2014年1月6日月曜日

昔は物を思はざりけり

久しぶりに新聞の歌壇を見た。
その中の一首に目が留まり、釘付けになり、何度も読んだ。

「フクシマに生きて千日ふと思う ムカシハモノヲオモハザリケリ」。

福島市の人の投稿だ。もともと福島市の人か、避難して福島市にいる人なのかわからないが。

この人がなぜカタカナでフクシマとしたか。その心情がよく分かる。下の句にカタカナを使っていること含めて。

福島ではないフクシマ。同じ県名、地名であってもそれは全く違うところのなってしまったということ。
そして、東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故、それによる多くの被害、避難者、分断、対立、それにかかわる諸々の人間模様。福島に対する国の在り方、それらを含めて「フクシマ」と表記すること。

きっとこの人だってフクシマとは書きたくなかったのだろう。しかし、そう書かざるを得ない・・・。

ふと思う。この「ふと」にも意味があると思った。「いつも」じゃない「ふと」なんだ。「ふと」とは一市民の感覚なのだ。

そしてこの人は、百人一首の句を引いた。

百人一首。小学校の高学年から中学時代。凝りに凝っていた。たぶん、父方の祖母の影響だったと思う。人の顔さえ見れば「百人一首をしよう」と迫ってきていた。何時間でもつき合わされた。
句は全部覚えていた。下の句を聞けば上の句が浮かぶという程度までは。
百人一首の世界を知っていてよかったと思っている。それを起点に他の和歌の世界にもすんなり入れていたこと含めて。

新聞に投稿された人もたぶん百人一種のフアンだったのだろう。思い出す句に自分の想いを重ねた・・・。

「逢いみての後の心に比ぶれば 昔はものを思はざりけり」

権中納言敦忠の句。恋歌だ。原句は男女の恋歌。しかし、この投稿者にとっては故郷への恋歌に変わったのかもしれない。

「モノ」とは故郷であり、原発そのものではなかったのかと。自分への叱声とも思える。

ボクは勝手にそう想像してしまっている・・・。

そして「千日」という時の重さもあらためて感じる。

千日という時日を経て、なにがどう変わったのか・・・。

そう、ボクだって昔は物を思わない人だった。原発に対して、今のような「反感」はなかったと思う。常に「違和感」は持っていたが。

物を思わない人が増えている。確実に増えている。

福島だけではない。東北の被災者の中には、仮設の一人暮らしの中で、句を詠み、綴り、何度も書き直し、物を思い始めた人がかなりおられると聞く。

「逢みての・・・」、それは原発と出会ってしまったということなのだろうか。

「ムカシハモノヲオモワザリケリ」。この数文字は戦争にだって当てはまる。

知って、見て、聞いて、経験して・・・。そして思う、考える。「ムカシ」とは過ぎ去った時代だけではない。自分自身の過去でもあるのだと。

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