2014年3月22日土曜日

「強い日本」ということ

96兆円余り。巨額な国家予算が一昨日成立した。成立を受けて安倍晋三が記者会見をした。そこで「強い日本」という文言が出た。

“強い日本をつくるのは、他の誰でもない、私たち自身であると申し上げてまいりました。15年以上続いたデフレからの脱却は、国家的な事業。与党も野党もありません。その意味で、今回の予算の早期成立は、国権の最高機関である国会としてのデフレ脱却に向けた強い意志を内外に示していただいたものと考えております”。

冒頭の発言である。あれ?持論だった「美しい日本」というフレーズはどこに行ってしまったのだろう。

この会見を聞く限り、「強い日本」というのは、デフレから脱却し、アベノミクスとやらで、経済を成長させる。“強い経済を取り戻す”と自身でも言っているように、経済優先社会にまい進するってことだ。
それが“強い日本を取り戻す”ということだと。

そうか、安倍の言っていた「日本を取り戻す」とは経済の事だったのだな。

連日、マスコミは賃上げ、ベア満額回答を称賛するような報道。要求さえ通れば何らの瑕疵無しとする労働組合としての連合。
消費税引き上げをめぐっては、その本質よりも、駆け込み買いだめに走る人々の群れを、売り場に殺到し、狂気のごとく買いあさる人達を、3%の節約商法に乗せられながらも、賢い消費者として仕立てあげる報道姿勢。

こりゃ「安倍の天下」だな。

どうやら経済は着実に回復しているようだ。みせかけも実態も。
経済は成長に向かっている。そう思ってみよう。

すべての原発は稼働していないのに。

安倍の思うがままにこの国は動いている。

「美しい日本」。そのフレーズに酔いしれた“信者”がいた。安倍のせいではないが、国土としての福島は“美しい日本”の範疇から外れた。
福島だけでは無い。宮城も岩手もそうだ。しかし、そこには人の美しさは存在する。存在した。

思い出して欲しい。3年前を。支援物資の前に出来た列。誰もそれを乱しはしなかった。空腹の中、寒風の中、順番を待っていた。我先に・・。そんな光景は大方無かった。そこに「美しい日本人の心」を見た外国からは称賛を得た。暴動も起きなかった。

「3・11」は多くの弱者を生んだ。弱者は弱者なりに「自立」の方途を探っている。しかし、その弱者への目線はいつしか為政者からは消えた。
復興の名のもとに、使い切る手段とてない予算をつけて、それに「シロアリ」だけが群がり、配慮を怠っていないと言い切る政権。

それにしてもだ。

あの首相会見なるもの。どうにかならないものだろうか。
戦後レジームからの脱却を言うなら、官邸の記者会見のレジームも変えたらどうだろうか。

冒頭発言はプロンプターの読みあげ。記者からの質問は事前に通告済み。その答えは官僚、秘書官が書いて渡す。それを読んでいればいい。
記者の質問は一人一門。二の矢、三の矢は繰り出されない。出来レースの記者会見。田舎芝居だってやらないぜ。

官邸記者クラブ、正式名称は「内閣記者会」。そこに何年在籍していただろう。でもあの当時は、事前に質問内容は通告したけど、さらに突っ込んだ質問も“許されて”いた。

そして会見の時間。昨日の。まさにNHK時間。夜9時から20分余り。たったの20分。かつては1時間は当たり前だった。冒頭質問は幹事社。朝日新聞とテレビ朝日のキャップ。
つまらない質問。
会見が終わるとNHKのスタジオでは記者が“解説”。とてもじゃないが解説では無い。「こう述べてました」と安倍発言をまとめて繰り返す。
これは今に始まった事ではないが、NHKニュースのくだらない実態。

マスコミこそ前例というレジームから脱却しなければ。その気概ありやと問いたい。

マスコミとて、もはや「安倍の意のまま」。“親密な関係”にもとずいて、バラエティー番組の触手を伸ばした。

強い国。覇権と言う言葉を連想する。強い物にはなびく。支持率50%越え。安倍の意のままに動くことは居心地いいことなのだろう。

強いという言葉からは弱いという言葉は排斥される。

しばらくは弱者の視点で、弱者の目線で、いや、弱者として、この国の有り様を見て行こうと思っている。
弱いものがいるから強いものが成り立っているのだから。

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