気概なんじゃないだろうか。
東北新幹線は「あの日」以来、数か月にわたってストップしたままだった。郡山の駅舎も壊れ、車両が行き来しない、乗降客のいない駅舎は廃墟だった。
3月11日の翌日、12日に東京に結婚式で行く予定だった。切符を買っていた。4月になって、細い通路が出来、そこを通って払い戻しに行った。
そこは建築現場のようだった。狭い窓口に駅員が数人いた。「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と駅員に言われた。「あなたがたのせいじゃないよ。こんな中で御苦労さま」。そんな会話を交わした。
そして駅舎は復旧し、新幹線も開通するようになった。
それが当たり前のように、駅には人の賑わいが戻ってきた。
そんな駅のあの時の光景を見たいたからだろうか。立ち直ると書かれたTシャツに興味をそそられたのかもしれない・・・。
あのTシャツ、買いに行ってくっぺ。
2014年1月15日水曜日
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