2012年5月11日金曜日

腑に落ちない話・・・

広辞苑を見ると「合点(がてん)がいかない。納得できない。腑に落ちないって言葉の意味。

昨日、今日、郡山は「寒い」です。暖房を入れたくなるくらい。でも我慢なのです。節電という意識がしみ込んでいるから。きょうの亭主の服装、まるで冬衣装って感じ。

節電、節電。当然の事。電気はなるべく使わない・・・。でも見ちゃうテレビ。そのテレビに登場する電気自動車のCM.エコカーと呼ばれるもの、ハイブリッド車も含めて。

電気自動車、いったいどれくらいの電気を使うのか。自動車会社の広告にある説明。前面に出ているのは電気代。しかもわかりづらい説明。

どうもいわゆる満タンで、夜間電力を使用して充電して3キロワットアワーとか。69円だとか。走行距離と燃費。そりゃ電気自動車は「安い」「お得」ってことになるけれど。

戦時中は「ガソリンは血の一滴」と叫ばれていた。そんなスローガンを是とするわけじゃないが、今のご時世、「電気の1キロワットは血の一滴」ってことじゃないのかな。

番組では節電、節電、おそらくその“グッズ”開発したり、省エネという電化製品を売り出したメーカーは儲かることでしょう。それらの数々を番組では連日のように伝える。電気はなるべく使わないと。その番組の間に流されるCMは電気自動車。電気をお使いくだされ・・・。

ガソリンをぶんまいて走る車は、排ガスを出すジーゼル車はCO2削減に反するものとして、代替で開発された電気自動車。それが喧伝されたのは、時の話題となったのは原発事故の前だった。電力は無尽蔵とも思われていた時代だった。

電気が足りない、電気が足りない。連日のこの夏に向けた電力需給報道。だれが本当のことを言っているのかは皆目わからない。大飯と再稼働させても足りないと言ったかと思うと、再稼働させれば間に合うって話をしてくる関電然り。

電力が「足りない」という前提条件を受け入れ、どうやって生きていくか、暮らしていくか、社会構造を構築していくか。
自然エネルギーの開発と言って、いろんな話題は紹介されるけれど、実用化される段階ではないし。

節電、省エネとエコは違う。エコとはエコロジー。環境問題。全部が混同されてのライフスタイル。

国会に登場した野田や枝野。もうすでにノーネクタイ。似合わない「クールビズ」。まだ真夏じゃないんだよ。

スーツにネクタイ。一つの礼儀だと思う亭主。国会と言う場でノーネクタイ。もちろん原発事故前からの“慣例”にいつの間にかされてしまったけど。はなはだ礼を失する服装と思えてならない。

私事で恐縮。講演や塾など人前で話をするときは必ずネクタイを着用します。どんなに暑くとも。冷房の温度を下げろとも言いません。
ネクタイ着用。それは講演や講義を聞いてくれる方々に対しての「礼儀」だと心得ている昔人だから。
「礼に始まって礼に終わる」。そんな日本人の精神を善しとするから。

政治家のクールビズなる“偽装”。電力不足を誇示するための格好のように見えて仕方がないのですが。

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