2011年6月18日土曜日

あれから100日・・・

もう100日か。あの恐怖の日から100日。100日という日が経って何が変わったのか。

人は日数(ひかず)をもって何かの区切るとする。死者を送るに49日という区切りがあるように。100日というのも「忌」の日。多くの死者を出したところでは鎮魂の祈りがささげられた。行方不明者を探すという「償い」という日々に、一つの区切りをつけようとする人達もいる。

新聞に載っていた一枚の写真。泥にまみれた日めくりカレンダーは3月11日のままであった。だれにもめくられなかったカレンダー。その写真が被災地の「時の有り様」を物語っているような。

時の回廊は動きを止めている・・・。

人が人らしく暮らせる環境に戻る目途は立たない。多分、何も変わっていない。100日という日数を費やしても。

回廊の中の堂々巡り。

原発事故の終息。ほとんど何も進んでいない。一進一退の日々。心の平安はどこにも無い。

あの日、何をしていたのか。記憶に残っていることもあれば薄れていくこともある。記憶の回廊だけは進んでいるのかもしれない。あの晩、何をどこでどうやって食べたのか覚えていない・・・。

身の回りで大きく変わったこと。放射線に関する“騒ぎ”が100倍、その声が大きくなったこと。動きが100倍増えたこと。そしてあらためてわかったこと。あの同心円の避難が無意味だったこと。圏外で線量が高く、圏内では低いということ。避難すべき人が避難しておらず、避難しなくてもよかった人が非日常の生活を強いられているということ。その矛盾がなんら解決されていないということ。

明日もまた反原発のデモが予定されているという。それはそれでいいのだけれど。止まった時を少しでもすすめるために、動きをとめた政治を動かすために、反原発のデモの代わりに「菅退陣」のデモにスローガンを変えてもらえないだろうか。政治家が変えられないのなら世論で変えるしかない。

かつて安保反対のデモが国会周辺に満ち溢れていたように。声を大にして叫ばなければ何も変わらないのかもしれない。安保は批准されたが岸を退陣に追い込むことはできた。

とりあえず、ほとんどの原発は稼働しない。出来ない。それに反対するデモの勢力を政治を動かす、菅をひきずりおろすデモに変えて欲しい。

そんな思いがふと交錯する100日目。

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