2011年8月11日木曜日

ボヘミアン

チェコのボヘミア地方からフランスに移住したボヘミア人のことを言う。ジプシーと呼ばれる。流浪の民。流れ者とも。

あれから5ヶ月である。一口に五ヶ月と言ってしまえば単なる時の流れだが、被災地にとっては重い、重い、五ヶ月。

死者、行方不明者2万人以上。ひとりひとりに名前があり、それぞれの人生が、物語があったにもかかわらず、2万という数字にくくられてしまった。

月日の流れとて然り。一日、一日を様々な形や思いで生きてきたが、五ヶ月という時間でくくられる。

被災者、避難民。最初は寝るところ、食べることが最大の問題だった。月日の流れは求めるものや、問題を変えてきた。物質的なことだけでなく、人のこころも変わって来た。

予測がつかなかった原発事故のその後。避難所を転々とし、まさにボヘミアンとなった人たち。

震災後、原発事故後、福島県で転校した小中学生は県外に7672人、県内が4575人。夏休み中にその数はもっと増える。県外に1081人、県内755人。小中学生の一割が転校する。

転校先で子供たちは、どんな環境で、どんな気持ちで学校生活を送っているのか。親とも離れた子もいれば、両親が「別居」状態での避難、転校の子もいる。

総じて子供たちは学校生活の詳細を親には話さない。語ることを止める子供達もいる。一種の子供たちの「自己防衛反応」。「イジメ」という社会現象にも似ている。

9割の子供は今までの学校にとどまっている。家族観や親の事情もある。
親は困惑している。給食が心配だと思う親は弁当をもたせる。牛乳が気になる親は飲ませるのをやめる。雨がすれば迎えに行く・・・。

親が迎えに行けば、それを揶揄する子供たちもいる。俺は放射能を食ってやると叫ぶ子もいるという。イジメに近い状態がある。無口になった子供たちが増えている。

20キロ圏内。浪江から郡山に避難してきた一家。内部被爆検査を受けて「影響無し」とされた。心配だが郡山に定住する“覚悟”を決めたという親もいる。

その郡山から出ていく子供たちもいる。

たまたま夏休み中ではあるが、学校の中で、子供たちの中で、放射能汚染をめぐって確実に何かが起きている。危険を訴える学者や検査体制だけでは子供たちの世界に起きているさまざまな問題は解決出来ない。

「去るも地獄、残るも地獄」。大げさな表現だが、口を閉ざした子供たちのこころの世界をどうすればいいのか。

国は全くの無策である。市町村は大掛かりな「除染作業」しか出来ない。
「子供を放射能から守ろう」。声高に呼びかけた市民団体。避難先でのこどもの心にどこまで立ち入れるのか。

「放射能の恐怖」を子供たちはどれくらい理解出来ているのか。”恐怖“をめぐって親子の間でさえ微妙な乖離が生まれているという。

先に挙げた数字は公立の学校の数字。私立や幼稚園児も乳児も含めれば、とてつもない数字。

食物を含めた内部被曝という汚染に加えて、慣れ親しんだ環境や友達と離れ避難、転校した子供たちには、「心の汚染」が生まれる。

高圧洗浄機で汚染を少なくし、通学路を確保しても、校庭の表土の汚染度を下げても、もはや定住、安住の地にはならなくなった。何も信用できない。親達の「こころの汚染」が定着してしまったから。

震災から五ヶ月の夏に思うことの断片。なぜかボヘミアンという古い言葉が浮かんでしまったこの夏。

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