2015年3月4日水曜日

「ノクターン・夜想曲」~倉本聡と“風”~

昨日、倉本聡の作品、作・演出の舞台「ノクターン、夜想曲」を観た。
この芝居が原発事故を扱ったものだということは知っていた。知っていたから、倉本聡がどう書いたのか、何を伝えようとしているかに関心があった。

でも、「予見」や「予知」、「予断」を持たずにいった。白紙の状態で知りたかったから。

「北の国から」以来の、いわば倉本フアンだ。「きのう悲別で」、「前略おふくろ様」テレビドラマを見ていた。そのシナリオ本も読んだ。

今も時折発せられる彼のメッセージを見聞きしていた。

まったく偶然だ。きのう、このブログに「自然」のことを書いた。書いた時に倉本聡のことは頭になかった。それが夜に“つながって”いた・・・。

滅多にしないことを会場でやった。「プログラム」を買ったのだ。そして、開演前にそれを広げた。

驚いた。なんと作品の原点が、原町の詩人、若松丈太郎にあったということだ。

「神隠しされた街」。

チェルノブイリ後に、そこを訪れた若松丈太郎が書いた詩。1994年の詩だ。

「3・11」後に、その詩を知った。このブログにも引用したと思う。あちこちに、その詩を用いた。塾でも紹介したかもしれない。

原発事故後のこころの「空白」を埋めるために、餓えたように求めていた文学や詩、そこに救い主のように見つけたのがその詩だった。

最初、その詩に接した時、それは2011年4月のその地を詠んだものだと思ってしまった。読み進めるうちにそれがチェルノブイリを書いたものだとわかった。でも、光景は全く同じなのだ。

倉本はそれを「予言詩」だと記している。まさにそうだったのだ。

舞台のピエロの一人は若松だ。読み上げられる詩は抜粋されている。全文を書きたい。長文だ。きょうのブログの最後に記しておく。

倉本が富良野塾を開いた時の「起草文」というのがあるそうだ。プリグラムから引く。

「あなたは文明に麻痺していませんか。石油と水とどっちが大事ですか。車と足はどっちが大事ですか。知識と知恵はどっちが大事ですか。批判と創造はどっちが大事ですか。理屈と行動はどっちが大事ですか。あなたは感動を忘れていませんか。あなたは結局、何のかんのと云いながら、我が世の春を謳歌していませんか」。

この“価値観”が倉本作品には貫かれていると思う。

「ノクターン」でも、主人公が一人語りする。1F作業員だった男が。家族を失った男が。

「コントロールされているなんていう奴は嫌いだ。再稼働をいう奴も嫌いだ。再稼働反対ってデモしている奴も嫌いだ。デモが終わって家に帰れば、明るい電気と家電製品に満ち溢れ、贅沢な日々を送っている・・・」。

しかし彼は言う。「どうして泣いたかというと説明するとな・・・人間て良いなって思ったからなんだ」とも。

もう7年以上前だろうか。「風のガーデン」というドラマがあった。そのドラマのテーマ曲も、ショパンの「ノクターン」だった。今回はそれがタイトル。
そのドラマにも「人間の良さ」が描かれていた。それが死を迎えるものであっても。

そして「風」。時代の風、空気、匂い。

倉本も若松も戦争経験者だったということ。戦地には行っていないが、あの時代の風を引きづっているということ。

ショパンのノクターン。それはポーランドがナチスドイツに侵攻され、ショパンの曲は演奏禁止とされていた。

ノクターンという作品タイトルの意味がわかった。

彼の作品で、これも時々引用させてもらったドラマ「歸國」。2010年の終戦記念日、一両の軍用列車が東京駅の新幹線ホームに滑り込む。降りてきたのは帝国軍人。軍服姿の、銃剣を携えた。彼らは故郷にそれぞれ向かう。

そして・・・皆が戻ってくる。「俺たちが戦ったのは、こんな経済成長に浮かれた国の為にではなかった」と言い、また軍用列車で消えていくという話だ。

ノクターンの舞台を見ながら、変な話だが、僕の魂は「純化」されていくように覚えた。そして「原点」をあらためて想起した。

あすはいわきで公演がある。土曜日には福島市。東京での公演はすでに終わっている。

この舞台は、福島県民はもちろんであろうが、県外の、東京の人にぜひ観てもらいたい。

その機会があるかどうかは知らないが。福島を理解してもらうためにいささかの“素材”となるであろうから・・・。


以下、若松丈太郎の原詩を書きとめておく。長いが・・・。

「神隠しされた街」
四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた
サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない
人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ
ラジオで避難警報があって
「三日分の食料を準備してください」
多くの人は三日たてば帰れると思って
ちいさな手提げ袋をもって
なかには仔猫だけを抱いた老婆も
入院加療中の病人も
千百台のバスに乗って
四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた
鬼ごっこする子どもたちの歓声が
隣人との垣根ごしのあいさつが
郵便配達夫の自転車のベル音が
ボルシチを煮るにおいが
家々の窓の夜のあかりが
人びとの暮らしが
地図のうえからプリピャチ市が消えた
チェルノブイリ事故発生四十時間後のことである

千百台のバスに乗って
プリピャチ市民が二時間のあいだにちりぢりに
近隣三村あわせて四万九千人が消えた
四万九千人といえば
私の住む原町市の人口にひとしい
さらに
原子力発電所中心半径三〇㎞ゾーンは危険地帯とされ
十一日目の五月六日から三日のあいだに九万二千人が
あわせて約十五万人
人びとは一〇〇㎞や一五〇㎞先の農村にちりぢりに消えた

半径三〇㎞ゾーンといえば
東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
双葉町 大熊町
富岡町 楢葉町
浪江町 広野町
川内村 都路村 葛尾村
小高町 いわき市北部
そして私の住む原町市がふくまれる
こちらもあわせて約十五万人
私たちが消えるべき先はどこか
私たちはどこに姿を消せばいいのか
事故六年のちに避難命令が出た村さえもある

事故八年のちの旧プリピャチ市に
私たちは入った
亀裂がはいったペーヴメントの
亀裂をひろげて雑草がたけだけしい
ツバメが飛んでいる
ハトが胸をふくらませている
チョウが草花に羽をやすめている
ハエがおちつきなく動いている
蚊柱が回転している
街路樹の葉が風に身をゆだねている
それなのに
人声のしない都市
人の歩いていない都市
四万五千の人びとがかくれんぼしている都市
鬼の私は捜しまわる
幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
台所のコンロにかけられたシチュー鍋
オフィスの机上のひろげたままの書類
ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに
日がもう暮れる

鬼の私はとほうに暮れる
友だちがみんな神隠しにあってしまって
私は広場にひとり立ちつくす
デパートもホテルも
文化会館も学校も
集合住宅も
崩れはじめている
すべてはほろびへと向かう
人びとのいのちと
人びとがつくった都市とほろびをきそいあう
ストロンチウム九〇 半減期   27,7年。
セシウム一三七   半減期   30年。
プルトニウム二三九 半減期   24,400年。
セシウムの放射線量が八分の一に減るまでに九十年
致死量八倍のセシウムは九十年後も生きものを殺しつづける
人は百年後のことに自分の手を下せないということであれば
人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか

捨てられた幼稚園の広場を歩く
雑草に踏み入れる
雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない
肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない
神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない

私たちの神隠しはきょうかもしれない
うしろで子どもの声がした気がする
ふりむいてもだれもいない
なにかが背筋をぞくっと襲う
広場にひとり立ちつくす


“チェルノブイリ”異聞

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