2012年5月24日木曜日

「報道の中立性」、なんか世迷い言のような

世迷い言、それを分けのわからないこととかばかばかしいことという意味で見てみればですが。

NHKの経営委員長をやっている数土(すど)文夫という人が、東電の非常勤取締役になるということで、なんか世間は騒がしい。

民放局も新聞もこぞって言う。報道機関としてのNHKの中立性が保たれるのか、報道の中立性が問われていますとか。

なるほどごもっとも。悪の巣窟「東電」の役員にNHKの経営トップが就くということなのだから。東電を巡る報道に、トップの意向や、それを忖度した「東電寄り」の報道になるのではないかという懸念。当然です。

だけどね。報道の中立性なんていうお題目、なにかあると軽々に持ち出すなよってのが感想。お前ら「中立性」と今まで保って来たのかよ。いったい「中立性」ってなんだよと問いかけたい。

無意識的に刷り込まれた「中立性」。だから例えば新聞の社説なんかではこうなる。「ああでもない、こうでもない。あっちも悪いがこっちも悪い」って類の論調。結論無しの「問われている」という、いわば“逃げ口上”ばかり。

マスコミ、メディアの中立性って何なんだろう。あらためての問いかけ。

中立性が担保された、しっかりしているメディアってあるの?。

原発推進の旗振った新聞。広告主や代理店の意向を気にする民放。恣意的な報道、垂れ流しの情報。

3・11以降、NHKはけっこう「骨太」な番組を作っていた。もちろんその内容や視点には疑問符つくものもあったが。

国営放送がここまでよくやるなってものもあった。政治のNHK番組に対する介入、その例も知ってはいるが。

政治家紹介のNHK職員多し。民放幹部の息子は電通、電通幹部の息子は民放。そんなコネクションも多々。

鬼の首でもとったような「中立性」提起。・・・あはは、亭主の世迷い言か。

それならついでにもう一言。

数土って人が腐った東電の社外取締役になって、東電改革にモノ申す、力を注ぐっていうなら、NHKがそれを後押しすればいい。
国営企業と国営放送。「ガラスの巨塔」をバックにした東電改革。面白いかも。
逆転の“発想”。

国家権力と弱い国民。その間に入ってのマスコミ。それでも中立性を言うのか。弱い方の立場に軸足をもっとうつすべきなのだと。

“チェルノブイリ”異聞

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