2011年6月22日水曜日

「東北一揆」しかないのか

一揆。百姓一揆と言われたように、それは、支配者への抗議、闘争などを目的とした農民の武装蜂起と辞書にはある。

被災地にはもちろん自衛隊や警察、さらにまだ、数は少なくなったとはいえ、ボランティアの人たちが活動を続けてくれている。全国から有形無形の援助が差し伸べられている。避難して行った人たちを暖かく迎え入れていてくれるところも人たちもいる。

しかしー。被災地とそうでないところでは「隔たり」が増幅されているような。

過日、「東北処分」という言葉を使ったが、東北処分は確実に進行していると思われる。

政治という世界ではそれが顕著である。被災地のためにと誰もが口を揃えていう。しかし、マスコミの伝え方にもよるだろうが、延命だとか居座りだとか、辞めろ辞めないから始まって、誠に箸にも棒にもかからないような「政局劇」、権力闘争。

被災地ではその帰趨や動向に意を用いている人はいない。どうでもいことなのだ。しかし、永田町の人たちは口を揃えていう。「あなた達被災者のために」と。この意識の感覚の隔たりをなんと見るか。

昨夜、農場を経営する青年や放射線量の高い地域に暮らしている青年など数人と会合。農場経営者は真剣に熱く語っていた。放射能の中でどうやって生きていくかを。
彼らは寝ずに勉強している。どうあるべきか、どうすべきかを。もちろんひまわり栽培はやっている。大麻草(違法の麻薬ではありません)のよる除染もありだとか。

土に携わっているものだからこそ生まれる発想と反省。「我々はいかに自然を軽率に扱ってきたか。神聖な山をどれだけないがしろにしてきたか」。自然には自然の摂理がある。農事歴をもとに、月の満ち欠けをもとに向き合ってきたならば、自然災害はもっと防げたはずなのに」。

そしてかれは一つの理想を語り始めた。「山に住もう。山に10家族位のコミュニティーを作り、木を植え、畑を耕し、山の手入れを怠らず、山の恵みを感じて暮らしてみよう。人が山を愛せば、山はそれに答えて恵みをもたらしてくれる。山の恵みは海にも及ぶはず」と。

「山を削ってニュータウンを作り何千人もの人が移り住む。そんなことをしたら、また山の怒りに触れる。山はそのままにして、その中で住まわせてもらう。そんな発想をしないとだめだ」とも。

たしかに。国土の大半が山であるにもかかわらず、山を人間は”征伐”してきた。間伐さえも怠り。開発、開発を。洪水は起こる。熊や猪は人里に来る。自然の摂理に背いたからだ。

酔う程に現実論も飛び出す。仲間うちでは真剣に語られて議論だという。汚染された土を、例えば校庭の表土でも、それらの土をダンプカーに満載して官邸や議事堂に持って行こう。おろしてこようと。

余りにも文明、文明に、その病に犯された平成という時代。文明を求めすぎた結果の惨禍、原発事故。

平成の農民一揆。「やろう!!」とけしかける亭主。そして名付けた「木こりプロジェクト」を実現させようと。

東北の怒りは、「隔たり」が故に永田町や霞が関には届かない。おざなりの視察では本質は見抜けない。見抜けないどころか「放射能のゴミは福島県に埋めろ」と視察に来たなんとかという政務官とかが言ったという。

一揆しかないのかもしれない。行動だけでなく意識も。

一揆という言葉にはもう一つの意味がある。心を同じくしてまとまることと辞書にはある。

どっちにしても一揆なのだ。求められているのは。

4 件のコメント:

ライオスキー さんのコメント...

この3ヵ月弱の間で、何人の官僚・議員達が福島の現状を調査・視察したのだろうか
この104日の間で、何人の官僚・国会議員達が自らの歳費・議員報酬の削減を実行しただろうか
この2496時間の間で、何人の福島県の地方議会議員達が目に見える行動にでただろうか
この149760分の間で、福島県知事はどのような具体策を国に訴え今後の方向性を導きだしたのか

自らの立場を優先し、責任を果たせぬ人間達
国民の税金を貪り、私欲のために居座る人間達
正義のカケラも見てとれぬ人間に頼る必要はなし

今、国民が立ち上がり、行動すべき時が来ている

亭主 さんのコメント...

ライオスキーさま
全く同感。さまざまな怒りで亭主の心も溶融しそうです。
まやかしの反原発デモでなく、真の国民の意思で国会を官邸を永田町を県庁を取り囲もう。
それでなくても減り続けているボランティア。しかし、彼らが一番行動している。まだこの国にはいささかの正義と良心が存在している。菅が側近と祝杯をあげた夏至の夜。
日本国にとっては滅亡の夜かも。

TACO さんのコメント...

亭主さま
子供の命は子供のためにある。大人の命は人のためにある。
ブッダの言いたかった言葉のひとつ「他利」のことか。
「修身授業録」で森信三先生が繰り返して学生に教えた「人のため、世のため、何かのため」それが人の道。
永田町の先生たちの命は「党のため、保身のため、利権のため」
『地平天成』『内平外成』元号平成は23年3月11日を以って終わりました。

亭主 さんのコメント...

tacoさま
知的障害者を雇用している社長さんの本「利他のすすめ」。
「人は働くことによって、人にほめられ、人の役に立ち、人から必要とされるからこそ、生きる喜びを感じることができるのだ」。
この社長さんは、これを、知的障害者から学んだという。

史記か書経かはともかく、安岡正篤か宇野精一(あは、ご近所だった)かはともかく、命名者には申し訳ないが、内外、天地とも平和が達成されるという願いは叶わなかったね。

次の元号はどうする?