2013年1月9日水曜日

「分断」と「対立」、その新たな局面

世情を安易に読み取り、安易に語るべきことでなないと思うものの・・・。

「3・11」後、この国を覆った“分断”と“対立”の構図。年とともにその構図には変化がみてとれるように思えて。

それは物理的、地形的な問題ではなく、意識の問題として、顕在化してきた問題として。

すくなくともある時期までは「分断」と「対立」という図式というか、構図は、被災地東北と東京という軸で語られてきた。

単純な例は、東京の電力は福島が作っていたということから始まって。その事実の認識がやっとおおよそ定着したのが去年。それだけのことでも長い月日がかかったように思える。

少なくとも「原子力発電所」というものに対しては大方の日本人は“無知”だった。一般の市民レベルではなく、専門家と称する人たちの間でもそうだった。
それは、あの日以来のテレビや新聞の報道をみていればよくわかる。

“無知”な専門家の言辞によって、どれだけの人が、特に福島の人達が“被害”を受けたことか。

原発報道が連日されている頃から、宮城・岩手の一部の人たちから声があがる。
「マスコミは原発報道にばかり明け暮れていて、津波の被害を被った三陸の地の眼がいかない。眼をそらそうとしているのではないか」と言った類の。

亭主は、その双方の“被害者”に対して、複眼を持って語ってきたつもりだが。そこには「死者」と「生者」の問題をもちろん含めて。

被災地復興の遅れや、そのお粗末さ。それの根底には「政治」のありようがあったのはもちろんだが、東北の成り立ちも含めて、しばしば東北と東京という観点で語られてきたのも事実。

まもなくあれから2年だ。分断と対立は東北と東京では無く、細部の、いわば身近な問題として発生し、より困難な問題をつきつけるような状況になってきた。

いわば「その後の後処理」の問題として。

高台移転か海沿いに戻るか。これからの生活基盤のありようにしても、意見はまとまらない。瓦礫の処理を巡っては、「住民エゴ」がむき出しになって来た。

少なくとも「オールジャパン」という意識の問題は、その掛け声は、2011年の夏ごろまでのことではなかたろうか。

原発事故による避難。雨露しのげる場はあるものの、何も解決していない。解決どころか、問題をより困難なものにしている。

除染の問題などはその最たるものだ。手抜、インチキ除染だけにとどまらない。
その効果も疑問視され始め、福島県民はなんの目途も持てなくなっている。
あげく、仮置き場、中間貯蔵施設、仮の町、帰れる、帰れない、帰らない、帰りたい・・・。

それらは家族の分断を招き、地位社会に対立を持ち込み、あげく、いがみ合いや憎しみ合いまで生じさせている。

そして、やり場の無い怒りや怨念は、勢い東京電力に向けられる。マスコミも政府もそう仕向ける。

東電を責め続けるだけで、何が生まれるのか。東電に出来ることは「カネ」による「解決」だけでしかない。そして、その「カネ」をめぐって新たな対立を呼ぶ。

政治はどこまで、それの解決に関われるのか。公共事業という形でしか、そこに“利権”が絡もうが、絡まないが、いわば「ハード」の面でしか役に立たないだろう。

安倍政権が作る来年度予算、復興プラン、その元は税金だ。それをめぐって、また国内では賛否が渦巻くかもしれない。

分断と対立。それが学問として、論壇としてのアプローチではなく、卑近なものとして、我々を取り巻いているということ。住民たちはそれの解決策を持ちえないということ。

福島県の中通りとう所に住んで、比較的安穏な日々を送っていながら、脳裏を去来し、鎮まることを知らない心を持ってしまった亭主の煩悶は続く。

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