2013年1月31日木曜日

嫌われる煙草、その「銘柄」をめぐって

JTがまだ専売公社だった頃、こんなキャッチフレーズがあった。
「きょうも元気だ、煙草が美味い」
そう、たしかに元気な時、体調が良い時の煙草は美味い。健康のバロメーターだった。

「煙草は生活の句読点」。これも秀逸だった。仕事の合間の一服。子供の頃、何かのことで家に来ていた職人さん。
「ささ、一服してください」親はそう声をかけて、お茶と煙草を出していた。
その頃は煙草は吸うとは言わず、のむと言っていかたな。ちょっとした頼みごとをした時の“お駄賃”は「煙草銭」と言った。
「なんだい、煙草銭にもならないじゃないか」。バイトでそんな言葉を吐いたこともある。

きのう、塾生の一人から怒られた。「煙草はやめましょう」と。
亭主は肺疾患の履歴を持っている。右肺の中葉部は切除されている。そこの行くまでに放射線治療もやった。もちろんX線は何枚撮ったことか。CTも何回やったことか。

「典型的なCOPD、肺気腫です」そう医者に言われて「お医者さんと一緒に禁煙しましょう」。それに同意して、薬を飲みながらの禁煙治療。そのさなかに来たのが「3・11」。

やめられるかなと思っていた時のあの惨状。見事に復活。で、きのうは肺のCT検査だったということなのですが。

とにかく世の中、嫌煙であり、禁煙であり、喫煙者の数はそこそこ多いのに、吸うことに対しては肩身が狭い。

頭のMRI検査をしながら、これで吸ってきた煙草の銘柄を思い出し、こじつけをしていた。

最初に吸ったのは、いや、正確には吸わされたのは「ひかり」。まだ“戦後”だった頃、世の中は「光」を求めていた。そして「ピース」。平和願望があったのだろうか。それから「いこい」に。忙しい仕事に憩いを求めていたのだろうか。

テレビに時々顔を出していたころは、なぜか「キャスター」。別のキャスター志望では全くなかったのだけど。同僚からは揶揄されて。

その後。「ショートホープ」。ささやかな希望を求めていたからか。

いや、すごいですね。このこじつけ。

今は「フロンティアライト」。キャスターに“併合”されたらしが。1ミリ。
フロンティアにどういう訳語を当てるのか。開拓者なのか辺境なのか。

東北はしばしば「辺境の地」とされる。しかし、その辺境は開拓にもつながる。フロントランナーにもつながる。
こじつけながらも煙草に込めた願い・・・。

マイルドセブンが欧米からの異論があって「メビウス」と呼称変更とか。
なんだい、これも世相だな。世の中が、世界が「解けない輪」のようだという証かい。ってね。

福島県の農業。一時は煙草耕作者が多くを占めていた。煙草耕作組合っていうのは、JAに並ぶ政治の「票田」であり、大きな圧力団体だった。

かつて、友人の放浪画家が川内村に住んでいたことがある。周りは煙草畑。その画家の住んでいたアトリエ兼の建物も、元は煙草の葉を選り分け、出荷するための作業所だった。

もともとの喫煙者か、にわかにそうなったのかはわからないが、避難所の外に置かれた喫煙所には、いつも人が群れていた。煙草を分けあい、その心を煙に巻かんとばかり、その場で知り合った者同士がいつまでも喋りあっていた・・・。

キャッチコピーを思い出しての煙草談義。風邪が治らないのも煙草のせい。十分自覚しながらも、無意識に手が行くたばこ・・・。けっして「美味く」はなにのですが。
精神安定剤かも(笑)。

意志の強い方、ぜひ煙草はやめましょう。ほとんどが税金なんですし。広く薄くの徴税手法の典型、実勢価格とは違うのですから。

結局、きょうは何を言いたかったんだい。反省。

2013年1月30日水曜日

「朱に交われば赤くなる」ネット社会への風刺かも

徒然では無い中での諺借りての続き。

人は関わる相手や環境によって良くも悪くもなるって意味で。

妻をめとらば 才たけて みめ美わしく 情けある
 友を選ばば 書を読みて 六分(りくぶ)の侠気(きょうき) 四分(しぶ)の熱」
与謝野鉄幹のこんな歌もよく歌っていたものです。
たしか、テレビもネットも無い時代だった・・・。
いや、実生活がどうだったかはともかく。
そして、その次にはこうあったような。
「ああわれダンテの 奇才なく バイロン、ハイネの 熱なきも
 石を抱( いだ)きて 野にうたう 芭蕉のさびを よろこばず」

芭蕉のさびは喜んでいましたが。

純朴な志を抱き、憂国の念を持って政界に打って出た政治家達も、永田町が持つ“朱”と交わっているうちに赤色に染まっていく。そこに巣くう論理に初心を忘れていく。そんなもんじゃありませんかね。

「総理大臣というのは孤独なもんなんだよな」。何人かの総理経験者から聞かされた。田中角栄はつづけた。「俺の耳に入ってくるのは、みんな良い話ばかりなんだよね」。甘言は判断を誤らせ、政治の方向を世論から乖離させる。

孤独とは、結果一人で決断しなければないらないということや、誰の言を信じ、受け入れればいいのかという判断に到達する。

官房長官は総理の女房役。これもあの世界での定説。しかし、総理に呼ばれてもその部屋に行く事を潔しとしなかった人がいた。なぜか、どうせ怒鳴られるのがわかっているからと。

最近、新聞記事に書いてあった。菅官房長官は安倍首相の“精神安定剤”になっているって。その気持ちはわかる。だから安定剤は染まってはいけないのだとも。
気心の知れた「お友達内閣」は、国を危うくすることをお忘れなく。
そして、今や多くの政治家も使っているネット。ツイッターやフェイスブック。ついに石原慎太郎までが始めたという。頑迷固陋な暴走族も流行りものにはかてないということか。ま、本人が見たり読んだり書き込んだりはしないと思うけど。

きのう見たツイッターに興味惹かれる短文があった。
「脱原発全然結構。だが放射能の影響を過剰に煽ったり福島県を巻き込まずやってくれ。俺らここに住んでいるんだよ。あとリアルに誰にも相手にされないからってツイッターに逃避するにはよくないと思うけどね」。
思わずフォローボタンを押し、リツイートしてしまった。同感だったから。

このリツイート機能。なんと理解し、利用すればいいのだろうか。ボクがやったと同じように、同意見を広めるってことなのか。ということはそれこそ朱に交わればの如く、同じ意見や感覚の人同士が仲間を求めて同じ色を求めあっているってことじゃないかなと。

もちろん、そんな人が全てではなく、反論、論破に励んでいる人もいるが。
ツイッターを通じて、友達も出来た。作家や映画監督や地元の人達。
3.11直後は東大のチーム中川のツイートにずいぶん助けられた。デマが飛び交っていた中でも。
「友を選ばば」の胸中かとも。

しかし、ネットの中に埋没してしまうと、それこそ“中毒状態”になってしまうと、一日中かかりっきりって人もいるのではないかと思うくらい。バイロン、ハイネに親しむ時間もなかろうに。

ネットには人それぞれの接し方があると思う。リツイートは同意の証としているボクのような奴もいるが。でも、同意であっても、それは一旦自分が引き取って、解釈して、自分の言葉に置き換えて発信するってのが最良なんじゃないのかもと。

すみませんでした。ミソクソ一緒の話で。眼くそ鼻くそを笑うの類の話で。
ツイート代わりに一言。

「きょうはこれから病院に検査に行ってきます。風邪が原因だと思われる体調不良が続いているゆえ」。
「頭のMRIやります。肺のCTもやります。思いっきり放射線浴びてきます。もちろん医療用のですがね。ガハハ」。
そして、「また言われてしまった。お医者さんから。煙草やめましょうよ」。

きょうのからから亭、だれかリツイートしてくれるかな(笑)。

2013年1月29日火曜日

「風が吹けば桶屋が儲かる」譬えとして、いかがかとは思うけど

諺とは面白いものだ。なぜか子供の頃必死になって覚えていた。“真理”をついたものもあれば“的外れ”なものもいろいろ・・。

風が吹けば桶屋が儲かる。登場人物のたとえはどうかと思う物の、言ってみれば「経済循環」の在り様を言ってものとも言えないことは無し。ちょと複雑な“構図”だけど。

安倍が経済再生を掲げ、日銀にゴリ押しの金融緩和。安倍の一言、その後の政府の打ち出す“政策”で株価は上がっている。きょうへ日経平均1万800円台だそうな。

昨日の所信表明演説でも、経済政策にその大方を割いていた。そして、額に汗して働く者が報われる社会を築いていこうと呼びかけていた。

実態とはそぐわないなんとも空虚な演説と言う印象だったが。

床屋談義的な巷の空気で言ってみよう。
株価が上がって報われるのは投資家、投機家だけだぞと。株価が上がって儲かるのは何屋だと。

そして言われるアベノミクス。三本の矢。インフレターゲット2%論。物価が上がって企業の利益が増え、従業員の給料があがり、それが消費を刺激する。
経済学的にはあり得る理論だろうが、ちょっと待って。

企業は儲かったらまずは内部留保にまわすはず。とてもじゃないが従業員の給料まで上がるってのはあまりにも「絵に描いた餅」みたいな話じゃないの。

すでに安倍の経済政策については、アメリカからも疑問符がつきつけられている。アメリカは警戒している。来月を目論んでいる安倍訪米。オバマが何んというのか。

「アメリカがクシャミをすれば日本は風邪をひく」。諺ではないが、日米関係を上手く言い当てていた流行り言葉。

もう風邪はたくさんだ。インフルエンザ含めて。体力消耗甚だしいのだし。

景気の立て直し。たしかに喫緊の課題であることには間違いない。その「景気の立て直し」という中に、どれだけ被災地が含まれているのか。
たしかに復興予算を民主政権時の19兆円から25兆円に積み増した。きょうの会議で。

演説では原発については一言も触れていなかった。下手に言及すれば墓穴を掘るとでも思ったのか。原発についての「風」は吹かせまいという判断なのか。

福島だけに限って言おう。6兆円積み増した復興予算が、どれだけ福島の再生のために使われるのかと。
福島県は人口流出が続いている。おそらく、原発事故後の流出人口は4万人を超すだろう。
この県の地域経済再生になにほどの施策がとられるのか。何も見えない。

「福島の再生無くして日本の再生無し。福島の危機(演説で多用した文言)を救わずして日本の危機脱出は無し」。そうは言えなかったのだろう。言葉として、前者はすでに野田に使われてしまっているから。新しい「スローガン」は見つけられなかったということなのだろうか。

今吹いている風には敏感に反応する。約2年前に吹いた風のことはもう忘れたのか。眼中に無いということか。そうではあるまいと信じたいのだが。

本予算を提出すれば施政方針演説があるはず。そこで、東北、福島について彼が何を語り何を訴えるのかを注視したい。

憲法改正などの自論を“封印”して、いわれるところの“安全運転”を志向していると「専門家」はおっしゃる。いやだね。本音で行こうよ。

そしてお忘れなく。安全運転のつもりでも・・・。

「上手の手から水が漏れる」って諺があることも。


2013年1月28日月曜日

「やはり日本は平和ボケだ」彼は熱く語っていた

昨日、東京から来た旧友と会った。数時間話し合った。彼は郡山出身。来たのは小学校のクラス会。安積高校から東大。外交官。東宮大夫・・・多彩な経歴の持ち主。数カ国の大使も歴任、防衛庁にも出向。一時政界出馬を志した人物。

80歳。どこにも老いは感じない。記憶も鮮明。長い付き合いだ。郡山に来る時は必ず連絡をくれ一献かたむける。

多分、彼は語りたくてしょうがなかったのだろう。
待ち合わせの場所で席につくのももどかしいように話始める。まずは政治。

自民党政権に戻ってよかったよ。長くもって欲しいけど安倍ちゃん大丈夫なのかな。そんな切り出し。やはりお友達内閣だと彼は危惧する。
そして言う。今やるべきことがわかっているのだろうか。憲法改正を云々している時ではない。アメリカは憲法改正論議を神経質なまで危惧している。このままで行けば、アメリカは「危険な国」中国のより傾倒していく。
憲法は今のままで特に不都合はない。いままでも解釈や運用でしのいで来たし、どれだけ国費を投入しても、中国の軍事力にかなうわけが無い。

尖閣論議にも話は及ぶ。そして彼は言う。「中国共産党の恐ろしさに対する認識が日本の政治家に欠如している。あの国は軍が支配している国だ。報道されない、その横暴さ、腐敗。そこに媚を売るような鳩山。

あの民主党政権が残した罪は大きいぞ。だいたい原発事故の時の菅の対応はなんだい。彼がベントを遅らせたのだ。余計な手間と時間を現場にかけさせたのだ。あれが一国の指導者の見識だったのか。

そして言う。「あらゆる意味で日本は平和ボケ国家から抜け切れていないのだよ」と。

アルジェリアの事件を受けて、中東、アフリカ外交に話は及ぶ。彼は一時オマーン駐在大使もやっていた。イスラムについてもそれなりに熟知した上での話し。

いまや“隠居”の身であるとはいえ、各界に知己は多い。いろんな事を知っている。

多岐にわたった話の中で彼は、やはり官僚OBとしてこの国の在り方、リーダーの在り方を問うてくる。答えた。

「昔の大名の時代もそうだった。リーダーには参謀が必要なのだ」と。事例を挙げて説明した。例えば長期政権を保った中曽根には後藤田という名参謀がついていたこと。三顧の礼をもって迎え入れたこと。参謀は表には出ない。知恵を出しながら殿を守る。たとえ辛辣であっても、敢えて進言する・・・などなど。

鳩山に、菅に、野田にそれは居たか。皆「寝首を掻かれる」という“恐怖心”から参謀、家老を登用しなかった。安倍も然りだと。

何やら彼は納得したようだった。「いや、きょうはいい話が聞けたよ。参謀論は面白かった」と言っていた。

彼は郡山市のフロンティア大使なるものも勤めている。当然、この春の市長選のことも気になっている。現市長の対抗馬が彼にも相当のアプローチをかけてきているそうな。

致し方ない。市長選をめぐる巷の見方を伝える。そして彼が言う。「やはり若い人が出ないといけないんだよな」と。もはや異郷人である彼は郷土の若い人材に心当たりが無い。

彼には言っておいた。双葉郡の首長がいかにそれぞれ困難な立場にあるかということを。そして県知事のありようも。
県には副知事がいる。市にも副市長がいる。しかし、それらは決して“信頼出来る参謀”ではないことも。

参謀と側近政治は違う。イエスマンで固めた“裸の王様”はやはり平和ボケに陥るんだろうな。そんな事を彼が言っていたような気がする。

久しぶりで来た郡山で彼が見聞きしたことを東京でどう話すのか。気になるところだ。東京に出ていって、多分東京人のままで終わる東北人が、あらためて東北をどう認識したのかも興味がある。
かいつまんで書いた昨日の私事。

2013年1月27日日曜日

「戦士」と呼ばれて・・・

アルジェリアでテロの犠牲になった日揮の社員や関係者を安倍は「企業戦士」と呼んだ。「戦士」と称えた。
他にも彼らに「戦士」という呼称をつける人がいる。

戦士とは何か。戦争をする人である。
少なくとも、幼少の頃、「戦争」と体験した身にとっては「戦」という言葉や字が嫌いだ。

「企業戦士」という言葉がメディアに氾濫していたころ、それが平気で使われることに嫌悪感を覚え、他の言葉に置き換えようと腐心したことがある。

日本人は好戦的な民族とは思わないのだが。

企業戦士とは、寝食を忘れて、彼れが所属する企業が、その競争に勝ち抜くための前線で活躍する人達のことだろう。

日揮の社員や関係者は、アルジェリアの地で、何を相手に、何を敵として戦っていたのか。
戦争をしに行っていたのではない。企業人として、エンジニアとして、その仕事における使命感を持って行っていた人達。

非業の死を遂げた「戦士」として、その英霊を祀ろうとでもいうのか。
「戦士」と呼ばれることを亡くなった彼らは“誇り”と感じているのだろうか。

3・11前からも、「原発戦争」という言葉が使われていた。事故後、あの敷地におもむいた人、そこにいた人達、収束に携わった人達に「戦士」という表現が使われていた。

すべてが「戦」・・・。

戦争を終わらすためには勝つ方と負ける方がいる。

テロ、憎むべきことである。アメリカ大統領は再三使う。「テロとの戦い」という言葉を。武力をもってテロリスト達をせん滅しない限り、それは終わらないのだが・・・。

きょう、テレビを見、新聞をめくっているなかで、もはや「氏名公表」問題についての論議はなかった。その問題をめぐり、斜め読みのSNSで一冊の本が紹介されていた。
東日本大震災の被害者。300人以上遺体を、その死を整えられてものとするために、傷んだ遺体を「復元」するボランティア活動をしていた人が書いた本。

「おもかげ復元師の震災絵日記」。その本にはいっさい亡くなった方の氏名は書かれてないという。しかし、その人が故人を追悼する想いが伝わってくるという。供養と弔いと悼みと。その場に立ち会った人でなければ感じられない想いが書き、描きとめられている。復元されて遺体はどれも満足そうであり、そこに尊厳が込められているという。

氏名公表を迫った記者や会社。書いた記者。紙面に載せた会社。放送した、氏名を読み上げたアナウンサー。数日後の今日、彼らはその名前を覚えているのだろうか。悼んでいるのだろうか。もう、終わったことにされているのではないだろうか。「死」が。

メディアの目線は、すでに、事件の背景やアフリカ、中東をめぐる国際情勢の認識、危機管理の問題に向かっている。それは当然そうあるべきなのだが。

おもかげ復元師の本を紹介していた人は書いていた。氏名公表によって何が追悼されたのかと。そのことへの疑問を書いていたような記憶。

「メディア・ウオーズ」。メディア戦争か。そんなタイトルの本を書いていた著名ジャーナリストもいたな・・・。

2013年1月26日土曜日

「実名」と「匿名」と

アルジェリアの日揮事件。依然として実名、匿名で、いろんな見解や言辞が飛び交っている。

どうもマスコミの人達はなんか大義名分、その“大義”という言葉の意味も知らないであろう人達が、それを掲げて、まさに自家撞着、手前味噌、自己弁護に走っているのが見苦しい。

実名報道を否定するものでは全く無い。実名報道はあって然るべきだ。
しかし、今度の問題は、その事を論ずるケースではない。氏名を公表すべきかどうかという問題。論議を“大義名分”にすり替えるべきではない。

きょうの毎日新聞の社説には驚いた。典型的な手前みその理屈。

政府の公表を評価すると言う。そして、取材は「実名」がないとスタートしないと書く。名前は本人を示す核心だと。

東日本大震災を例にとってくる。2万人もの死者・不明者が出た。だが、数字だけで被害の大きさがリアリティーを持ったのだろうか。そう提起してくる。

対比して論ずる問題ではないのだ。

生き残った人が亡くなった人への思いをメディアなどに具体的に語り、その声が積み重なって訴える力となり、国民が被災地を支える原動力になったのではないだろうか。そうも言う。

この社説は「匿名」である。なんと言う記者で、どういう履歴を持っている人なのかさっぱりわからない。

ボクが知っている限りではメディアに亡くなった家族への思いを語りたいと言ったひとはいない。メディアとの接触を拒んだ人もたくさんいた。

国民が被災地を支える原動力だと。ふざけるな。まるで政治家が何でも国民、国民と言うのに似ている。どんな支えがあり、そえれが今も続いていると思っているのか。現に南相馬市ではボランティア団体が活動を停止した。資金難が主たる理由。国民的支えはどうした。

名前は符号ではない。かけがえのない個人の尊厳を内包するものだ。と書く。
当たり前だ。そんなこと誰でもわかっている。
じゃあ、今度の事件で。氏名と年齢が公表されたことで、いや、公表される前から「独自取材」とやらで、被害者家族の家の前に立ち、その家族が社名を問うと、口を閉ざし、やっとぼそっと言う。毎日です。TBSです。日テレです・・・しかもその場から逃げながら。
そこに死者に対する尊厳はあったのか。

被害者は犯罪者ではない。犯罪者の実名報道と、これを混同すること自体がpかしい。

平易なもの言いだが、記者には野次馬根性と好奇心があっていい。好奇心が出発点でもある。
逃げ隠れするような取材行為。それはメディア人の尊厳を自らが傷つけていることに、その職業人としての「誇り」を捨てていることに他ならない。

「記者である前に人間であれ」。今のマスコミ人はそういう先達の教訓はさずかっていないのか。

こじつけの屁理屈はさらに展開されている。
犠牲者がどんな方々かわかったことで、社会として事件を記憶し、今後の教訓も汲み取って行くことができる。と。現地にいて、身を危険にさらしながらも、職業人としてのプライドを貫いた。それだけでどんな方々だったかは十分だろう。

匿名化が進む社会はどこか息苦しい。生存者の生の声を取材出来る機会を設けよ。そう書き、日揮へ情報開示を迫る。

じゃ言おう。匿名の社説を読まされる読者の方が息苦しいと。そしてなんでもかんでも日揮を責めんとするような論調。つまり「弱い立場」に立っているものは責める。記者会見では権力者の怒るにふれることでためらい、後で紙面で攻撃をして、メンツを保とうとする。それと相通じる“卑怯”な論理構成。

たまたま「毎日新聞」を素材にして言ってみた。明日のTBSのサンデーモーニング、このことがテーマにされるかどうかは分からないが、もしテーマになったら旧知の岸井くんがなんというのか見守りたい。

そして、敢えてマスコミ人に言う。今度のことで匿名を云々言うのなら、匿名に隠れて、ありもしない事を毎日のように吐き出しているツイッター族を攻撃してみたらどうなんだい。

ネットの「匿名性」、それが、社会に対して害悪の一因となっていることを、少なくとも3・11以降、福島に対して寄せられているいわれなき誹謗中傷、デマを惹起していることの温床であることくらい分かって欲しいのだが。

重大な犯罪を犯した者が未成年であるがゆえに「少年A」であることは「人権」として認めるべきということか。
実名報道とやらの投げかけ、それはまず紙面にすることでは無く、社内で論議を尽くすことだろうに。

2013年1月25日金曜日

「責任」という言葉の意味

重い、重い、重いのだ。日揮の事件。あらゆる意味で。

政府は犠牲者の名前を公表した。専用機が帰国したことを区切りだとして。それがすでにマスコミの「取材力」によって既知のこととなってはいるのに。
公表にあたって官房長官は言った。
「政府の責任のもとに、公表するに至った」と。会見の詳報はしらない。テレビのニュースで知り得ただけ。中継時、時を合わせたように日揮の社長の会見も行われていた。

我々は、その「氏名」と「年齢」を知りたかったのだろうか。そして“遺族”の悲しみに暮れる声を聞きたかったのだろうか。
それを知り得ることに、我々市井の者に何の意味があるのだろうか。

思い出す。3・11後のこと。テレビは被害にあった現場の状況を伝えるだけでなく、避難所に行った人達の名前を伝え、知り得る限りで、犠牲者の姓名を伝えた。
テレビは「伝言板」になり、家族や知人の安否確認の有力な手段になった。
「ここいいます」、そうフリップに書いて、通信機能がマヒした中での家族や知人に向けての安否を伝えるという、おそらくデジタル化されたテレビの中にあって、初めて取られた手法。

その後の“過剰取材”については語らないが。

かつて多発していた航空機事故。航空会社から乗客名簿を手にいれることに腐心した。乗っていたであろう家族の安否を知る方法はメディアに頼る以外に無かったから。

今度の事件。家族はその安否について既に知っていた。家族はそれを親戚、友人、知人に伝えた。それでいいのじゃないか。見知らぬ人がその名前を知ると言うこと。そこに何があるのか・・・。

「政府の責任のもとに」。その責任とは何を指すのか。今後起こり得る過剰取材についてのことか。その「責任」という言葉の意味がわからない。それが何を指すのかを聞いた記者はいたのかどうか。
責任。重い言葉である。にもかかわらずそれが乱発され、それを言うことで、それを追及するだけで事足れりという風潮。

福島を含め、被災地で、これまで何度「政府の責任に於いて」という言葉を耳にしたことだろう。その場しのぎの“責任”。その責任は誰も果たしてはいない。

そして我々は“責任”という言葉の中にある“いかがわしさ”に気づいてしまった。

しばらくは遺族周辺の取材が続くだろう。やがて「手記を」という依頼がいくかもしれない。

もし、仮に、ボクが報道の対象になるような死に方をしても、ボクはどうさらされてもいい。でも家族にだけは取材に行って欲しくない。つくづくそう思う。

氏名公表というマスコミの要求はかなった。

次に行こう。それは我々が最もわからないことの解明、報道。
日揮が行っていた事業は何だったのか。それは誰のために、なぜこんな事件が起きたのか。その克明な報道。さらに進めば「液化天然ガスと世界のエネルギー事情との問題」。そして何よりもこの武装勢力というものが存在し、その標的に日本人がされたという問題。
そしてアルジェリアという国を取り巻く近隣の国の問題、そこに介在する英国やフランスの問題。

もし、今度の犠牲者の死を無駄にしないというなら、現地入りも含めて、さまざまな角度でのこの問題の真相、そこに横たわる事の全てを。

こう書くとメディアの矛先はまずアルジェリア政府や軍部に向かうだろう。その責任を追及するだろう。

責任は追及されねばならない。しかし、追及するだけでは問題は解決しないということ。

我々はもう「責任」を口にする為政者に飽き飽きとしているのだ。