2014年5月13日火曜日

かつて「地方の時代」と言われていた・・・

それはいつの頃から言われ始めていたのだろう。地方の時代って。いつの頃を指すのだろう。地方の時代って。

日本列島改造論が火をつけたのか、第何次まであったのだろうか「全国総合開発」。産業の再配置、国土交通網の整備、さまざまな公共事業。

それを後押ししたのがエネルギーとしての原発。

ふるさと創生基金なんてばかばかしいカネの、1億円のばらまきがあり、その頃からか、人間の感覚がおかしくなってきた。

地方の時代は、行政的には地方分権という形で具現化されるともされた。

で、地方分権は成ったのか。成っていない。交付金や補助金は国が握ったまま。多少の「権限移譲」があったに過ぎず。

地方自治という言葉は残っているが・・・。

「3・11」で実感した。地方と中央とのこと。名ばかりの地方自治。国におんぶにだっこのような県。

だから、地方自治は極めて限定的な形の中で語られるようになった。コミュニティーであり、コンパクトシティーであり、スモールシティーであり・・・。

国が前面に出るといった原発事故対策。前面に出ていない。
何かというと「住民合意」を迫る。その作業に追われる市町村。県とてなんら力を発揮できない。いや、その能力はもともと持っていない。持たされていない。

名ばかりの地方の時代。

安部政権が目指しているのは戦前回帰ではない。明治政府への回帰なのだ。あの中央集権的国家なのだ。

明治政府が国を一つにしようと採った政策。一つは教育。
師範学校を作り、帝国大学を作り、学校建築を統一化し、制服を作り。そして、全国共通の言語にするとして、方言を排斥し、標準語なるものをラジオを使って普及させようとした。

そしてなによりも教科書を国定教科書とし、全国一律の教育を施した。

方言は生き残った。地方で独自の教育が行われていたところもあった。

全国の市には教育委員会というのがある。教育委員長は、その中から選ばれていた。教科書問題ともからんでくる話だ。

教育委員長は委員の互選ではなく、首長の任命とする。教育長と一体化させて。そんな“教育改革”が進んでいる。首長は、地元の人間は少ない。去年を見ていても総務省出身者が国から“押し付けられて”くる。

国全体でみれば人口減。地方から見れば人口流出。一極集中するであろう人口。

被災3県とされる東北3県の事だけではない。流出は多く、流入は少ない。

“消滅する市町村”。そんなことが言われるのもむべなるかな。

産業再配置。地方に置かれた生産拠点も、グローバル化ということで海外に持って行かれる。それの方が企業にとっては生き残りをかけた戦略なのだから。

多くの物の生産地であった地方。原発を、電気を作る発電所をばらまかれた地方。
中央は、消費者としてそれらをあくなく吸い込んでいく。

福島は壊れた。第二の福島が生まれないという保証はどこにも無い。でも、中央は「無い可能性」に賭ける。

中央対地方。その関係の見直しを迫ったのが「3・11」なのだ。
地方は、中央に物や人を収奪されるところであってはならない。

地方分権の名のもと、国は耕作放棄地、荒れた農地を無くすことを国是とした。地方に権限を譲った。農業委員会なるものに、農業委員なる人に「その対策」を。

後継者のいない農家もある。片手間の農家もいる。国の助成金、「担い手育成事業資金」が飴になる。10ヘクタール以下の農家のは95%の助成金、農家は5%負担。農地を維持しているように「作る」。農業委員の“指導”で。その目的は宅地化したいから。宅地に転売すれば、農業収入の少なくとも10倍以上はカネが入る。
かくて農地が消えていく・・・。

岡目八目のような地方の時代、地方分権、権限移譲の一つの“実態”。

どうも我が家の南側の農地がそうだ。ここ数年、田植えはしていない。でも、時々“整地”はされている。

隣の田んぼ。二面に水が入った。カエルが帰る。水鳥のようなきれいな鳥が今朝も嬉しそうに土の中の餌をつばんでいた。

この風景を失いたく無い。

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