2014年1月26日日曜日

漂泊と定住と

猪苗代湖畔で仕事をしている友人が教えてくれた。帰れない白鳥のことを。
その白鳥の一家は5人、いや5羽。父親の片方の羽が無い。上手に飛べない。
越冬しても、長い旅をすることは不可能だ。他の家族は飛べる。でも父親の傍を離れない。シベリアに帰ることを諦め、猪苗代湖に定住することを決めた様子だという。湖に一家は漂っているという・・・。

今、日本には203万にもの在留外国人がいる。もちろん不法入国、滞在ではない人たち。多くが労働力とされ、生産人口だ。父親が「デカセギ」として来日、その後家族を呼び寄せ、その家族の多くが日本での定住を決めたという。
地球の裏側の故郷を“捨て”。

もう30年も前か。写真家の藤原新也が「東京漂流」という本を書いた。
そこには漂流物のような都会の光景と、帰る家があるのに帰ろうとしない若者の姿があった。

渥美清演じるテキ屋稼業のフーテンの寅さん。柴又の家にはめったに帰らず、全国を放浪している。ある時出会った踊り子のリリー。流れ者なのか。
「あんたは帰るところがあっていいわよね」。その一言に寅さんは考え込む。
山田洋次監督のメッセージなのだろう。

人はどこで生まれ、どこに行き、どこに帰るのか。

帰るところを持たない12万人の人達。仮設や借り上げはあっても、そこは「帰る」ところではない。漂泊のまっただ中にいるのだ。

帰るところを持たない多くの漂流家族。飛べない白鳥になれというのか。

偶然か必然かはともかく、たまたま、その地に暮らしていて、その暮らしを失った人達。
望郷の念はともかく、「帰る」ということについて、他人事のようで申し訳ないが、自問自答し、答えを見つける時期ではないだろうかとも。

映画「無人地帯」を撮った加藤カメラマンが過日の試写会後、ぽろっと言っていた。
「みんな大きな家に住んでいたんですね・・・」と。

そう、その家ももしかしたら「原発マネー」で建てた家かもしれない。多少の「うしろめたさ」を一夜の酒で飲みこんで、原発の恩恵に浴したことへの悔恨だってあるだろう。

いつまで続く漂泊の日々。いつか来るのか定住の場所。

「今生きているところが故郷なんだ」。そう考えるようにしていると学者で小説「心」を書いた姜尚中は静かな口調で言っていた。映画監督の是枝裕和との対談で。3・11を考える対談で。
故郷を見つけるための漂泊の時ということなのだろうか。

なんか、こんな事書いているのって、今の流行り言葉「ポエム化」しているのかな・・・。

でも、誰かが言っていた。

「詩は空白を埋めてくれる」って。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...