2014年1月3日金曜日

帰省ラッシュ、Uターンラッシュとか

これも絶対的なニュースのネタなのだろうか。いつも言われる帰省ラッシュ、Uターンラッシュ。盆、暮れ正月。
ゴールデンウイークは行楽ラッシュ・・・。

東京を起点にして東へ、西へ。暮れの帰省、帰省。東京の人口はこの時期、半減か、7割もの減なのか。

多くの人が東京を離れても、まだまだ正月の東京は人で溢れている感。
東京への一極集中。とにかく東京に人が集まる。
必然なのだろうか・・・。

人は東京に行きたがる。東京は人を求める。

帰省という以上、東京の人口の多くは地方の人っていうことの証左。

ただ働くために、職を求めて東京に行った人達を、それでも「東京人」て呼ぶのだろうか。

中央対地方。福島対東京。そんな構図で物を考える時の逡巡。

東京って、地方の人で成り立っているんじゃないか。

かつて東京にもラッシュはあった。通勤ラッシュ。すざまじい光景。もちろん十分体験させてもらったけど。

昭和40年代、高度成長を目指していた時代。うさぎ小屋から鉄の箱に詰め込まれて目的地で吐き出されるように、ただ「運ばれて」いった感のあのラッシュの光景。

それを誰もが不可思議に思っていなかった。当然だと受け入れていた。

集団就職、金の卵。やむをえずか、望まれたか、望んだか。都会のラッシュに身を委ねて行った当時の若者。彼らは、彼女らはこの国を支えていた。

帰省。それは“義理”としての行為か、切ない願望の行為か。帰省ラッシュの中で何を思い、どんな故郷と再会し、郷里の家族とどんな再会を果たしたのか。

変わった光景をみたのか、帰るべきところとしてそこを感じたのか。

帰省ラッシュを伝えるテレビを見るたびにこの国の姿を思う。

もはや当たり前の光景がテレビのニュースとなるという奇異の感も含めて。

Uターンした人達、数日後には、数日前と同じ日常に戻るのだろう・・・。


ラッシュ・・・。ここ数日なぜか地震が多発している。

1日は3回、2日は7回。中には震度4というのも。気持ちのいいものではない。
「ボクは地球の地殻変動や自然災害というのは、人間の営みと全く無関係じゃないと思ってるんですね。人間社会の行き詰まりなんかとちゃんとつながっているんじゃないかって気がしてならないんです」。

こんなことを宮崎駿は言っていた。だからどうだってことじゃないけど。

どこか同感する部分があるということ。

地震と聞くと、地震を感じるとすぐに気になる原発。1F。年末年始、事故現場も休みだという。作業が。わずか数十人の“保守要員”がいるだけだとか。
4号機の燃料棒取り出しも中止しているのだろう。汚染水対策はどうしているのか。
地下水は人間の営みとは無関係に流れ込んでいるはず。あのタンクはいったいどれだけ増え続けるのだろう。
気が遠くなるような・・・。

日頃、原発にはその収束作業にあたる作業員の通勤ラッシュが続いている。皆車だから。車でなくては宿舎から現場にいけないから。
過酷な通勤。2時間とか3時間もかかるともいう。

作業員の“環境改善”とやらで、近くの線量が低い地域に宿舎を建設するという計画だとか。

なんだって遅いんだよ。まさに渋滞ラッシュに巻き込まれたように。

指先だけ使って文句言っていてもはじまらないってことは承知の上で。

大学駅伝の中継が映し出す東京の光景。時には懐かしい光景。街並み。

そして思うんだ。東京っていったいなんだろうって。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...