2011年10月2日日曜日

そしてマスコミはリードする

昨日の続きのようですが・・・。

天声人語に不満を言わせてもらえるなら、野田を仏頂面って表現していたこと。
何をもって仏頂面とうのか。
偉そうにしている記者さんたちだって仏頂面じゃないのか。それは政治に対してだけでなく、つとめて、社内など身辺のこともあろうからと拝察。

脱原発と唐突に言いだした菅。突然朝日新聞は菅擁護の論調に変わった。言うだけなら誰でも言える。そしてまさしく震災後、常に仏頂面をさらしていた。

有る日突然。“盟友”なのか。孫正義主催の集まりで、まさに破顔大笑。高笑い。
「顔を見たくない、見たくないってやつらがいる。本当に見たくないならこの法案を通せばいい。これからはこれでいきます」。あの笑顔。その時以来、菅を本当に嫌いになった。保身のために高笑いしている時期ではなかったのに。

この男の本性見た思い。

震災後、被災地の人達、避難している人達は、皆、国のリーダーの言葉を待っていた。菅の口からは発せられなかった。国民を安堵させ、力付ける言葉は。

そのころ人々は「言葉」に飢えていた。「この言葉を支えにして生きる」。そんな本が書店に並んだ。古人の言葉の羅列・・・。

リーダーの言葉を待っていた。しかし、それこそたまにしか開かれなかった記者会見での発言は避難指示とか、国民を疑心暗鬼にさせる言葉だけ。

「脱」を言い出したらメディアの風向きが変わった。無意味な言葉に寄り添うマスコミ。

危機の際、リーダーはつとめてメッセージを発しなければならない。何回も記すが、飯舘村の村長が、なぜ外国の雑誌に、優れたリーダーとして取り上げられたのか。理念と目標を具体的に語ったから。人心を安堵させようとしたから。

野田に告ぐ。ぶら下がりなどに応ずる必要なないけれど、毎日とはいわないけれど、やはり自分の口で、自分の言葉でメッセージを国民に発し続けなさいと。

朝霞の公務員宿舎について野田が会見で喋った。「現地に行ってみて判断する」と。別に現地に行かなくたって判断出来ること。何をみたいのかわからない。
記事になると、この発言をカギカッコで結び、見直しを示唆したとなる。

既成事実を作る。示唆したあとはそうしないと「裏切った」呼ばわりするのがマスコミの常。自分達の予測、推測がはずれると、その攻撃は激しい。しかも集中砲火のように。

鉢呂の死の町発言もそうだった。言葉をカギカッコで書いて、そのあと。
「進退問題に発展することも予想される」。

こんな記者の“願望”込めた一行に野党も飛びつく。「辞めろ」とマスコミがリードした辞任劇。

なにかといえば「財務省主導」。まるで悪のように。「財務省の幹部がほくそえんでいた」と“解説。誰なんだいその人って。記者が勝手に作り上げた幹部談だって有りうる。

なんでも「リード」したがるマスコミ。

被災地を書く記者の、たった一人の人間を書いた言葉の方が世の中には伝わる。
ちゃんと氏名を乗せた小さな怒りの声の方が。

途方に暮れている人まだまだ多数。国のメッセージも無い。県知事の言葉も無い。メッセージが発せられていない。

リーダーから発せられないメッセージ。発する言葉も持たない指導者。何も見えない中で、半年以上。

秋空も憂いを含んでいるような。

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