2011年10月28日金曜日

”仮住まい”の9万人

郡山、ビッグパレットの隣にある仮設のばあちゃんから久しぶりに電話がありました。
「米貰ったんだ。玄米だけどいるかい?」
早速もらってきました。嬉しいです。仮設にいる人から米をもらう。本来は逆の話なのに。
いろいろ不自由してるだろうに。おすそ分けの精神なのでしょうか。長年身に付いた。
逆なんです。逆。ありがたいし嬉しいし。物だけではない。こころも。仮設の人に助けられている。教えられている。
「オレはあんたとの出会いは一生忘れない」って。

地域コミュニティーって何なんだろう・・・。

避難者、被災者の住居。借り上げ住宅、つまりアパートみたいなところに6万人余りが住んでいます。
仮設住宅には2万8千人余りが住んでいます。

9万人が仮住まい。

たとえば仮設。4畳半二間にキッチン、トイレ。食うところと寝るところだけ。
ろくに家具も置けない。

県外の「借り上げ住宅」に行っている人たちも多数です。で、10万人の福島県民がまともな「家」に住んでいない・・。

京都の大地震の後をうけて書かれた方丈記によるならば、住まいは「方丈」。それこそ4畳半一間でいいというこになるわけですが。晩年の鴨長明のように一人暮らしならいざ知らず。

織田信長が言ったとされる「立って半畳、寝て一畳。天下とっても二合半」。至言ではありますが、栄華を極め、大きな城に住み、食は多分贅沢の限りを尽くしたであろうし。

借り上げ、仮設。今のところは2年が限度とされています。2年で帰れる人はどのくらいありやと。

中には大金持ちの人もいて、これまでの住居に見切りをつけ、郡山や会津などのに家を買ったという人もいますが。大半はさにあらずなのです。

通常に戻ったテレビ。さすがにテレビの世界でも、CMは、どこか以前とは変わってきたような気がします。やたら消費をあおったり、大騒ぎしているようなものは無くなった。でもハススメーカーのCMは、たしかに綺麗だし、落ち着くような内容になっているけれど、「終の棲家」と言われるとみている方はなんとなく複雑に。

借り上げや仮設に住んで、テレビ漬けになっている人たちはどういう思いでそのCMを見ているのかと。

朝晩はすっかり寒くなってきました。仮住まいは多分心も寒い。暖房対策、そこそこされるということだけど仮設の寒さはつらいことだと思います。

ストーブで火事で出なければいけど。加湿まで手がまわるのかな。着膨れして転ばなければいいけど。
原子力発電が始まった頃か。巷に流れていた歌。♪狭いながらも楽しい我が家、愛の灯影がさすところ・・・♪。私の青空という歌だった。あの時代ってなんだったんだろう。いま、青空からは見えない恐怖が降ってくる・

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