2011年6月15日水曜日

非日常が日常になるということ

言わずもがな、日常とは常日頃、普段ということです。「非」が付けばそれの反対ということ。

からから亭日乗。これは日常とは違います。「乗」というのは記すという意味もあるそうで、日記というふうに解釈してください。

3.11以降、ネット環境を回復させてから、そう13日ころからでしょうか。とにかくなにがなんでも、何があっても毎日からから亭を”開店”させようと決め、実行してきました。トップページにもあるとおり、東日本大震災について書いてきました。伝えたいことや自分思いとかを。

とにかく毎日書くことが「日常」になってしまいました。3.11前は時々休むのが日常だったのに。

被災地の人が静かな口調で言っていました。「この時期は田んぼに水が張られ、蛙の声がうるさいぐらいに聞こえていたのに、田んぼに水を張れないから蛙が来ない。寂しい」と。蛙の声がしない田舎。まさに非日常の光景です。それを日常の光景として受け入れなくてはならない。

幸い、申し訳ないくらい、亭主の家の近くの田んぼでは蛙の大合唱が毎晩聞こえています。田んぼの中の放射線量がどれくらいかは知りませんが。やがて刈り入れた暁、その米が売れるのかどうかわかりませんが。

毎日テレビを見、新聞を読みます。日常の暮らしです。しかし、見聞きすることはすべて非日常のことばかりです。怒や悲しみの感情ばかりに支配されてしまいます。非日常です。

すくなくとも身の回りでは常に放射能のことが話題になり、かつてなかったような政治不信の声が渦巻き、何よりも町から子供の姿がなくなった。少なくなった。まるで鎮守の森で神隠しにあったように。
この非日常の光景を、暮らしを「日常のもの」として受け入れなくてはならないのか。受け入れたくないと心底思います。

普通の暮らしに戻りたい。被災した人たち、被災した人と関わりを持つ人は口々に言います。普通の暮らし。それは日常を取り戻すことなのですが。

正解を持たないまま、この街の人々は誰しも、程度の差こそあれ、放射能に怯えています。放射能を憎んでいます。とりあえずの衣食住は日常であるものの、頭の中や心は日常ではないのです。

仮設に移った老夫婦に、わずかの食事を差し入れてきました。物資としての食事ではなく、手作りのモノを。
三疊二間の仮設はすでにして日用品でいっぱいでした。
「新婚生活だね」と冗談飛ばしてきましたが、「そうだね」という笑顔がどこか寂しげでした。

仮設生活を日常として受け入れる”覚悟”にはまだまだ至っていないようです。「この近くで、どっかで蛙の声が聞こえるのかな」。そう問いかけられました。
田んぼのある場所を教えてきました。季節、季節の自然とともに生きてきた人たちの日常。肌にしみついているその日常は「仮設村」では取り戻せません。

「家が流されたのならあきらめもつくけど村に戻れば家さあっからな~~~」。この人たちは長い「非日常」に耐えていかなければならないのです。

仮設のばあちゃんから電話がかかってきました。「ごちょさま、久しぶりにうまいもん食ったよ。ありがとね。また遊びに来てね」。

亭主にとって「日常」とは?「非日常」とは。模索の日々です。

随所に主となれば立つ処皆真。そんな道元の言葉が浮かんできます。

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