2012年5月20日日曜日

聖書にも書かれていた

新約聖書のマタイの福音書第15章にこんな記述がある。
「聞いて悟れ、口に入るものは人を汚さない。口から出てくるものこそ人を汚すものである」。

現在の世情を言っているような。

原発事故で言われた食物による内部被曝。子供を含めて、99%がセシュウム検出されなかったという南相馬市のホールボディーカウンターでの検査結果。すでに排出されている。この結果を是としよう。
今、市場に出回っているあらゆる食品、問題ないと言っていいのでは。

しかし、これさえも疑ってかかる人もいる。「得意げ」に危険を言い募る人もあとを断たない。
それに何の意義があるのか。単なる“自己顕示”のような言辞がまき散らされている。

たとえ善意の人であっても、善意のつもりで毒を吐いている人も少なくない。
善意のつもりだから、自覚はないし、人から言われても気づかない。そんな人も多い。

黙っているという善意。それも有りなのだと思うのだけど。
”善意“の押し売りにも辟易する。

何回も書いてきたけれど、口から発せられる“毒”が、一番の汚染だと思うのだけど。

その汚染が大きな社会的害毒となって、子供たちの健康を阻害しているってことを。人間関係をいびつにしているってことを。

昨夜の「飲み会」でも交わしたこの種の話題。

単純な話。例え100ベクレルを超えていた野菜だって、その、基準を亭主は是としてないけれど、500でも問題ないと思っているけれど、それはともかく、1キロ食べての話し。野菜を1キロ食べますか。
利根川水系で、水道水からホルムアルデヒドが検出されたって話し。原因は未だわからずだけど。そのニュース聞いた時から危惧してたこと。原発事故、放射線によるものって話にされないかってこと。案の定、ネットではやってましたよ。なんら科学的、化学的裏打ちも、知見も無いどっかのだれかの妄想話しを。

今朝、テレビ見てたら馬鹿なジャーナリストなるもの、まして政治記者出身の奴が言っていた。「“汚染水”が検出されたところと、不思議なことに、放射線のホットスポットとされるところと重なっているんですよね」だと。

「口害」がこうやって巻き散らかされていく・・・。

人の口に戸は立てられない。日本の諺にあるけれど。一つの警句でしょ。聖書ってけっこういい事書いてあるんだなって。

冒頭の文言。食事の前に手を洗わなかった子供のことを言った人に、キリストがこたえた言葉だったと記憶。いわれなき誹謗中傷を指した言葉と記憶。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...