2011年10月24日月曜日

パソコンの立ち並ぶ”光景”

亭主がパソコンとやらを始めたのは16年以上前だったろうか。ネット通信環境もままならに時代。回線はダイヤルアップ。既存の電話回線。ピポピポピピピ。

それから瞬く間に、あっと言う間に、うっかり昼寝をしている間に、パソコンは社会生活すべてに欠かせないものになった。
もうパソコン無しでは世の中は動かないだろう。

昭和30年代、テレビがあっと言う間の普及しお茶の間を占拠し、すべての情報源となったように。

コンピュータは多大な電力を必要とする。熱を放出する。それを冷やすのにまた電気がいる。その端末としてあるパソコン。
電力会社の運用もパソコンだし、地震の予測測定もパソコンだし、放射線の飛散計算もパソコンだし・・。

郡山に避難してきている町村の仮役場にも建物はプレハブ仮設だけれど、パソコンが林立している。新聞記者もテレビ記者もパソコンで記事を書き、動画を送り。

ネットメディアなるものが出現して、その存在意義を誇示する。ニコニコ動画。放送中にアクセス数が、コメントが瞬時に見られる。
ネット族という名の人達があふれる。

革命もデモも。ネットが呼びかけてはじまる。

新聞、テレビはもちろんパソコンで成り立っているにも関わらず、既存メディアといわれ、フリージャーナリストなる人達が続々と登場し、自由報道協会なるものを作り、我こそがメディアの主流だと豪語する。それに追従する既存メディアで育った人達もいる。

ふと我に帰ると、とんでもない社会に来たような、とんでもない時代に身を置いてしまったような気になる。

どうしても不思議に思えてならないこと。例えば役所。国から地方自治体まで。どこでもパソコン、パソコン。瞬時に事が運ぶ。

大蔵省主計局。予算編成時の主計官達は、その時期になるとソロバンで数字をはじき、毎晩徹夜して予算を組みあげていた。そんな昔の話ではない。ソロバンが大蔵官僚の最強のツール。

いつしか、電卓通り越してパソコン。事務効率は格段にスピードアップされたと思うに。10人でやっていた計算が一人で瞬時に。のはずなのに。
国だけでなく、地方も含めて、企業ももちろん。人は減らない。人の手をパソコンが代わりにやっているんだから。でも減らない。

国家公務員の給料めぐってもめている。役人の給料減らせと。人事院勧告では0,23%減が法案で7,8%減にしようと。
給料減らされたら役人のモチベーションさがるでしょうね。議員さんはそのまま。

やはり人員を減らすべきなんです。あらゆる議員も公務員も。公務員の数減らせば天下りも減る。意味の無い天下り団体も減る。

パソコンで「計算」すれな一発でわかるじゃん。

もっとパソコン活用しましょう。使用するに必要な電気の出元はともかく。そして使わない時はこまめに消しましょう。節電効果大なんだから。

ニューヨーク、ウオールストリート街の公園の中に置かれた二台のパソコン。デモを呼びかけているそうな。デモの様子を伝えているそうな。

パソコンに操られる人間。そしてパソコンで制御出来なくなった人工衛星が空から破片となって落ちてくる。コンピューター制御の無人ロボットが原発2号機の中で「行方不明」になっている・・・。

そしてトルコで発生した地震。おそらく耐震構造の建物など少ないだろう。
死傷者多数とか。

ネットを繰っても、その詳細は明らかでない。救援隊は行ったのだろうか。

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