2012年5月19日土曜日

蛍雪時代・・・

蛍の光、窓の雪、書(ふみ)読む月日重ねつつ・・・。夜間勉強する時、家が貧乏で油を買えなかったので、蛍の光で書を読み。あるいは雪灯りで書を読んだっていう中国の故事からひいた言葉。蛍雪の功。簡単にいえばそいういうこと。

卒業式の定番ソング。昔の唱歌ってことでしょう。

亭主が中学、高校の時の学習参考書は「蛍雪時代」って名前の本。そのころ家庭の電気のアンペア数は15アンペアだった。しかもしょっちゅうヒューズが切れた。なぜか取り替えるのは子供の役目。

団扇に蚊帳。電車もバスもタクシーも冷房車なんてなかった。大学生時代。夏は暑くて当たり前っていうのが「普通の暮らし」。それがいつしか・・・。書を読む季節を重ねているうちに・・・。いつしか年も過ぎの戸を・・。

四半世紀前、郡山に来た時住んだマンション。エアコンは無し。二階でした。二週間我慢すれば大丈夫と言われ、団扇と扇風機だけの夏を数年体験。けっこう暮らせたのです。

水は美味いから浄水器はいらないと言われ。

その頃と今とどれだけ温暖化が進んだのかと。

ただし、街に出ると様子は一変。エアコン、クーラーから吐き出される熱風。室外機の周りの暑さ。新橋のガード下の焼鳥屋にはクーラー無かったな。新宿の飲み屋にも。

意味を為さない懐古談ですが・・。

このところ、世をあげて話題は「節電、節電」一色。

「普通の暮らし」。それは時代とともに変わる。エアコン当たり前、明るい街当たり前。普通の暮らし。

いくらLED照明だと言ったって、スカイツリーの夜景がテレビの話題。
どっかの国は「百万ドルの夜景」だなんて呼ばれて、おお、ロマンチック~。

東京では橋までもがライトアップ。光でお化粧。おそれを為してお月さまも顔を見せない、星もまたたかない。

都会は明るすぎるんじゃないですか。どっかで読んだもの。

「世界一明るい日本のビル、750ルックス、アメリカは350ルックス」。

電気と言えば原発に行きつき、原発なければ・・・の供給サイド論議がこれまで。これからは需要サイドの論議に。LEDとか高効率蛍光灯とか言われるんだけど。

地殻変動は今でも活発らしい。たとえ運転停止していたとしても、またどっかの原発に異変あれば。もう福島だけで十分です。あんな思い、こんな思いするのは。

電気足りない、電気たりない。本当の事は何もわからない。たしかに「普通」だった時とはすくないけれど。足りない中での社会構造、社会システムの構築。
それが肝要なのかと。大飯再稼働に向けて“策略”めぐらせるよりは。

汗流すために、汗かくために行っているスポーツジムで「冷房効かせろ」って叫んでるおじさん。ギンギンに冷やしてる店で冷えたビールを飲みまくっているあんちゃん。短いスカートのお姉ちゃんには薄いひざかけを提供サービスする飲食店さん。

「翼よあれがパリの灯だ」。あの頃もパリはそんなに明るかったのかな。そういう意味じゃないよね。

明るすぎる東京ってやはり憧れの的なんでしょうかね。

ああ、きょうも意味無い嫌みで。

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