2011年6月3日金曜日

何も変わっていない・・・

あの国土を揺るがした大震災。爆発する原発。その有様を見た国民はすべてが思ったであろう。この国は変わらなくてはならない。変わるべきだと。

結局、何も変わっていない。被災者の、いまや日常となった悲惨な生活も。原発の恐怖も。

本来の国家であるならば、一番最初に変わるべきだったのは国の指導者であり、政権であり、政府であり、政治家だったはず。それが、まったく変わっていない。

辞める辞めない。ペテン師詐欺師。もうそんなことはどうでもいい。政治を論じることに意味を見いだせなくなった。

テロリズムの予感さえしてくる。

リーダー無き国家。もしかしたら政治家と称する人たちが居なくても、いや、居ない方が、この国は立行くのかもしれない。

飯舘村の菅野村長は穏やかに言った。「政治とは心です」と。
だから村民は黙って村長について行く。彼は信念を曲げないという。

岩手県大船渡の銘菓「かもめの玉子」。その銘菓会社の斎藤社長は言う。「社員は財産です」と。全社員はどんなに辛くてもその社長について行くという。そんなリーダーに巡り合えた事を誇りと思う、幸せだと思うと言う。

数日間の政局騒ぎ、無意味な政争。与野党を問わない。国民は今議席を持っているすべての政治家に「ノー」を突きつけているはず。これだけ政治不信に陥らせた責任はあまりにも大きい。この国の議会制民主主義は崩壊した。立て直すのにどれくらいの年月を要するのか。

すべての議員さんたちよ。もう一回己の胸に手をあててよく考え直せよ。人間としてそれでいいのかと。


メディアも結局変わっていなかった。悲しい。菅を鳩山を小沢を自民を非難する声は発せられているけれど「おざなり」である。通り一辺である。

「辞める」ということを一旦口にした以上は辞めねばならない。口にしたことを守らない以上それを政治家とは呼ばない。

メディアなこの国家存亡の危機をどう捉えているのか。飢え、苦しみ、恐怖にさいなまれている人たちをどう見ているのか。メディアに出来ることはあるはず。
メディアが見放されないための正念場を迎えている。

新聞は菅退陣に向けた大論陣をはりなさい。書いて書いて書きまくりなさい。東京の記者クラブや高層ビルの本社で書くのでなく、被災地へ行ってこの国を書きなさい。

テレビは各局で振り分けて、国会議員をすべてスタジオに呼びなさい。嘘偽りのない政治家としての考えを問いただしなさい。もし政局にいまなお言及する人がいたら、その人の名を記憶しなさい。次に選挙では落としなさい。

今の政治家が半分以上国会議員でなくなっても国民は困らない。原発作業員が一人欠けるほうが困る。

議員さんよ。群れている場合じゃない。個々人がどう思うか、どうするか。天下に明らかにし、衆目に自分の考え、行動を晒す時。

永田町生息者に「国民」と呼ばれたくない。だけど信じる。あまたの議員さんの中で「政治は心だ」と思っている人が数人でもいることを。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...