2014年5月5日月曜日

「子どもの日」に想うこと

今日5月5日は「子どもの日」だ。
「こども」と書くか「子ども」と書くか「子供」と書くか。実は難しい。
新聞表記に従って「子ども」と書いてみる。

子どもの日。端午の節句と昔は言った。なんで端午の節句というのか。
それは置いておこう。

♪柱の傷は一昨年の5月5日の背比べ・・・♪
♪屋根より高い鯉幟・・・♪
♪甍の波と雲の波・・・♪

子どもの日にちなんだ童謡は数々あった。

それもさておき・・・。

子どもって何歳から何歳までをいうのだろう。

乳幼児や幼児は子供に入るのか、未成人は子供なのか。小学生までか、中学生までか。

昔、通っていた銭湯。小人、中人、大人って料金の区分けがあった。たしか中学からは、12歳以上は中人だったような。小人の間は母親と女風呂に入っていた。中学生になってから一人で男湯に入ったような記憶・・・。

どうも国が示す根拠は15歳未満ということらしい。

その15歳未満の子どもの数が33年間にわたって減少している。
日本の人口構成は、言われてきた“ピラミッド型”が破壊され、腹でっかちの“いびつな建造物”のような形になっている。

それはつまり、人口が大幅に減少していくということ。

そしてこういう統計は必ず都道府県単位で語られる。子どもの割合の高い順、低い順・・・。
それにあまり意味合いを感じない。
感じるのは福島県の子どもの数の推移だけ。
「6千人減だが、一昨年の1万1千人減より小幅だった。少しずつ除染が進み、子どもを連れた避難者が戻りつつある」と県も言う。

子どもの数が減っていく国。人口が減っていく国。労働人口が減っていく国。でも、今、この国の“指導者”達が打ち出す施策は、人口が変わらないか、むしろ増えるという前提で考えられているとしか思えない。

どうやって子どもの数を増やすか。官民挙げての最重要課題だと思えるのだが。

もしかしたら「子ども」の位置づけも変わってきたのかもしれない。15歳の女子ゴルファー、15歳だった頃の浅田真央。ソチ五輪で活躍した15歳のボーダー。
大人を負かす子ども。いや、もはや子どもでは無いのだろう。

郡山物語という本が出版されている。「3・11」後、子どもたちをどうやって守っていくのか。それに携わった人達の手記だ。その中で、柳田邦男は書いている。
「子供の心を育てるということは、まさに未来を膨らみのあるものにしていく事だ」と。

安部晋三は子どもの頃、祖父の家で「安保反対」と叫びながら走り回っていたという。祖父の岸信介は苦笑いしながらそれを見ていたという。
僕の弟の小学生の孫は、新聞を読むらしい。そして突然言ったという。
「集団的自衛権反対だ」と。祖父は感嘆しながら孫の話を聞いていたという。

何歳までを子どもと呼ぶのか。やはり15歳未満なのだろう。一般的には。だから15歳以上の“子ども”を指して「若者」と呼びたい。

歌人、一ノ関忠人の一句を若者に、いや、すべての子ども達にも贈る。
「若者よ、この辛き世を生き延びよ 怒れ、泣け、そしてしんそこ笑へ」。

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