2011年8月17日水曜日

「薪」の話しの続き

余り同じ話題を書きたくないのですが、書かないようにしているつもりですが。

腹に据えかねて「薪」の話を改めて。

京都五山の送り火、大文字焼き。京都の夜空を染めていました。涙で眺めている人たちの姿をテレビは映していました。その人が京都の人なのかどうか。定かでは全く無く。

陸前高田の高田松原の松。数奇な“運命”をたどっています。京都で燃やされること無く持ちかえられた薪は“故郷”で燃やされまさしく鎮魂の灯りとなっていました。薪に書かれた被災地の人達の思い。京都で丁寧に護魔木に書きうつされ、送り火の中に溶け込んでいきました。

三春の僧侶、玄脩宗久氏はこう言っていました。「心の混乱、分裂がある。私は京都を責めないでおきたい」と。

昨夜の報道ステーション。コメンテーターの朝日新聞の記者。キザなお方。世界遺産に指定された平泉中尊寺の送り火に薪が使われていたことに触れ。なんと奥州藤原三代にまで話をひろげて。「現地と京都との距離感の問題だ。京都を責められない」と。要旨。地図上の距離感を持ち出す。なんだい、こいつは。

あの薪を燃やしてどれくらいの放射能が京都市民の頭上にふりかかるって言うんだい。たいしたことない。なんら問題ない。ある種の「強迫観念」のかられてのヒステリックな反応。それに疑義を持つべきだと思うのですが。

彼の論法で行くと放射性廃棄物。たとえそれが微量なものであっても現地処理という国交省の考えと同一。
日本は一つだ。そりゃ嘘だ。距離感だって。京都よりはるか遠いところから、福島の地に赴き、放射能下で働いているボランティアだって大勢いる。こころに距離感あって良いわけない。

朝日新聞的論調があるからだろうか。高田の薪を燃やすことにしていた千葉の成田山新勝寺にも140件もの抗議の電話が殺到したという。京都と千葉。距離は半分。

いわれなき差別と隔離を強いたハンセン病患者の歴史を思う。当時も学者、医者、専門家は伝染すると言い募った。マスコミはそれに飛び乗っていた。

戦争責任。国か軍部か。当時のマスコミにも大いなる責任あり。国威発揚を言い募り、嘘の戦果を書きまくり。

東京のメディアは「フクシマ」を「東北」を隔離したいのか。それならそれでよし。「たいまつ」掲げて抵抗する。「たいまつ」とは終戦時、朝日新聞に抗して退社したむのたけじさんが起こした手作りのローカルメディア。

テレビに登場する一部の知ったかぶり人間ども。それらがこの国を危うくしていることに気づくべきと。

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