2014年5月4日日曜日

「みどりの日」に想うこと

昭和天皇の誕生日が4月29日。亡くなられてからその日は「みどりの日」とされた。それが昭和の日とされ、きょう5月4日に「みどりの日」が移行。
昭和天皇の誕生日にちなんだ日だ。昭和天皇が植物への造詣が深かったことからその名が付けられた。

時の政権によって”誕生日、誕生記念日“がころころかわるってのもいかがなものかとも。

それはともかく・・・。

昭和16年の日米開戦時、昭和天皇は9月の御前会議で陸軍大臣東条英機に和歌を伝えた。
明治天皇の御製である。

「四方の海 みなはらからとおもふ世に など波風のたちさわぐらむ」

戦争回避の意向を東条は汲み取った。昭和天皇の意向を忖度し、東条は一時は“回避”に動いた。
しかし、結局、戦争回避にはならなかった。

日本には「和の文化」というのがある。東北学(自己流)を始めたきっかけも、
東北人は「和の民」だという見方からはじまった。歴史の一面から見て。
出雲の国譲りという逸話から始まって・・・。

物事ははっきり言うと角が立つ。角を立てずに和を保つための心がけとして考えられたのが和歌。
和歌に本心を託して、一皮くるんだようにして意を伝える。それは古今や新古今にもある“恋歌”でもそうだった。

解釈によって真意が伝わるだろう。そんな慮りがあったのだ。

しかし、解釈は人によって異なる。東条のように素直に感じ取った人もいれば、違った解釈をした人もいる。

「戦争をするなということではなく、起こした波風はなるべき早くおさめろ」という“四方の海”の解釈。

解釈開戦。それを昭和天皇がどう受け止められていたのかはわからない。
終戦時の聖断では和歌は使われなかった。

しかし、皇室には脈々とした和の文化が生きている。
歌会始という宮中行事が厳然と存在しているのはその証左なのだろう。

一昨年の歌会始め。平成天皇は「3・11」を詠まれている。

「津波来し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる」

そこには果てしなき鎮魂の意が込められているとみるのだが・・・。

和歌は一つのたった31文字で書かれた文学だと思う。

「あの道もあの角もなし閖上一丁目あの窓もなしあの庭もなし」。以前にも引用した。3・11を巡る名も無き歌人たちの“万葉集”。

皐月の今日、みどりの日の名に相応しいように、多くの花が、まさに万葉を開いている・・・。

そして憲法論議は、まさに「四方の海波騒ぐ」の趣であり・・・。

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