2014年3月2日日曜日

政治家と「メシ」

一つ釜のメシを食った。同じ釜のメシを食った仲。人と人との親密さを例えるのにこんな言葉が言い習わされている。

昔、政治家とはよくメシを食った。御馳走にもなった。御馳走したこともある。
メシを食ったというだけで、特に何があったというわけでもなく、“それ以上でも、それ以下でも”無かったが。

いや、夜回りなんて行くと、大体はメシは無いが酒は出され、酔わせて何かを引き出そうともした。寝たふりをしてはぐらかされた時もしばしば。
本当に寝る人は、寝る寸前、眠りに落ちる寸前がチャンス。つい、本音を吐いたりする人もいたから。

「チカメシ」という人もいた。「近いうちにメシでも食おう」。毎回、会う度にそう言われ、ついに実現しなかった人もいる。「チカメシの何某」。そんな“評価”をしていたこともある。

最近はやや収まっているようだが、安倍は一次、連日のようにマスコミ関係者、時には社長であり、論説委員であり、政治部長であり。時には官邸キャップであり。永田町界隈での「外食」が盛んだった。懇親の意味だったのだろうし、何か深謀遠慮があったのかもしれない。

昔の政治家は、そういう意味では悠長だった。“メディア操作”なんていう「高等戦術」は持っていなかったかのように。政治を内から見るか、外から見るかのたわいのないメシ会。もちろん野党の議員とでもそれはあった。

安倍の“狙い”は分からない。大体はマスコミ側は複数。「差し」はめったにないようだ。総理動静を見ている限りは。
しかし、そこで「持論」が展開されていたであろうことは想像に難く無い。

何故かは知らないがフジテレビの日枝会長とはゴルフも含め、夫婦であったり、“昵懇”のご様子。フジテレビの関連会社には扶桑社という出版会社があり、教科書も編纂しているが。

メシを食ったことで、御馳走になったことで、マスコミ論調が変わるなんてことは有り得ないと思うけれど。

「割り勘」は成立していないと思う。それとも“幹事社”が会費を集めていたのかな。現金会計をするような店や飲食店では無いと思うけど。

「3・11」の後、3月19日、まさに“国難”の真っ最中、行き詰った当時の菅首相は、自民党の谷垣総裁に「大連立」を持ちかけた。救国内閣を必要としてだろうか。
そのための会談は成立せず、電話で簡単なやりとりがあり、結局反故になった。

自民党の党内意見は、それを“拒否”した。取り込まれてしまうことは、原発事故の責任を背負わされる恐れがあるかもしれないという、いわば「政局」が第一義であり、菅内閣は潰れると見込んでいたから。

去年、谷垣は当時のことをこんな風に言っていた。

「お互い、30年間も国会議員をやっているが、衆議院にいて、一緒にメシを食ったこともない、酒を飲んだことも無かった。こういう男だとか、こういうところもあるなんてことも知らなかった。信頼関係が無かった。
もう少し、お互いを分かりあっていたなら、別の展開があったかもしれない」。

メシを食ったことがあるかどうかが、国を救う、国民を救うかどうかの「判断基準」だったということ。

大連立を拒否したことの非を、当時、再開出来た、この場で書いたこともああったが。この国の姿として。あれだけの被災、避難が、原発事故が進行している中で、アメリカが80キロ圏内の自国民を避難させるとも言っている最中に。
「トモダチ作戦」が進行している時に。

永田町で優先されていたのは「政局」だった。

メシを食っていようと、いなかろうと、党首同士が素面で膝を交わしてとことん話し合えばと普通の人は思うのだけれど。

もし、あの時、大連立が成立していれば、今の福島の様相も、もしかしたら変わった展開に、それこそなっていたのかもしれないし。

小沢・福田の大連立構想には加担していた、マスコミ界のドンも、この時は一言も発していない。

政治家とメシ。なんだかなぁって。政治ってつまりはそんなものなんだろうかって。

翻って長嘆息の日曜閑話。

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