2013年1月23日水曜日

日揮の「氏名公表」について再び

ボクがまだ駆け出しの頃、入社して間もない頃、埼玉県の狭山で、女子高校生の誘拐殺人事件があった。被害者の名前は中田善枝ちゃんという。当時16歳。
連日、狭山に通った。被害者宅にも何回も伺った。上がり込んで話をするようになった。上げてくれた。まだ行方不明だった時。
やがて遺体が発見された。その現場に居た。すぐ中田家に行った。警察からは知らせが無いという。その「死」を最初に伝えたのは取材者としてのボクだった。
デンスケという録音機のマイクを向けてしまった。家族の声が欲しいと。父親に言われた。「それに何の意味があるのだと」。咄嗟に“嘘”をついた。「いえ、このような事件を無くすためにも」と言ったような。デスクに「声をとってこい」と厳命されているとは言えずに。父親は言った。
「瀬川さん、あなたは私たちによくしてくれた。知らせてもくれた。だから一言だけは喋る。でも、こういうことはやめた方がいい」と。

ボクはそのテープをデスクに渡さなかった。渡せなかった。そして、今でも中田善枝という名前を記憶しているし、見せて貰った写真の笑顔をうっすらと覚えている。

この事件がその犯人とされた男の出自をめぐる、そう、被災別部落出身ということでの冤罪事件に発展していった。事件のマスコミにおける呼び名も「善枝ちゃん誘拐殺人事件」から「狭山事件」と変わっていった。

テレビにワイドショーという物が存在せず、いわゆるメディアスクラムなんていうことも無い時代だったが。

その頃、吉展ちゃん事件というのがあった。上野の時計店の子供が誘拐され殺された事件。その犯人は小原保という。福島県石川町の出身。死刑囚とされた彼は獄中で短歌の道に目覚め、ペンネームを福島誠一として、歌を次々に詠んでいった。処刑のその朝まで。歌人福島誠一のドキュメンタリー番組を作りたいと思った。福島に来てから。石川町に通い、その親戚筋の人を探し、話をしたいと申し込んだ。断られた。私たちは「隠れるように密かに生きているのです」と。

アルジェリアの日揮社員が殺害されて事件。
新聞を見て驚いた。内閣記者会、つまり官邸の記者クラブが氏名の公表を安倍と菅に求めたという。
「国民の関心は非常に高く、政府が公的に全面的に救出や情報収集に関与しているから、最も基礎的な情報として氏名と年齢の公表を求める」といった申入書。

国民の関心、それは「お前たちの関心だろう」。もし、あの懐かしい記者クラブのまだ居て、クラブ総会でそんな取り決め、申し入れをすると言われたら、ボクは断固反対と手を上げたはずだ。

氏名公表に何の意味が、意義があるのだ。公表することは悼むことになると言った新聞記者がいる。
じゃ問う。あなたはその名前を終生忘れませんか。悼み続けますか。

元産経新聞記者だと言う人がネットに書いている。
「私は“Aさん”のままでは死にたくない」と。15年にわたる社会部記者の体験を披歴しながら。
あなたの記者経験は、単なる思い上がりの、勘違いの経験でしかなにのだよ。
あなたは“Aさん”のままでは死なない。あなたが死ねば、産経新聞の訃報欄には載る。
家族は関係者に知らせる。それでいいではないか。死んでまで己を誇示したいのか。

朝日新聞が、“遺族”を探し当て、遺族は匿名を前提として、インタビューに応じた。それを朝日は破った、約束を。といわれる。その記事は東京の最終版などには載ったかもしれないが、福島に来る朝日にはその記事は無かった。

昨夜NHKニュース。被害者の一人が南三陸の被災者であり、母親一人が残され仮設で暮らしている。そのインタビューが、母親だけでなく、友人までもが。近く同窓会があるはずだったことも含めて。

そして今日、その事が各民放にも伝播している。

メディアはそれの公表を求め、それが公表される事が何に意味をも持たないにも関わらず、いっときの「異郷に散った国民的英雄」として祀り上げたいのか。

犯罪を犯した“犯人”の氏名公表や、不祥事を起こした企業名の公表とはわけが違う。

伝えることの意味。

仮にそれを知ったからと言って「伝えない勇気」というものがあって然るべき。だからマスコミの“傲慢さ”がにじみ出る。

福島県から他県や都会に避難しているひとが数多くいる。避難を余儀なくされて人も、自主避難した人も。避難者であることを明言し、その地で反原発の声を上げている人もいる。かたや、福島県であることをひたすら隠す人もいる。
それは、差別に会うことも含めて、「公表」されることで被る“あらゆる被害”から逃れたいからだ。

もし日揮の被害者が帰国し、それこそ合同葬、社葬でもやろうものなら、そこにメディアは殺到するだろう。そこに列席した人を捕まえて、「今のお気持ちは」とやるだろう。それもまた「知る権利」の一つなのだろうか・・・。

4 件のコメント:

TACO さんのコメント...

亭主さま、
ジャーナリストも地に落ちたものだ。
犠牲者・被害者の氏名を公表すると遺族・友人・恩師・同僚、上司、近所の人にインタビュー(?)「どんな人だったのですか?」から始まる愚問珍問・・・。
メディアは単に過去の無機的慣習から、そうしないと格好がつかないと思っているんだ。
害はあっても意義がないってことも分らない。誰のための報道なのか。
現時点で日揮は社員にも公表していない。政府が要求しても拒否すると信じている。

亭主 さんのコメント...

tacoさま
きょう現役の毎日新聞の記者とネットで会話した。原発に関しては「良識派」だと思うけど、今度の事では自分たちの「枠」を越えられていない。マインドコントロールみたいに感じた。朝日攻撃には熱心だが、所詮同じ穴のむじなと感じた次第。
いろんな人とのツィッターのやりとりで疲れたよ。新たに2人・・・。言うこと無し。

mocch さんのコメント...

亭主さま

「伝えない勇気」考えさせられる言葉です。
数字や結果という目に見えるものばかりを追いかけ、目に見えない大切なものの優先順位を下げてきてしまった結果なのでしょうか。日本人である私たちは、見えないもの、聞こえないものに心を寄せることを取り戻さなくてはならないですね。

亭主 さんのコメント...

mocchさま
このことも塾で話した筈だけどな・・・。