2014年1月4日土曜日

「東電社員」のこと

事故以来、どうも「東電」を多くの人がひとくくりにして語ってきた。そろそろその「呼び方」を変える時がきたかもしれない。

1Fで働く東電社員。彼らは、中には女性もいるはずだが、その多くが現地の、双葉郡の人達であるということ。

彼らは「避難者」なのだ。住む家を無くした人達なのだ。そして彼らがいなければ原発事故の処理も収拾も出来ないのだ。

地元の高校を卒業し、東電が作った、原発に従事するための高度な知識を学ぶ専門学校に入り、東電社員となって1F,2Fに就職した。

彼らは原発を熟知している。いわば手錬だ。彼らの“決死”の働きで、事故は「あの程度」で収まった。とりあえずは収まっている。

彼らは東電社員であると同時に、被害者、避難者なのだ。

今朝の毎日新聞の記事を見て驚いた。

「東京電力福島第一原発事故による避難に伴う賠償金をめぐり、東電が作春以降、社員に対しすでに支払った一人当たり数百万円から千数百万円の賠償金を、事実上変換するよう求めていることが関係者の証言でわかった。確認されただけで、総額は1億円を超えると見られる」。

これってどういうことだい。

「立ち入り制限の無い区域の賃貸住宅に転居した11年夏の時点で避難は終了したとみなす。転居前も賃貸住宅に住んでいたのだから、別の賃貸住宅に日こした段階で避難は終了した」。というのが理由。しかし、社員以外は引っ越しを伴う以上、賠償は打ち切られていない。

しかもADR、原子力損害賠償紛争解決センターによる和解案を拒否するケースもあると書かれている。

誤報や虚報ではなさそうだ。これによって若手社員らが次々と退社しており、原発の復旧作業にも影響が出かねないと記事は記している。

引っ越したあとの賠償金は「貰い過ぎ」ということらしい。東電の判断は。

政府は原発作業員の「手当」を倍増する方針を示している。東電は、コスト削減ということなのだろうか。とにかく削れるところは削ろうとしている。

「取れるところからは取る」。そんな根性のような。退職した当時の会長や社長の給料、退職金、企業年金はどうしたんだろう。

どこにいるのかもわからないあの“無責任”としか思えなかったような「最高幹部」たちの処遇。

今、福島原発収束作業を支えているのは、現場の士気だ。士気がそがれる限り作業はおろそかにならざるを得ない。厚遇してこそ士気はあがる。
自明の論理さえも通用しないその企業体質だと。

現場の社員が辞めると言うこと。どれがどんな影響を及ぼすか。東電が一番知っているはずなのに。

「貰い過ぎ」をしていた東電の社員は悪者なのだろうか。

正月三が日が明けた今日から、4号機の燃料移送も含めて、復旧作業は再会されているのだろうか。
汚染水対策は、何かが進捗しているのだろうか。

士気が下がった現場では事故が起きる。鉄則だ。

とにかく東電、1F構内で何が行われ、そこの人たちが何を思っているのか。あの区域はまさに治外法権区域のようであり、外の人間は知り得ない。

知り得ないということは不気味であり、不信のるつぼとなるのだ。

科学技術への重度な過信が起こした事故。それをどうにかする人間の“手作業”。

毎日、20ミリシーベルトという被ばく線量を気にしながら、そこで働く人たち。

とてもじゃないが、気が重くなり、どうしようもないなって思いになる東電のやり方。
そして「再稼働」に向けて、多くの社員の手を煩わせ、それこそが経営再建の道と確信しているあまりにも近視眼的発想・・・。

社員の冷遇は、社外の、つまり単なる被災者、避難者への冷遇ににも連鎖していくのだろうとの危惧。

元東電社員だった人、二人からの年賀状が届いていた。”事故”の事には何も触れられていなかった・・・。

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